あゆの夢

1章

「・・・私にだって夢はあるの。
 おにいちゃんと結婚して、白い大きな家に白い大きな犬を飼って、日曜日には・・・」
「おいおい、兄妹は結婚できないんだぜ。」
「えー、そうなの? だったら誰かの養子になって兄妹止めて結婚するぅ。」
わざとらしい笑い顔で、とんでもない事を口にする。
「ははっ、おまえは変な本の読みすぎ!」
「もー、私が真剣に愛の告白をしているのにー」
「そんな表情で真剣とか言われても信じられるか!」
「本当にお兄ちゃんはノリが悪いなー」

無造作に結った髪を左右に揺らしながらコロコロと笑っている。
彼女の名前は鳴沢あゆ。俺とは2つ違いの15歳の妹。
中学生活の最後を、あゆは病院ですごしている。
都会から離れたここは、彼女の為を思って家族で決めた場所だ。

あの時から3ヵ月が過ぎている。

きっかけは箸だった。
ソフトボール部でハードな練習の為か、食事中に寝そうになる事がよくある。
俺はあゆを笑いながら軽く突つく。
照れ笑いする妹を見て「しょうがないなぁ」と言うのが日課だった。

その日だけは違っていた。

普通に茶碗からご飯を口に運ぶ最中、まるで重力に逆らえないように手から箸が落ちた。
「あ、ごめんなさーい!!」 あわてて落とした箸を取ろうとするが、上手くつかめない。
「何してるの? 行儀が悪いわよ。」 母は笑いながら代わりに箸を取る。
あゆも笑いながら、「へへ、ごめんなさーい。何か手がしびれちゃって。」
「ばーか、食事中は静かにしなきゃ駄目なんだぞ。」 俺はにやにやしながらあゆの頬を指で突つく。
「何よー、おにいちゃんだってマナーって言葉知らないくせにー!」
頬をふくらませ、あゆは俺をにらんだ。
「でも、最近変なんだ。授業とかクラブの時にも痺れたりするんだよね。」
あゆは右手を開いたり閉じたりして確認すると新しい箸に手を伸ばした。



「おにいちゃん、おにいちゃん、起きて。」
あゆの声で目を覚ます。朝なのか?
いつもなら掛け布団を剥がされて目を覚ますのだが・・・
何時だ? 枕元の目覚し時計を見る。7時になったばかり。
「まだ早いって、あと20分寝かせろ。」
俺は時計を持ったまま目を閉じる。
「おにいちゃん、あのね、あゆの右手がね・・・」
あゆが何か言おうとしている。良く聞くと涙声だ。
驚いた俺は飛び起きた。「何だ?どうした?」
見ると、あゆはパジャマ姿のまま入り口に立っている。目からポロポロ涙をこぼして。
「手が、動かないの。髪を、とこうと、思ってね、ブラシを取りたいん、だけど
 手にね、力が入ら、なくて。」
しゃくりあげながら、あゆは左手で右手首を持ち俺の目の前に出した。
「なんか、しびれた感じが、して、動かないの。」
手を触ってみる、かなり冷たい。「あゆ?右手を下にして寝なかったか?」
腕枕とかした時に起こるしびれかと思った。
あゆは首を横に振って答える。
「大丈夫だって。疲れが腕にきているんだよ。おまえ、クラブとか一生懸命だろ?
 暖めれば血行が良くなって、しびれなんか取れるって。」
俺はとりあえず知っている知識であゆを慰める。
「うん・・・・」
しぶしぶ出て行こうとするあゆに言った。
「20分後に起こせよ。」
俺は満面の笑顔を作って、右手の親指を立て前に出す。
お願いのポーズだ。
「ばーか。」
あゆは赤い目をこすりながら舌を出して、笑みを浮かべてドアを閉めた。



俺は揺さ振られて目を覚ました。
「龍之助、龍之助!!」
あれ?母さんが起こしに来たのか?
頭からかぶった掛け蒲団から顔を出す。
目の前の母さんの顔は真っ青だ。
「龍之介、私はこれからあゆを連れてお父さんの所に行ってくるから、おまえは学校に行きなさい。」
「どうしたんだよ母さん?」
「おまえは心配しなくていいから!」
「なにそれ?それじゃ解らないよ!」
心臓がドキドキしてきた。母さんの顔の色、父さんの所へあゆを連れて?
うつむいた母さんが独り言を言ったのが聞こえた。
「・・・あゆは大丈夫と思ったのに。」
「何?母さん?どうしたの?」
「!!・・何でもない。母さんは病院へ行くから、ちゃんと学校へ行くんだよ。」
それだけ言うと出かけていった。