逆転の構図 第7話
サルディニア

双眼鏡を小脇に抱えギアッチョはゆっくりと近づいていく。タクシーは運転手とともに逃げるように走り去り、置き去りにされた格好で小僧がしゃがみ込んで何かを拾っていた。拾っているのは茶色い紙切れのようだ。
「そこの小僧!そこで何か拾っているヤツ!おめ〜だよ!」
威嚇するようにギアッチョは怒鳴る。驚いた風に小僧は立ちあがると状況が理解できないのか戸惑ったような顔をしてこちらを見ている。ギアッチョはその様子に何かしっくりこないものを感じて立ち止まり不機嫌そうに顔をしかめる。
相変わらず小僧はおそるおそるこちらの様子を伺い戸惑っている。たぶん逃げ出したいのだろうが隠れるような場所もなく困ったように周囲にたよりなく視線をやっている。
(なんだコイツは?どう見ても追っ手に見えねえ。ただの一般人か・・・でもなんでこんなとこにいる?)
周囲を警戒しながらギアッチョはその小僧に歩み寄る。2メートルほど近づくと小僧を見据えた。この距離なら何か怪しい行動をしてもスケートで滑走して一撃を加えれる。再び正面から小僧を見据える。
だが相変わらず小僧はおどおどと泣き出しそうな表情で足をがくがくさせ、ただおびえている。到底演技だとは思えない素振りだ。
「あ、あのお、お金なら持ってないです・・・」
恐る恐る小僧は口を開いた。その様子は気の弱い生徒が教師に叱られている、まさにそのような感じだ。
「金だあ?」
「ひいぃぃ」
拍子抜けしたギアッチョが思わず大きな声を出すとその小僧は気分を害したと思ったのか情けない悲鳴をあげ殴られないよう頭をかばう。その間抜けな光景をギアッチョは憮然と眺めている。とても組織の追っ手とは思えない。無防備で無警戒。 この小僧は無害な一般人だ。この場にいても何も収穫はない。それよりも館を見張らなくては・・・
そう判断を下した。
「目障りだ、さっさと消えな。」
吐き捨てるようにいうと踵を返す。背後で小僧がほっと息をつくのがわかる。馬鹿馬鹿しい。こんな小僧よりも今はブチャラティたちと組織の「追っ手」に注意しなくては。「追っ手」が先にこの場に現れるようなことがあれば邪魔をしないよう始末しなくてはならない。もっともブチャラティが来ても戦わなくてはならない。覚悟はしていたが戦って勝たなくては俺たちは安息を得ることができないのだ。
サルディニアのごつごつとした風景はそのまま巨大な墓石を思わせる。ここでまた誰かが人知れず命を落としていくのだろうか・・・
そう思いながら海岸へと視線を移すギアッチョの耳に聞き覚えのあるエンジン音が飛び込んできた。
こいつは・・・
音のする方向へ鋭く視線を飛ばす。低いエンジン音を響かせながらレシプロ戦闘機が大きく上空を旋回している。ラジコン戦闘機ほどの大きさのそれがこの付近を偵察している。
「『エアロ・スミス』!遂に来たか・・・待っていたぜえ。」
走り出しながら小僧のことを頭のなかから追い出すとさっきいた岩場まで駆け戻る。手近な場所を見つけるとギアッチョは双眼鏡をかまえ館を目標にして見下ろした。
館・・・そのそばに・・・いる。
海岸を警戒しつつモニュメントに接近しようとする3人を発見した。
ブローノ・ブチャラティ、ナランチャ・ギルガ、レオーネ・アバッキオの三名が今到着したようだ。トリッシュの姿は見えない。だが近くまで来ているはずだ。この海岸のどこかに隠れているのだ。
ここまでは予想通りだ。
「待ちくたびれたぜ。おまえらとは初対面だがしっかり歓迎してくれよぉ〜」
あとは作戦どおり行動するだけだ。ギアッチョは双眼鏡を打ち捨てるとホワイト・アルバムを身に纏い岩場を駆け下りる。

