『どうして誰も俺の事を見てくれないの?どうして俺の事を愛してくれないの?』

そういって一人の少年は涙を流していた。その少年をたくさんの大人たちに囲まれた少年が見ていた。涙を流していた少年は嘆いても無駄な事を覚え、ひとり立ち上がり涙を拭いて彼らに背を向けて歩き出した。そのまま背を向けて振り返る事もせずに。大人に囲まれた少年は何をしても許された。何かをすると喜び、誉められた。立ち去った少年の事を忘れているかの様に少年は大人に囲まれたまま生きていた。





校門の前は車で覆い尽くされていた。そこから下りて来るのは良家の子供たちばかり。ほぼ全員が登下校に車の送り迎えがついていた。車で門を埋めつくされているところを歩いていた少年がいた。彼は唯一、良家の子でありながら庶民的な考えの持ち主だった。彼には兄が二人おり、長男はすでに大学を出て親の仕事の手伝いを始めていた。次男は彼と同い歳でありながら、アメリカのハーバード大学で優秀な成績を納めて、日本で弟と同じ高校に入学した。少年は兄と一緒の車に乗るのがとても苦痛だった。事あるごとに勉強の事を口にし、彼のプライドを傷つけることになるのだが、兄の方はそれに気が付いた事はなかった。

「よお、お城。今日も朔弥(さくや)さまとは別々か?」

お城と呼ばれた少年は、不機嫌な顔で呼んだ相手を睨みつけた。そこには二人の少年が歩いて車の列を通り越して歩いてきていた。お城と呼ばれた少年の名は金児城司(かねこじょうじ)という。城司だからとお城といつのまにか呼ばれるようになっていた。

「・・・其の呼び方はやめろって言ってるだろう。」
「似合ってンだからいいじゃん。城司っていうよりは、お城って感じだし。」
「まぁ、まぁ。城司も聞き流しちゃえばいいのに。雅広のいつものことだろ?」
「いつもだから厭なんだよ。和貴なら判ってもらえると思ったのに。」
「だって俺はそんなアダナは付かないからね。ほら、朔弥さまが下りていらしたぞ、いかなくていいのか?」
「いかねえよ。家に帰ればずっと一緒にいんのに、学校まで一緒で登校ぐらい・・・。」

城司と槙原和貴(まきはらかずき)、石原雅広(いしはらまさひろ)は学校の敷地の塀の横を歩き、校門をくぐって玄関口で立ち止まっていた。入り口方面で車がまた止まって人を降ろしていくのを見ていた。朔弥は歩く度に周りに人がたまって本人自体が人で埋まっていた。

「城司、お前はまた・・・。車に乗ればいいだろう。」

人の固まりが城司たちの元へとやって来て真ん中から朔弥が現れた。城司は朔弥に声をかけられても無視をしてそのまま教室へと歩き出した。其の後ろを和貴と高志が朔弥に軽く会釈をして追いかけていった。朔弥は溜め息を一つ吐くとゆったりとした足取りで歩き出し、とりまきと一緒に自分の教室へと向かった。
教室内はざわざわとざわめいていた。窓側の一番後ろの席が城司の席だ。自分の席に座ると鞄の中を引き出しの中に入れ、視線は窓の外へと向けた。生徒たちのもっぱらの話しの種は城司の兄である朔弥のことで持ち切りだった。

「お城ちゃん。今日も、可愛いねぇ。」
「・・・関・・・てめぇ〜な。」

外を見ている城司に関洸一(せきこういち)が近付いきた。上から覗き込むように城司に声をかけると、城司は関の襟首を掴んで下から睨みつけた。

「まいどまいど、とち狂った事言ってンじゃねえぞ。俺の何処が可愛いってんだよ。」
「全部に決まってるでしょう。その憂いだ横顔。太陽の光に照らされたところとか。」
「巫山戯んな。いいか、これ以上言うようだったらハッ倒すぞ。」

