MIND EXPRESS 10 あ 待って。 そう思った瞬間、彼は見えなくなっていた。 右に折れている階段を勢いよくかけ上がっていったからだ。 「まっ・・・」 そしてまたアンジェリークは得意ワザを披露する。 尻餅をつく形になったが、踊り場ですっころんでしまったのだ。 「おい!」 大きな声だった。 ビリっと電気が走ったような。 アンジェリークが視線をあげると、大慌てで階段を降りてくるゼフェルがいて。アンジェリークは慌てて足を閉じてスカートの中が見えないようにするのだ。 「大丈夫か!」 大げさな声だけれど、ゼフェルはそれどころじゃなかったのだ。   さっき、すごい音がした。 下にはアンジェリークがいた。 ヤバい! そう思った瞬間、おい、と叫んでいたのだ。幸い彼女は踊り場でこけたようで、階段から真っ逆さま、なんていう事態にはならなかったけれど。 ゼフェルの心境はかなり複雑だったのだ。 以前も同じようなことがあった。あのときは自分が彼女を抱きとめてやって。その感触を、今ちょこっとだけ、思い出したのだ。 とたん、アンジェリークと目が合わせ辛くなる。 恥ずかしい記憶が彼の、アンジェリークを拾い上げる腕を止めた。 だけどアンジェリークはそれにしがみついて。 「ありがとございます」 と丁寧に言うのだ。 今ここにあのヤサオトコがいなくてよかった、とゼフェルは心底思った。きっと彼なら自分の気持ちに気付くだろうから。あんなヤロウに弱み握られてたまるか、と思った。 チッ 弱みだとか何だとか。 まるでオレが・・・ 思考はめまぐるしくアンジェリークに集中する。 まるで俺が。 この女に。 ぎゅぅ 締め付けられる感覚。めまい。 ジンっと熱くて仕方ないものがゼフェルを襲う。攻め込む。彼はただ、それに耐えるしかない。 まるで! 狂ってる・・・みたいじゃねえか・・・・。 か細い声が心臓とか肺とか胃だとか、とにかく体の細胞全部に行き渡る。どこかに吐き出したくて、細胞が呼吸できなくて、苦しくて。普通に言葉にすれば、「無事でよかった」「オレはお前が好きなんだ」と。そういう言葉になるはずだった。だけどゼフェルの唇は怠慢極まりなくて。到底そんな言葉は出てこなくって。   ぎゅう 耐えられなくなって、抱きしめる。 無意識のうちに、ゼフェルはアンジェリークを抱きしめていた。 「?????」 アンジェリークは困惑しすぎて自分がどういう状態に陥っているかなんて、想像できていないようだった。 そんな彼女を、ゼフェルはキツくキツく、本当に痛くなるくらい抱きしめるのだ。 「いた・・・っ」 小さな声があがって、小さな抵抗が彼の胸を突いて。 少し腕の力をゆるめたかと思うと・・・ その唇に   キスをした。   目眩ばかりが飛び交うほどの。 そんな辛くて切ないキスを、した。   ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ MIND EXPRESS 11   熱くて仕方がなかった。必死で逃れようとするけれど、空しく終わってしまう。だけど、だからと言ってアンジェリークの手はゼフェルの背中にはまわされることはない。ひたすら弱い力で彼の胸から離れようとするのだ。 ゼフェルの心を読むのが上手だとは言っても、彼が自分を好きだからキスをするのだとは想像もできない。 辛くて苦しくて、息ができないほど、熱い。 ゼフェルをこんなに間近で見ることなどできなくて、アンジェリークは硬く目を閉じる。 やめて、と叫ぶ。その舌を噛むことができない。いくらイヤでも彼を傷つけられない。 だけどゼフェルはそんな彼女の純情の紙袋に穴をあけていくのだ。 自分の心臓の繊維を引き千切ったり引っ掻いたりする彼女は、それでもさらにその小さな隙間にムリヤリ入りこもうとするのだ。 切なかった。 わかってもらえなくって、言えばいいのに、言えなくて。 不器用なことがこんなに損なことなどとは、思ってもみなかった。 心臓の中でダンスを踊ってはゼフェルを苦しめるアンジェリークの唇を果てしなく奪おうとする。深く、深く、もっと、ずっと。 口の中で息つぎをした感覚が、背筋をピンと張らせる。それでもアンジェリークの身長に、ゼフェルの背中をあわせるくらいに、丸めて。   