-One three-


口伝 【腕】


 まだ日も昇らない時間、アコラサードシティーの貧民区にある一軒の廃屋前に、二頭の馬が止まった。
 部屋の中で荷物の整理をしていたトヴァは、すぐに整理を止めていつでも戦えるように気を引き締める。
 コンコン
 トヴァは奇襲を恐れて壁に背をつけ、どこからの攻撃にも対応できるようにしてから扉を開ける。
 入ってきたのは腰に剣を佩いた男。
 トヴァはその喉元にダガーを突きつけて、機先を制した
 …つもりだったが、ダガーは二本の指でしっかりと止められ、左手は剣の柄を握っていた。
 やるつもりであれば、相手は一刀のもとにトヴァを切り捨てていただろう。
 「…誰や、あんた」
 「ムージェストヴァ国王の使いです。…中に入っても?」
 トヴァはダガーをしまうと、部屋の奥に入って再び整理を始める。
 「勝手にしぃ」
 「では、お邪魔します」
 口ひげを生やした栗毛の騎士は適当なところに腰掛けると、じっとトヴァを見つめる。
 「用件をはよ言い。わしは忙しいんじゃ」
 「第八治安維持部隊の報告で、あなたがトヴァリーチ王子ということが判明しましたので、ここにお迎えにあがりました」
 「そいつは無理や」
 「どうしてです?」
 トヴァは手を休めることなく、使いの男に応じる。
 「…本当にわしが王族なら、もっとこの国のこと、世界のこと、なにより人間をもっと知らなあかん。
 そうせぇへんと、ええ国造りが出来へんやろ? 
 人の心を知らんもんが上に立っても、下のもんが悲しむだけや。
 だったら、わしはまだ戻られへん。それに…まだガキやしな」
 「子供であることを恥じることはありません。私とて、昔は子供でした」
 「ハハッ、オモロイこと言うなあんた。せや、あんた国王直々の使いやから、少しは偉いんやろ?」
 「多少の権限は与えられていますが…?」
 「せやったら、このスラムで住んどる親のない子供たちを保護してくれへんか?」
 トヴァはここで始めて使いに振り向いた。
 使いはきょとんとした顔でトヴァを見つめるだけで、反応を示さない。
 「おっちゃん、随分と鈍いなぁ。そんなんで、ちゃんと仕事できてるんか?」
 「これは失礼。咄嗟に意味を理解できなくて…」
 「たしかに、このスラムの孤児は結構な数がいる。
 けど、その子たちはいずれこの国をしょって立つんや。
 だったら、国が本気で保護せなあかんやろ。な、頼むわ」
 「…わかりました。そのむね、国王に伝えておきます」
 「おおきに。ほんま、頼むで。じゃ、わしはもう行くさかい」
 トヴァは荷物を背負って、部屋から出ようとする。使いは驚き、つい自分も腰を上げてしまった。
 「どこへ行くのですか?」
 「ん〜、まだあてはない。けど…もしかしたら、わしと一緒に旅をしてくれるかもしれへん人がおる。
 じゃ、孤児たちのこと、よろしゅうな」
 トヴァが外に出ると、太陽が山の端から顔を出して世界に新しい色を与えている最中であった。
 その光に照らされた、二人の冒険者がトヴァの前にいる。
 「やあ、トヴァ。もう俺たちは次の町へいくから、最後にあいさつしようと思ってね」
 いつもの笑顔でリベルターがトヴァに話し掛ける。
 「アスティル、おまえも何か言うことはないのか」
 「…またな」
 「ハハハ…それじゃ、元気で」
 「ま、まってくれ!」
 歩き出そうとしたリベルターはトヴァの必死な声に、足を止める。
 「わ、わしも連れて行ってくれ。もう、この街にはいられへん。
 この腕を見られたからには、いるわけにはいかんのじゃ…だから…」
 「トヴァ…」
 「私からもお願いします」
 そう言ってトヴァの家から出てきた人物を見て、リベルターは驚き目を見開く。
 王の使いはそれ以上何も言わず、首を振る。リベルターもそれに応じて頷いた。
 「わかった。一緒にいくか」
 リベルターは笑って、トヴァの頭を撫でる。
 「子供扱いすな!」
 トヴァはその手を振り払って、ずんずんと歩き出す。
 「行くなら、さっさと行こうで! 冒険がわしらを待っとるんや!」
 「兄ちゃん!」
 突然、路地から子供たちが現れ、トヴァのまわりに集まる。
 「どないしたん、おまえら?」
 「兄ちゃん、ホントに行っちゃうの?」
 子供たちはいまにも泣き出しそうな顔で、トヴァにすがり寄ってくる。
 トヴァは子供たちと同じ目線になるようしゃがんで、笑う。
 「ごめんな。もう、ここでは暮らせないんや」
 「俺、いい子にするから!」
 「俺も働くから!」
 「ありがとう…でも、お別れや。これからは、あそこにいるおっちゃんに着いて行き。
 寝床もパンも、あのおっちゃんがみんなくれるで」
 子供たちが国王の使いを見る。使いは何も言わずトヴァを見るだけ。
 「ほら、行き」
 渋々ながらも子供たちは国王の使いのまわりに集まる。
 「おじさん…」
 「大丈夫。必ずトヴァ君は帰ってくるよ。それまでは、私が君たちを守ろう」
 子供たちの汚い身なりに構うことなく、国王の使いは頭を撫で、その子をだっこする。
 「ほな、行こか。センセ」
 「ああ」
 朝日の方角に向かって、三人は歩き出す。
 「兄ちゃん! 兄ちゃんの腕、とってもカッコよかったよ!」
 使いにだっこされた子供が叫ぶ。
 それを機に子供たちが次々に涙で顔をクシャクシャにしながら、「カッコよかった!」と大きな声を出す。
 振り向いたトヴァは満面の笑みを浮かべて、両腕を振り上げた。
 その目にほんの少しの涙を湛えて。
 
 「いいのですか、ムージェストヴァ国王」
 建物影から現れたカニスが尋ねる。
 「ああ。あの子は随分と勇ましく、そして優しい子に成長しているではないか」
 「親はなくとも、子は育つといいますからね」
 「皮肉か?」
 「いえ! そんなつもりでは…」
 「ふふっ…私はいま一度教えられたよ。民があっての国だとね。
 早急に孤児たちへの援助を開始しよう。そして、彼らがこの国にいる間、私は最大限の協力をしようと思う」
 「承知いたしました…そして、あの腕のことですが」
 「聞こう」
 「当時、たまたまこの町に来ていた錬金術ギルド総取締役、グライトン様がお付けになったとか」
 「そうか……何も知らなかったのは私だけのようだな。
 トヴァ、私の知らない世界を見て来い。そして、必ず…」
 ア早ーリ起きーのバード鳥が、リベルターらの旅立ちを祝福するように鳴き声を上げる。
 この日、ローグルスト王国はシューピルドーゼ領とトラグディ領を合併。
 同時に、王弟クピディタースの病死が報じられた。

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