城司は左手を握り少し引いたところでとめた。関は笑いながら胸の辺りで両手をあげて降参と口にしたが、城司は相変わらず臨戦態勢を解く事はなかった。

「お城ちゃん、もう離してもらえるかな?鐘も鳴ったし先生来ちゃうよ。」
「いいな、もういうな、そのお城ちゃんもだ。」

城司はそういって乱暴に相手の襟首を離した。関は言われた事もされたことも気にせずに、城司の方に手を伸ばして頬を触って撫でると急いで離れて、手を振って自分の席に戻っていく。された方の城司は口惜しそうに顔を歪めながら、先生が入ってきたのを見て更に機嫌が悪くなった。城司は不機嫌なまま朝のHR、午前中の授業を受けていた。時折、教師が城司に当てようとしたが、強張った顔のまま睨みつけていたために、殆ど素通りをされていた。そんな様子の城司だったがきちんと授業を受けていた。機嫌が悪かろうがなんだろうが授業内容は進んで行く。この学校は進学校で周りの学校より授業の進み具合が早い。城司にとってこの進学校での授業をサボタージュすることは、更に身内内の嫌味を言われるのを増やす羽目になる事を身にしみている。だからこそ、城司は機嫌が悪かろうが何だろうが授業だけは真面目に出ていた。

「なぁ、城司。相変わらず、目つき悪いなぁ。」
「うっさい。俺は今機嫌が悪い。」
「そりゃ、見れば判るよ。」
「んなら近寄るな、バーカ。」
「馬鹿はないだろ、馬鹿は。せめてアホに・・・。」
「俺をまた揶揄いにきたのか、暇な奴だな。」
「違うよ、次移動だから教えておこうと思って。みんな移動してるし、残ってるの俺とお嬢ちゃんだけよ?」
「お前も行けばいいんだ。今日は視聴覚ルームだろ。」

週に一度、二クラス合同の授業が組み込まれている。合同の授業は校長の講義の時間で、二時間話し通す。校長が当てない限りは私語はもちろん、物音さえ立てるのも許される雰囲気では無かった。講義を受けた後その内容を聞いていたかどうかの確認のために、各自で用意したノートに感想や意見などを書いて担任に提出する。その後、一人一人のノートを校長が読み、訂正と感想意見に関する答えを書いて生徒たちの元に戻って来るのを繰り返していた。校長の都合により休講もあるがその時もちょっとした課題を教師が用意している。それをやってはそれも担任ではなく校長へと廻っていた。
城司は引き出しの中にしまってあるノートを取り出し、筆記用具と一緒に持って立ち上がり、目の前にいた洸一を無視してドアから出て行った。其れを追いかけるように洸一は自分の荷物を持って視聴覚ルームへ向かった。




視聴覚ルームはすでに生徒がいっぱいで座る席は数少なかった。二つ空いている席に洸一と城司は肩を並べて座る事になった。しばらくして鐘が鳴りすぐに校長と数人の手暇な教師が入ってきた。校長は教壇へ教師は空いている席かうしろで立っていた。早速と言わんばかりに校長は挨拶を手短にし、自分が経験してきた事を少しずつ話し始めた。生徒は其れを聞きながらこまめにメモを取り、教師も持ってきていたノートにいろいろと勉強になる所を書いていた。
城司の斜めうしろに朔弥が座っていた。朔弥は先に来てすでに座っていたのだが、鐘が鳴るぎりぎりに来た城司を少し睨む形で見ていた。校長の話しが始まるといつもの通りにノートに綺麗に書き込んで行った。朔弥のノートはとても読みやすいと校長の太鼓判付きで、校長の話しを拝聴できなかった教師ですら朔弥のノートを頼るほどだった。 二時間の講義を終えると校長はそそくさと視聴覚ルームを出て行った。教師もそのあとをついていくように出て行き、残された生徒はそれぞれの教室へと戻っていった。その場に残ったのは朔弥と城司だった。城司も早く視聴覚ルームを出て行きたかったが、それをとめたのは朔弥だった。

「話が有る。」
「帰ってからじゃ、駄目なのかよ。」
「お前が逃げないと言うならば。」
「逃げるも何も家の中じゃ、どこにも隠れる所なんて無いだろ。」
「そういってお前はいつもいないじゃないか。いいか、放課後、きちんと門の所で車に乗れ。判ったな。」
「はいはい、お兄さま。判りましたよ。もう行っていいだろ。」
「放課後、ちゃんと乗れよ。」
「判ったってば。しつけえな。」