こんな薄ぐらい階段の踊り場で、平行に並んでいたはずの二人の糸は、急にぐちゃぐちゃになってしまった。不器用で、思いが伝わらなくて、それなのに、欲しいと思う我がままなゼフェルの心の糸が、細くて真っ白なアンジェリークの糸に絡んでしまう。その糸をほどくのは自分達自身しかいないのだと知っているのに、それができない。   キスをし続けて、5分近く。アンジェリークは漸く外界の空気を吸った。それは思っていた以上に冷たいものだと知る。しかしそう思ったのはゼフェルの唇があまりにも熱かったせいなのだ。 アンジェリークは混乱の渦の中にいた。キスは、初めてではない。高校の時、ほんの少し付きあっていた人と、一度だけしたことがあった。それはこんな狂おしくて辛いキスじゃなかったけれど。だけどこんなに熱くもなかった。 アンジェリークは急に膝に力をこめて、走り出した。ゼフェルを避けるようにして、階段を降りて、そのままどこかへ。どこに行くかなんて、決めている暇はないのだ。とにかく逃げないと。やみくもに走り続けると、結局校舎の中にいた。 時間はそろそろ6時になろうとしているころ。始業式が始まったばかりで、部活動も正確に起動していないため、校舎に生徒はいなかった。 しばらく呆然としていた。何か波のようなものがアンジェリークを襲って、それから涙を溢れさせた。止めようとは思わない。むしろ、何故彼の前で泣かなかったのかとさえ思った。もし泣いていたなら、あるいは彼はキスをやめてくれたかもしれないのに。 あんなに辛いキスをあんな、長い間。 思いだすだけで、熱くなる。 熱くてたまらない感情が湧いてきて、アンジェリークのなかにあった波を蒸発させた。   アンジェリークはフラフラと歩き出す。けれど行き先は決まっていた。 彼女が知っている所なんて、体育館と音楽室しかないのだ。   行き先なんて、決まっているのだ。     ゼフェルは激しく燃え立つ気持ちを覚えて、そのまま動けずにいた。燃えている炎は彼をそのままつっ立っているバカな男にはしておかない。彼は狂ったように走りだした。 走りだしたころにはアンジェリークの姿は消えていた。 ゼフェルは校門の方と、校舎を方とを見比べた。ふっと、風が吹く。まるで彼に教えるように。アンジェリークの匂いとか、体温だとか、とにかくさっき味わって間もない感覚が彼女の居場所を教えてくれていた。 校舎の方から、何かがゼフェルに迫ってくるのだ。アンジェリークは彼に、追いかけてきて、なんて一言も言っていない。そう思ってもいないだろう。 だけど、このまま引き下がるわけにはいかなかったのだ。 そんな馬鹿な男にだけはなれなかった。 原因はもう、彼女以外に考えられなくて。   今日一日だけで、ゼフェルの世界が変わってしまっていた。 アンジェリークの通った道だけが、今は白く光っているようにも見えた。4月も初めで、6時にもなれば薄ぐらい。だけど、街頭なんかいらないと思った。街頭は邪魔だとさえ思う。彼女と自分を隔てるものは、たとえ光りであっても許さないとさえ思った。 ゼフェルは彼女にイカれたけれど、アンジェリークが自分にイカれたかどうかなんて全くもって自信がなかった。それどころか、嫌われた可能性大、なのだ。 だって。 だって、あんな・・・。 思い出して、ゼフェルの足はストップする。 自分の唇に触れて、キスの感覚が戻ってくると、今度はいたたまれなくなってまた走りだす。 彼は元受け付けにやってきていた。 彼女に出会った最初の場所に、風に導かれてやってきていたのだ。 だけど、そこには彼女はいない。 あったのは、光のない、くすんだ空気だけだったけれど。 そこにはやはり道筋があった。彼女がここへきたのだと知らせるように。 匂いと、そして体温と、それから光。 ゼフェルは光なんてなくったって、そこへ向かっていただろう。 光なんてなくったって、アンジェリークの行く所なんてわかってしまうのだ。   行き先は、決まっていたのだ。   ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++  MIND EXPRESS 12   音楽室の電気をつけるのは、ちょっとためらった。だけど、つけないでいるのは無理だと思う。