「自由の代名詞を抱いて」 〜キリ番リクエスト・1500〜



 戦火より遠く離れた、戦争の爪跡を欠片さえも見出せない、戦火を風の噂に伝え聞くような長閑なところ。そんな場所には来る筈も無い戦闘用ゾイドが佇むのを見つけて、それが知っているゾイドで、その乗り手をも知るならば、彼とて、彼の気性故に無視できる筈も無く、彼の乗る青いゾイドを佇む赤いゾイドの隣に寄せて、彼はその場所に降り立った。
 バンは隣に並ぶブレードライガーよりも一回り大きなその赤いゾイド、ジェノブレイカーを見上げるとそこに誰も乗っていない事を知る。そして付き従っている筈のオーガノイド達の姿も見当たらない。
「いないね、バン」
 フィーネは首を傾げて、隣で未だにジェノブレイカーを見上げるバンへと話しかけるとバンは軽く人差し指で頬を掻いた。
「どうしたもんだかなぁ」
 苦笑を交えてフィーネへと返せば、フィーネからは「こうしよう」と云う意見がある訳でもなく「どうするの?」とその赤い瞳が問いかける。
 バンはそこから眼下に見える村を見下ろした。
「村に行ってみようぜ」
 彼には「待つ」と云う言葉なんて存在しないかの様に、何の迷いも無く言ってのけた。
「行き違いになったりしない?」
 彼に比べると些か配慮なるものを身に付けてしまったフィーネはその不安を指摘するが、フィーネの不安などバンの一言で片付けられてしまう。
「大丈夫だって、俺を信じろ」
 バンがバンである無敵の一言。根拠の無いこの一言で全てを片付け、根拠が無くてもこの一言で納得させる。それを、恐らく、最も良く知るフィーネは異論を唱える術を持たない。
「行き違いになったら、そん時はそん時考えるさ」
「うん」
 その後に呟かれる無責任極まりない発言の有無は何処へやら、フィーネは刷り込み現象の雛の如く、無条件でバンを信じて村へと行く事を決めた。
「じゃあ行こうぜ!」
 歩き出したバンの腕にフィーネが腕を組んで、寄り添うように共に歩き出す。その後ろをジークが楽しげに付いて行く。
 それは彼等を知る誰からも見慣れた光景。

 レイヴンとリーゼがオーガノイドたちと共に村から戻って来た時に見たもの、それはジェノブレイカーの隣に並ぶブレードライガー。レイヴンが焦がれて止まない存在が身近にいる事を教えていた。
「レイヴン!」
 ライガーを目にして駆け出したレイヴンを呼び止めても、止まる様子を見せない後ろ姿を眺めながら溜め息を一つ吐くと、両脇に控えているシャドーとスペキュラーが目に入った。
「仕方ないよね」
 それは置いて行かれてしまった事への言葉なのか、レイヴンがバンを追い求めている事への言葉なのか、自嘲の響きを含むリーゼの言葉と、言ったリーゼの顔に浮かぶ表情……深く穏やかな……その相違故に読み取る事は出来ない。
 リーゼは気を取り直してレイヴンの後を追う様にジェノブレイカーへと歩いて行く。しかし、2体のゾイドの前で再会を喜ぶ姿は見えなかった。
「バンとフィーネは?」
「いない」
 短く言ったレイヴンに、リーゼはレイヴンの顔を盗み見て、見なければ良かったと後悔した。
 期待していたのを裏切られた子供の、そんな顔。期待したのはレイヴンであり、バンが裏切った訳ではないのにといつもなら思っていた。それでも……期待させるように隣に並べて置いて誰もいない、それは酷ではないかと思う。
 レイヴン自身が気付いていない気持ちを受け止めるようでいて受け止めていない、バンの曖昧な態度。バンに固執するあまり自身の心を省みないレイヴン。これではいつまでも同じ事の繰り返し。
「それで、いつもみたいに探しに行くつもりかい?」
 呆然と佇むレイヴンを促すように、その背を押してやる様な言葉。
「お前はどうするつもりだ?」
