週末の過ごし方。
Case:遠野 志貴のとある週末
土曜日。
それは学生にとっては、学校が昼までだったり休みだったりと、大手を振って心ゆくまで羽根を伸ばせる日だ。
日曜日の前哨戦ということも手伝って、多少の無茶も効いてしまうというまさにワンダフルデイズ。―――なのに、ここ数ヶ月の俺にとっては土曜日という日はある意味最悪の曜日に他ならない。
日曜祭日はまだいい。
休みだからと1日中家にいることにして、そこにアルクやシエル先輩が遊びにきても秋葉と派手に荒れる事は少なくなったし、気が付いたら翡翠や琥珀さんも加わって、お茶会になったりもする。
それに、例え誰かと約束をしていても、そこに他の誰かが乱入してくることも最近は余り無い。
どうやら、本人の知らない間に休日の俺の『予約』について、5人の間で何らかの協定が結ばれた、らしい。…………俺「の」休日なのに。それは休みの日の土曜も同じことで、やばいのは、学校のある日の土曜日だ。
元々、平日も放課後は毎日のように、デートの誘いに来たアルクェイドとシエル先輩のバトルに撒きこまれたり、時には何故か追いかけまわされたり、家に帰ったら帰ったで翡翠にじっと見つめられてしまったりだとか(しかも視線が合うと真っ赤に頬を染められる)、それを何故か絶妙のタイミングで「偶然」目撃した琥珀さんにひたすら遊ばれたおしたり、更にその現場を押さえた秋葉に拗ねられてつきっきりで機嫌を直す羽目になったりだとか―――
そんな厄介な放課後が、土曜日は余計に長い。
しかも、今日は何の因果かシエル先輩と遠野家一同とアルクェイドのトリプルブッキングという、いつも以上に最恐の事体に気がつくと陥っていた。
シエル先輩のお誘いは、昨日学校で受けたのはしっかり覚えてるし、自分としての今日の予定もこれだった。
秋葉達との予定は、秋葉から家長権限で押しつけられたのは今朝のことだ。
アルクェイドとのは……朝、部屋に乱入してきたアルクを追い返す時にでも寝ぼけて安請け合いしてしまったのだろう。多分。
そして、今日の俺の選択肢はいつもの如く―――
1.最初の予定通りシエル先輩と。
2.家族サービスは大切です、という事で秋葉達と。
3.真祖の姫君に進んで無理やりテイクアウトされてみる。> 4.間を取って全てから全力で逃亡。
「4」だった。
……それ以外を選んでも、こういう状態の場合はフラグの管理ミスで大抵自動的に「4」になってしまうのだけど。―――て、何を考えているのか、俺は。
そんな事を思いながらも、コンビニに入って追っ手を撒きつつ、いつもと同じ場所に辿りついた。俺が落ちついて逃げこめる場所は、侘しいことにここぐらいしかない。
勝手知ったる友の家、悪いが勝手に入らせてもらい、階段を上がって目的の部屋に雪崩れこむと、長年見馴れた反社会的な格好の部屋の主の悪友が寝っ転がっていた。
「助けてくれ、有彦……」
「おう、やっぱ今日も来たか」その一言だけで、いつもの様に避難先として受け入れてくれる。
こういう時ほど、こいつの存在を有り難く思ったことはない。親友のはずだけど。
それに感謝の意を表して、コンビニの袋からがさごそと、さっき買ったものを取り出して
渡す。「ほい、これ土産な」
「…………プリンかよ」
そう。プッチンプリンで、しかもBigプッチンプリンだ。文句はあるか。
俺が食べたかったんだからいいだろう、別に。あ、たかがプッチンプリンだからって、しかめっ面しやがって、コノヤロが。「お前なぁ、コンビニでプリン買って来るにしても、最近じゃもっとまともなのも売ってるっつーのに、なんでこの大豪邸在住のお坊ちゃまはこんなプッチンプリン買ってくるかねぇ、つかスプーン寄越せ」
「いいだろ、別に。俺はあんな家に住んでても、身も心も有間家仕様の庶民なんだ。 安っぽい、遠野の家では幾ら望んでも食べる事の出来ない、この庶民の味が大好きなんだ」
ほい、とこれまたコンビニ袋からプラスチックのスプーンを取り出して、差し出してた手に乗せてやった。有彦は、何も知らずに『プッチンプリンみたいなプリンが食べたい』、と琥珀さんに言ってしまった俺のその後を知らないからそんな事が言えるのだ。