暗いのは、心細すぎるのだ。こんな広い所で、明りもないなんて、辛すぎると思ったのだ。 アンジェリークはしずかな教室に微かに響く蛍光灯のジーという電波音を聞いていた。 ・・・   ギィ   突然に扉が開かれる。 アンジェリークはあまりに驚いて後ろを振り替えることができなかった。 ゼフェルが来た、と思った。 怖い、とも。   だけれどその予想は外れていた。 来たのは警備員だったのだ。音楽室に明りが就いたのを不審に思ってきたらしい。 「あの、明日の予習・・・で・・・」 「ああ、そうでしたか。新任の先生ですよね。」 「あ、はい。」 警備員の初老の男はニコと笑って、では、と言って出て行った。 瞬間、アンジェリークの口から大量の二酸化炭素が吐き出される。 ゼフェルでなかったことに、安心しているのか、彼でなかったことが残念だったのか。 もう、わからなくなってしまっていた。   アンジェリークはピアノに近づく。 一歩 二歩 三歩。 それからピアノの蓋をあける。 ギ 今日の朝と同じ音がする。 朝は希望にみちていたようだったその音が、今は沈んで聞こえてしまうが。 カバーをはずして、鍵盤の端へと置く。 椅子をひいて座ると、そこは朝子だけの空間に変わる。 指が鍵盤の上へと置かれる。   ポー・・・・ン 同じ音が、教室中に響いて、アンジェリークは物悲しさを覚えた。   鍵盤を叩きたいと思う彼女の指が、次々に行動を起こしていく。 アンジェリークの頬はさっき拭いたはずだったのに、またどんどん流れだしていた。 それにかまわず、指は滑りだす。 ジャズのような濃厚な音楽が、アンジェリークの指から生まれては教室の中で消えてゆく。   I love you too much I need you too much Love you too much Need you too much Been through too much   Hearing voices in my head It's killing me But I'm better of dead   アンジェリークのなみだと共にか弱い声が出る。 それは声楽を習っている者の声ではなかったけれど、澄んでいて、さわやかな声だった。 ジャズには少しものたりないけれど。 泣いているアンジェリークのその声には哀しいほどに合っていて。 震える声が教室中に響きわたると、それはやがて闇へとながされていくように。 闇の中へ流されて行ったその先には、何があるのだろう。 答えは簡単だったのだ。   答えはゼフェル、その人だったのだから。   ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ MIND EXPRESS 13   声がしてから、しばらく動けなかった。 金縛りとかそういうのじゃなくって、もう、こう・・・ 縛られるというより。 もっと純粋な布でくるまれて、全く動きがとれなくて。その布は自分にあまりにもピッタリしていて、それでいて硬く自分を包む。それは一種の拘束。彼の心も体も動けなくしてしまうほどの。 ゼフェルの目が細まると、今度は拳に力が入った。 音楽室へ登る階段の途中でこんなにぼーっとしていた自分が信じられない。 ゼフェルの頬は真っ赤だったけれど、それを見る者はいない。 幸い職員室の前を通らなくても音楽室には行けるのだ。 彼は他の教師に出会わないコースを選びとり、また階段を駆け上がる。 走っている間も、ずっと彼女の声が頭の中をうめつくしていた。まるでそこに彼女がいるかのように。 歌詞はよく聞こえなかったけれど、日本語ではなかったようだった。 そんなあいまいな彼女の泣き声が自分を読んでいると、ゼフェルは、今は信じることにした。 彼女が、自分を。 考えただけでゾクっとする。ジンとなる。 自分が必要としている彼女が、そこにいるというだけでこの脊髄を嘗める感覚が止んでくれないのだ。キスをしていた時。あの時は夢中で。気が付いたら彼女は逃げていて。そうして今こうして自分を呼んでいるような気がするのだ。 ゼフェルの心臓は今日一日で10年分は年をとったかもしれない。もうやぶれかぶれでボロ雑巾のような心臓。