 そして自分の行動よりも先にリーゼを気遣う様を見せるレイヴンに、リーゼは毒づきたくなる。
「僕はここで待ってるよ、レイヴンは行って来れば良い」
「そうか」
 レイヴンはジェノブレイカーに凭れながら村を見下ろしそこから動く様子を見せない。
「行かないのか?」
「ああ、偶には待ってみるのも良いかも知れないからな」
 意外なレイヴンの行動にリーゼは面食らうが、見えるはずもないのに、バンを探すように村を見下ろす眼差しにレイヴンの本心は別なのだろうと思う。
 日のあたる場所から同じ場所へ誘う手を差し伸べた、そして同じ事を見る事が出来るから解かり合える唯一の存在。レイヴンの手に入れたいもの、失いたくないもの。だから追い求めるくせに待つ事を選んだレイヴンに要らぬ気遣いだと思えども、その不器用な優しさに嬉しくもあり依存している自分、そしてそれこそがレイヴンとバンの足枷なのだと再確認させられる辛さ。
 リーゼは一人で待ち続けずに済んだ事を安堵しながらも、その心に抱く感情は穏やかではなかった。

 バンたちは村へ入るとその穏やかな情景に心が温かくなった。人の賑わいのある町とは違うけれど、実りのある畑や農作業をする人々。どこかウィンドコロニーに似た趣に、いつしかバンはレイヴンとリーゼを探す事よりもそこにいる人々へと関心が移ってゆく。
「町とかも人の賑わいがあって良いけど、こう云うのも良いよな」
「うん」
 とは言え村の中を回っているバンは大人しくない。
 例えばそこに村の中の小さな人だかり。
「何だろうな」
「さあ」
 それに気付いたバンはフィーネとジークと一緒に人だかりへと近づいて様子を見る事となる。農作業をさせていたゾイドの調子がおかしくて畑の中で立ち往生している様を見れば、フィーネと共にゾイドの調子を見てそれを治してやる。
 そんな風に、あちらこちらで困っている村人を見ると手助けを、興味の惹かれるものに出会えば参加して、でもそれがバンらしいと思い、フィーネはそんなバンの様子そのものを楽しんで、時には自分もバンの手助けをしていた。
 だから二人の間に流れる時は急ぎ足で過ぎてゆく。
 気付けば太陽が傾き始めていた。
「レイヴンを探しに村へ来た筈なのにもうこんな時間か……」
 白く薄く、太陽を追う二つの月が、未だに居座る太陽と同じ空に離れて浮かぶ。傾き始めた太陽と上り始めた月の、届かない追い駆けっこ。
「今度こそ、ちゃんとレイヴンを探さないとね」
 しっかりとレイヴンとリーゼを探す事を忘れていたのを見破られて、バンは苦笑した。
「う〜ん、とりあえずブレードライガーの所に戻ってみるか。レイヴンたちも戻っているかもしれないし」
「そうね」
 バンとフィーネにはレイヴンとリーゼを待たせている、と言う認識はない。だからと言って明らかにバンのゾイドだと分かるブレードライガーを目にして、レイヴンが黙って行く事は無いだろうと心のどこかで思っている。バンの中では「待っていてくれている」ではなく「そこにいる」のである。バンは期待をしていない、故に捕らわれる事がない。きっとレイヴンがいなくても、バンは自分の中で彼等がいなかった理由を見つけて納得させてしまうのだろう。
 期待をその肩に、期待する事を忘れた英雄の名残だとフィーネは思う。
「じゃあ行こうぜ、フィーネ!」
「うん」
 バンが英雄になってしまった一端を担うフィーネに突きつけられた悲しい現実を胸に仕舞い、フィーネはいつもの笑顔で返事を返してバンの隣に並んで歩き出す。
 バンは待っていたかのように歩き出した。

 夕日を浴びて更に赤さを増したジェノブレイカーの足元に佇む人影に気付いたのはバンが先。そして嬉しそうな顔でフィーネの手を掴むと走り出す。
 村から歩いてくる人影に気付いたのはレイヴン。途中で手を繋いで駆け出したその姿を認めて、小さく痛む心を気付かぬ振りで人影を迎える。