「ブチャラティ!敵だ!。何者かが急速に接近してきます!敵は・・・一人です。」
ナランチャが警戒を促すべく大声を張り上げる。エアロスミスのレーダーが接近してくる敵影を捉えたのだ。人間一人分の二酸化炭素の反応がかなりのスピードでこちらへ向かっている。その報告受けブチャラティは命令を下す。この事態はすでに予期している。
「やはり、すでに敵が来ていたか・・・俺が時間を稼ぐ・・・その間に『再生』を終了させるのだ。敵はまだ海岸にいるはずだ。亀の中で待機しているジョルノ、トリッシュ、ミスタたちもここに呼ぶ。そして『ムーディ・B』の『再生』が終わりしだいここを離脱する!」
「了解」
同時にエアロ・スミスが急上昇する。空のさらに奥に吸い込まれるように地面に対して垂直にまっしぐらに飛んでいく。
「アバッキオ、『再生』に必要な時間はどのくらいだ?」
「15年前まで遡るからな・・・8分から10分はかかるだろう。」
「5分でやるのだ。長引けば敵が集まってくる!戦力の消耗は・・・避けなければならない!」
そして有無を言わせない口調で次の命令を下した。
「ナランチャはアバッキオの護衛を!この敵は俺が相手をする。」
心配げなナランチャの視線を背に受けブチャラティは敵の迎撃に出る。

冷気をまき散らしながらギアッチョは岩場の間を疾走する。上から見たときよりも岩場の起伏は大きく見通しは悪い。
そろそろ向こうも気づいているはずだ。
臆することなくこちらへと向かってくる人影を見た。
ブローノ・ブチャラティ。
幹部という肩書きは過去のものとなったがチームを率い、なだたる暗殺者を撃退したことに変わりはない。その男がギアッチョを阻むべくこちらへ向かってくる。地形を利用した奇襲ではなく正面からギアッチョに挑んでくる。
(相手に不足はねえ。)
ギアッチョは加速した。ブチャラティの顔が迫る。その顔には恐れはない。ただ瞳には強固な意思の光が宿っている。その顔を粉砕すべくギアッチョの右腕が体重を乗せて繰り出される。
だがスピードではブチャラティに分がある。ギアッチョの能力も計算してやや大きく横に回避するとスティッキィ・フィンガーズの左腕が凄まじいスピードで撫でるようにホワイト・アルバムの表面にジッパーを張り付ける。
一瞬が過ぎ交錯したブチャラティとギアッチョが離れる。
ギアッチョが受けた箇所は頭部、右肩、右上腕部、右側背。亀裂というより蛇がのたうつように「ジッパー」が張り付いている。
そのジッパーがボロボロと落ちる。「ジッパー」がホワイト・アルバムの装甲を切開する前に冷却能力で破壊されたのだ。張り付いた「ジッパー」を半ば強引に冷却しこそぎ落とす。そうすることでスティキィ・フィンガーズの能力はホワイト・アルバムの突き抜けることはできない。斬りつけられたようにホワイト・アルバムは傷を受けたがそれもほんの少しの間のことだ。大気中の水分を凝固させホワイト・アルバムの装甲は修復される。
「スピードでは負けるかもしれねえがただの殴り合いじゃ俺は倒せねえぜ。小うるさい蚊が一匹いたところで人間を殺せるか?なにものであろうともこのギアッチョを阻めるものはいない!」
陽光を受けてホワイト・アルバムの装甲が宝石のように冷たく反射する。絶対的な壁を前にブチャラティは静かに考えを巡らす。

ナランチャは表面上落ち着きを払っていたがやはりブチャラティのことが気になるらしく戦闘が起きているであろう方向を時折見やっている。「再生」にはまだ時間がかかるようでムーディ・ブルースの額のディスプレイでは日付が目まぐるしく経過していく。1985年6月・・・そこまでしか解っていないのだ。ムーディ・ブルースは身じろぎひとつせず該当する男を過去の事象から検索している。
その時間が・・・長い。
レオーネ・アバッキオは何ものかに立ち向かうように背筋を伸ばし直立不動で「再生」を続けている。周囲に敵の姿は見えない。今ごろナランチャが補足したスタンド使いは今、ブチャラティと戦闘状態に入っているはずだ。

