幽霊狩りの夜−8
『Ghost Hunt Night Walk−4 』
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SKYFISHさん>−Side-Erskine−
『ゴースト・ハント』の一行は、ダリルを先頭にパブを出た。
その様子を通りの向い側で眺めていたアースキンに、黒衣の男が近付いた。アースキンは、男の方を見もせずに問いかける。
「…見つけたか?」
「力は流れています、アースキン様。まだ城には到達していません」
「かまわんさ。陣を敷いておけば、いずれ捕らえられる。それより、竜酸のそばにいる奴らをどけろ。あ奴が契約者だ。力を呼び込んだら、殺せ」
「ガイドはどうされます?」
「SKYFISHのことか?」
一瞬、アースキンの瞳が細められ、あたりの空気が冷たく染まった。
「手出しはするな。今宵も邪魔立てする気らしいが、あれは私の獲物だ」
「御意に、アースキン様」
黒衣の男は、アースキンに軽く頭を下げると、闇に紛れて姿を消した。それを気配だけ見送って、アースキンは『ゴースト・ハント』の一行に紛れ込んだ。ツアーガイドのダリルと、彼に話し掛けていたSKYFISHのそばへ近寄り、アリスやショーンたちとは距離を置いている。自分の正体を感じているらしいダリルに微笑んでから、精霊語でSKYFISHに呟いた。
「友人のために、クー・シーと"海の伯爵"を喚んでおいたぞ。もっとも、お前の相手は私がしてやることにするが。楽しみにしておけ」
その言葉が終わらぬ内に、闇の中から暗緑色の猟犬たちがあらわれた。一行の後から、ショーンと青猫を狙って静かについてくる。が、普通の人間には、何も見えないし、感じられなかったろう。一方、アリスは、自分の傍らに青い瞳の青年がいることに気がついた。ハンサムだが、瞳の中に凶暴な光がちらちらする。
騒がしい夜のはじまりだった…。
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Side-SKYFISH−「ダリル!」
SKYFISHは、パブを出ようとしているツアーガイドに声をかけた。
「あいつ、見た?」
ダリルは小さくため息をつき、十字を切ってから返事をする。
「見たよ。何で喚んだんだ?」
「よ・喚んでないよっっ。こっちだって、びっくりしてるんだからね」
「お前が担当するんだろ、あいつは?こっちの客に迷惑かけるなよ」
ダリルの言葉に、一瞬SKYFISHがたじろいだ。が、すぐに立ち直って切り返す。
「契約外の仕事なんだからね、そっちの客はしっかり守ってよ」
「ノッツの時みたいなドジは踏むなよ」
ダリルは、自分の指から抜いた銀の指輪を、SKYFISHに手渡しながら心配そうに言う。
「踏まねーよっっ!」
思わず乱暴な言葉遣いになるSKYFISHの傍らに、アースキンがあらわれた。ダリルはそ知らぬ顔を決め込んで、ツアーを開始する。アースキンはそんな彼に微笑んでから、何ごとか呟いた。SKYFISHが、相手の顔を見上げて言葉を返す。
「…大盤振る舞いだね、アースキン。せっかくだけど、あんな連中じゃ返り討ちがいいとこだ。そっちこそ、楽しみにしておくんだな」
SKYFISHは指輪の感触を確かめながら、口には出さず彼女の神にそっと祈った……。
*クー・シー(Cu Sith)
ハイランド地方の妖精犬。凶暴で、牛ほどのサイズ、暗緑色の毛皮を持つ。らしいです。
*"海の伯爵"ことアハ・イシカ(Each Uisge)
ハイランド地方の水棲馬。獰猛で残酷、美しい若者に変身できる。らしいです。
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アリス@PACHIさん>夜の闇が訪れたシュルーズベリの街は静かだった。
駅へ向かう通りには車も走っているし、人通りもそこそこあるのだが、そうした現実世界の喧騒からはぽっかりと切り離されたような奇妙な静寂に、ナイト・ツアーの一行は包まれていた。しかし、それに気づいているのは、いったいどれほどの人数だったか……。
「アリス……後ろ、気づいてるか……?」
ショーンが、独り言のようにぼそりとつぶやいた。アリスは振り返りもせずにうなずいた。
「まだ、大丈夫よ。やつらもこんな街中で騒ぎを起こそうとするほど無謀じゃないはずよ。なるべくダリルさんの行列の近くに付いていましょう。竜酸さんのそばを離れちゃだめよ」
「わかってらぁ。
だけどアリス、おまえもなんだかんだいって世話好きなやつだよな。いや、騒ぎ好き……のが正しいのか? なにもここまで首つっこまなくてもいいのによ」
「仕方ないでしょ、そう生まれついてるんだから。それに、挑戦されたら受けないわけにはいかないし……。まったく、こんなときは自分の性格を呪うわ」
「……あいつ、勝てるかな……。くやしいけど、マジ怖えよ……」
アリスは、強気な黒妖犬が弱音を口にするのを聞いて、小馬鹿にしたような目を向けた。
「怖気づいたの? 最近は平和馴れしてケンカの仕方も忘れちゃった?」
「ちぇ、俺はこう見えても平和主義者なんだぜ。野蛮な戦いなんかキライなんだ」
「人間大好きの犬だものね。ホント変わってるわ。そんな黒妖犬、よそにはいないわよ」
「ほっとけよ!」
アリスのせせら笑いに顔を赤くしたショーンは、ふくれっつらをしてそっぽを向いた。だが、その体からは無駄な緊張がほぐれたようだった。
「あの灰梟はSKYFISHさんの因縁の相手だっていうから、彼女にまかせときましょ。きっとSKYFISHさんも、私たちが彼に手出ししたら気を悪くするわ。好敵手ってそういうものじゃない?」
「そういうもんかね?」
「そういうもんよ。それに彼、なかなかシブイし♪」
「おまえ………SKYFISHに聞こえたら殴られるぞ」
「犬には女ゴコロはわからないのね。ま、とにかく私たちは竜酸さんのガードに専念しましょ。後ろ、油断しちゃだめよ。……もっとも、青猫さんが食欲に目覚めたみたいだから、私たちには心強いわね」
アリスとショーンがヒソヒソと話をしている横で、竜酸はひとりいろいろと考えをめぐらせている様子
だった。2人の会話が途切れると、竜酸がアリスに問いかけてきた。
「あのーー… アリスさん?
