「同胞」


 救国の英雄。デスザウラーを倒した者。
 基地内を歩くと彼等は兵に話しかけられる事が多々ある。その時のバンも英雄に憧れた兵に話しかけられ勇気づけると兵が去ってゆくのを見送り小さく溜め息をついた。
「英雄は大変だな」
 その様子を見ていたトーマは呆れを含ませてそう言った。その言葉と態度と眼が一々相手をする必要がどこにあるのだと問うている。
「トーマ」
 バンは再び溜め息をついた。
「そんな風に陰で溜め息をつくなど貴様らしくない。嫌なら嫌だとはっきり言えば良いだろう」
 トーマはどこか怒りを感じていた。そのトーマの苛立った様子、向けられる理不尽な怒りにバンも同じ様に怒りを感じた。
「なんでトーマがそんなに怒ってるんだよ!」
「知るか!」
 トーマ自身怒りの原因など分からず、バンも怒り返してきたのでこれ以上はまたいつもの口論になるのだろうと思ってトーマは踵を返した。
「おい、トーマ!」
 バンはトーマを呼び止めるが早足で歩いてゆくトーマは振り返らなかった。
「お前はどうなんだよ……」
 見えなくなった後ろ姿にバンはぽつりと呟いた。

 いつでも万全の状態で動かせるようにゾイドの整備は怠らない、それはゾイド乗りの基本である。

 シュバルツ家の次男。カール・リヒテン・シュバルツ大佐の弟。
 トーマがディバイソンの整備をすると決まって研究者や整備士に話しかけられる。
「じゃあフィーネ、今のでOKなんだな?」
 バンはボルトを締めるとフィーネに声をかける。フィーネは再度ブレードライガーの状態をスキャンして確認をとる。
「うん、大丈夫!」
 フィーネはモニターから顔を挙げると後部座席からブレードライガーの足元にいるバンへと返事を返した。
「ありがと、フィーネ」
 バンは工具を片付けるとブレードライガーの操縦席へと乗り込んだ。
「バン、ご苦労様」
 待っていたフィーネは乗り込んできたバンに労いの言葉をかけた。
 ブレードライガーはその性能からすれば驚くほど単純な構造のゾイドであり、ブレードライガーの整備はバンとフィーネでこなしてしまう事もある。それぞれのポテンシャルを引き上げただけのようなそれは複雑でない故に乗り手の技量が必要になってくる。
「じゃあ、ちょっと走らせようぜ」
「うん」
 バンは嬉しそうに言った。フィーネも笑顔でそれに返す。
 ブレードライガーの整備や調整はバンが走らせてその状態を確認するまで終わったとは言えない。
 格納庫を出てゆくバンの視界の隅でまだトーマはディバイソンの整備について整備士たちと話していた。

 バンがブレードライガーを走らせながら後部座席にいるフィーネに目を向けるとフィーネは楽しそうにデータの収集していた。
「なあ、フィーネ」
「なあに、バン」
「フィーネって結構嬉しそうにデータの解析したり、ブレードライガーの整備をするよな」
「そう?」
 フィーネは首を傾げた。バンはその様子に違うのかなと思う。
「なんかそう見えた。そういうの好きなのかなって」
 フィーネは少し考えた。考えて暫らく悩んでから口を開く。
「ブレードライガーが、この子が気持ちよく走ってくれるのは嬉しいから、だからそうなるようにするのは楽しい」
「うん、俺も」
 バンはその答えに微笑んだ。
「フィーネはディバイソンをどう思う?」
「トーマさんの?」
「うん。整備士や研究者たちが結構トーマに色々訊いてるけど、フィーネは興味ないのか?」
「別に」
「そうなのか?」
「うん。ゾイドを研究したい訳じゃないから」
 バンはそこでフィーネがゾイドについて研究していたのはゾイドイブについて手がかりがないか、だったと思い出す。
「ディバイソン、トーマさんに大切にされてる。ビークの事も好きみたい」
「そうか」
「うん」
 バンは何となく嬉しくなってブレードライガーのスピードを上げる。
「バン」
「何だフィーネ」
「バン、楽しい?」
「ああ、楽しいぜ!」
 バンの笑顔にフィーネも笑った。
「私も! ジークもブレードライガーも楽しいって!」
 同意するジークの声と、ブレードライガーが答えるように咆えた。

 かなりの時間ブレードライガーを走らせていたはずなのに、バンとフィーネが戻ってもまだディバイソンの整備は終わっていなかった。
「トーマさん、まだかかってるのね。大変なのかしら」
 ブレードライガーの最終チェックを済ませたフィーネは後部座席から降りてディバイソンを見る。
「それだけじゃないさ」
 バンはトーマの周囲に集まっている人々を見てフィーネに促す。
「あっちの方が大変そうね」
「まあな」
「何か手伝える事はないの?」
 バンはフィーネの心遣いに微笑んだ。
「ディバイソンの整備を手伝うと遅くなるぞ。俺が手伝うからフィーネはもう休んでろ」
「そう?」
「ああ」
「喧嘩しないようにね」
「分かってる!」
 そのあまりにも子供に言い聞かせるような口調にバンはついむきになって言い返す。
「じゃあお願いね」
 そんなバンの様子を楽しんでからフィーネはジークを連れて格納庫から出て行った。

