春の柔らかな日差しが差し込んでくる。
窓から見える桜並木には、薄桃色の花がほろほろと咲き零れている。

日当たりの良い六畳間で、アッシュは読み止しの本から目を離すと、大きく欠伸をした。
「ふぁぁ…っ、気持ちいいっス…」
アッシュは久しぶりのオフを自宅で過ごしていた。部屋の中に閉じこもっているのは勿体無い陽気だが、外に出ても騒がれる危険がある。
たまには部屋でゆっくりゴロゴロ過ごすのも悪くない、そう思って、買い込んだまま読めなかった本と紅茶を手に、
のんびりと読書をしていたわけだが――。

ぴんぽーん♪
チャイムが鳴った。
寝転んだまま、首を巡らせてドア方向を見る。暫く間があき、再びチャイムが鳴る。
…誰っすかね。
アッシュは心の中で誰何する。と、それに応じるように外から声。
「すいませーん、兎印牛乳です〜。集金に参りました〜」
アッシュは慌てて立ち上がった。
 

「すいませんっす!財布なかなかみつからな……」
ドアを開け、待っているはずの集金人に頭を下げようとしたアッシュは、思わず固まってしまった。
「はーい☆集金に参りました〜」
目の前にいたのは、集金人ではなく、何故かタイマーだったのだ。
「やっ!元気だったぁ?」
ひらひらと手を振ってみせ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
トレードマークのうさみみ帽は目立ちすぎるらしく、代わりにニット帽を目深に被っているが、紛れもなくタイマーである。
「タ、タイマーさん?あれ、でもさっき牛乳屋さんが…」
全く思いがけない客の来訪に、アッシュはやや混乱気味だ。そんなアッシュと握り締めた財布を見て、タイマーが吹き出す。
「へっ?」
「やっだな〜。本当に集金の人だと思ったの?冗談だって!」
「じゃ、あれは…」
アッシュの問いに首を縦に振る。
「絶対気付くと思ってたんだけど。だって兎印、なんて会社ないでしょ。ほーんとアッシュってからかい甲斐あるねぇ」
タイマーの言葉に思いっきり憮然とした表情になるアッシュだった。
 

「…で、一体何の用事っすか」
少し不機嫌な声音でタイマーに訊ねる。せっかくの休みを突然の闖入者に邪魔(?)されているのだから仕方ないのだが。
それを知ってか知らずかタイマーは、鞄の中から一枚の封筒を取り出し、アッシュの鼻先に突き出した。
「これなーんだ」
「…これ…」
アッシュはその封筒を受け取り、まじまじと見る。真っ白で割としっかりしたつくりの封筒だ。封は既に切ってある。
「中見ていいよ」
タイマーの言葉に素直に従い、中身を確認してみる。
「招…待状…?」
思わず声を出して呟く。中に入っていたものは招待状だった。
「これがどうかしたんすか?」
するとアッシュの言葉が気に入らなかったようで、タイマーはむっとした顔になる。
「よく見てよ、一体何の招待状かを」
「えっと、ポップンパーティのご案内…」
「そうっ!!」
急に大声を上げたタイマーに思わずアッシュは両耳を塞ぐ。タイマーはれっきとしたヴォーカリストだ。
歌う事が仕事であるゆえ、声量は馬鹿にならない。

そんな人間に耳元で大声を出されたのだからたまったものではない。
「な、何すか、急に大声出して」
流石に非難の色を隠さず、アッシュが声を上げる。しかしタイマーはお構いなしだ。
「だーかーらーポップンパーティだよっ!久しぶりに皆に会えるんだよ?!落ち着いてなんかいられないって!うっわ、楽しみ〜☆」
興奮しているようで、頬が紅潮し、双眸はまだ先のパーティへの期待感に満ちている。
人間の外見年齢としては一応自分より年上なのだが、こうして見ると全く子供だ。 

アッシュの顔に自然と微笑みがこぼれる。
「…そうっすねぇ。あ…もしかして用事ってまさか…」
「そっ!次のポップンパーティに僕が参加するってこと言いに来たんだ♪」
予想していた答えとはいえ…アッシュはつい苦笑してしまう。わざわざ家まで出向き、ご丁寧に招待状まで持ってくるとは。
電話や他の仕事場で会った時にでも言えばいい事なのに。
しかし、直に会って話した方がいいと考えているタイマーの性格上、そんな事は思いもつかなかったのだろう。 

そう思っているアッシュに、タイマーはウインクをする。
「久しぶりだから、思いっきり頑張るよ。勿論アッシュの分もね!」
「ふぇっ?」
タイマーの言葉に酷く間抜けな声を上げる。その反応が意外だったらしく、タイマーは不思議そうにアッシュを見つめた。
「え…だってDeuilは参加しないんでしょ?ユーリ言ってたけど」
「いや…Deuilは参加しないっすけど、一応俺参加予定者っすよ。招待状も貰ってますし」
「えぇぇぇぇっ!?」
アッシュの答えが全くの予想外だったようで、タイマーはすっ頓狂な声を上げた。
確かに前回、前々回のパーティではDeuilの3人が参加し、話題となった。
しかし今回はDeuilの参加はないとバンドリーダーのユーリは宣言したわけだ。

だがソロアーティストとしての参加はまだ未定、と思わせぶりな台詞は残していたが。
「じゃ、アッシュも出るんだ〜」
タイマーが確認するかのようにそう話す。心なしか残念そうに聞こえるのは気のせいだろうか。
少し引っかかるものを感じ、不審そうにタイマーを見る。

「出ますけど…何か残念そうっすね」
するとタイマーは困ったように天井を仰ぎ、観念したように喋り始めた。
「そんな事はないんだけど。えっと……ぢつはちょっと自慢したいかなーって思ってたんだぁ。ゴメンね、アッシュ」
ぺこりと頭を下げ、済まなそうにアッシュを見つめる。
…やっぱりお子様っすね…
心の中でそう思うものの、タイマーに悪意はないことは承知の上である。
アーティスト以外にも様々な活動をしている多忙なタイマーは、何度となく開かれてきた

ポップンパーティに参加したくてもなかなか参加できなかったのだ。今回ようやく参加できたのだからはしゃぎたくなる気持ちもわかる。
「う、もしかして怒ってる…とか?」
黙っているアッシュに不安そうに声をかける。アッシュはニッコリと笑い、タイマーの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「そんな事で怒るわけないっすよ。ああ、折角のお客さんなのに立たせたまんまですいませんっす。よかったら上がってって…」
その言葉にタイマーは安心したように表情を和らげ、そしてかぶりを振る。
「うん、ありがと。でも他の皆の家にも行こうって思ってるんだ。だからまた今度遊びに来るねっ☆」
アッシュの手から招待状を受け取ると、ドアを開ける。
「パーティでまた会おうね、アッシュ☆」
そう言うと、タイマーは笑顔で手を振った。本当に楽しくてたまらない、といった笑顔で。
 

タイマーが去った後、アッシュはひとつ背伸びをし、読みかけの本を片し始めた。
本を読むのはまた今度にするっす。
そうひとりごちると、外に出かける準備を始める。
桜の花弁を巻き上げた春の風が、柔らかく吹き抜けていった。
 

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