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そもそも刹那主義と言うのは

過去や将来を考えず、ただこの瞬間を充実すれば足りるとする考え方であり

単にその言葉だけを受け取るならば

苦しみと共存してまで生きると言うのはこの考え方とは

全く対極の考え方です。

つまり,極力苦しみを避け,快楽のみを追い求める思想

この思想,現代人なら少なからず持っているのではないでしょうか?

誰でも無益な苦しみなんて甘受するはずがありません

つまり,将来の利益をみこして苦しみを我慢しているはずです。

しかし,将来の利益と言っても様々です。

でも,その利益の大きさによらず,その苦しみに

耐えうる最終的な要素はその人の野心ではないかと思っています。

しかし、よく言われる事ですが

最近の若者と呼ばれている人たちは野心に乏しいと

つまりは,将来の利益の為であるのにも関らず苦しみから逃避してしまう

「とりあえずは,今が楽しければいいか」

と言う思想が蔓延しているのではないのでしょうか?,

その背景として,過保護や今の豊かな時代と言うものがあるでしょう

かく言う自分もその思想が少なからず,いや,かなり存在している

という事は否定できません。

今まで生きてきた中で,本気で「苦しみ」と向き合って

それを乗り越えてきたものがあるか?

と,自問したならば答えはノーと言わざるを得ないでしょう

なんとなく,惰性で乗り越えた風に見えるものはあるかもしれません

しかし,今までの人生で本当の達成感を得た事は無い気がします

たぶん,上手に逃げてきたんでしょう

しかし,なぜここまで考えているのに苦しみと立ち向かえないのか?

と言われれば難しいのですが

語弊はあるかもしれませんが

ただ,漫然と刹那の欲望に身を任せてる人々とは

自分は違っているとは思っているつもりです。

しかし,このままでは,明らかに将来的には、今苦しむよりも

何倍,いや何十倍の苦しみが待っている

そんな事もわかっています

では,なぜ刹那主義的になってしまっているのか?

それは,僕の『生』に対する歪んだ(と言って良いのか?)考え方

にあるのです。

では,次の章で僕の「生」に対する考え方を書いていきたいと思います


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