薄暗い自室で、ユーリは本を読んでいた。
マホガニーの机の上には、蘭燈が置いてある。その仄かな明かりを頼りに、ページを繰っている。
ふと、顔を上げる。
目の前に飛び込んできたのは、机の上に飾ってある薔薇の花。
燃えるような真紅の花は、色の少ない部屋の中で、唯一鮮やかに咲き誇っている存在だ。
ユーリはゆっくり手を伸ばす。
細い指先が触れた刹那、瑞々しい花弁が急激に萎れ、美しい真紅が汚い茶色に変貌した。
まるで早送りを見るかのように、花は枯れてしまった。
ユーリは力を指先にこめた。
乾ききった花弁はあっけなく砕け、机の上で小さな塵と化した。
蘭燈に照らされたユーリの横顔は、何の感情も浮かんでおらず、赫い瞳はガラス玉のように揺れていた。
ヴァンパイアとして生まれ、年月を数えることを放棄し、もうどれくらい経つのか。
永い永い時間を生きてきた。
その中で得たものは、絶望。
無意味な自分を痛いほど感じ、空虚な己を否応なしに突きつけられてきた。
自分を厭うあまり、命を絶とうと思ったこともあるが、忌々しい己が血は死を許さなかった。
暗闇に住まう不死の眷属――。
死なないのではなく、死ねない。
真の安らぎともいえる「死」さえも受け入れることが出来ない、哀れな存在。
それが、自分なのだ。
そのことを悟ってから、ユーリはひたすらに、昏々と眠る刻を過ごしてきた。
目を開けて、自分の無意味な生をまじまじと見る必要はない。
これからも延々続いていくのだ、発狂せんばかりの価値のない日々が。
それならば。
眠っていた方がいい。
棺の中でそのまま朽ち果ててしまうくらい、永い永い眠りについてしまえ。
そうすれば。
――死ねるかもしれない――。
それは、絶望しか知らないユーリが初めて知った淡すぎる希望。
不死とはいえ、何も飲まず食わずで生きていけるわけではない。
何も摂取しなければ、当然餓死してしまう。
ならば自分の身体がそこまで弱り果ててしまうまで、棺の中で眠ればいい。
いずれ身体は朽ち、この世界から消え去るだろう。
そうすれば自分という存在は消えて、苦痛に満ちた生から解放される。
――やっと、眠れる――。
死蝋のように白い顔に、ぎこちない微笑みが浮かんだ。
棺に入ったユーリは、いつも以上に深く深く、昏々と眠った。
二度と目覚めることのない眠り。
ユーリはそう確信していた。
だが――。
現実は非情だった。
目覚めたユーリの目に飛び込んできたのは、見知った自分の部屋の天井。
自分の周りには、夥しい量の乾いた血痕と、その血を流したであろう死体。
既に腐敗し、液状化しつつある死体からは、黄ばんだ骨が歪に飛び出ている。
鏡を覗くと、青白い顔には既に茶色に変色した血が飛び散っていた。
口の中には、微かに、鉄錆の―甘美な味が残っている。
焦点の合っていなかった真紅の瞳が、大きく見開かれた。
理解したのだ。
無意識のうちに、空腹を満たしていたことを。
ユーリが抱いた死の衝動よりも、ヴァンパイアとしての本能が勝ったのだ。
どう足掻いても、血を啜り、闇の底で生き続けるしかないのか?
淡い希望は、結局絶望に塗り潰された。
ユーリの口角が奇妙に吊り上がった。見ようによっては笑っているようにも泣いてるようにも見える
ひどく引き攣った笑いだった。
一度、自らの生存本能を抑えこもうとしてみた。
血を求める飢えた口を、ナイフで切り裂いた。
血を欲する卑しい牙も、ナイフでへし折った。
叫びだしそうな激しい痛みを飲み込み、口腔を抉った。
自分の血の味は、吐き気がするほどに不味い。
肉片の混ざった血を何度も何度も吐き出しながら、自傷行為を続けた。
端整な美貌が血塗れになり、見るも無残な格好になった頃には、意識がひどくあいまいになった。
そのまま倒れるように棺の中で眠りにつく。
意識を手放す瞬間、一瞬だけ、今度こそ目覚めないのではないかと期待をした。
本当に一瞬だけ。
きっとそれは儚い願いでしかない。
わかっている。
けれども、そう願わずにはいられなかった。
次に目覚めた時、あれほどまで傷つけた口元が嘘のように回復していた。
自傷する前の美しい顔立ちに戻っている。
吸血できないようにしたはずなのに。
何故、生きている?
そんなユーリの疑問は直ぐに解消された。
手。
繊細なその指先が。
浅ましいほどの生への執着を見せ。
奪ったのだ。
生きるものの、生気を。
干乾びて、骨と皮だけになった誰かの亡骸がそれを雄弁に語っていた。
血も臓物も筋肉も神経も。
すべてを奪い、喰らい尽くしていく指先。
「――何故、そうまでして生きようとする?」
掠れた声でそう自問したが、勿論答えは返ってこなかった。
自分の意識を越え、全く自由にならない本能に。
それから、幾度目かの眠りから覚めたユーリは、ほんの戯れで音楽活動を始めた。
最初は単なる暇潰しのつもりだったが、いつの間にかのめり込んでいた。
何かに熱中する、など自分には縁遠い感情だと思っていただけに、そんな自分の変化と
自分を取り巻く環境に、いとおしさすら覚えるようになった。
特に同じバンドのメンバーである人狼と透明人間には何かと助けられている。
勿論、それを素直に表に出すことなどしないが。
しかし、ユーリは充実した時を過ごすことに恐れを抱いている。
この陽だまりのような刻が、永遠に続く筈はない。
必ず、終わりの時間が来る。
おそらく、自分が危惧するよりもずっと早く。
時の流れを無視した存在であるが故の罰は、
あまりにも無慈悲で。
どこまでも残酷で。
ただ共に在りたいと願うことすらも、許されない。
ユーリにとってアッシュやスマイルと過ごした時間は、永い時間の中の一瞬にしか過ぎない。
無限の時を生きるものが、その瞬間に拘るなぞ、馬鹿げているのだろうが―。
だからこそユーリは、この有限の刻を何より貴いと思っているのだ。
宴が終われば、待っているのは底なしの虚無と絶望だから。
せめて同じ時を過ごせる間だけは、一緒に。
一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に
一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に一緒に
…居たい。
…痛い?
それは病的なほどの執着。
狂気にも似た想い。
それでも、痛々しく悲愴なヴァンパイアにこれほど相応しい感情はない。
何も生み出さない
奪うことしかしらない
哀れな彼には。
あとがき?
全世界2億3千万(推定)のユリストを完っ全に敵に回しましたね。
新月の晩は歩けません。殺されそうです(笑)
こんなん書いてますけど、ユーリさん好きですよ。だって嫌いだったらこういう風に表現すること自体しないでしょ(笑)
今回は書いてて楽しかったです。
暗いから、気持ち的にすっげ〜楽〜(死)ナチュラルテンションで書けるってイイね!(ヲイ)
まだ続きます。本筋書けなかったので。
当然ダーク路線。
いつかホンワカした話とか書けたらいいねぇ…(遠い目)