海に来るのはあんまり賛成できなかった。

アンジェリークは絶対に泳げないだろうから。

性格からでも判断できそうなほど、運動神経がへなちょこそうだったのだ。

それなのに。

 

 

「泳げるじゃねえかぁぁぁ!!!」

イッチョ前に泳ぎのてほどきでもしてやろうと思っていたのに、このアンジェリークときたらバタフライでも平泳ぎでも何でも来いという感じで泳ぎまくっている。これでは『アンジェにべったりひっつこう作戦』が海に消えてしまう。

 

「泳げないなんて、言ってないですよぉ?」

しかしアンジェリークの方はのんきにゆったりと泳ぎながらゼフェルに話しかけてくる。ゼフェルは結構大声を出してしまって疲れてしまっているのだが。

くっそう。

ゼフェルだって男だ。だって、というより、ゼフェルこそ男だ。好きな女と話したいしさわりたいしキスしたいし――――という状態なのだ。このピンクの水着を着たオンナを放って置くなんてこと、できっこないのである。

それなのにアンジェはその気持ちをぜんっぜんわからずにすいすいと泳いでいってしまうのだ。

ゼフェルに抱きしめられることなく。

ぐ・・・・。

水と仲良くしていたって楽しくなんかないのである。

「アンジェ」

もうちっと、こっち来いよ・・・」

そう言おうとした、瞬間。

 

「あ!」

ものすごくびっくりした声が聞こえた。それからすぐにアンジェリークの黄色い頭が消えてしまう。

びっくりしたのはゼフェルもだった。あんまりびっくりしたのでアンジェリークを追って水の下にもぐってしまった。

どうした!?

もしかして足でもつったのか。

そう思った瞬間、アンジェリークの緑のメン玉が目の前にせまってきた。それから胸の谷間がちょっとだけ見えて。

ゼフェルは勢い余って水面に顔を出す。

「ゼフェル様!」

アンジェリークもゼフェルの必死の形相に気付いて水面に顔を出した。どんどん近づいて来る。

ゼフェルはアンジェリークの目と胸が忘れられなくて大混乱しているというのに。

「おめー、足どうかしたのかよ」

え?と、アンジェリークは首をかしげながら近づく。

あー、これ以上近づくなー!!

近づかれると、心臓の音が聞こえてしまうし、ゼフェルの顔がちょっと赤いことさえ見破られかねないのだ。

「足?あ、違いますよぉ。コレですっ」

ジャンッ、とばかりに目の前に突き出されたモノは一つの貝。

桜貝とかいうピンクの貝だった。

「キレイでしょ〜?」

うふふ、とうれしそうに微笑むアンジェリーク。

 

一瞬、海がナナメに見えた。それは錯覚だったのだろうか。

アンジェリークが首をかしげれば、それにつられて海だってナナメに傾く。アンジェリークを中心に世界はまわっている。

だから。

ゼフェルの世界もナナメだ。

アンジェリークだ抱きしめて、キスをする時、絶対にナナメになってしまう。

今が、まさにその時で。

笑ったまんまのアンジェリークの唇を奪うのだ。

心臓は相変わらずどきどきしている。めまいもする。このまま力を抜いてしまえば、おぼれそうなほど。

 

!!!!

と思っていたら、アンジェリークの体重がかかってくる。

キスのせいで力が抜けたらしい。てほどきを、がなくなったかわりに、誰にも邪魔されないきれいな海の真ん中でキスをしている。

いいかも。

正直、すけべになっている。

「あ!」

唇を離した瞬間、アンジェリークがまた叫ぶ。

「どうしたんだよ」

間近で見るアンジェリークの顔。

どきどきしている目でこっちをむく。

「貝が・・・」

ゼフェルは一気に海にもぐった。

そしてあたりを捜す。でも、貝なんてどこにもない。

もともと小さくて薄っぺらいものだったから、アンジェリークが落としたスキに波にさらわれていてもおかしくないのだ。

「ないぜ」

ゼフェルは顔をあげてアンジェリークに言った。今にも泣き出しそうな顔をしたオンナはじっとしている。

泣きそうだな

だからまたアンジェリークを抱きしめてやる。抱きしめにくいけれど、それも仕方ない。とにかく、ぎゅっと。

「貝・・・」

まだダダをこねる唇を一回軽く塞いで。

もう一回強くだきしめてやる。

「貝なんかより・・・」

おめーの方がキレイだ・・・・・・・・。

ずっと思っていた言葉。

でも言えなかった。途中まで言って、そしてまたキスをしてしまう。

胸がつまってしかたないのだ。

「何?」

アンジェリークが聞いてくる。たぶん予測はしているのだろう。にこっと笑っているように見えるが、実はニヤ、に近い笑いだ。

「いいだろ、何でも」

ゼフェルはぶすったれる。それでも抱きしめる腕の力を弱めたりしない。

「なあに?」

にやにやし始める。

「もういいだろ。」

「ヤダ!!」

言って、アンジェリークはゼフェルから体を離した。言ってくれないとそばに寄らないとでもいいたげなほど、どんどん泳いでいってしまう。

「待てよ!」

水が妙に冷たい。離れてなんかいたくない。

「アンジェ!」

猛ダッシュで捕まえて。バタ足に蹴られながらも何とか。

後ろから抱きしめる。

あったかい感覚がよみがえってきて、アンジェリークの柔らかさが・・・。

「あのな」

ささやくように言った。

「桜貝なんかより・・・」

言葉を濁す。

するとアンジェリークがゆっくりと振り返った。

その顔は真っ赤で。

やっぱりキスになってしまうのだ。

「何!?」

大きな声で抗議するけれど、何度も何度もキスをして。

恥ずかしい言葉を時効にしてしまおうとするのだ。

 

いつまでたっても時効にならないから、結局白状するのだけれど。

 

それは海が桜色に変わるころの、ことだった。

 


あとがき