月の迷宮 (修正)
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あかい夢を見る
水さえ流す事の無い眼から涙が流れ伝う錯覚さえ覚える
心に絶望と喪失と孤独が蔓延っていく
好きな娘がいた
自分でも気づかないうちに強く惹かれていた
彼女の笑顔が見たいと願った
けれど
叶うと信じた夢は ある日突然永遠に叶う事の無い夢へと姿を変える
◇◆◇ ◇◆◇
ねっとりと体にまとわりつくような生暖かい風が開け放された窓から入ってくる
かすかに水気を帯びたそれを身に受け全身から、べったりと汗をかいている事に気づかされた
空には紅い月が浮かぶ
あの日と同じ血にぬれた様に壮絶なまでに美しく鮮やかに紅い
五百年前にも目にしたものを再び目に入れ蘇方は、ぞくりと背中に冷たいものが落ちるのを感じた
妖しい光を帯びて蒼い闇に溶け浮かぶそれは思い出したくない記憶を嫌でも思い出させる
あの情景を思い出すだけでも心の臓が凍りつくような恐怖が心を支配し夢が脆く砕けるように消え
少女が死んだと聞かされた時の喪失感が全身をどろどろに腐らせるかのような感覚に陥る
たっぷりとした動作で銀糸の髪をかきあげて蘇方は大きく息を吐いた
あんな事は、もう2度と味わいたくは無い
身を裂かれるような悲しみと喪失感に心は引き裂かれ、けれど泣く事も叶わぬ己は外に悲しみを出す事も出来ず
しだいに膿が全身を支配していく様がありありと感じとれた
生きながらに死ぬ
死んでなお生かされる
少女に出会った地にいる事で喪失感と絶望と孤独に支配される様な気がして
その孤独から遠ざかる為にただ歩き続けた
どこに行くのでもなく ただ彼女の居た場所から離れる為に
「どこに逝く?」
どっしりとした大地にも似た声が問い掛けた
声の主に振り返る事もせず輝きを失った柘榴色の双眸をだけを向ける
「このまま自ら死を選ぶか?」
「・・・死に方なぞ 知らぬわ」
心の臓をえぐり、この身を投げ出す事は出来ない
なにかが、それを止める
「では 眠れ」
「眠りにつき忘れろというか?」
時が忘れさせてくれるとでも言うのか
この身が裂かれる程の絶望と悲しみを、たかが時の流れごときが消してくれると?
そんな事はありえないと蘇方は自嘲気味な笑みを口に浮かべた
「500年の後に、うぬが好いた者の生まれ変わりともう一度合間見えるとしてもか?」
「なに?」
予想もしない言葉に一瞬耳を疑った
生まれ変わる?
500の時が過ぎれば、あの娘と再び会うことが出来るというのか
「うぬは、誰ぞ」
何故未来の事が分かるのかという口調で蘇方は古木に問いただす
「我はサトリよ」
「サトリ・・・夢渡りで未来を己の夢で見る事の出来る者か」
だとすれば、それは真実
夢渡りで見られた夢は決して違える事ない絶対のもの
「何故そのような事を教える?」
「生きていたいからよ」
京の都が出来るより前からそこに存在する古木は朽ち果てる事を望まない
古から存在せし不思議の力を身に付けた古木は先見の能力を身に付け近く己が朽ちる事を知り蘇方の眠りの場として自らを
差し出し生き長らえる事を願った
「そのように永らえてどうする」
「なにもしはしない。見届けたいだけよ」
夢を渡り未来を見る事の出来る者でも結末だけは分からない
静が死ぬ事によって初めて蘇方と静が未来で、また出会える事を知り現在では悲しい結末で終わった妖怪の願の行方を知りたくなった
だから眠りを与える事で完全に蘇方の心が死ぬことを封じ込め500年後に再び出会う2人の結末を知りたいと望んだ
たとえ蘇方が眠りから覚め離れたとしても一度大妖怪である白雷の蘇方の命を預かったとなれば簡単に朽ち果てる事なく
生き長らえる事が出来る
ならば答えは一つしかない
叶えられなかった願いを叶える為にも 蘇方はぐずぐずと悩む事はしなかった
