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僕がまだ,中学生ぐらいの頃でしょうか?

今考えると,この頃から刹那主義の兆候があったといえるかもしれません

それは,一般に超越論という思想を持っていたことです

当時は,全くそんな言葉なんて知りませんでしたが

その頃から,哲学的な考えを持っていたとは

ちょっと自分で,やるなと思いましたが

それが,現在の歪んだ心に通じているわけですから

手放しでは喜んでいられませんが・・・


さて,超越論ですが

皆さんは,そもそもこの言葉を知っているでしょうか?

僕も,極々わずかな知識しかないのですが

敢えて一言で言ってしまえば

『絶対的なものの存在』

ということになるでしょうか


僕は,当時このような事を考えていました

自分がどんなに考えて,行動を起こしても

結果は,決まっているのではないのか?

そのような,運命なのではないのだろうか?と

じゃんけんなどの,簡単な勝負事

人生に大きな影響を及ぼすような分岐点に於ける決断

それらような,一見偶然や,自分の意思と思われるものは

実は,絶対的な力によって決められているのではないのか?


そのような考えを持つとどうなるのか

それは

どんなに,頑張っても運命には逆らえないのだと

そうすると

自分で決断をする事が陳腐に思えてきてしまいました

見えない力,しかも絶対に変える事の出来ない力に対して

足掻く自分が居る…


挫折の経験をすると

このような事を考えたりはしないでしょうか?


しかし

このような考えを持つと,堕落の坂道を転げ落ちて行くのは自明です

自分の運命を,自分で切り開こうとしないからです


さすがにこのような考えを持って,何もしないでいると

予想通りではありましたが

結果はいい物が得られるはずもありませんでした


だから,僕もある程度は努力をするようになりました

でも,努力が100%報われことが無いのも自明であり

その都度,運命なのか・・・と思ってしまう時もあります

努力が足りないって言われればそれまでですが

人には限界があるのも事実であり

全ての人が全く同じ能力を有するわけもなく

努力だけでなんとかなる,とも言いきれません


もしかしたら

絶対的なものとは

その人の遺伝子なのかもしれません


可能性をはじめから否定するのは最悪の選択ですが

限界を知るのも重要だと思います


自分にとって,最も才能のあるものは何なのか

それを知るのは,きわめて困難な事です

でも,それを探さないで

別の方向を甘受して生活をしていくのは

もったいないことかもしれません

もしかしたら

誰にも負けないような,才能をうずもれさせてるかもしれませんよ



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