―――あれは、単なる転校生への嫌がらせでしかなかったはず。
単に給食のプリンを盗ったのなんて、ただそれだけだったはず、だった。当然、女子はそこそこ顔のいい男子の転校生から俺がプリンを盗ったことに、
いつも以上にぎゃんぎゃん言ってきた。なのに、盗られた当の本人はその事を怒るでもなく、
女子の騒ぎっぷりにうろたえるでもなく、
本当にただ「見ているだけ」でしかない、
空っぽの眼で俺の顔をぼうと見ているだけだった。それがなんとなく頭に来て、そのスカした顔をうろたえさせてやりたくて、
『このクラスで俺のライバルになるのはオマエだけだな』
そう言ってやった。
けど、あいつの何もかもどうでもよさそうな表情はそのままで
その時俺は、
ひょっとして、
ほっといたらコイツ一生こんなツラしてんじゃねえかっつうことに
気付いてしまって、
それから、そいつの事が妙に気になって気になって。それから――――。
それから……。
……。
週末の過ごし方。
Case:乾有彦のとある週末
そんな事を思い出したのは、土曜の昼下がりの昼寝明け。目が覚めると同時に唐突に思い出した。
ほんのさっきまでそんな夢を見ていたような気もするが、どうにも寝ぼけてはっきりしない。
思えば、これが俺が遠野志貴にしつこく絡んでいくことの全ての始まりだったわけで、そんな訳で、たかがプリン一個のお陰で乾有彦の人生はこの有様な訳である。
まあ、女子っつうのは単純なもんで、その時にはぎゃんぎゃん言ってたようなのの中にも最近ではキャーキャー言ってくるようなのもいる―――まぁ、それはそれでいいけど。
だから、週末はいつもそこそこ予定が入っていて、それなりに青い春を楽しんでいたりもしていた―――ハズなのに、ここ何ヶ月かの土曜日はたいてい自分の部屋で怠惰に寝こけてばかりいる。
それもこれも、全てはプリンのせいだ。
天気のいい晴れ渡った土曜日の気持ちのいい午後の時間つぶしに、昼寝の次は何をしようかと寝ぼけた頭のままで考えていると、ようやく、入りやすいようにカギを開けっぱなしにしいておいてやった玄関のドアの開く音が聞こえてきた。続いてどたどたと慌てて階段を駆け上がってくる音がしたかと思うと、見なれた顔が息を上げて転がりこんできて、今日も今日とてのセリフを吐いた。
「助けてくれ、有彦……」
「おう、やっぱ今日も来たか」
そして、こいつがプリン以上に諸悪の根源な訳だ。
コイツが土曜日の放課後ごとに駆け込んで来るせいで、オレのここしばらくの土曜日の午後は潰れっぱなしだ。
なんでも、毎度毎度美人な外人のおねーさんやら先輩や妹やら家政婦やらメイドさんやらに追いかけられてて大変なんだそうだ。それのどこが大変なんだかとか全部オマエが悪いんじゃないかと問い詰めたくもなるが、それでもやっぱり今日もコイツをオレの部屋に避難場所として受け入れてやる。
なんたって迷惑なことに、コイツが迷惑をかけられる相手なんてのはオレぐらいしかいないのだから、しょうがないのだ。うん。
そうして、いつものように部屋に入ってきてオレの横に座り込むと、遠野は片手に提げていたコンビニ袋から何かを取り出してオレに渡してきた。
「ほい、これ土産な」
……遠野は、時々何を考えてるかわからん事を言ったりやったりするが、たった今俺の手に渡されたモノを見てその悩みはより一層深くなる。
「…………プリンかよ」
しかも、何を考えているんだかよりによって、Bigプッチンプリン。 いや、この際"Big"の部分は放り投げておくとしてもだ。
―――このタイミングで、プリン。
いったいコイツはなんなんだか、九年間も付き合ってやってるオレにも未だにわからないが、とりあえず、普通の人間でない事は確かだ。色んな意味で。
「オマエなぁ、コンビニでプリン買って来るにしても、最近じゃもっとまともなのも売ってるっつーのに、なんでこの大豪邸在住のお坊ちゃまはこんなプッチンプリン買ってくるかねぇ、つかスプーン寄越せ」
「いいだろ、別に。俺はあんな家に住んでても、身も心も有間家仕様の庶民なんだ。
安っぽい、遠野の家では幾ら望んでも食べる事の出来ない、この庶民の味が大好きなんだ」