「レイヴン! リーゼ!」
 駆け上って来て、手を振りながら名前を呼ぶ。待ち焦がれた声と姿に、レイヴンは自分が安堵した事に気付かない。気付いたのは傍にいて、レイヴンの深呼吸を聞いたリーゼのみ。
「バン」
 それでも待っていた事など微塵も見せずに穏やかな顔でバンを向かえるレイヴンがそこにいて、当たり前の様に再会を喜ぶバンの姿があった。
「やっぱり、この村に来ていたんだな。ジェノブレイカーを見てそうじゃないかと思ったんだ」
「ああ。お前のブレードライガーを見てお前が来ていると知ったさ」
「一緒に並べておけば嫌でも気付くからな」
 レイヴンの返答にバンは苦笑して、それでも思惑通りでいてくれたレイヴンに感謝を、そしてレイヴンに対するのと同じ様に、リーゼに向き直って笑顔で再会を喜ぶ顔をした。
「リーゼも……待っていてくれたんだな」
「僕はレイヴンが待っていたから一緒にいただけだ。君を待っていたつもりなんかないよ」
「リーゼ」
 そして会話を遮るようにレイヴンの低い声がバンとリーゼの間に割って入る。そしてリーゼを見る眼差しが余計な事を言うなと言っていて、リーゼは憤りを覚えたがそれがレイヴンの希望ならとその場は黙る事にした。
「レイヴン」
「どうかしたのか、バン?」
 リーゼとのやり取りから、バンに名を呼ばれてレイヴンはやはり何か気に障ったのかと少し表情を翳らせてバンを見ると、バンは笑みを浮かべていた。
「ごめん、待っていてくれたんだな。ありがとう」
 差し出された手は先ほどまでフィーネの手を引いていた手。気付いて、差し出される意味の違いに心の痛みを重ねる。小さな痛みが幾つも重なって、痛みは大きくなってゆく。それでも今は差し伸べられた事の方が嬉しくて、握り返す手にそっと力を込めた。
「なあ、レイヴン。急がないならさ、夕飯くらい一緒に食べないか?」
「バン?」
 明るく提案してくる邪気のないバンの笑顔。
「折角会えたのに、待っていてくれたのに、このまま『さよなら』じゃ寂しいだろ」
「そう、だな」
 同じ色の瞳なのに闇を含まない真摯な瞳で言い募られて、レイヴンは否と言えなくて顔を隠すように俯いて、短く静かに言葉を返した。
「レイヴン」
 バンのホッとしたような顔を見て、そしてフィーネは気付く、バンの小さな執着。
 バンが誰かを誘うのが珍しい訳ではない、その返答に示した反応が珍しいだけ。例え断られてもバンは簡単に諦めていた。しかし今、レイヴンの時に見せたそれは、断られる事を恐れていた。
 そして垣間見せたバンの心に気付いた者がもう一人。リーゼはバンへの認識を少し変える事となった。

 バンとレイヴンの持ち合った食料から、ムンベイ直伝の作り方でフィーネがその腕前を披露する。食欲をそそる香りが辺りに充満し始めると、バンは手際良く皿を並べてレイヴンとリーゼを座らせる。
 その様子はまるでバンとフィーネがレイヴンとリーゼを晩餐に招いたかの様に。
「やっぱり人数が多いと楽しいな」
 夕食も終わりに近づき、バンが村で貰ったと言う果物を切り分けながら焚き火の前でぽつりと洩らした一言。レイヴンやリーゼはお喋りではない。それでも、頷いたり異論を言ったり、決して賑やかとは言えなくても、穏やかな雰囲気で過ごした時間。
「そうね」
 同意したフィーネにもバンの気持ちが分かっていた。バンとフィーネの二人きりでも、分かり合って過ごす時間は穏やかに優しい。そして賑やかさも知っている。レイヴンとリーゼはそのどちらでもない、それでも何故か名残惜しく感じるのだ。
 そんな二人に流れる雰囲気を感じて、先ほどのレイヴンへのバンの反応から一つの疑問をリーゼはバンへと投げかける。
「なら、どうして二人で旅をしているんだい?」
