「ふゥン…最近は物騒な世の中になったもんね」
朝刊に目を落としながら、睦実はそうひとりごちた。朝刊の一面には、今、世間を騒がせている
連続バラバラ事件について、大々的に報じている。
「お早う、睦実…」
声のした方を見やると、パジャマ姿の高史が、眠そうに目をこすっていた。
「お早う、早いネ。まだ寝てても良かったのに…あたし、おこしちゃった?」
「いや、もう起きようと思ってたから……。ああ、それ…バラバラ殺人?」
広げてある朝刊に視線を走らせてそう言うと、睦実はひとつ頷く、
「もう、5件目だって、怖いよねー。それと不思議なのがね、犯人が遺体をバラバラに
する凶器が未だに特定できないんだって」
睦実はそこで言葉を切り、かたちの良い眉根を寄せて再び口を開いた。
「初めの頃は、切り口とかガタガタだったんだけど、段々切り口が滑らかになっていって…。それで
警察の方も混乱してるんだって」
「…いちいち凶器かえているのかな」
「さあ…そこまでわかってないみたいだけど…でも本ッ当、気ィ狂っちゃってるよね」
睦実の言葉に、高史の自嘲的な笑みを浮べ、ぽつりと呟いた。
「…睦実、実は俺が今まで何人もの人を殺めてきた、気の狂ってしまった、その殺人者だと
したら…どうする…?」
「え…?」
思わず高史の顔を見詰め返す睦実。高史の瞳は怖い程真剣で、とても冗談といった雰囲気ではない
「―どうする?」
ゆっくりと高史の唇が動く。睦実は恐る恐る口を開いた。
「…嘘、でしょ…?」
睦実の言葉に高史は一瞬間をおき…破顔する。
「う・そ。ははっ、ビックリした?」
途端、睦実は糸の切れた繰り人形のようにその場にへたりこむ。
「お、おいおい、本気にしたのかよ!?」
慌てる高史を、涙目で睦実は睨み付ける。
「馬鹿。あんな怖い顔して…本当の事かと思っちゃったじゃない」
「…怖がらせてごめん。もう睦実の前で嘘はつかないから…」
未だへたりこんでいる睦実を、優しく抱き締めると耳元でそう囁く。
「…絶対よ」
「ああ、睦実には本当の事しか言わない。……ところでさ、俺…腹減ったんだけど」
思わずジト目で睨む睦実。
「何だよぉ?!俺さっき言ったろ、本当の事しか睦実には言わないって!…なぁ、本当お腹空いてるんだよ、頼む、この通り!!」
大袈裟に手を合わせる高史に、ようやく睦実は笑みを浮かべて立ち上がる。
「わかったわかった。じゃ、ちょっと待っててね」
手早くエプロンを身につけ、台所に立った睦実は…微かな違和感を感じる。
…あれ、包丁が見あたんない…?
いつもおいてある場所に包丁がないのだ。まわりを探してみても、見つからない。
となると、高史が使って、その時にいつもと違う場所にでも片付けたのだろうか。
冷蔵庫を開けてレタスとトマトを取り出しながら、彼に声をかける。
「高史、包丁どこにあるの?」
「………え…?」
不自然な程の間の後に、何故か奇妙な返答。
「…高史…?」
「あ、ああ、悪い。少しぼーっとしてた。包丁ね、包丁…流しの下の開きんとこ見てみ」
言われた通り開きを開けてみると、確かに包丁はそこにあった。
早速手に取り、料理を始める。ほどなく食欲を誘う良い香りが台所に立ち込める。
「おっ、うまそう」
「でしょ。つまみ食いダメだよ。…あ、そうそう前から聞こうと思ってたんだけどこの包丁、すっごく良く切れるよね。何かさ、特別なお手入れでもしてるの?」
「んー、大したことしてないよ、人の生き血で研いでるだけで」
「…え……?」
瞬間、睦実の手の動きがぴたりと止まる。
「その包丁さ、かなり特殊な包丁でさ…人の血使って研がないとすーぐ錆びちゃうんだ。でも研げば研ぐ程に
切れ味もましてく…。今まで何回も研いでたから、今なら骨も綺麗に切れるだろうね…」
高史はそう言って睦実と、睦実が握っている包丁を見やり…満足そうに微笑む。
「嘘でしょ…。高史、またあたしを脅かそうとして…そんな事言ってるんでしょ?!
もう、引っかからないからねッ」
明るい声色とは対照的に睦実の表情は強張っている。ただ瞳だけが、救いを求めるように高史をじっと見詰めていた。
そんな睦実を見て、高史は先刻、彼女を驚かせた時と全く変わらない笑顔を浮かべ、こう告げた。
「本当だよ。…俺さっき睦実に言ったよね。睦実には、本当のことしか言わないって」
「―日未明、女性のバラバラ遺体が発見され、警察では一連の連続バラバラ殺人事件と断定して捜査を始めました。
殺されたのは、会社員高瀬睦実さんで―――」