というか、あんな事で説教されるとは俺も夢にも思わないかったが。
―――まぁ、その時に琥珀さんが作ってくれた本格プリンはあれはあれでとても美味しかったのでいいんだけど。
自分もプリンのフタを剥がして、スプーンを袋を破って出す。
「それにお前も好きだろ、こういう安っぽい味のプリン」
久々のプッチンプリンは、あいもかわらず安っぽくて子供だましな味で、琥珀さんのプリンとは別の意味でおいしかった。
「まー確かに嫌いではないわな、俺はお前以上に生粋の庶民だし」
有彦のその何気ない一言に、食い物の恨みは恐ろしいと言うのは本当なんだな、ということを冷静に暢気に思いながらも少し本気で、付き合いの長さに比例するいつも通りの険悪さで突っかかっていく。
「……お前なあ、昔の話とは言え、転校してきたばっかの俺の給食のプリンかっぱらったほどの癖に何を言ってんだよ」
いつも通りの、つもりだった俺の返答に、有彦は何故か面食らった様子で応えた。
「――――あんな事、お前覚えてたのか」
俺も有彦の意外な反応に軽く面食らって、言葉に困りながらも返事をした。「―――いや、コンビニでコレ見たらなんとなく思い出したんだよ。だから買ってきたんだけど」
妙な、間が空いた。
「ん……そうか」
それっきり、この話は途絶えた。
しばらくして、快晴の土曜日の昼下がりに、うら若い十代後半男が二人で黙々と屋内でプリンを食すという行為に、やっと不毛な気がしてきた頃、急に有彦が口を開いた。
「そういやさ、前から聞きたかったんだけど」
「ん?」
それは、普段通りの軽口のような、もしくはそんなフリをしたような口調で続いた。
「お前、結局あの5人の中の誰が本命なんだ?」
「……んなこと、有彦には別に関係ないだろう」
「いや、関係あるさ。俺は人のモンに手を出すような事はしたくねぇからな」
ああ、そう言えばこいつはシエル先輩狙いの上秋葉にもだっけと、今更のように思い出す。
確かにそういう意味では、有彦も関係無いとは言えないか。特に秋葉は俺の妹だし。有彦は勢いつけて、ずずーっと残り少ないプリンを全部口の中にかきこむと、空のカップを床に置いた。
「それにだな」
「それに?」
つられてオウム返しに問い返しながら、俺もなんとなく自分の手の中にあったプリンのカップを床に置いた。
空になったカップを床に置くと、カップの中でスプーンがカラリと小さく音をたてた。有彦が俺のほうに向き直ったのは、その音とほぼ同時だったと思う。
向き直ったその顔の真剣さは不意打ちだった。
「お前がさっさと誰かのもんになんねぇと、」
その不意打ちに驚いている間に、有彦が肩に手をついてきた。
肩に体重を掛けられると、おもしろいように視界がぐるりと回って床に頭がぶつかって、
「俺がお前を諦められないじゃないか」―――気がつくと、重かった。
なんでこういうことになったのか、よく、わからない。
だけど現状はきっと現実で、押し倒されているのは多分夢じゃない。
けど、俺に乗りかかってきてるのは紛れも無く、目の前のコイツで―――
「な……なにするんだよ、有彦! お前、彼女みたいなのがいくらでもいるだろう!?」
「別にあんなの彼女でもなんでもねぇよ。勝手に世話焼いてくれるし、別に女嫌いなわけでもないから付き合ってるだけだ」
「でもお前、シエル先輩に」
「ああ。先輩はメガネだし、なんとなく雰囲気とかが、どっかお前に似てたからな」
「それに秋葉にも」
「……秋葉ちゃんは、お前の妹だったからな。秋葉ちゃんには悪かったけど、妹ならお前の代りになるかもしれない、そう思ってたんだよ。最初は義理の妹だとは知らなかったしな。」そう言うと、有彦は少し笑った。
こんな有彦の顔は、初めて見た。「でもな、遠野。やっぱ俺お前が好きなんだわ」
「……有彦」長く感じた一瞬のあと、顔が近づいてきて
―――プリンの、味がした。
甘い、安っぽい、さっきまで自分が食べてたプリンの味と妙な連続する感触。
思考と、それ以上に身体を停止させる。