グラディスさんとアースキンさんって何か関係があるのですか??」
「グラディスと彼? さあ、グラディスは800年間、シュルーズベリどころかイングリッシュ・ブリッジのたもとからさえ一歩も外へ出たことない幽霊だし、灰梟は本来もっと北のほうを根城にしてる精霊だから、知りあいだとは考えにくいけど……。
おそらく、彼も今夜は異世界とこの世界との通路が開くことを知って ――もちろんSKYFISHさんがらみでね――異世界の《力》が手に入るとふんで来たんだと思うわ。
普通、この世界の精霊は異世界の《力》には触れることができないんだけど、彼は“はざま”の闇という、この世と異世界の中間のような世界に住まう精霊だから、異世界の《力》も操れる……。そしてその《力》を使えば、この世界の精霊たちを排除して、自分たちの闇の領分を広げることができる……。魅力的なチャンスというわけよね」
アリスは真剣なまなざしで、まっすぐに竜酸の目をとらえて言った。
「竜酸さん……グラディスはあなたのことを、ただ単純に「SKYFISHさんのツアーに参加して《力》のかけらを見つけることができるかもしれない純真で親切な《旅行者》」としか考えていなかったはずよ……言っちゃなんだけど、グラディスは800年も地霊の呪縛に捕まったまま、のんびり時を送ってきただけの幽霊だもの。そんな強い霊力も、人を利用するあざとい知恵も持ってないわ。
だけど、あの灰梟、アースキンは違う。
彼は明らかにあなたを狙ってるわ。
あなたには……私やショーンにはわからないけど……なにか不思議な、《力》を呼び寄せる能力のようなものが備わってるのかもしれない。
……だから、本当に、彼には注意していて。
さっきあげたその腕輪、絶対に何があっても外さないでね」
それぞれにそれぞれの思惑を秘めて、一行は城へ向かって歩き出す。
その後ろをヒタヒタと、怪しい影がついていく。
そして、アリスの傍らには、いつ現れたのか青い瞳の青年が足音も立てずに歩調をあわせて近づいてきていた。無遠慮に耳元に顔を寄せて囁いてくる。
「ハイランドの匂いがする。きみも北の生まれ?」
「ナンパなら今夜はお断りよ。気分じゃないの」
北方の湖のように冷ややかな印象の美しい顔がにやりとゆがんで、ちっとも笑っていない笑顔を作った。その目の奥に潜む残忍な暗い光を、アリスは見逃さなかった。
<青猫さん>
後ろから、複数の足音がする。
『ばーか』
犬は猫と違って足音を消せない。第一、気配も消さないのでは、喰ってくださいと言うようなものだ。
『喰い物がいっぱいだ…』
うきうきする。
時空の狭間に生きる《時の猫》には実体は無いようなものだ。相手のサイズなど関係ない。
『喰い物、喰い物、喰い物…』
《時の猫》の喰い物はエネルギー。それが《霊》や《魂》と呼ばれる心的エネルギーであれ、《肉体》と呼ばれる物的エネルギーであれ…。
『かたっぱしから、喰う…腹減ったぞ』
猫は足を止めた。
とりあえず一匹だけつまみぐいしてもいいだろう。
猫の姿が闇に溶け込むように消える。
かっきり2秒後に、妖精犬の一匹をとりまく闇がわずかに揺らいだあと、ぱっくりとそれを飲み込んだ。
さらに1秒後、再び猫は、ツアーの一行の最後尾に現れた。
ちょっと満足したように髭を震わせている。
『思った通り、うめぇ…』