あの日。

 

「アンジェ!」

ものすごい雨の日だった。

視界も悪くなるほどの大雨の日。

アンジェリークとゼフェルは一緒に帰宅していた。

これはいつもの習慣。

だけど、この日は特別な日だったのだ。

―――アンジェリークが初めて部活を見に来てくれた日。

この日から二人は一緒に帰るようになったのだ。

それまでの二人はただのおさななじみでしかなかった。

でも、この日、大雨の中でゼフェルは決心していた言葉を口にした。

「アンジェ!!」

もう一度叫んだら、アンジェリークは玄関に入ろうとしていたその足を止めた。ずっと雨のせいで言葉は聞こえていなかったのだろう。

どきどきする。

雨の音が妙に大きく感じた。

もしかしたら。

雨が嫌いになるかもしれない。

雨が大好きになるかもしれない。二つに一つだ。

ゼフェルはぐっと拳を握った。

奥歯を噛みしめた。

「アンジェ、オレ――――」

決めていたのに、いざとなるとなかなか出てきてくれない言葉。

 

久しぶりにこわいと感じた。

「オレ――――」

アンジェリークはゼフェルの言葉を待っている。

困ったような顔をして、どきどきしながら。

薄々、ゼフェルが何を言おうとしているのか知っている。

ドラマじゃ、こんな時になにを言うのかなんて相場は決まっているのだ。それをゼフェルにあてはめて考えるのは間違っているかもしれないけど、それでも夢くらいはみたかった。

―――早く、早く!

じゃないと、アンジェリークの方が耐えられなくなって言ってしまいそうだった。

好き、と。

大好き。

 

「オレ―――」

どんどん近づいてくる体。真っ黒な傘に、真っ黒な学ランで。

バシャバシャと靴が大きな音をたてる。二人の息が聞こえそうなくらい近くまで来て。

 

それなのに。

ゼフェルときたら、そこまで来て肝心の一言を言えないでいるのだ。

どうにも。

 

言葉では言い尽くせないほど、好き。

「ス」

き、が言えない3秒前に。

 

ちゅ

 

そういう感覚が電気になってゼフェルの目の中をすりぬけて行った。

別に雨がどうとかなったせいで変な音がしたのではない。

そう。

アンジェリークがキスを。

「あの、ゼフェル・・・?」

唖然としている彼を目にして、こっちも困惑状態に陥るのだ。

「ゼフェル?」

もう一度つぶやく。そして、微笑む。

もう一度、キスをする。今度は自分の傘なんて手放して、彼の傘の中に。

「アンジェ・・・」

唇とか息とかが熱くなったころ、ようやくゼフェルが口を開いてくれた。

キスで夢中になっていた真っ赤な唇がゼフェルの脳味噌をおかしくしていく。

言葉なんて。

 

「アンジェ」

呼んだらそれっきり、空気の中に出ていって、雨に打たれて地面にころがってしまうようなものだ。

だから、アンジェ。

キスを。

 

キスは最高の言葉。唇から空気に触れることなく相手の唇の中に入っていく言葉。

アンジェリークだって、こんなゼフェルに言葉なんて求めない。

かわりに。

「もっと」

ささやいて、ゼフェルにおおきな電気を走らせる。彼がつぶれてしまいそうな強い電磁波。

 

 

好きなら、もっと、キスをして――――

 


 

あとがき

 

ゾロ・キリ・ゲッター

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