ハッキリ言って、バイクが嫌いだった。
アンジェリークはゼフェルがエアバイクで迎えに来た時、困惑しまくったのだ。
大体、アンジェリークはスカート派だったし―――何といっても、天然パーマだったのだ。
ヘルメットくらいは貸してくれるだろうから、すごい風にあおられてぐちゃぐちゃになるということはないだろうけど、ヘルメットをはずした時の髪なんて見せられたもんじゃないのだ。
特に、このゼフェルという男には―――
「ゼフェル様!」
ゼフェルはひょうひょうとバイクの上に座って頬杖なんかをついている。
「これで来るって言っといただろ。おめーがスカートだからいけねーんだよ」
たぶん。
アンジェリークは気付いていない。もしかしたらゼフェル自身も気付いていないかもしれない。
ゼフェルが異常なほど気長になっているということに。
でもこの聖地でそのことに気付く人間はいても、それをわざわざ言ってくる人間はおそらくオスカーくらいのものだろう。あとは鈍感か俗世に興味のない人間だ。
でもいくら気長になったと言っても、もともと彼は短期だ。気長になって普通くらいだ。だからこの状況には結構腹立ってきていた。本当はさっさと出発してアンジェリークと二人っきりでゆっくりしたいと思っているのだ。まあ、そんなことを本人が口に出すことなんて天地がひっくり返ってもないだろうが。
ところがゼフェルのことを全然わかっていないアンジェリークはスカートがおにゅーなのに気付いてくれないゼフェルと髪のことで頭がいっぱい。頬をぷくっと膨らませて「ゼフェル様」を連発するばかりなのだ。
「アンジェ・・・。おめー、俺と行きたくねーのかよ。」
結局ゼフェルの言葉にノックダウン。素直なアンジェリークは仕方なくスカートをジーパンに着替えることになったのだ。彼女の中にはずいぶんと不満も残っている。特に髪のこととか。けれどゼフェルといられるのなら、それはもうがまんするしかないのだろうと腹をくくったのだ。
ゼフェルは――――ご存じの通り、健全な少年である。だから、少々下心があったからと言って責められるものではない。
たとえアンジェリークの感触が背中に伝わってきてバカみたいにどきどきすることになっても、だ。
あー、どきどきするぜ。
アンジェリークが後ろに乗ってくる瞬間、ゼフェルの興奮は最高潮に達した。
どきどきどきどきどきどきどきどき。
それはアンジェリークも同じだった。ずっと一緒にいるし、お互いの気持ちだって知っている。キスまではした。だが、それとこれとは違うものなのだ。うれしいやら何やらで頭がどうにかなりそうだった。
「おい、もうちょっと・・・強く・・・抱きついてろ」
ドッキーーンッッ
熱っぽいゼフェルの声が頭の中をぐるぐる回る。ヘルメットのことなんかもう気にならなくなっていた。
ゼフェルは―――ゆで蛸と化していた。平静を保っているつもりでも、どうしてか熱は増すばかり。どきどきは速くなるばかりなのだ。
「おし。じゃ、行くぞ」
やっぱりどきどきしているアンジェリークにむかって、できるだけぶっきらぼうに言う。自分の世界に入りこんでしまうために。
「ハイ・・・」
小さな声が聞こえた。ゼフェルはそれに無視ぶっこいてエンジンをふかした。
バイクが宙に浮く。その衝動で、アンジェリークがゼフェルの背中に思いっきり抱きついてきた。
うあ!