そんなどうでもいいことを大袈裟に語る遠野に向かって差し出していた手に、またもやコンビニ袋から取り出された、袋入りで使い捨てのプラスチックのスプーンが乗せられた。もう片方の手にはフタの開いたプリンが既に準備万端で、さっさと食べてしまう為に袋を噛み千切ってスプーンを取り出した。
「それにお前も好きだろ、こういう安っぽい味のプリン」
「まー確かに嫌いではないわな、オレはオマエ以上に生粋の庶民だし」
好きとか嫌いとかどころじゃなく、プリン全般に対してトラウマにも似た想い出を作りやがった張本人が何を言いやがるんだかと思いつつも、でもどうせ、コイツにとってはあんな事はどうでもいい事でしかないんだろうと既に諦めきって、プリンにスプーンを突き刺した。
「……お前なあ、昔の話とは言え、転校してきたばっかの俺の給食のプリンかっぱらったほどの癖に何を言ってんだよ」
だから、その一言に、思わず息が止まった。
「――あんな事、オマエ覚えてたのか」
コイツが、遠野志貴が、そんなことをちゃんと覚えていたことを嬉しいとか驚いたとか思う以前に、ただただ呆然とした。けど、オレがそう聞き返した次の瞬間の、遠野の困りきった顔を見て、コイツに期待なんかしたオレがバカだったことに気が付いた。
「……いや、コンビニでコレ見たらなんとなく思い出したんだよ。だから買ってきたんだけど」
――所詮、コイツはそういう奴なのだ。
「ん……そうか」
こんな事はいつもの事だというのに、そんな遠野が今はやけに腹立たしくなってきて、柄にもなく押し黙ってしまった。
そのまま、遠野もなにも話しかけて来ず、しばらく男二人で並んで黙々とプリンを食べつづける事になった。口の中が無駄に甘ったるくて仕方がなかったがそれでもだ。
だけれども。それでも妙な苛立たしさは落ちつかなくて、余計なことをオレに思いつかせた。
ただ、その思いついた事をやってしまっても別に気が晴れない事は分かっていたし、下手をすれば今までのオレたちのバランスがどうやっても戻しようがないほどに崩れてしまうのも分かっていた、いやむしろその可能性は高い。
けど、今回ばかりは後で思い出して悔しくなるよりかは、そっちの方がずっといいと思ったから、だから思い切って、――――つい、それをやってしまう事にした。
「そういやさ、前から聞きたかったんだけど」
「ん?」
「オマエ、結局あの5人の中の誰が本命なんだ?」
「……んなこと、有彦には別に関係ないだろう」
「いや、関係あるさ。オレは人のモンに手を出すような事はしたくねぇからな」
ちらりと遠野のほうを見ると、上目遣いに天井を見上げて眉を寄せながら悩んでいた。
それを確認して、次の動きに備えて残り少なかったプリンを一気に口の中へ掻き込んで、カラになったカップを何気なくその行動の邪魔にならないようなところに置いた。
「それにだな」
「それに?」
位置を確認するためにまた隣を盗み見ると、遠野の手の中にあったカップも空になっていた。遠野はそれを床に置いた。
そのカップの中でスプーンがカラリと音を立てるのを勢いにして、遠野の方に振り向いた。
振り向いたオレの顔を見た遠野は、驚いて固まっていたようだったが、そんなこと、オレもいつものコイツのように無視して行動と言葉を続けた。
「お前がさっさと誰かのもんになんねぇと、」
そうして、さっき思いついていた事を、ずっと前からやってしまいたかった事をそのまま実行に移した。
遠野が勝手に驚いてるスキに、その肩に手を置いてそこに全体重をかけると、そのまま簡単に前のめりに遠野を巻き込んで倒れこんだ。
ああやっぱりこんだけで簡単に倒せるなんてコイツの身体は軽いんだなとかこんなに軽いとあっさりどっかにいっちまいそうだなとか、そんなどうでもいいことを頭に浮かばせながら倒した上から体重をかけて押えつける。そうやって、気が付けばー―
「オレがオマエを諦められないじゃないか」
気が付けば、拍子抜けするほど簡単に、上手いこと、遠野を押し倒せていた。
あっさりと出来すぎて、むしろなんの感慨も沸いてこない。
そうしている間に、押し倒された当の本人から間の抜けたタイミングで反応が返ってくる。
「な……なにするんだよ、有彦! お前、彼女みたいなのがいくらでもいるだろう!?」
「別にあんなの彼女でもなんでもねぇよ。勝手に世話焼いてくれるし、別に女嫌いなわけでもないから付き合ってるだけだ」
「でもお前、シエル先輩に」
