そんなある日の夜、ベッドヘッドの所に置いてあったポケベルが鳴った。俺は携帯とポケベルを使い分けてる。携帯はプライベート、ポケベルには援交・・・。俺はポケベルを拾い、メッセージを見た。
そこには
『今夜、今すぐ逢いたい。
いつもの所で。
ヒジリ』
と表示されていた。俺はパジャマから少し大人っぽい服に着替えて、ポケベルを掴んで部屋を出て、約束の場所に向かった。
約束してた場所にはすでにヒジリさんは来ていた。
「すみません、待ちました?」
「いや、今来たところだ。さぁ、行こうか。」
「はい。」
俺達は近くのBARで少し飲んでからヒジリさんがあらかじめ予約している高級なホテルへ行く。ヒジリさんは結構前から、俺の援交の相手になってるヒトだ。
でも今日は何だか変だ。少し雰囲気がいつもと違う。家の方で何かあったんだろうか。
「ごめん、急な呼び出しをして。」
「いえ。暇でしたから。でっ、どうしたんです?」
俺はヒジリさんの顔色をうかがった。
「今日、ツルギを呼んだのは・・・。」
少しいい辛そうにヒジリさんは言葉を切った。別れ話っていい方は変だけど、やめようとか言われるのかな?俺は何度も経験してるからいいんだけど。ただ、ヒジリさんって気前いいから手放したくないんだよなぁ・・・。
「それは私から説明しますわ。」
部屋の何処から現れたのか、俺は一瞬判らなかったが、どうやら隣りの部屋にいたらしい女のヒトが出てきた。俺は第3者、出現に驚きを隠せなかった。
「本当に援助交際してただなんて・・・。そこの貴方、名前は?」
彼女の迫力に負け、俺は”ツルギ”と答えていた。
彼女は俺を上から下まで見た後、ヒジリさんの方を向いた。
「呆れた、男じゃない。私というものがありながら、男と寝てるなんて・・・。」
「すまん、ツルギ。私の妻にバレてしまった。だから悪いが・・・。」
ヒジリさんは最後だと封筒を俺に渡した。俺は封筒を受け取りポケットにしまう。金鶴だっただけだ。ヒジリさんの他にも俺を買ってくれるヒトはいる。
「気にしないで、ヒジリさん。そしてすみません、奥さん。俺・・・いや、僕がしたことは謝っても許されるわけではないですが、本当にすみませんでした。」
俺は一応、謝った。妻にバレてしまう何かを俺はヒジリさんにしてしまったのだろう。今までも何度かあったトラブル。興信所にでも頼んだのかもしれない。変化を良く見る女性たちに俺達、男性は勝てないのかもしれない。
謝って許されない事は百も承知だ。奥さんの顔色をうかがっておくのも必要。
「反省なさってるならいいわ。でも今後、私の夫に逢わないでちょうだい。」
「はい、判りました。では、僕はコレで。」
二人に一礼して部屋を出た。”ヒジリさん”という金鶴を失うのは惜しいケド、また次のを捕まえればいい事だし。今度は妻子持ちじゃなくて独身のヒトにしようかなぁ。俺は次の人を捕まえに自分の場所に向かった。
俺がいつも立ってる場所に他のヤツが立っていた。そこは人通りが多く、客を捕まえるには絶好のポイントでもあるけど、逆に警察にも捕まる最悪のポイントでもある。俺は何度もそれを摺り抜けている。いつも普段着にスーツを来ているのは逃げ易いから。多少、大人びたカッコをしとけば何かと便利で有効的でもある。
俺はしかたないと少し内側に入った場所に立つために、いつもの場所の前を抜けていこうとした時、腕を捕まえられた。俺は後ろに振り返った。
「よお、ツルギ。久しぶりじゃん、ここに立つなんてさ。」
「なんだ、お前か。」
「なんだはないだろう、なんだは。久しぶりだってのに酷いヤツだなぁ。」
「はい、はい。久しぶり、イズミ。そこ、俺の定位置だって知ってるだろ?」
「判ってるよ。でも最近こなかっただろ。」
イズミは俺の腕を離した。同じ場所に立って俺達は話し始めた。普通こういう所にも競争意識が働くのか、立ってる者同士、話す事はない。そのせいかどうかしらないけど、他のヤツらが俺達を見だした。俺達は始めて逢った時から、気が合って話す事が多い。周りの事なんか気にしたって、しかたないのに。それに選ばれないのは、自分の落ち度のせいなのに、睨んでんじゃねえよって俺は口に出しては言わないけど、睨み返してやった。すると、ヤツらは瞳をそらしてたからおかしかった。
「何睨んでんだよ、ツルギ。それにお前が睨むとマジで怖い。」
「いや、俺達を睨んでたからさ。怖いって言われても・・・年季入ってるから。」
冗談まがいの苦笑いを浮かべながら俺は言った。でも怖いって言われても仕方がない。俺は前は喧嘩をしょっちゅうしていたせいもあるから、年季が入ってるのもある。それでもここに立ってる時は選んでもらおうと愛想良くしてるんだ。まぁ、むかつくヤツを睨んでる時もあるけど。
「冗談にならねえよ、ホントに。それにしても今日は本当にどうしたんだ?」
「いい金鶴に逃げられたから。その後釜を狙いに・・・。」
