JAZZ 41

 

人を好きになるのは魔法だと聞いた。

だけど、そんなに信じていなかった。

アンジェリークの小さな人生のなかでいろんな人に出会ってきたけれど、魔法の恋をしている人なんていなかったのだ。

まさか自分がその人になろうとは夢にも思わなかった。

 

だけど。

 

「好き」

ゼフェルの大きな声が微かに聞こえる。

「好きなの」

言葉じゃ伝えられないの。

だから。

アンジェリークはぎゅっと抱きしめた。

どんな愛しいものよりも、どんな大切な人よりも。

あなたが好きだってことを、伝えたかった。

もっと狂暴になれたらいいのに。

そんなことさえ思う。

こんなに好きだって思っているのに、伝わらないのだ。

悔しくて、なみだが溢れた。

 

「アンジェ?」

アンジェリークのなみだをゼフェルは拭いながら名前を呼ぶ。

それが「アンジェリーク」ではなくて「アンジェ」だったことに、また感動して。

ぽろぽろぽろぽろと。

アンジェリークはついにゼフェルから体を剥がして両手で口元を塞いで声を抑えるしかなかった。

 

しかしここは公道。

そのうちいろんな人間がここを通るだろう。

「ゼフェル・・・」

ささやいて、アンジェリークは右手でゼフェルの左手をつかんだ。そのまま薔薇のさく庭園を目指す。口は右手で抑えたままで。

「アンジェ」

後ろから声がきこえたような、聞こえなかったような。

そして、空気が揺らいだ。

ゼフェルがこらえ切れなくなってこの愛しい体を抱きしめたからだ。

こんなに人を好きになるなんて。

「アンジェ」

抱きしめた腕の力が全身の血を逆流させていく。

 

本当は、もう行かなければならなかった。

ゼフェルはアンジェリークの部屋に置き去りにしたサックスを取って、それからまたクラブに行かなければならないのだ。

だけど。

お願いだから、もうこのまま時間が止まってくれ、と。

 

願わずにはいられないのだ。

この幸せな時がいつまでも、と。