 ブレードライガーと比べディバイソンは引き上げられたポテンシャルのバランスを調整する為に複雑なシステムを組み込んだ上にビークとの調整もあってその整備は時間がかかる。しかし研究者や整備士達から見た場合に、どちらのゾイドに興味を惹かれるのか、と言われればディバイソンなのである。
「おい、トーマ。いつまで油売ってるつもりだ。さっさとディバイソンの整備を終わらせちまおうぜ!」
 バンは整備士たちの集まる輪の中へと入り、その話を遮るようにトーマの前に立った。
「バン」
 トーマは割り込んで来たバンに驚きはしたものの話を中断した事に気付いて怒りを表した。
「油など売ってはいない!」
 バンとしても一応好意でした事に反発され怒りが込み上げる。周囲はそんな二人の様子に怯えたように離れていった。
 怒っている端で周囲が離れていった事を確認してバンはトーマに詰め寄った。
「じゃあ、いつまでディバイソンをこの中途半端な状態でいさせておくつもりだ?」
 バンはトーマはディバイソンを大切にしていると言っていたフィーネの言葉が脳裏を過ぎり、怒りは更に深まるのを感じていた。出来れば帰ってくるまでにディバイソンの整備を終わらせておいて欲しかったと言えば欲張りだ、せめてディバイソンの整備を始めておいて欲しかったと思う。それが整備士たちに囲まれて出来なかったと云う。
 きっとプロテクターがなければ胸倉を掴んでいた。バンはそれが出来ない代わりか睨みつける眼が更に強くなる。そして怒鳴らない代わりに低く、どこか淡々としたその口調と言い方にトーマの方もバンが怒っているものの周囲の人間に与える影響を考慮しているのだと気付く。
 ガーディアンフォースが二人して怒鳴り合いや取っ組み合いの喧嘩など周囲に示しがつかない。
 トーマは周囲を見回し遠巻きに自分達を見ている人々を確認した。
「こんな時にまでお前は英雄足らんとするのだな」
 トーマの中に既に怒りはない。代わりに溜め息をついてバンを見下ろした。
「関係ねぇ」
 言い捨てるように言ってバンはトーマから離れた。
「ああ、そうだな。お前はゾイドが可哀相だと言っているだけだ」
 そのトーマの言葉にぴたりとバンの歩みが止まる。そしてゆっくりとトーマを振り返った。
「嫌味か?」
 振り返ったバンの表情からはまだ怒りが消えていない。それとも消えたはずの怒りが再燃したのかもしれない。トーマはその可能性に到る。
「感謝しているだけだ。本当の事だからな」
 トーマはまた溜め息をつくと周囲を見回しディバイソンの整備に専念したいから話はまた今度にしてくれと告げる。
 きっとバンが中断させなければまだディバイソンの整備を始める事は出来なかっただろう。トーマは人の事は言えないとバンを見る。
 バンは何も言わずに整備の準備をしていた。
「期待に応えようとするのは悪い事ではない、と思うが……」
 場合によっては考えものだと思う。トーマはディバイソンに済まない事をしたと己のゾイドを見上げる。
 準備をしながらバンはディバイソンを見上げるトーマを見て笑みが浮かぶ。
「軍人の家系って言うのも大変だな」
 呟いたはずだったバンの声が聞こえていたのだろうトーマがバンを見た。
「整備の準備は出来ているのだろうな?」
 どこか不機嫌そうな声でトーマが尋ねてくる。バンは人の事は英雄だとか言うくせに自分が言われたら腹を立てるのかと呆れそうになり、自分も言われて腹を立てていた事を思い出す。
「待ち草臥れてたところだ」
 バンは整備道具一式を持ってディバイソンを見上げる。
「これからちゃんと整備してやるからな」
 言い聞かせる様なバンに返ってきたのはビークの電子音だった。なのにトーマにはどことなくディバイソンが嬉しそうにしたような気がした。
 やはり嬉しいのだろうかとディバイソンを見上げる。
「トーマ?」
 呼ばれてディバイソンを見上げていたトーマは自分が考えに耽っていた事に気付く。
「当然手伝ってくれるのだろうな?」
 取り繕うように言ったそれは尚更バンを楽しげにした。
「英雄が手伝うんだ、不足はないだろ」
「ふん。ハナ垂れ小僧が」
 明らかに他の兵たち相手と違って威張ってみせるバンを無視してトーマはやはりいつも思っている感想を言った。その反応にバンは嬉しそうに笑った。
「トンマだって俺とあんま変わんねーだろ」
「トンマじゃない、トーマだ!」 
「俺だってハナ垂れ小僧じゃない、バンだ!」
「ふん」
「へんっだ」
 互いにそっぽを向いて暫し黙った後、申し合わせたように顔を見合わせる。そして楽しそうに、楽しそうにバンとトーマは互いに顔を見合わせて笑った。
 期待や理想などを押し付けない存在。
 同じものを抱える仲間がそこにいた。














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