終神話其の弐 「遥かに」
歴史、それは過ぎ去った時代を生きた人々の物語。 未来に記憶されるものだけが歴史ではない。 星は流れ、歴史は伝説になる。 歴史はいつまでも延々と続いていく・・・・・・・・・・・・。 白銀の雫が舞い落ちる町。 一人、また一人と我が家へと帰っていく人々。 そんな中、一人の若武者が黙々と歩いている。 「武則さま!」 若武者はすっと振り向き、見慣れた顔に自然に表情が和む。 「お鈴か・・・・・・・」 そう、俺の名を呼んだ者は俺より一つ年下の女子。 名はお鈴・・・・・・。俺の主が十年前にこの地に招いた刀工、四代目兼定古川孫四郎殿の一人娘。 「武則さま、このような雪が降っている中お一人でどうなされたのですか?」 彼女は少し心配そうな眼で俺を見つめ、問いただしてくる。 俺は素っ気無く返事をした。 「ああ、ただの散歩に過ぎん・・・・・・お鈴は?」 「あ、そうでした。私は父が武則様をお連れになるようにと申しておりましたので 武則様をお探ししていたのです」 孫四郎殿がか・・・・・・・ しかし、俺に一体何の用だ? 俺は一応この地の大名に仕える「四天」の一角を担う家の次男坊であるが 文武共に人並みの力しか持ち合わせていない。 それに変わっている点も多いゆえ人望も薄い。 「参りましょう」 「ああ」 そんな俺でも兼定殿とお鈴は慕ってくれる。 俺はこの親子を実の家族よりも信頼している。 家族が信頼できないというわけではない。 家の家系はこの地を治める主の譜代の家臣であり、信頼も厚い。 そして一族の面々はと言うと兄は俺と違い頭も切れるし剣術の腕も達者、人望もある。 現在の四天の一人である父も義に厚い剛直な方だ。 伯父や従兄弟達も名将と謳われる方々ばかり。 そして俺は世間で言う落ちこぼれ・・・・・・。 一族の面汚しとも言われる。 仕方のないことだ・・・・・・俺は一族の中で最も劣っている。 その上俺は刀を振るうことを嫌う。 怖いのだ・・・・・・戦が起これば俺もこの刀で人を切ることになるのだろうと考えると。 とんだ腑抜けだ・・・・・・。 お鈴が言うに俺は優しすぎるらしい。 それが俺の善い所であると彼女は言う。 しかし、俺はそう言う彼女の方こそ本当に優しいと思う。 「お鈴、孫四郎殿は俺に如何様なご用で?」 俺は先ほどから疑問に思っていたことを訪ねた。 他愛もないことだが、話の種にはちょうどいい。 「それが私にも分からないのです。ただ武則様をお呼びになるようとだけ申しておりまして・・・・・・・」 「お鈴も聞いていないというのか・・・・・・・・・」 そのような事を話している最中に草陰の方に気配を感じた。 瞬時に刀を構える。 こんな俺でもお鈴が逃げる時間くらいは稼げる。 研ぎ澄まされた殺気が俺を襲う。 しかし、自然と恐怖は感じなかった。 お鈴は俺の背後に隠れる。 殺気が急激に鋭さを増し、刀を鞘から抜く音が耳に届いた。 瞬間、俺は微塵も躊躇せずに抜刀した。 「でやぁぁぁぁぁ!」 刀と刀が衝突する金属音が響き渡る。 全力で振るった刀の一撃の衝撃で男が一瞬怯む。 俺は間髪いれずに第二撃を繰り出す。 「はぁぁぁぁぁぁ!」 その時、俺ははじめて人を切った。 ドロリと俺の刀を紅い雫が流れ落ちる。 俺は小さく唸りながら、地に伏している男の止血をしてやった。 その男は商人風の格好をしてはいるものの、仕込み刀を隠し持っていた。 そして俺たちに斬りかかろうとした。 「武則さま・・・・・・・・・・」 気がつくとお鈴が複雑な表情で俺を見つめていた。 潤む瞳の奥に蒼く蒼く輝く何かが見えた気がした。 しかし、あまり悠長にみつめ合っている時間はないようだった。 「ぐっ・・・・・・・」 眼前にいた男が立ち上がろうとしたのである。 「お鈴、孫四郎殿に遅くなると伝えてくれ・・・・・・」 お鈴の返事を聞く前に男を連れてその場を去った。 否、逃げたのだ。 俺は耐えられなかった。 彼女の小刻みに震える細い肩・・・・・・・・・・。 潤む澄んだ瞳。 俺は守りたかった、彼女を。 そのために剣を振るい、男を斬った。 だのに・・・・・・・・この胸に突き刺さる痛みは・・・・・・・・。 俺は純白の雫舞い散る町を走り続けた。 ユメ・・・・・・ けして重なり合うことのできない世界。 ・・・・・・・もうじき東京に着く。 車内アナウンスが朝日とともに俺に降り注ぐ。 「俺はいつまで生き続けるんだろう・・・・・・」 夢見心地の唇から漏れた一言。 幼き頃の自分に戻ったように俺が呟いた言葉。 しかし、それから先の言葉を紡ぐ事が出来ずに黙り込む。 窓の外には空から白き雫が舞い落ちてきた、まるでユメのように。 見渡す限り俺以外の客はいない。 確かに奈良から東京への始発の新幹線に乗る人は少なかろう。 これから局長に報告してその後学校に行く。 俺にだって一応出席日数ってものがある。 俺は小さく溜め息をしてからホームを早歩きで去った・・・・・。