「ああ、先輩はメガネだし、なんとなく雰囲気とかがどっかお前に似てたからな」
「それに秋葉にも」
「……秋葉ちゃんは、お前の妹だったからな。秋葉ちゃんには悪かったけど、妹ならオマエの代りになるかもしれない、そう思ってたんだよ。最初は義理の妹だとは知らなかったしな」
これを逃したら言える機会は無いだろうと思ったから、一切、嘘は言わなかった。
別に女嫌いとかホモとかな訳じゃない、むしろ女子はかわいくて好きだ。シエル先輩も秋葉ちゃんも好きなのは嘘じゃないし、いいなあと思うのは本当だ。
でも、好きだと思っても、やっぱり少しだけ違っているのも本当だ。
次の一言を言うために小さく一息吐く。そうすると、なんでだか、顔の筋肉が緩んだ。
目の前には遠野の顔が、これまでにないくらい近くにある。
緩んだ顔の筋肉を、意を決して動かして口を開いた。
「でもな、遠野。やっぱオレ、オマエが好きなんだわ」
「……有彦」
結局、なんの抵抗もしやがらないままで、呆然とオレを見上げているその顔を見返す。そのまま、志貴の動きが止まってるのを見計らって顔を近づけた。ここまでやっちまったら、これ以上やるもやらないも同じでしか無いし、どうせ、最初で最後だからやるだけやっちまうしかないと思いながら、それでも、目を合わせないように目蓋を閉じて、さっき思い立ったことの続きをした。志貴の方が後に食い終わった分、口の中にはまだプリンの甘ったるさが残っていた。それしつこくを吸いあげてからこっちのも混ぜっ返して、更にしつこく絡めた上で志貴の口の中に戻して、今度はそれを舌で舐めとるように絡めながら、むこうの中で安っぽい甘ったるさを引っ掻き回してやった。
プリンの味で口の中をかき混ぜてやったのは、一種の意趣返しだった。
これなら忘れっぽいこの大馬鹿野郎もプリンを食べる度に見る度に思い出してしまうだろう、ざまあみやがれってんだ。ああでも、クソ、どうせなら煙草の一本も吸ってニコチンの味も混ぜてからヤってやるんだった。それだけは惜しかったが、なにせ勢いでの思いつきだったからそのぐらいは諦めるしかない。
――けど、その途中で、ふと、こんな時コイツはどんな顔をしていやがるのか気になって瞼を開けると、タイミングの悪いことに、見開いていた志貴の目と、向こうのメガネ越しに視線がぴったりと重なった。その目を見て、こっから先に進めてもきっとなにも残らなくて今までの関係も消えるだけで、引き返せるギリギリの場所にオレたちがいる事に気がついて、すぐにまた目を閉じた。
だというのに、やっぱりコイツは、それでも抵抗らしきことはなにもしやがらない。
どうせいつもみたいに『よくわからない』とか思っていやがるんだろう。
いっそ暴れてでもしてくれてれば、もっと襲いやすかったというのになんでいつもコイツはこうなんだか。どんだけオレが思い切ったかなんてのも、どうせコイツは知ったこっちゃ無いんだ。
ここまで九年も掛けたというのに、やっぱり、こっから「先」にはオレらには進められなかった。それが余計に頭に来て、オレは、この事を全部ウソにすることに決めて志貴から唇を離した。
――そうして、それをオレらにとっての「本当」にするために、未だに呆けてるの脳天に問答無用で今年最強の怒りの一撃を食らわせた。9年分の怒りがこもった分、我ながらなかなかいいパンチではあったが、これを食らう義務ぐらいは目の前のバカにはあるだろう、と一人で納得をした。
そして、いつものオレ達の関係通りに行動をする。
「……テメェ、多少は抵抗しろよ、なんもしねぇからついキッチリしちまったじゃねえか。このバカが!」
「え」
「オマエ、もしかしてオレがまだ何しようとしたか分かってないのか?」
ひたすら首を縦に振る志貴を見て、本気で呆れかえる。やっぱりコイツは何にも考えていやがらなかった。あきらめて、いつもの調子でまくし立てる。
「ああ、もうこの鈍感野郎が! あんなの単なる嫌がらせだっつーの!!」
「…………へ?」
「お前なぁ、モテモテで楽しいのは解るけど、いい加減誰か決めてやれよ。あれじゃみんな可哀想だぜ」
「…………それがさっきしたことの理由か」
「おう、俺はお前と違ってフェミニストだからな! お前のような天然エロ学派は女の敵、そして女の敵はオレの敵だ!」
「親友に対してあんなことまでした上に、敵とまで言いきるか、お前は」