城司は乱暴な口調で言い放ち、視聴覚ルームから逃げるように出てきた。そこには朔弥の親衛隊と名乗る団体と洸一が立ち止まっていた。城司は人の集まった所と反対方向から自分の教室へと登る階段へ向かった。それに気がついた洸一は城司の後を追いかけてきた。

「どうしたの、お城ちゃん。更に御機嫌斜め?」
「お前には関係ないだろ。」
「そりゃ・・・そうだけどさ。」

洸一は城司の少し後ろから離れず近寄らずの距離を保っていた。二人はそのあと一言も話さず食堂へ向かった。食堂に入るとそれぞれの友人が待つテーブルに行くと荷物を預け、食券を買うと列に並んで貰って戻って来る。城司は凄い勢いで食事終わらせると友人と一言も交わさずに教室へと戻っていった。残された友人は首を捻って出て行く城司を見送った。

「どうしたんだ、あいつ。」
「関と一緒だったよな。まさかと思うけどあいつのせい?」
「違うだろ。今日の合同は何処とだった?」
「・・・あっ、そっか。朔弥さまと同じ。」
「何か言われてたんじゃないか?」
「何かって何?」
「さぁ・・・俺が知るわけないだろ。ただ、城司にとって厭な事だったってことだろ。」

和貴と雅広は立ち去った城司を肴に次の授業が始まるまで食堂でお茶を飲みながら時間を過ごしていた。立ち去った城司は食堂から出るとその足で屋上まで歩いて行った。屋上は本来は生徒は立ち入り禁止になっているが、城司は壊れている所を見つけて外に出ていた。城司は日陰の出来る所で背中を預けて空を見あげてゆっくりと流れる雲を見ていた。
授業の鐘が校内に鳴り響き城司は屋上から少し早足で自分の教室に戻ってきた。城司は自分の席に戻ると空を眺めた。城司は屋上から見えた空と同じ空でも窓から覗くものとは少し違っているように感じていた。

「金児、金児城司。いないのか、金児っ!」
「・・・はい、います。」

授業が始まっていた事に城司は空を見ていたために気がつけなかった。数回、呼ばれたが、城司には竹林の声は届いておらず、そのまま窓の外を見続けいていた。そのために返事をするのが遅れた。

「何を見ているんだ。今は授業中だぞ。」
「はぁ、そのようですね。」
「黒板に書いてある問題を解けるか?」

竹林が黒板をばしばしと叩いているのを周囲の生徒たちは同情の目で城司を見ていた。当の本人はけろりとした顔で立ち上がり、黒板のほうへと歩いて行き、チョークを取るとすらすらと途中計算を含めて答えをすべて書き上げた。チョークをもとにもどして手を教壇の上に有る濡れタオルで拭くと自分の席に戻っていった。竹林はその場で答えを見て震えていた。

「・・・んで、解けるんだ。これは東大の入試問題だと言うのに。」

今の学年では絶対に解ける事のない問題を出す事が生きがいだった竹林は、城司に一発で解かれ無残にも敗退した。城司は軽く頭を押さえながら自分の席に戻った。竹林は黒板を見ながら少しの間唖然としていたが、すぐに立ち直ったように城司以外の生徒に難しい問題を出して行った。その間、城司は窓の外を覗いていた。雲が流れるのを見て、時間が過ぎて行くのをのんびりと待っていた。
授業が終わると城司の周りに生徒達が集まってきた。難しい問題をさらりと解くのは朔弥のほうで、城司の方は途中までは解くが答えは出てこないのが常だった。しかし今日の授業で城司が朔弥と同じぐらいの頭脳の持ち主だということが判った。

「すっごいな、城司。チクリンの難しい問題を解くなんて。」
「たまたまだよ。にしても・・・頭イテエ。」
「大丈夫か、お城ちゃん。問題解いた時も頭、押さえてたもんな。クモの巣でも張ってるせいで痛いんかね、お脳が。」
「さあな、使ってないから使うと痛いのかもな。」
「本当は金児って頭がいいんだな。」
「金児朔弥さまと同じ血を引いてDNAも持ってるんだから当たり前か。本当は金児って神童?」
「IQテストでは低かったからな。朔弥の確か半分・・・いや、それ以上に低かったはず。」