それでも彼はそれが破裂してしまうまで、木っ端微塵になってしまうまで使いきってしまおうと、今心に決める。自分の「好き」を満たすために、自分の心臓なんて、惜しんでいるヒマはないのだ。 忙しい思考のなかを、回想の中の彼女の瞳とか、手とか、髪とか、それから歌声とかがかさなる。加えて、現実の歌声も。 音楽室はすぐそこにあるのだ。 あと、30歩。ゼフェルの大股で、30歩の、短くて遠い距離。 息切れの激しさに、ゼフェルは足をふと止めてしまった。 そしてまた、今度はもっと硬く、ゼフェルを包む歌声が鮮明に聞こえてくるのだ。   彼のイカれた頭は、それでも同時通訳よろしく翻訳を開始する。 詩のように翻訳できないイカれた翻訳機は、それでも意味だけはくみ取るのだ。 とにかく。 愛しすぎてる、だとか。求めてるだとか。頭のなかに声がきこえてきて、、どうにかなりそうだとか。   ・・・オレのことだ。 チッ ゼフェルは本心を打ち抜かれたような居心地の悪さにかられた。 だって、今さっき自分が考えていたことに、果てしなく近い歌だったから。 愛しすぎて。気が狂いそう。いや、狂ってる。 求めすぎて。あんなことをしてしまう。 頭の中で彼女の声がする。彼女がすぐそばにいるような感覚を覚えさせるのだ。   ゼフェルは頭をかきむしる。あまりにも膨大な細胞が、アンジェリークを求めて動こうとする。 精神は、それをうまく処理しきれずに困惑して。結局チッとかクソとか。 足の裏がジンジンする。ハッキリ言って、走るのには慣れていない。ここずっと、走るとか言うことに出会っていなかった。だから、だ。ゼフェルはそう解釈したかった。 こんなにまで、腕が熱いのは。 足の裏が、ジンジンするのは。 目の奥が乾いているのは。 涙が出そうなほど、狂おしく彼女を好きだという思いでいっぱいなっている自分が、一体何者なのか。 そんなことはどうでもいいと思う。 アンジェリークが、呼んでる。 「アンジェリーク」 初めてその名前を口にする。今日出会ったばかりの彼女を一度も名前で呼んだことなどなくて。 口走った自分に、またジンという音が駆け巡る。もっと、体温が上がる。   ジリと動いた足は、やはりちょうど30歩で、彼女のもとへと着いてしまうだろう。細胞が言うことを聞かなくて、神経がピリピリしていて。 半開きになった性格の悪い目が、じっとアンジェリークをスキャンする。 どこだ。   ピアノの影になっているその体を、しかしスキャナーはしっかりとキャッチして、またゼフェルの脳裏にあたらしいファイルを作るのだ。 好きだ。 そのファイルの名前は、そう名付けられた。 そうして、保管される。 たまに引き出して、つぶやくのだ。   「アンジェリーク」   と・・・。   ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ MIND EXPRESS 14     「アンジェリーク」 つぶやいた声は、不本意ながら、アンジェリークにもしっかり聞こえていたようだった。 彼女はちょうど間奏を弾いていたけれど、ピアノを弾く手をゆるめてしまう。 なんで、やめるんだ。 そう思ったけれど、やめさせたのはゼフェル自身。覚悟をきめて、歩き出す。 ビクッとなる振動が、空気を伝わってくる。 ビクビクすんな。 さっきあんなひどいキスをしておいて、ゼフェルは自分勝手なことを考えていた。 逃げるんじゃねえぞ。 そういうビリビリした鋭角な神経を全部、そのままアンジェリークに投げかける。彼女はそれにまたビビる。ビビった彼女に彼がイカる。 だけど、こういうのも悪くはなかった。 追い詰めていく感覚。 ちょっとだけ、野性にかえった味がする。彼女の唇が欲しくてたまらないという感情は、とても不思議な味で。それはとても甘くて。 あと、5歩。 4、 3 2     ガタっと音がして、アンジェリークは急に椅子を立った。 力のはいらない膝は、ちゃんと彼女を助けてくれなかった。 よろけて、あと1歩で彼女の目の前に到着するはずのゼフェルに救われるのだ。 逃げられない状況。 アンジェリークは必死に目をそらすことしかできない。 目をふせて、真っ赤だろう頬を必死に隠そうとするけれど。 だけど、そういうわけにもいかなかったのだ。 