視線を逸らした上に少しだけ耳が赤くなっていやがった。
だけど、そんな事はもう、いちいちかまってやらないで、いつものように悪態を付きまくってやる。
「は? 親友? なにいってんだオレとオマエは最初からライバルだっつってんだろ? そりゃもう一目会ったその日から」
「あーはいはい、悪かったな」
さっきまでの事を全部嘘にしてやる為にその上に嘘を重ねて隠すんじゃなくて、敢えて全部本当の事を言ってやってるなんてことには、コイツは絶対最期までも気付かないんだろう。そして、そんな事も知らないままでコイツはオレの前から消えてしまうんだろう。しかもその日は多分そんなには遠くない。
だから、せめてその日まで、オレにはこうして遠野とバカをやっていくしかないのだと改めて諦めた。
これからも、今まで通りにするしかない。
「…………きた」
「は? 何が?」
オレが 考えている間に遠野は一人でさっそく元通りにいつも通りにワケの分からない行動をはじめた。
「んじゃ、迷惑かけないうちに俺もう逃げるわ」
「ん、ああ」
「それから、さっき言われたコトは出来るだけ早く解決できるように、より努力する方向で行く から適当に見守っといてくれっつうことで頼む。すまん」
さっきのオレのせりふを言ったままに受け止めて、すまなそうな顔をする遠野を見て、オレも同じよう眉を寄せる。
「ほんっとにさっさとしろよ。オレの愛の為にもな」
そう言っていつもの様に笑ってやる 。
――どうせ、これの意味も絶対にコイツは最後までも気付かないだろうなと思いながら。
「んじゃ、また学校でな」
階段を降りる足音だけを残して、アイツは部屋から出ていった。
オレは、手をひらひらさせてその背中をいつもの通り見送った。そう。 いつもの通りに。
小さく聞こえた玄関が閉まる音で、一気に気が抜けた。
「…………はー、いっちまったか」 arishiki.htm
俺は言っちまったし、あいつは行っちまった。
でも、それでも結局、いつもの通りで何も変らなかった。
だけどあいつとは今まで通りでいられそうだ。それだけは守れて本当に良かった。
んなことを考えていると、ひょっこり、寝ぼけ顔を出してきたのがいた。
「よ、おはよう」
「あ、姉ちゃん。起きたんだっつーか居たんだ」
「ああ、お前が学校行ってる間に帰ってきて寝てたんだけどな。有間の逃げこんで来た音で起きた。
……それにしても、お前も大変だな。9年目の告白がアレで終わっちまうとはなぁ」
言ってる事とは裏腹に、楽しそうにニヤニヤ笑いやがって同情の欠片もありゃしねぇ。
「ほっとけ、バカ姉キが。いいんだよ、俺と遠野はあれで十分なんだよ。つか出歯亀ってんなよ、バカ」
「あんな騒いでりゃ、こっちの部屋まで聞こえてて当たり前だろうが。この純情初恋限定ホモ野郎」
「うるせえ、ほっとけ、だま」
「んじゃ、も少し寝るから。おやすみ。強く生きろよ、弟よ」
……不条理な鉄拳制裁を食らわせておいて、何が強く生きろだっつうんだ。という呟きは二発目の回避の為に黙っておいた。一人になると、遠野が来る前のよーに寝転がる。
アイツの所為で今日も土曜日の予定が無いので、今日は部屋で寝っ転がってるくらいしかもうやることがない。 確かに今日は昼寝するのに丁度いい日だけど、それは17歳男子の週末の過ごし方としてはちと寂しい。
「なにやってんだかなぁ」
ほんとになにやってんだか、俺は。
「……バカ」
なにがバカなんだか。
俺がバカなんだかあの鈍感野郎がバカなんだか、自分で言ったくせに自分ですらそれはわからない。
でも多分、俺もあいつもバカで大バカで、でもオレはアイツのそういう所も――って 。
……。
…………ああもうオレはどこの恋する乙女だっつうんか!
取り敢えず、言いたいことはもう言えたからもういいんだ、それでいいんだ、これでいいんだ。
俺と遠野は、いつまでもライバルで悪友で親友で、このままなのがいいんだ。うん。
その通りだ。
だから。
だから、志貴なんかさっさと誰かのもんになっちまえってんだ。
「バーーーーーーーーーーーーーーカ!!」
オレにとって今日は、いつもとすこしだけ違った週末だった。
それだけだ。
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