「リーゼ?」
「だって、そうだろう。大人数が良いって言うのは寂しいって事だろう。そう思うなら皆と一緒にいれば良かったんだ」
 リーゼの言葉に、バンは淡く笑みを浮かべてフィーネを見た。フィーネはバンの視線を受けてその意図を読み取り唯頷く。そこに存在するのは言葉の必要のない、双方で確立された世界、疎外感を与えるもの。それはリーゼを苛立たせ、レイヴンに痛みを与える。
「確かに皆でいた時を懐かしく思う時もあるさ。でも……それでも俺はこうして旅に出たかったんだ」
「お前はそれで寂しくないのか?」
 バンの言葉に問い返しつつも、リーゼの眼差しはその隣に並ぶフィーネへ問いかける。それは同じ古代ゾイド人としての質問。
「リーゼ」
 レイヴンはリーゼを止めようとその華奢な肩へ手を置いて、バンへと詰め寄りかけていたリーゼを引き離す。そしてその行為が更にリーゼの感情を苛立たせてレイヴンを睨む。
「だって、そうじゃないか。寂しくなくてどうしてフィーネと一緒にいるんだよ!」
「リーゼ!」
 刹那に、レイヴンに浮かんだのは傷ついた顔。リーゼは自分の言動が、レイヴンが抑えていた心の痛みを抉ったのだと悟った。
 レイヴンはリーゼの後ろに立つバンとフィーネに自嘲の笑みを見せると、顔を背けてその場から歩いて行く。
「レイヴン!」
 バンはリーゼの横を擦り抜けてレイヴンを追った。
「レイヴン……」
 拒絶する様なレイヴンの背に届かない声を呟いて、リーゼはそこにしゃがみ込んだ。
「リーゼ」
 フィーネは同じ様にしゃがみ込むと、そっとリーゼを抱きしめた。
「フィーネ?」
「大丈夫だから」
「どうして……」
 リーゼは縋るようにフィーネの腕を掴むと、笑みを浮かべるフィーネの顔を不思議なものでも見るような気持ちなった。
「どうして、大丈夫だって言えるんだい。レイヴンは傷ついて……バンはそれを追いかけて行ったのに」
「うん。だから……バンと、レイヴンだから大丈夫なの」
 ふわりと微笑むフィーネの言葉がリーゼには分からない。
「どうして? 君はバンに置いていかれたのに寂しくないの? 皆と離れて寂しくないの? だって、皆と離れたのだってバンのせいじゃないか」
 どうしてそんな風に笑って大丈夫なんて言えるのだろう、それともバンの事なんて、皆の事なんてなんとも思っていなかったと言うのだろうか。
 言葉には出さずにリーゼはフィーネへと問いかける。
「ねえ、リーゼ。どうして貴女はレイヴンと一緒にいるの?」
 穏やかな笑みで、答えの代わりに、フィーネはリーゼへ問う。
「僕は……」
 そしてリーゼはその理由を思い起こす。

 先を歩いていたレイヴンに追いついて、バンがその隣へ並ぶとレイヴンはその歩みを止めた。
「リーゼの言った事など気にしていない」
 バンも同じ様にその歩みを止めるとレイヴンの隣からその正面へと立つ。
「リーゼが煩かったから離れただけだ」
「レイヴン……」
 バンは困ったような顔と溜め息を一つ。
「俺がフィーネと一緒にいるのは……」
 言葉を紡ぐバンの目の前でレイヴンが動いた。言葉を遮るようにバンの唇を塞いであまり体格差のないバンを抱きしめた。
「レイヴン……?」
 戸惑うバンの耳元へと唇を寄せてレイヴンは呟く。
「知っている」
「……」
 その呟きにバンは顔を伏せた。しかしレイヴンはバンの顎を持ち上げてその顔を、瞳を見つめて囁いてゆく。
「お前の事を見ていた、だから知っている。それに俺もリーゼと一緒にいる。だが、お前は一人が嫌だと思った事などない」
 同じ色の瞳、片や深い闇をその内に秘め、片や空の深遠を閉じ込めた、その視線を互いに絡み合わせて、はぐらかす事は許されない。
「縛られていたものから自由になった時に感じる孤独をお前は感じたりしないのだろう。お前は始めから何にも縛られていない」
