メガネとオレンジ色、その関係の論理と命題

/メガネ
 
 
 
 

「メガネ」
 
 
 

「ん?」
いつも通りの、オレの部屋での俺と遠野のふぬけきった休日の午後。
何冊目かの漫画を読み終わったところでふと思い出した疑問を、オレは遠野の反応を無視して直球ストレートで投げ付ける。
「オマエってさ、別に目が悪いわけじゃないんだろ?」
「うん、まぁそうだけど」
「なのに、ずっとそのメガネ掛けてるよな」
「うん」
「そしてオレとオマエは小学校の頃からの、ずっとの付き合いだよな」
「イヤだけど確かにそれが現実だな」
うむ。確かにイヤなことに、腐れ縁のオレらの関係は確かにそれが現実だ。
「オレ、遠野がメガネとった顔って見たことない」
なのに、何故かこれも現実だったりする。
体育の着替えの時やら修学旅行のフロの時やらウチに泊まった時やら、見る機会は何度でもあったはずなのに、何故かオレはこの腐れ縁のメガネ無しの顔というのを見たことが無い。 
時々、メガネを外しているのを見かけたとしてもそれはいつもほんの少しの間だけで、しかもこいつは俺の方には顔を向けない。オレを見る時にはもういつものメガネ付の顔になっている。
クラスの他の連中のいうことには、メガネの無いコイツというのは『いつもと違ってかっこいい』けど『なんか怖い』らしくて、どうにもいつもとは印象が違うらしい。
遠野とは無駄なまでに長いこと腐れ縁をやっているのに、オレはそんなコイツを見たことはない。
「悪いけど、俺のメガネ無しの顔が見たいっていう話なら却下な」
「なんでだよ」
「俺、裸眼で有彦を見たくないから」
……あいかわらず、訳のわからんことを言うヤツだ。
でもこれで、やっぱりコイツはわざとそうしていたということを確信した。理由は知らないし聞く気も無いが、わざわざ先手を打ってまで嫌がると言う事はそれは遠野にとってきっと大切な事なんだと思う。
「そーか。ならいいや」
「いいの?」
「うん、オマエがイヤなら別にいい」
別にこれは遠野に嫌がらせをする為の話でもないし、そこまでして見たいもんでもない。
だから、またさっきみたいに、ダラダラとした午後に戻る為にそこいらに置いておいた漫画を引っつかみかけたところで、遠野が不意打ちを仕掛けてきた。
「……目を閉じててでいいなら、外してもいいけど」
…………やっぱりオレにはコイツが何を考えてるのかよく分からん。
オレがあっさり引いたのが意外に効いたのかもしれないが。
その時には、遠野のメガネについての疑問なんて、もうどうでもよくなっていたけど、ただ、自分からそんな事を言う遠野の言動の物珍しさにひかれて、オレはメガネを外して貰うことにした。
遠野が自分で言い出した事に「ああ、うん」と、気の抜けた返事で答えたのを見て、オレが対面に移動すると、目の前の遠野はしっかりと目を閉じてからメガネを外した。

『メガネを外す』

ただそれだけのことだったのに、遠野がメガネを外した次の瞬間オレは失敗したと思った。
 ほんのさっきまで目の前に居たはずの、腐れ縁で親友であるはずのオレのよく知っている男はまるで消えていて、そこには、オレの知らない「遠野志貴」がいた。
ただ、いつものコイツからからメガネを取っただけなのに、クラスの連中が言うように『怖い』とかじゃなくて、確かにオレはそう思った。
なのに、―――こっちの方が本当の「遠野志貴」なんじゃないかと考えてしまって、そんな事を考えてしまったこと自体が凄くイヤだった。
―――でも、こんな奴をオレは昔見た事があった。どうやったってオレにはソイツの忘れようは無い。
きっと、この閉じてる瞼を開けたら、あの時の見たままのからっぽでなんにも見ていない壊れてる眼ん玉が見えるんだろうなと、ごく自然にそう思った。
今、オレの目の前にいるコイツはそんな、昔の、オレと出会ったばっかの頃そのまんまの遠野だった。
ガキの頃、完全に壊れやがってたコイツのそんな目がやけに気になって、そんな自分とコイツが頭にきて、それを変えてやりたくてここまで付きまとってきてやってきたはずだったのに、

