-One three-
口伝 【旅】
光が消え、クレーターの中心に魔城エイドロンの瓦礫が現れる。
「ふぃ〜、間一髪やな」
瓦礫を押しのけてトヴァが顔を出す。
「ああ、まったくだ。助かったよアネル」
リベルターが瓦礫を押しのけながら、アネルに礼を言う。
「いえ…咄嗟のことでしたから…」
床の上に座るアネルは、頬を赤くしてうつむく。
「…なあ、どいてくれないか」
アネルの座布団にされていたアスティルが呟く。
「あ! ごめんなさい」
そう言ってアネルは立ち上がる。思いっきりアスティルの背中を踏みつけていたが、アスティルはムスっとするだけで、何も言わない。
「怒るなよ、アスティル」
リベルターはアスティルに手を貸して、立ち上がらせる。
あの爆発のさい、アネルが体内時間静止の魔法を唱えたおかげで、リベルターたちは難を逃れたのだ。
この魔法は本人とその周辺の時間を止めて、一切の外部干渉を受け付けないというもの。
おかげで身動きも取れなかったリベルターたちは、あえなく瓦礫の下に埋もれてしまったというわけだ。
「さてと…」
リベルターが衣服の埃を払い、そろそろ帰るかと言いかけた時、アスティルが何かの気配を感じ取り警戒する。
瓦礫の下から現れたのはグザファンであった。
「よう、リベルター」
頭をかきながら、旧知の友と出合ったかのようにグザファンが歩いてくる。
戦おうとするアスティルを止め、リベルターもグザファンに歩み寄った。
「これを返しておく」
グザファンは右手からゴーズフィアーことアレグリシアの魂を出す。
「いいのか?」
「ああ。まだ、契約中だからな」
両膝を抱えてるアレグリシアは、まだ眠りについたままだ。リベルターは妹の顔を見てほっとする。
「貴様が太陽の洗礼を受けていたのはわかっていた。だが、あれほどの力を持っているとはな」
「生涯に一度しか使えない力だ。けど、父と母には感謝している」
グザファンはその言葉を鼻で笑う。
「我らシャダイも、貴様ら人間と同じようにつまらないものに縛られている。こういうのは今回だけだ」
「わかっているさ」
グザファンは、もう言うことは無いというふうに背を向けて歩き出す。が、途中でピタリと止まって振り返る。
「リベルター。全ての人間が貴様のようであれば、我らなど存在しなかったかもな」
それだけを言い残し、グザファンは大地へと沈んでいった。
「センセ、こっちこっち!」
リベルターがグザファンの消えた場所を眺めていると、トヴァが何かを見つけたようで、慌ててリベルターを呼びに来る。
「どうした?」
「ペイラーや! まだ生きとるで!」
トヴァに連れられて、その場所へ行くと本当にペイラーがいた。ただし、もう虫の息であったが。
「どうする…止めをさすか?」
そう言ってアスティルがマリアファングに手をかける。
だが、リベルターはそれが演技であることを見抜く。
「いや……アネル、治癒魔法を」
その言葉を聞き、アスティルは剣から手を離す。
アネルがペイラーの傷を癒すと、ほどなくして目を覚ます。
そして、リベルターに助けられたことを知り驚きに眼を丸くした。
「何故、助けた」
「さあね…人間だからかな」
ペイラーは立ち上がり、リベルターを睨む。
「後悔しますよ」
「でしょうね。でも、あなたならどこへ行っても生きていける。
それだけの知識と、世界を壊そうとするぐらいの活力があるのだから」
「…私は生きている限り、あなたの命を狙いますよ」
「じゃあ、僕は生きている限りあなたを返り討ちにしましょう」
「クッ…ハーッハッハッハッハ!」
突然、ペイラーは笑い始める。その顔は憑き物が落ちたかのように清々しかった。
「憶えておきなさい。あなたを殺すのは、このペイラー=スチェッソだと」
そのままペイラーは魔法を使って景色に溶け込む。
「ほな、帰りまひょか」
トヴァが思い切り、伸びをしながら言う。
「先に行っていてくれないか。ちょっと、用があるんだ」
「…わかった。行くぞ、トヴァ」
「おい、引っ張るんやない! コラ、離さんかい!」
アスティルがトヴァを引きずり、アネルはぺこりと頭を下げて二人の後を追う。
「ふぅ…」
リベルターが振り向くと、そこにはアレグリシアがいた。
「お兄ちゃん…」
「ごめんな。もうちょっとだけ、時間がかかりそうなんだ」
「うん…」
リベルターが左手を妹に伸ばすと、アレグリシアはその手をそっと両手で包む。
再び黒い包帯が左腕にまかれ、アレグリシアの魂が宿った。
また、リベルターの旅が始まる。