ゼフェルは、アンジェリークの顎を捕えた。 そのまま上を向かせて。 「何で逃げた」 語尾も上げてくれない、疑問なのか、何なのかよくわからない言葉。 アンジェリークは混乱する。同時に切なくなる。 声が、心臓に響くのだ。 この講堂の中で反響する彼のちょっと低めの声が、すごくすごく心臓に悪いのだ。三角定規の30度で、アンジェリークの胸を刺す。 そう思っているのはゼフェルだって同じこと。 明るい蛍光灯の下で彼女がうつむいているのをみて、また心臓が破れたのだ。そのうち出血多量で死ぬかもしれない。 痛ぇ。 心臓の痛みにムチ打って、ゼフェルは聞く。「何で逃げた」と。 何で自分からそんなに必死こいて逃げるんだ、と。 だけど、それはイコール「オレはお前が好きなのに、何で逃げるんだ」というオプションが本当は漏れなく付いているはずなのだ。 だけどアンジェリークはそれを読み取ることができない。 困惑の色が顔中にひろがる。 必死で目をあわせようとしないから、彼はアンジェリークの目をまっすぐに見つめ続けていた。きっと、彼女がこっちを向いたら、こんなにじっとしていられないだろう。緑の目だ。ゼフェルの真っ赤な目とは、全然違う。蛍光灯の下で色が重なって、青っぽく見える目だ。 ゼフェルは吸い込まれる様に顔を近づけた。 キスを、と思ったのだ。 だけどそれはかなわなかった。 アンジェリークの手が、ゼフェルの目の前にやってきたからだ。 ゼフェルのものではないアンジェリークは、自分の意思で、彼を拒否する。 痛ぇ。 痛ぇよ・・・。 さっき以上に心臓が痛い。さっきとは違う痛みが、ひどくゼフェルを痛めつける。 「なんで」 アンジェリークはぼんやりときいた。 だけど返事は返ってこない。 「何で」 今度は問い詰めるように聞いた。 「・・・」 口が何かもごもごと動いたけれど、言葉はでてこなかった。 「何で?」 今度は少し優しく聞く。 「・・・・あ」 妙なかんじの声が漏れた。 彼女は本当は知っていたのかもしれない。彼がアンジェリークのことを好きであること。そんなことをゼフェルがうまく言えるはずがないこと。 だって、アンジェリークのゼフェルまるわかり辞典はとても性能がいいのだ。彼の優しさを即座に見破ったのだ。 だけど、言葉が欲しかった。 「何で?」 今度は、何だか自分でもよくわからない気持ちで。 「・・・・ぁ・・・」 「あ」はアンジェリークの「あ」で。 さっき彼は自分をアンジェリークと呼んで。 うれしいだとか、そういう前に、ビックリした。 それから、うれしかった。 「・・・・わ・・・」 「好きだ」 「私のこと好き?」そういうはずだったけれど、ゼフェルは聞かれるのをいやがったのだ。即座に答えがやってくる。 「好きだ。」 ここでようやくアンジェリークはゼフェルを見た。 だけど、ゼフェルのほうが下を向いてしまっていた。さっきアンジェリークの顎にかけていた手は、力なく落ちてしまっている。 ゼフェルはアンジェリークの視線に気付いているのだろうか。今彼女の眼を見れば、彼女が今どんな気持ちなのかすぐにわかっただろうけれど。こんなに愛しいを全面に出した瞳をしているのに。だけどゼフェルにそんな神経はなかったのだ。 アンジェリークは少しゼフェルに近づいた。さっきこけそうになってしがみついて、そして逃げて、離れてしまった体を、少し近づける。 ゼフェルが、目を上げる。 その顔は耳まで真っ赤で。 やっと、アンジェリークと目があったのだ。 どうしようもなく切ない顔のアンジェリークの目と。 どうしようもなく困り顔のゼフェルの目とが、 重なって、近づく。   壊れたみたいにキスをする。 頭の中では、同じことを考えていて。 でも言葉には決してできないのだ、その感情は。   出会って間もないけれど、運命っていうのがあるかもしれない、と、アンジェリークはそっと思った。気持ちを表現するのは難しいけれど、運命ってのがあるのなら、そういうのもいいかもしれない、と。 今日で最後のチャイムが遠くに響いた。 だけど、そんなことに気付く人間は、警備員くらいのものだった。         FIN.   ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ お疲れさまでした