子犬にしてあげよう。







「ところでクリスマスイヴはどうしましょうか?遠野くん」

シエル先輩に突然、そんな事を聞かれたのは、クリスマスイヴなんてまだ先の事に思えた、12月も始まったばかり頃の先輩の部屋でのこと。

既に夕陽も落ちて、すっかり冷え切った色の窓の外とは対照的に、テーブルの上には先輩がテスト勉強の休憩に、と淹れてくれた紅茶があたたかい、良い香りの湯気を上げていた。
「遠野くん頑張ってますからとっておきの淹れちゃいますね」と言って淹れてくれた紅茶はいつにもまして美味しかった。
 

「へ?クリスマスイヴですか、先輩」
「そうですよ、クリスマスイヴですよ。なにすっとんきょうな声出してるんですか、遠野くんは」

学期末のテスト勉強ですら少し気が早いようなこの時期に、更にその先のクリスマスイヴの話をされれば、そりゃ面食らうもんだ。

こんな時期からテスト対策始めているのも、クリスマスも含めて、来るべき先輩との初めての長期休暇を満喫する為に、秋葉のお小言や補習なんかの万難(特に前者)を出来る限り排すべくなんだけど。

「いや、だってまだ24日まで二週間以上もあるじゃないですか。いきなりそんな事聞かれたから少し驚いただけです」

間抜けなことに、自分で声に出してから初めて、今年ももうそこまでやってきていたことに今更ながら気がついた。
 

24日まで二週間と少し。
 

それは、今年もあと1ヶ月も無いということで、そして、あのすさまじかった10月の末の日々から、もう一月以上も経っていたということで。

あの時、先輩と俺はお互いに諸事情で殺し殺されかけたりしあって、そりゃあもう大変だった。
 
 

本当に、大変だった。
 
 

というのに、なのに、今では普通の高校生のように、ふたりでのほんびりとした時間を過ごしていたりなんかして、あんな出来事が全て嘘だったような気にすらなる。

でも、こういう風に先輩と過ごせるのも、あの時のお陰だというのも事実だ。
 

そんな事を考えていて、一つ、イヴに関しての思考に躓きを覚えた。
 

「って先輩、教会な人なのにクリスマスのミサとかって出なくていいんですか?」

そう、そうだ。
シエル先輩はカトリックの異端尋問な人で、先輩の個人的事情もあったものの、俺を殺さなくちゃいけなかったのもその所為で――

「そんなのどーでもいいんですよ、わたし別にカミサマやらキリストサマやらそんなに信じてるわけではないですから。
もう、遠野くんてば若者の癖に考えが根暗いです」

あっさりと、俺のそんな思考を遮ったのは、とても教会関係者とは思えない先輩のスバラシイ言いきりっぷりだった。
その言いきりっぷりに感動すら覚えて、それこそ、どこぞのご隠居さんのようにお茶をすすってみたりなんかしていると、先輩はトンデモないことを言ってくれた。
 

「それに、そんなとこに行く暇があるなら、わたしは遠野くんといちゃいちゃしてたいです」
 
 

その一言で、ご隠居さんから、一挙に17歳の男子高校生に引き戻された。

…………かわいい。
いつも通りの余裕たっぷりの笑顔の癖に、耳までほのかに赤くしてそんな事を言う先輩は、たまらなくかわいくて、愛しい。
 

たまらなくて、そのまま抱き寄せてしまうほどに愛しかった。
 
 
 
 

抱き寄せる途中、青いショートカットの髪が首筋を柔らかく撫でた。
それだけで、十二分に気持ち良かった。
 

カツン、と硬い物がぶつかり合う音がして、二人の唇が触れあった。
先輩の、―――シエルの唇はいつも通りに柔らかくて気持ち良かった。
お互いの顔が離れると、その唇から、ふうと吐息が漏れた。
 

「……シエル」
そう名前を呼ぶと、一呼吸おいて、あたたかい先輩の頭の重みが肩にかかる。

このまま布ごしに、あたたかさを、やわらかさを、その存在を確認しているだけで、それこそどうにかなってしまいそうなほど、気持ちがいい。

「……志貴くん」
いつもならこの辺で了承の言葉を貰える筈――――――

と、待ってみていると、先輩はかわいらしくうんうん言いながらなにやら困っているようだった
 
 

「……シエル先輩?」

「うーん……わたしもこのまま雰囲気に流されてしまいたくはあるんですけど、遠野くんがまだ責任を全面的に取れるんじゃないのなら、今日はこの辺で止めておいた方がいいですよ?

……今日はそういう日ですから」
 
 
 
 

……………う゜…。

「…………わかりました」
そう言われてしまっては、こちらは残念ながら、おとなしく引き下がる以外にはどうしようもない。

溜息こそなんとか出さなかったものの、ついあからさまに落ち込んだ調子で間の抜けた返事をしてしまった。
先輩は、そんな俺の落ちこみっぷりがかわいいとでも言わんばかりに、肩に頭を預けたまま、いつもの調子でくすくすと笑っている
 
 

くそう、これが年上というものか。

今度はこっちが気恥ずかしさで顔を熱くしながら、そんな馬鹿なことを考えていると、不意に先輩の甘い感触の吐息といたずらっ子のような言葉が、一緒くたになって直接耳にかかってきた。
 

その言葉が信じられなくて、つい聞き返してしまう。
 

「……本当ですか、先輩」
「はい、もちろんです。遠野くんにはもう嘘はいわないってちゃんと約束したじゃないですか」

そんな約束をしてても、さっきの言葉は信じられないような言葉だった
 
 

(その代わり、24日はたのしみにしてていいですよ)
 

もう遠野くんてば約束したのに疑うなんてひどいです、なんて言いながら、先輩は俺の反応が予定通りらしく、さっき以上に楽しそうにくすくすと笑っている。

―――先輩が笑ってること自体はとても嬉しいのだが、一方的にやられてばかりでは、少し悔しいのでこっちも、ささやかな反撃に出てみることにした。

「……それじゃあ、たのしみにしてますから、先輩もたのしみにしてて下さいね」

抱きしめた体勢のまま、そういうことを先輩もたのしみにしてるのを知ってて、さっきの先輩みたいに、わざとそういう意地の悪いことを、わざと耳元で言ってみたりみなかったり。
 

「…………はい」

ポッと、目の前にある先輩の耳が赤く染まった。
この分じゃ、きっと顔も真っ赤でかわいいんだろうな、と思いながら、そのままぎゅうっと、抱きしめる腕に力を込めた。
 

「……遠野くん、すこし苦しいです」
「知りません、そんなの」

ああ、秋葉たちの説得は大変だろうけど、シエル先輩とのたのしいクリスマスの為にも、頑張ってお兄ちゃんの威厳を示してやらないとな。
 

だから、その為にも、もう少し、この愛しい大切な人を抱きしめていよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

このあたたかさを覚えていたら、そうしたら、なんでも出来ると思うから。
 
 
 
 
 
 
 
 

「だから、苦しいんですってばー」

「だから、そんなこと知りませんてば、先輩」
 
 



end


*********************おまけ*****
 

しかし、24日当日、シエルに連れまわされ倒された志貴がへばって、
夜になってからシエルに「遠野くんのうそつきー」とぶーぶー言われたのは、

また、別の話。
 

*****おわり****************(・∀・)アヒャ*