城司の頭痛はしばらくして落ちついてきた。生徒達が好き勝手に城司と朔弥のことを話しているのを頭の片隅で聞きながら、窓の外を眺めていると黒い雲が立ちこめてきていた。城司は深いため息をつくと鞄を開けて傘が入っているかの確認をした。

「でも血筋だよな・・・教師の両親に教授、助教授、一流の会社の社長にハーバードスキップした兄。」
「嫌味か、それは・・・。」

城司にとって血縁者の話しは禁忌だった。城司自身、時折血筋が違うのではないだろうかと思えるほどIQや容量の違いを毎日の様に見せつけられていた。城司にもひらめきがあるがそれは本当に時々起こるぐらいで、しかもそのひらめきは頭痛をも伴ってやってくる。城司にとっては厄介なモノに他なら無かった。
放課後になると城司の周りにはクラスメートが取り囲んでいた。チクリンこと竹林の難題を解いたことによって神童へと持ち上げられていたが、城司としてはその行為がうっとうしくて止めてほしいと頼んだ。しかしクラスメートはやめる気配がなかった。それを見ていた朔弥が城司を呼び出した。

「待ってられなかったのかよ、車まで。」
「お前が来ない事を考えて直接迎えにきた。」
「そこまで信用されてないとは思っても見なかったな。」
「竹林の問題を解いたそうだな。」
「はぁ?いきなり何。」
「クラスメートが話していただろう。それに今日は俺のところも竹林の授業でやけに荒れていた。」
「あっそ・・・。行くぞ。・・・ったく、見せもんじゃねえってんだよ。」

城司は朔弥に背を向けて廊下を歩き出した。教室から顔を出すクラスメートの目にいい加減に嫌気が差していた。目当てはもちろん朔弥だったが、兄弟げんかを見せるほど人間ができていなかった。城司と朔弥が門のところに来ると車が二人を出迎えた。それに乗って二人は帰路についた。そのあいだ城司はひとことも口を開こうとはしなかった。
家につくと部屋に戻ろうとする城司を朔弥は手を掴んで止めた。そのまま手を引いて応接間につれてきた。そこには親族一同が二人の帰りを待っていたかの様に勢揃いしていた。朔弥はいつも通りに全員に挨拶をして自分の座るべき場所へと向かった。城司は入り口で立ち止まり挨拶もしないでドアの所で立っていた。

「城司、座れ。」
「俺はここでいい。」
「いいから座れ。長時間立っている気か。」

城司は溜め息をつくと面倒くさそうに用意された自分の席に座った。すぐに家族会議では、一番上の兄、秀都(ひでと)の婚約の話し、朔弥の学校の成績、城司の学校での態度などを話した。会議中一言も城司は口を開かなかった。学校での態度や成績は上の兄弟を含め親戚から集中でせめ続けられていた。口を開こうとするものなら、手を上げられるのを城司は覚えていた。すぐにでもこの場所を離れたいと思っていたが、立ち上がる機会を逃していた。

「そういえば、今日は城司は凄いところを皆に見せたそうだな。」
「・・・たまたま正解だっただけです。」
「竹林先生の東大の問題をなんなく解いたそうです。その話しで城司のクラスおろか、私のクラスの授業の時に先生がおっしゃっていました。」
「やはり血筋だな。しかしなぜゆえ時折IQが上がるのか。」

親族はざわざわと話しをしているのを城司は厭そうな顔で見ていた。時折IQが上がるのを城司はあまり歓迎していなかった。突然上がるIQにより城司は頭痛を伴わせる。なぜ上がるのか、頭痛がするのかその原因は本人すら判っていない。
話しが終わると親戚は好き勝手に部屋を出て行った。城司も部屋をそそくさと出て行き、自分の部屋に入って鍵を締めた。夕食の時間になっても城司は食堂へは行かなかった。部屋から直接、厨房に連絡をして部屋に持ち込ませた。







中書き:
とりあえず、今回はここまで。双子の二人と取り巻く連中に次回は注目(?)してください。

BACK

close


繋がり 第一話 双子  第二話 道具  第三話 愛玩動物  第四話 喫茶店  最終話 始めの一歩