あゆの夢

2章

「・・・・ゃん、お兄ちゃん?」
あゆの声で現実に戻る。
俺は発病した時の事を思い出していた。
「もう、私の話聞いてないでしょう?」
頬をふくらませて怒る。
「ごめん、ちょっと考え事をしてた。」
自分の考えを見透かされないように笑って答える。

あれからしばらくして、右手が全く動かなくなってしまった。
今では両足も痺れが始まっていて、動かすと激痛が走るとあゆは言う。
それでもリハビリを行うのは、使わないと筋肉組織が死んで脂肪化するのだそうだ。
痛みを耐えながら、あゆは家族の前で笑顔を見せる。
元々わがままなんて言った事が無く、先生である父や看護婦さんに素直に従う。

それでも、あゆはいつも元気だ。面会に来ると、笑顔で迎えてくれる。
「ねえ、お兄ちゃん。今日は何があったの?
 立川先生は?授業面白かった?歩ちゃんと帰ってきたでしょう?」
立川先生は俺の担任、歩(あゆみ)は幼なじみで俺たち兄妹とは仲良しだ。
俺が学校で起こった事をよく話すので、今ではあゆも同クラスになっている。
「今朝、駅で歩と待ち合わせしてて・・・」
いつも通り、朝から帰って来るまでに体験した事を話す。
あゆが退屈しないように身振りを交え、時には大袈裟に話を拡大する。

喜ぶ あゆ。
怒る あゆ。
泣く あゆ。


笑う あゆ。

俺は、少しでも「楽しく」させたい。
長い病院生活を続けているあゆが不憫でならない。
たとえ些細な事でもあゆが喜んでくれるなら。

「お兄ちゃん、どうしたの?」
表情にでたのだろうか? 怪訝な顔をして俺を見る。
「いや、何でもない。 ちょっと疲れたみたいだ。」
「片道2時間の通学だものね。5時に起きているでしょ?
 前のお兄ちゃんからは想像もできないよ。」
「だ・れ・の・せ・い・だ・と・お・も・っ・て・る・ん・だ。」
俺は笑いながらあゆの頬をつねる。
「ふえ、ごめんなさーい。」
笑いながら返事を返す。
「悪いと思ったら、早く直せ!」
「うん、がんばるよ。」
「いつもは頑張ってないのか?」
「決意表明ってやつだよ、いつだってがんばってるもん。」
「良し、許す!」
「うん!」
「そういえば、頑張っているおまえにプレゼントだって。歩から。」
俺は預り物を思い出しバッグの蓋を開ける。
「何々?歩ちゃんが私に?」
バッグの中身は・・・
「あ、白い犬! ちゃんと覚えててくれたんだ!」
俺は犬のぬいぐるみを左腕に抱かせる。
犬の顔が、寝ているあゆの顔と並ぶ。丁度、頬をなめているようだ。
「おまえが強請ってたやつだろう? 歩、一生懸命選んでたぜ。」
「歩ちゃんにお礼言っておいて!!! うわー、可愛いー。」
目を閉じて犬の顔に頬ずりする。とっても嬉しい表情だ。

歩は、あゆが本物の白い犬が欲しい事を知っている。
でも病院では到底飼う事なんて出来ないから。

「俺からは、これだ!」
別にしていた袋から、そんなに大きくない鉢植えを二つ取り出した。
「あ、マリーゴールド! それにリネアリスだ!」
「前の家に咲いたヤツ。お願いして分けてもらった。」
俺は、こちらに引っ越す前の家で咲いた花をもらってきたのだ。
「ありがとう、お兄ちゃん! 種をうめた時には咲く所が見れないと思って悲しかった
 けど、こんなに奇麗になったんだ。」
あゆは窓辺に置いた鉢植えを嬉しそうに眺めている。

俺は、出来る事を精一杯やって上げようと決めていた。
たとえどんなに些細な事でも、あゆが喜ぶなら。

「うれしそうだな。」 俺はベッドの横に腰掛けながらぬいぐるみの頭を撫でる。
「うん!」片手で抱きかかえるのがやっとの大きさで、落とさない様に胴を支えている。
「歩が言ってたぞ。あゆちゃんは可愛いから何でも欲しい物を買ってあげる。って。」
「じゃあ、歩ちゃんの妹になって、本物の犬を買ってもらおう!」
「だったら、早く元気にならなくちゃな。 ちゃんとリハビリやってるか?」
「うん、今日も歩行訓練! 毎日続けないと本当に動かなくなるってお父さんが言ってた。
 歩けるようになって歩ちゃんを驚かさなきゃ。」
「そうだな。」 俺はあゆの手を握る。

「ねえ、お兄ちゃん。」
「ん?なんだ。」
「あゆ、一生懸命がんばって歩けるようになるから春になったら皆で花見に行こうね。
 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、歩ちゃん、歩ちゃんのお父さんとお母さん。 みんなで一緒に。」
「あぁ、公園の桜は奇麗だからな。今年は行けなかったけど来年の花見には皆そろって行こうな。」
あゆは左手に力を込めて目を細めて優しく俺の顔を見る。

「いっぱいに咲いた桜が作るピンクの絨毯の上でね、あゆはワイスと一緒にあそぶの。」
「ワイスって?」
「犬の名前だよ。大きな犬でね、ピレネー犬!」
「じゃあ、俺が芸をしこんでやる。とりあえず自転車にのれる位にな。」
「だめだよ、ワイスはペットじゃ無くて友達なんだよ。一緒に笑ったりするんだ。」
「犬が笑うのか? 気持ち悪いな。」
「ふーんだ、私の友達は特別なんです!」 あゆは「べーっ」と舌を出した。
俺は笑いながらあゆの頭を撫でる。
「早く歩けるようになろうぜ。」
「もー、子供扱いしないでよ。」
あゆは頬を膨らませて抗議を口にした。