ジェスティツィアでは生き残った市民たちが、喚起の雄叫びを上げている。その中にはカニスの姿もある。
「第八治安部隊に告ぐ! 死んで行った英雄たちを埋葬し、町の清掃を行ったらすぐに宴会の準備だぁ!」
「隊長、僕らもう四人しかいませんよ」
「ええい、それならなおさらだ! 死んで行った仲間のためにも、盛大に宴会をするぞぉっ!」
「オオッ!」
カニスの声に答えたのは町の人々。リベルターが去ってからも勇敢に戦い、そして自分たちの手で町を守った人々の顔は悲しみと喜びに彩られ、実に美しい虹色を作っていた。
トラグディ領王城ラーゴ・デ・シスネス。
王城の前で喜ぶ騎士たちを満足そうに見つめるムージェストヴァがいた。
「国王」
やはり鎧で身を包んだ宰相が隣に立つ。
「私の勝手な憶測ですが…この危機を救ったのはトヴァ王子であるような気がしてならないのです」
「そうか、お前もそう思っていたか」
「では、国王も」
「うむ。だが、正確にはトヴァではなく一緒にいたリベルターであろう。あの者の左腕は大いなる災厄と、尊き希望の二つを持ち合わせているのだからな」
空を覆っていた灰色の雲は嘘のように晴れ渡り、まっさらな青い空が人間を祝福している。
「国王様!」
孤児たちが王のまわりに集まる。
「大丈夫だったか、おまえたち」
「うん! 僕、泣かなかったよ!」
子供たちを抱え、ムージェストヴァは笑う。そして、また成長したであろう息子のこと思うのだった
クラーテルマウンテン頂上付近――
そこに二匹の獣が空を眺めていた。ただ、その獣はとても巨大で、その体からは光を放っていた。
「ゲオルギウス、本当にありがとうございました。あなたのおかげでブルーノ村、ひいてはアルモニカ領を守ることが出来ました」
「マリアよ、礼にはおよばない。私はおまえの息子に頼まれただけだ」
マリアは頭を垂れる。
「もう行く」
そう言ってゲオルギウスは空へと舞い上がる。
「森の皆様によろしくお伝えください」
「それなりの被害を受けているだろうが、我が森の精霊は気性が荒い。謝って森を焼いていないといいが…」
「フフ…大丈夫ですよ。さあ、もう行って下さい」
「またな、マリアよ」
大鷲が空へと吸い込まれる。
銀狼はいつまでもその空を見上げ、空の向こう側にある星へと思いを馳せた。
シナブリア領とムーシクス領の領境の街道で三人が一人を待つ。
そこに立てられた矢印看板の下でアスティルは彫刻を作り、トヴァは待ちくたびれたようにキョロキョロし、アネルはじっと座って待っていた。
「はぁ…ええ天気やのぅ…」
「…ああ」
「そうですねぇ…」
実は彼ら、もうかれこれ三時間もここで待たされているのだ。リベルターはいまだに瓦礫の城から帰ってこない。
「逃げたんかなぁ…わしらのこと嫌になって」
「先生に限って、そんなことは…」
「…」
白い雲が地上に影を落とす。影が落ちたことで、アスティルは空へと目を向ける。
「…あ」
「どないしたん?」
「何か思いついたのですか?」
アスティルはすっくと立ち上がると、荷物を持って瓦礫の城へと走る。
「ちょっと、待ちぃな! どこ行くねん!」
「…可能性は低いが、最悪の結果が待っているかもしれない」
「最悪の結果って、そんなこと…」
アネルから血の気が引く。
「…安心しろ。俺の予想が当たっていれば、先生は…」
ザバァァッ…
リベルターが頭からお湯をかぶる。
「いやぁ〜、極楽極楽♪」
青い空に立ち昇る大量の湯気。その下には簡易露天風呂。
そう、リベルターがアスティルたちのもとへ帰ろうとしたとき、突如として温泉が吹き出たのだ。
「こいつは強い湯だなぁ。匂いもけっこうきついから酸性泉かな? いやわからんぞ、このあたりは火山が多いみたいだから、明ばん泉かもしれん。しかし、明ばん泉にこんな匂いは…」
『先生!』
「ん?」
リベルターが頭にタオルを載せて振り向くと、おっかない顔をした三人がそこにいた。
「お、どうした? おまえたちも入るか?」
にっこりと笑うリベルター。対するは明らかにキレている三人。
「センセ、今日という今日は覚悟してもらいまひょか」
「…俺はいまだけ人間をやめる…」
「ひどいです。私たちを三時間もまたせておいて」
「アレ? 怒ってる?」
『当たり前だ!』
瓦礫の城に、爆音と悲鳴が長く長く響き渡った。
そして、後にここがリベルター温泉と呼ばれるのも、また先のこと。
――全ては再生暦五一三年の出来事
この真相は、歴史から一切抹消される――
p.s.
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