ついさっき逃げられた金鶴の話しをし始めた。ついさっきまで一緒にいた人の話しをするなんて変な感じもするけど。まぁ、ヒト一人逃がしただけだから、ここに立たなくても大丈夫なんだけど。やっぱりヒジリさんのようなヒトが次に出ないとも限らないし。いなくなったヒトの分は早めに埋めておかないと・・・。
「そっか。逃げられたって、他にもいるんだろ?」
「いるけどさ。やっぱ足りないっしょ。イズミこそ、立ってるなんて珍しいよな。マダムはどうしたんだよ。」
「あぁ、マダムね。旦那が帰ってきたから終わり。次のカモ探し。」
「旦那が来るまで期間だったもんな。美人で良かったのにな。流石、マダムキラーだよな。」
イズミは大部分が女性でしかも年がかなり上のヒトをターゲットにしていた。時々、男も引っかけてるから攻ばっかりではないと思う。客の話しはあまりしないから判らないけど。時々、イズミがマダムの話しをするぐらいで俺も聞かないし、話さない。互いのプライベートの侵害は避けたいから。
俺達はヒトが通る気配がするまで話しをしていた。イズミは女性をゲットして離れて行った。俺は運悪く今日は客を捕まえることができず、家に帰った。今日一日、色々あり過ぎて、疲れた。明日、細小路と学校に行こうと約束したのに行けるかなぁ・・・。
俺はチャイムの音で目を覚ました。目覚まし時計を睨み付け、ドアを開けに行くと、外で立っていたのは細小路だった。俺はドアを開け中に入れて、暫く待ってもらうように言ってから、制服に着替えた。部屋から出て来るとキッチンの方からいい匂いがしていた。
「早く座れよ。どうせ、今まで寝てて、朝食まだ食べてないんだろ?勝手にキッチン借りて作ったぞ。」
「喰ってる時間あるのかよ。」
「もちろん。どうせ、蘇芳がこんな事になってるだろうと思って、少し早めに来たんだ。」
「・・・気の利くヤツで嬉しいよ。」
「どう致しまして。ほら、さっさと喰って学校に行くぞ。」
「あぁ。」
細小路はテーブルに朝食を並べ、俺は椅子に座って合掌してから食べ始めた。細小路は食べてからきたのか、手持ちぶたさで俺を見ていた。俺はさっさと食べ終わらせ、又合掌した。
俺の食べ終わったお皿を流しに置き洗い出した。俺はもう一度部屋に戻り、鞄を持ってキッチンの方へ戻ってきた。細小路は洗い物を済ませて、きちんと制服を着てドアを開けて待っていた。俺達は学校へ向かった。
1限目から来ている俺はクラスメート達から珍しいと言わんばかりの視線が向けられていた。俺はその視線につい反射的に睨み返していた。すっかり引いてしまったそこに細小路が俺の肩に手を置き、後ろにして愛想良く笑って挨拶をして、みんなを和ませた。その和んだうちにと俺達は自分の席に座った。細小路は後ろ向きに座って俺と向かい合った。
「お前さ、その眼タレ、怖いよ。・・・マジで。」
昨日、イズミに言われた事を今日も言われるとは思わなかった。でもクラスメートが引いていたのは確かな事だし。俺って他のヤツらより経験は色々してきたつもりだ。眼タレが怖いのも積んできた経験のせい。
「経験の違いだよ。さっきみたいに見られなきゃ、眼飛ばしたりしない。」
「色々やってるんだな。苦労は若いうちにしとけって言うけど、し過ぎじゃないか?」
細小路は俺の肩を叩きながら言った。でも俺は今までしてきた事を苦労だとは思ってない。これからもずっと思わないだろう。だから俺は肩を叩いている細小路の手を掴んで首を横に振った。
「全然、苦労じゃねえよ。今までの経験もこれからする経験も全て試練なんだよ。」
「・・・はい??試練〜〜???」
俺の言葉にびっくりした細小路は俺の手を掴み返した。俺はもう片手で握り返し、男同士で見詰め合う形になった。
「そう。主が全人類に与えたな。」
俺はにっこり笑って手を離した。いまだに固まってる細小路の肩を叩くと前に向かせた。ちょうどチャイムが鳴り、担任が入ってきた。いつものように出席を取り、俺が返事をすると先生は嬉しそうにしていた。俺は時々しか、朝に間に合う事がなく、全員が揃う事が滅多にない。大半は俺が学校を休んでるか、途中で来てるからだ。朝のH.R.を済ませ、1限目の先生と交代のように教室を出て行った。面白くない授業が始まり、俺は窓の外を見ながら、授業を聞き流していた。時々、当てられて答えた後、またぼーっとしていた。やっぱり、昨夜の疲れが出てるんだろうか。保健室に行って一眠りして来るかなぁ・・・。
「先生、頭痛がするんで、保健室行ってもイイですか?」
俺は手を上げて椅子に凭れながら、ちょっと具合が悪そうに見えるように言った。
「大丈夫か?無理をしないほうがいい。保健委員、連れて行ってやれ。」
「あっ、一人で大丈夫です。保健委員のヒトも勉強がありますし。」
「気をつけて行けよ。」
「はい。」
俺はちょっとよろよろしながら教室をあとにした。
授業中の学校は先生の声と黒板をチョークが走る音、外で体育をしている生徒の声がした。俺は保健室にはいると、まず保健医を探したが姿が見えなかったので、勝手にベッドで寝る事にした。俺は上着を脱いでベッドに潜り込んだ。疲れが睡魔を呼び、消毒液の匂いのする部屋で寝始めた。 |