ようやくアンジェリークが退院して、それからゼフェルが荷物整理に一役かって。
その間中、二人の間に何事も起こらなかった。二人の間も進展しなかった。
そうなるとアンジェリークだって不安になる。
ゼフェルの気持ちがわからない。声も聞こえない。
どんなに集中しても、聞こえないのだ。あれはやはり一種の奇蹟だったのだろう。
それとも、唇を読んだ自分の頭脳が勝手にゼフェルの声を作り出して作ったものか。
アンジェリークの部屋は相変わらずだった。
だけど、ここにある空気は変わってしまっていた。退院してはじめての部屋は、やはり音のしない空間だった。
怖い―――
知らずに泣いていた。
「アンジェ」
ゼフェルのなかは一瞬混乱というグレイの色で染まったけれど、すぐに取り戻す。
そして抱きしめる。後ろからそっと。
「泣くな」
つぶやいて、キスをして。
こっちをむいて抱きしめ返してくるアンジェリークを、もっと強い力で抱きしめてやる。
―――ダメか?
心のなかでは燃えるような感情が渦を巻いている。
このままキスをしつくして―――体中に。
ベッドに倒れこんで、それから、それから――。
ヤバい感情が暴れ出す。
止めなくてはいけない野獣が柵をガリガリとかきむしった。
「ゼフェル」
見れば、切なく潤んだ緑の目がある。
ゼフェルはきゅっとその目を細めた。
そっと、かがんで。
耳元でささやく。
「いいか?」
アンジェリークがうなずいたのが、肩のあたりでわかった。
全身に、電気が走る。
そのままゼフェルはアンジェリークの細い腰を抱いて、かかえてベッドへ倒れこんだ。