「どうせ、この身は死んだも同じ。ならば眠りにつくのも一興ぞ」
くっくと喉の奥で笑い蘇方は声の主である古木に近づき、その太い幹に手をあてた
「ならば褒美としてお前の望む通りにその体借りうけてやろうぞ。さすればお前は俺が眠りについてる500年もの間とそれ以降も生き長らえる事が出来るのだからな
それが目的で教えたのであろうからな」
蘇方は、ゆるり手を伸ばし古木の中に消え
今世で叶うことの無かった願いを叶える為に瞳を閉じた
最後に瞼に浮かんで見えたのは背後に薄紅色の花が散る愛しい娘の笑み
そうして蘇方は500年の永き眠りに堕ちる
◇◆◇
カタリとかすかな音を耳にして静馬は目を覚ます
ゆるく首をめぐらせると蘇方が窓の傍に立ち月を見上げている
いつもは けぶる白き焔の化身のように熱く圧倒的な存在を誇っているのに今は月明かりをその身に受け静かに佇んでいた
ゆっくりと起き上がる静馬の気配を感じ蘇方は、たっぷりとした動作で首をめぐらせ口元に優しい笑みを浮かべ惚れ惚れする程に低く通る声が向けられた
「起こしてしまったか?」
「いや」
夢を見て起きた
悲しい夢だった事が脳裏に鮮明に蘇る
それは蘇方の記憶
昔 むかし 本当にあった出来事
500年前に白雷の妖怪が愛した娘と同じ魂を持つ静馬だからこそ見れた夢
かすかに滲む視界で月明かりを その身に受け妖しく光をまとう妖怪が静馬に近づき蘇方が自分に向かって手を伸ばすのが見て取れた
「・・・怖い夢でも見たのか 静」
そう言うと蘇方は静馬の目じりにある雫を指ですくい取って己の口元へと持っていき愛撫をするように指に絡む光の珠を唇で拭う
「なぁ蘇方」
「なに?」
「今おまえは幸せなのか・・」
昔眠りについた時のまま悲しさと孤独と絶望を胸に抱いてはいないのか
いつも明るく雄々しく朗らかに笑いをくれる蘇方からは、そのような事が一切感じられない
けれど、もしその感情を押し殺しているのならこれ程悲しいこともない
過去を夢で見た事で、ふと胸をよぎった不安
時がたつにつれ、その事はどんどんと静馬の中で成長してくのが感じとれた
「どうなんだ」
訪ねられ蘇方は、ふわりと微笑んだ
「幸せだよ」
言いながら伸ばされる蘇方の手をとり自分から頬へと持ってくる
「本当に?」
「静がいるのに俺が不幸だとでも言うのか」
「けれど俺は、お前が好きになった静じゃないよ」
「同じ静だよ」
男とか女とか言う事ではなく魂が同じ
物の本質が分かる蘇方だからこそ同じ静だと自信をもって言える
「大好きだよ 静」
そう言うと蘇方は静馬へと唇を寄せ、たっぷりとした動作で重ねあわせた
ぴくりと静馬の睫が震え薄く開かれた瞳に映ったのは蒼い銀糸の髪
重ね合された唇から蘇方の熱さが感じとれる
いつもの全てを焼き付くすような熱さではなく、それは心地よく安心の出来る温もり
「・・・ん・・っ」
甘やかな声が吐息と共に出される
「今日は逃げないんだな」
驚いた様子で少し唇を離し蘇方が尋ねた
いつもならば口を合わせようとすると心底怒りを表にするのに
今日はどうしたのだろうと不思議に思い蘇方は首をかしげる
静馬が自分の行為を受け取ってくれたのは嬉しいが、これ以上の事は出来なかった
「静・・これ以上は俺は自分を押さえられない。だから嫌なら俺が狂う前に止めてくれ」
本当に静馬が嫌な事はしたくないから
愛しいからこそ傷をつけるのが恐い
大切だからこそ欲望のままに抱くのを躊躇った
けれど、そんな蘇方を静馬は優しく抱きよせ再び自分の口へと持ってこさせた
「・・・お前が狂うなら俺も狂ってやるよ・・・・」
唇がふれ合う位の近い位置で掠れる声で甘やかに静馬が告げ
その言葉に答えるように再び2つの影が重ね合わされる
ゆっくりと心を狂わせた2人に紅く妖しく光る月が輝きを増す