なんだ。
結局、あれからずっと、オレは志貴のことを変えるなんてことは出来なかったのか。

――――悔しいやら悲しいやらムカツクやら、そんな言葉ばかりが頭の中で回ってるくせに、それを一つには纏められなくて、ただメガネのない遠野の閉じたままの眼を一方的に睨みつける。
それでも、未だに目の前の男はこっちが何を考えてるかなんてのにはお構いなしに、目を閉じたままで身じろぎの一つもしやがらない。
コイツは、この世界の中じゃオレの事ぐらいしかまともには見えてないくせに、結局、オレのこともちゃんとは見る気はないらしい。
――――でも、それでもオレは別にいいと思った。

理由は知らないしわざわざ聞く気も無いが、遠野にとってそれはとても大切な事なんだったんだと思う。
それがオレの方に向いていた。オレにはその事実だけで十分だ。
だからもう、今更そんな事はかまいやしないことにした。

「もういいかー?」
「おう、もう少し待て」
遠野の手の内からメガネをひったくる。
メガネを取られた遠野は、それでも目を閉じたままで慌てかけるが、「ほら。動くな」の一言で渋々大人しくなる。こういうとこはいつも通りの遠野で、すこしだけ安心した。
このまま、いきなり抱きしめてみたりキスの一丁でもぶちかましたりして脅かしてやろうかとも考えた。けどそれはやめた。
そんなことやっても、この遠野もいつもの遠野も変えることなんて出来やしない。
だから、そのまま大人しく、メガネをかけてやって、
そうして瞼を開けたいつも通りの遠野に、
「ありがとな」
と、一言だけ素直に言ってやった。

遠野は、一瞬あっけに取られていやがったものの、さっきと同じな気の抜けた返事だけして、いつも通りに、何も無かったかのようにまたオレの横でぐたぐたと漫画を読み出した。
 
 
 
 

やっぱり、こいつはよく分からんヤツだ。
 
 
 
 

メガネ/end.


 


/オレンジ色
 
 
 
 

それを最初に見た時、俺に言葉はなかった。
 
 
 

爽やかな朝の教室に突如現れて机に突っ伏して寝ている、

オレンジ色の頭。

――いくらなんでも、朝っぱらからコレというだけでも十分に衝撃的だと言うのに、その机の位置が他ならぬ有彦の席だという現実が余計に俺の脳髄から言葉を剥ぎ取った。

……よくわからない。いやむしろこいつの事なんて特に今は分かりたくも無い。
確かに、小学生の頃から茶パツにしたり金髪にしたり、有彦がまともな頭でいたのなんてついこの間までの中三の一年間ぐらいなもんで、それと言うのも『姉貴が高校行ってもいいって言ってくれてるから、どうせ行かせて貰うからにはちゃんといいとこに入れるようにしないとな』、なんてのが理由だった。その上、柄にも無くこいつが受験勉強にも励み出した時は少なからず感心もしたが、ここ最近の異常気象はこいつのせいなんじゃないかとも思ったもんだった。
――そういえば、その時に『高校までひっついてってオマエとの決着をつけてやるぜ!』とも言ってたな、こいつは確か。お蔭で何の因果か、本当に高校までこいつと一緒になった訳なんだが。
けど、だからといってその反動なのかなんなのかは知ったこっちゃ無いが、いくらうちの学校が頭髪自由
だとはいえども、入学してから一ヶ月も経たないうちにこんな見事なまでのオレンジにするなんてのには流石に俺も驚くしか出来ない。小学校以来の腐れ縁の俺ですらこうなのだから、今の有彦の頭の色は善良なクラスメイト達を無責任にも驚かしていることだろう。
よく見れば、教室各所からちらちらちらちらとオレンジ色の頭への視線が飛んできていて、その横に立っているだけの俺のほうが居たたまれない。
折りしも時刻は朝会が始まるまであと約十五分。俺は未だに眠そうな有彦を叩き起こして、裏庭への脱出大作戦を敢行した。