ハンドルを落としそうだ。こんなんで大丈夫か、と心配しながらも、ゆっくりとスタートさせていく。アンジェリークの腕の力も少し弱まる。
だから。
また、時々スピードを急にあげたりして。
ゼフェルときたら、アンジェリークのことにならいくらでも貪欲になれるのだ。自分でもそのあたりが不思議で仕方なかった。
「おい、ついたぜ」声をかけたころにはもうお互いの体温を共有しあっているころだった。離れると、ちょっと寒い気さえする。
そこは、小高い丘の上だった。今までずっと目をつぶってしがみついていたせいで全然景色がわからなかったけれど、きれいな空気とすばらしい景色がアンジェリークを襲う。
知らず、ゼフェルも笑ってしまっていた。
「すごい!すごい!ゼフェル様!すごい!」
「すごい」を連呼するアンジェリークに、ゼフェルは不敵とも思える笑いを繰り返すだけ。
いいよなあ。
ゼフェルは笑っていたけれど、心中はちょっと複雑なものがあったのだ。
女王試験。そのために二人は出会った。恋をして。
約束は、まだなのだ。女王になるかどうかもわからない彼女に、どうやって切り出せばいいのかわからないのだ。
それなのに。ゼフェルの心中はこんなにもせめぎあっているのに、このお気楽ご気楽娘は「すごい」を連呼してこっち一人をどきどきさせているのだ。
知らねーんだろーな。
本当に、好きなのだ。どうしようもないくらい。どこかの星にさらっていってしまいたいくらい。だれにも見せたくない。触れるな。そう思うくらいベタボレしているのだ。
こいつは。
ぜんぜんわかってねー。
まだ「すごい」を連発しているアンジェリークを、後ろから抱きしめる。衝動が、思いきりよく行為に現われたのだ。
「ゼッ」
びっくりしすぎて言葉が出ないようで。
そんなアンジェリークをもっと力いっぱい抱きしめる。
「アンジェ」
髪に唇をうずめる。いつもよりもふわふわなような気がする。シャンプーのいい匂いで、ゼフェルの頭はどうにかなってしまいそうだた。
「ゼフェル様・・・?」
多少問いただしかげんのアンジェリークの顎をつかむ。後ろをむかせる。この身長差では難しいけれど、何とかキスを。
帰りたくねえ。
まだ昼だった。でももう帰りたくなんかない。ここは聖地のなかだけれど、寮にもアンジェリークを帰したくないし、自分も部屋にもどりたくない。一生そばにいたい。
しばらくして、二人の目があった。
ぽやっと見つめる緑の目。
「ゼフェル様?」
意味がわからないとでもいいたげな口だ。
いみなんか、ないのに。
「おめー・・・」
いいかけて、やめてしまう。恐ろしい予測が胸をついた。アンジェリークに告白をした時と同じような恐怖。手にいれてもなおきちんとした形で現われない今の状況。
「ゼフェル様・・・。私・・・。」
アンジェリークは前をむいてつぶやいた。ゼフェルの腕に手をのせて。
「帰りたく・・・ないな。」
ゼフェルの腕がこわばる。今アンジェリークが言ったことが信じられなかったのだ。こんなことを言う女じゃないと思っていたから。うれしいやら、不気味やら。
「おい・・・」
こっちをむかせようとした。でもアンジェリークは乗せている手の力を強めて抵抗する。
「あ!の!・・・主星に、です!今日じゃなくって!!」
がっくし。
何を言うのか、この女は。思いっきり期待させておいてカウンターパンチをくらわせるのだ。ゼフェルの腕から一気に力が抜けていった。
「でも・・・女王様にも、なりたくないです。」
言ったことがよくわからなかった。女王になるか、主星に帰るかの一方しか選択肢はないはずなのだ。
「あ?」
ぜんぜんわからなくて、怒ったみたいな口調になる。
「あの・・・・ゼフェル様。」
「何だよ。」
「えっと。」
「何だよ」
「私を」
「・・・」
「お嫁さんにしてくれる?」
耳まで真っ赤。
二人とも、熱湯につかったみたいないろだ。
心も、耳もだ。
「・・・ばっ」
声が、でない。掠れた声がちょっと出ただけ。
『ばかやろう、決まってるだろ、おめーは俺の嫁さんになるんだよ』
夢の中でしか実現できないセリフがゼフェルの中で渦をまく。
「ありがと!」
でも、アンジェリークは夢の中と同じように、笑ってゼフェルを抱きしめた。何もかも、知っているかのように。
「ゼフェル様、大好き!」
声は空高く、宇宙にひびいた。
もしかしたら、女王にも。
それから、何度も二人でバイクに乗ってでかけた。今ではアンジェリークはバイクが大好きになっていた。もちろん、バイクに乗った少年も――――。
あとがき