ち、と動物の鳴き声みたいな音。
同時、口の中身を持ってかれたような妙な感触。何をされているのか俺は。
何をされているのか俺は。
何をされているのか俺は。何をされやがっているのか、俺は。
つまり、ええと、脳髄が計算を拒否しているのだけれど、ええと要は、 遠野志貴は、
誰に、キスなんてことをされてやがっているのか―――
誰に。
当然目の前の、男だ。
そう、悪友でありカタキであり腐れ縁で一応親友のハズの、コイツ以外の何者でも――
―――ってうわいま舌入ったした、おいおいおいコラどこまでする気だオイ。
ぇ、ちょっと待て絡めるな絡めるな、え?あああ、うわ、わ、うわ、ぇええ、んんぅ、うううわ。
慣れてやがるコイツコイツコイツ、無駄に巧い、ってナニ感心してるんだか、腹立たしい、
つか何してくれるんだオイ、おいってば、なあちょっとコラ、まて、このバカがおい、この――
俺とあいつの視線が、ぴたりとあった。
その眼は嘘みたいに真剣で、そのくせすぐに伏せられて、
だからこんなの全部ユメじゃないかと思えるくらい短くて。
いつのまにか唇は離れていたし、残ったのは人工甘味料の甘ったるさだけ。
それもさっき俺が食べた味の感覚だと言い切ってしまえばそれだけのことになりそうな、
そんなあやふやな数秒間。
けれど俺は間違いなく、こいつの中の、俺の知らない、深いモノを見た様な気がした―――
……かと思うと、脳天への一撃が。
「……てめぇ、多少は抵抗しろよ、抵抗しねぇからついキッチリしちまったじゃねえか。このバカが」
「え」
「お前、もしかして俺がまだ何しようとしたか分かってないのか?」あたまはさっきのまま、真っ白のままで、『分ってない』という意思を伝えるために、こくこく
首を縦に振りつづけることしか出来ない。
さっきからもうなんだっつうんだ、このバカは。「ああ、もうこの鈍感野郎が! あんなの単なる嫌がらせだっつーの!!」
…………へ?
―――よく、わからない。
「お前なぁ、モテモテで楽しいのは解るけど、いい加減、誰か決めてやれよ。あれじゃ皆可哀想だぜ」
「…………それがさっきしたことの理由か」いやに気が抜けて、大きく安堵の溜息が漏れた。
ああ、そうか。
なんだ。
いつもの、いやいつもよりちっとばかしタチの悪いただの嫌がらせか、なんだそれだけか。
そんなヤツだったか、こいつは。やっと、頭が回り始めてきた。
「おう、俺はお前と違ってフェミニストだからな! お前のような天然エロ学派は女の敵、そして女の敵は俺の敵だ!」
「親友に対してあんなことまでした上に、敵とまで言いきるか、お前は」……舌まで入れやがったくせに。
「は?親友? なにいってんだ俺とお前は最初からライバルだっつってんだろ?」
「あーはいはい、悪かったな」と。
唐突に、いつも通りの仲の悪いバカ話をそれは打ち切りに訪れた。「…………きた」
「は? 何が?」七夜の血のお陰か自分でも知らない妖怪ア●テナでもついてるのか、なんにせよ『危険』が近づいて来ているのが解る。
どこからかニゲロニゲロと聞こえるのは気のせいだろうが、逃げるべき状況なのは確実だ。ここも所詮は砂の城、そろそろ次の場所に移動する潮時だ。
「んじゃ、迷惑かけないうちに俺もう逃げるわ」
「ん、ああ」
「それから、さっき言われたコトは出来るだけ早く解決できるように、より努力する方向で行くから適当に見守っといてくれっつうことで頼む。すまん。」
「ほんっとにさっさとしろよ。俺の愛の為にもな」いつものようにからから笑う有彦。
その笑顔で、やっとさっきのは本当にただのタチの悪い嫌がらせだったんだと安心した。「んじゃ、また学校でな」
俺もいつもの様に笑って有彦の部屋を後にした。
さて、次は公園にでも隠れて落ちついてくれるのを待つか。
―――まあ、何処に逃げたってどうせ見つかって、おいかけっこになるんだろうけど。でも、結局はそれもいつも通り。
今日もいつも通りの週末が過ぎていく。
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