有彦の腕を引っ張りながらの裏庭への移動途中、擦れ違う人々の視線の痛さに教室退避作戦は失敗したかとも思われたものの、それでも運良く、面倒な教師と鉢合わせる事も無く俺達は裏庭へと逃げ込む事が出来た。始業直前という時間が時間なだけあって、予想通り、裏庭には誰もいなくて一安心した。
――だというのに、ここまで苦労して移動してこなければいけない理由を作った目の前の大馬鹿は、こっちの気苦労なんざ知ったこっちゃなさそうに、大あくびをかましてなんかしていやがって。
苛立ち紛れに、さっさとそのアナーキーな髪の色の真意について問い質すことにした。
「どうしたんだ? その頭」
「あー、これか。姉貴にやられた」
「イチゴさんに?」
「おう、元々いつも姉貴に色抜いてもらってたんだけど、今回はなんかいつもと違う事してるなーと思ってたら、コレ。入学祝いだってさ」
「へえ、さすがイチゴさん」
飛び抜けてるというかなんというか、こいつの姉なだけあってやっぱり面白い人だと改めて思う。しかし、こんな事まで出来るとなると、いよいよあの人の本職がわからなくなる。
「ナニが流石だよ、弟の頭をおもちゃにしやがって」
嫌そうな顔はしているものの、この捻くれシスコンはこれはこれで気に入っているようで、イチゴさんの事をぐちぐち言いながらも、さっきから目線が明後日の方に飛んでいてどうにも吹き出しそうになる。
「いや、いい色じゃん」
落ち付いてよく見てみると、有彦のオレンジ色はとても綺麗な色をしているのに気付く。目に留まりやすいだって単に悪目立ちをしているだけじゃなくて、この色がいいからなんだろうな、と思う。
それに、オレンジ色と言っても真っ赤に近い微妙なオレンジ色でまるで。
「夕焼けみたいだ」
――思うより先に、そんな言葉が口先からこぼれていた。
「って、お前夕焼け嫌いなんだろ、赤くて血の色みたいだからって」
俺の珍しい褒め言葉がいやがらせとでも思ったのか、有彦は苦々しい顔をする。
「うん、でも―――この色はなんか嫌いじゃない」
まだ子供だった頃、ただ綺麗にしか見えなかった夕焼けの色。そんな色に良く似ている気がした。
あの頃のことは、何もかもひどく曖昧で、うすぼんやりとしか思い出せないけど、確かに、これは昔何処かで誰かとよく見ていた夕焼けの色だ。
でもそれが何処で誰が一緒にいたかはは思い出せないけど―――あの大事故に遭う前の遠野の屋敷でだったんだろう。たぶん。きっと―――

「遠野?」

その声で急に意識が外側に引き戻された。
「え、何」
「何って……」
目の前にはあからさまに俺をいぶかしんでる有彦がいて、大きな溜息を漏らした。……ってそりゃ、目の前の人間にぼーっと頭だけ見つめられてたら、溜息の一つもつきたくなるだろうなぁ。
「お前、そんなに気に入ったか。この色」
「あー……うん、赤系の色って俺はあんまり好きじゃないけどこの色は好きだな」
まだ少しだけ呆けた頭のまま、素直に思ってた通りのことを言ってみた。
「そか」
そっけない返事のくせに、その声と顔はどこか満足げでおかしくて、
「それにさ、」
「なんだ?」
おかしくて、それが俺をもう少しだけ素直にさせた。
「この色って、有彦に似合ってていい色だと思う」
素直に、最初に見た時から思ってた通りそうに言った。せっかくこんなことを素直に言ってやったと言うのに、有彦にとってはこれはかなりの不意打ちだったみたいで、―――それも、おかしくて嬉しかった。
「……そか」
「うん」
こんな派手な夕日色の頭なんて多分こいつぐらいしか似合ってしまう奴はいなくて、そしてそれが俺の大切な腐れ縁だというのがとても楽しくて。それからなんでだか、やっぱり嬉しい気がした。
 「でも、お前に褒められてもなぁ」
そう言って、有彦はいつもみたいに笑いだした。
つられて俺も、そんなこと言った自分がおかしくなって一緒に苦笑いをした。

それから俺達はもう少しだけいつも通りのバカ話をして、始業のチャイムを聞いてから教室に駆け込んだ。
有彦の頭の色は、俺達が教室に滑り込んだ時には既に来ていた担任教諭をも驚かせたものの、それ以上は別段何も言われることはないまま、結局、その日の放課後までにはそれは当たり前のものとして認識されるようになっていた。世の中、得てしてそんなもんなのだ。

そうして、その日から今までずっと、有彦の髪の毛の色は夕焼け色のオレンジになった。
 
 
 
 

やっぱり、あいつはよく分からない奴だ。
 
 
 
 

オレンジ色/end.
 

さて、このふたつの関係の論理の命題はなんでしょうか?


 



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