そのアバッキオを遠くから観察するものがいる。
少年は岩場に張り付くようにして身を隠しながらアバッキオが感情を押し殺しているのを双眼鏡の奥から覗いている。その目には恐れや戸惑いはなく任務に従事している兵士のように油断なくアバッキオたちを観察している。
ヴィネガー・ドッピオ。
ギアッチョが遭遇した一般人の小僧。その小僧が打ち捨てられた双眼鏡を拾い上げアバッキオを始末する機会を伺っているのだ。今ギアッチョがこの場を見たのなら間違いなくこの小僧を始末しようとしただろう。不意に双眼鏡を取り落とすとそのまますぐ拾い上げ右側頭部にぴったり押し付ける。
「もしもし、ボス・・・アバッキオには『エアロ・スミス』が張り付いているようです。接近すれば間違いなく発見されます。」
電話に話し掛けるようにしてそう言う。
「おお、ドッピオ、心配することはない。チャンスを待つのだ。」
ドッピオの口から別な人間の声が漏れる。
「わかりましたボス、このまま待機します。」
「ただ・・・この海岸にはまだリゾット・ネエロが潜んでいる。やつの姿が見えないのが気にかかる。おそらくブチャラティたちが何を得ようとするのか・・・それを見極めようとしているのだろうが・・・やつと遭遇する可能性はある。」
ボスはドッピオにそう警告する。ギアッチョがいる以上、リゾットは間違いなくここにいる。おそらくはギアッチョが陽動でリゾット自身はブチャラティが得ようとするものを奪い去るつもりなのだろう。だがそうなるとアバッキオの近くにはリゾットがいることになる。無論ナランチャの「エアロ・スミス」がいる間は近づけない。どちらかが出し抜くということはなく、遭遇する確率はかなり高いだろう。
「ボス、リゾットも始末するのですか?やつの能力は教えてもらいましたが・・・」
一瞬ためらいながらもドッピオはボスに尋ねる。
「対策は考えてある。リゾットがどのような能力を誇ろうともすでにやつは死地に迷いこんだのだ。恐れることはない。」
「わかりました・・・ボス」
ドッピオはそれだけの会話を一人でこなす。一人芝居のようにも見えるそれはもう一人の自分への連絡法なのだ。ヴィネガー・ドッピオのもうひとつの人格、それはブチャラティが探しリゾットが付け狙うパッショーネのボスなのだ。
 

「ブ、ブチャラティ!」
ナランチャが声を上げたため慌ててアバッキオは視線をそちらへとやる。遠目にブチャラティの姿が確認できた。そしてまとわりつくように敵スタンド使いの姿も。
ブチャラティが押されている。
スティッキィ・フィンガーズに追いすがるように相手は攻撃を繰り出す。だがブチャラティも簡単には捕まらない。距離をとろうとするが相手は滑走して距離を詰める。冷却能力を考慮して大きく回避しているぶん相手には読みやすい。ブチャラティは後手にまわり攻勢に転じられない。
闘牛士が猛牛になすすべなく押されている。攻撃手段を封じられたブチャラティはまさにその状況に陥っているようだった。
捕まるのは時間の問題だ。アバッキオはそう判断した。
「ナランチャ!俺にかまわずブチャラティところへ行け!あのままじゃあ負ける!」
ナランチャは頷くと駆け出した。それを確認するとアバッキオは再びムーディ・ブルースをかえりみた。まだ変化は起きておらず額の日付だけがむなしく経過している。
この場を離れることはまだできない。
マネキン人形のようなそれはまだぼんやりと虚空の彼方を眺めている。
日付はまだ6月の上旬・・・
・・・まだ時間が足りない。