 答えを、ましてや反論など望んでいないレイヴンの言葉。バンはその腕をレイヴンの背中に回して言葉の代わりに答える。
「レイヴン。お前の中に、俺はいるのか?」
「バン」
 レイヴンはもう一度バンへと口づけた。今度は言葉を遮る為ではなく、思いを伝える為に深く。
「俺はずっとお前を追っていた。誰よりも俺の心にいるのはお前だ、バン」
 バンの唇を解放すると、ゆっくりとその息をバンの首筋へ。吹きかけられた小さな風がバンの感覚を煽る。体を駆け抜ける波をやり過ごして、バンは吐息のような言葉を吐いた。
「だから……俺……は……寂しくない……」
 煽られて途切れ途切れに紡いだ言葉にレイヴンはその動きを止める。
「バン?」
 瞳を覗き込むレイヴンの顔を見つめて、バンは息を整えてはっきりと伝える。
「お前の心に俺がいるのなら、俺はそれを信じて、それを心に抱いていく。いつでもお前が心にいるから……俺は寂しくない」
 そしてバンはレイヴンへと微笑みかける。それは決してレイヴンに安らぎを与えるものだけではないとバンは知らない、レイヴンだけに向けられた感情ではないが故に。
 レイヴンから湧き上がるのは冷たい感情、闇に染まった想い。積み重なった痛みは風を入れすぎた風船のように、冷めていく感情は凍えた花が触れただけで砕けるように、溢れた痛みは感情の枷を砕いてレイヴンを支配する。
「そしてお前の心には他の奴等もいるのだな」
 見下ろすバンへ冷たい声で囁くとその耳朶に軽く噛み付いた。
「つッ……!」
 バンはレイヴンの胸板を押して離れようとし、レイヴンはバンの腕を軽く押した。
「へっ……?」
 加えられた力にバンはバランスを失う。傾いだ体に慌てて受身を取って地面へと手を付いた。レイヴンを見上げようとして翳った視界、見えたのは覆い被さって来たレイヴン。
「バン。お前はそれで信じられるのかもしれない。だが俺はどうやってお前を信じればいい?」
「レイヴン」
「俺の心にはお前しかいない。でもお前の心にいるのは俺だけじゃない。それどころか誰もいなくても寂しいと思う事のないお前をどうやって信じろって言うつもりだ?」
 至近距離で問いかけられ逃げる事など出来ない。もとより、バンには逃げるつもりなどない。溢れてくるレイヴンの感情、心の痛みを間近で受け留めて、忘れていた感情が蘇る。それは出会った頃の擦れ違う心を思って悲しくなった時に似ているとバンは思う。
「ずっと解かり合いたくて、やっと解かり合えたと思ったのに……」
 ぽつりと呟いたバンの泣きそうな顔、レイヴンはそれを見て息を呑んだ。バンを責めるつもりも傷つけるつもりもなかった、唯、確かな何かを求めた。
 いつからだろう、誰かに願う事を止めたのは。全てを自分の力で成し得ようとした時に置き去りにした筈の感情の中で、唯一つ抱いてた想いに、今バンは漸く気付いた。
「傍にいて優しい時間や力をくれるのは皆だった」
 それはバンの独白。レイヴンの漆黒の闇を見つめて、バンは自分の中の闇を見る。
「ずっと俺はそれを享受して、それを拠り所として来た。でもレイヴン、お前にだけは……」
 レイヴンにだけは願ってきた、解かり合いたいと、信じて欲しいと。それはレイヴンにだけ向けられていた執着、確かな何かを望んでしまう心。だから、お前信じてくれるならどんな事でもしようとその瞳は告げる。
「バン……」
 レイヴンはバンの言葉のない言葉、思いを受けて、自分の心の動くままに、願うままに、バンへと深く口づけた。

 口篭もるリーゼにフィーネはもう一つ質問を投げかける。
「リーゼ。レイヴンはどうして貴女と一緒にいると思う?」
「レイヴンが僕と一緒にいる理由……」
 リーゼがレイヴンと一緒にいる理由。理由なんて存在しない、もしあるとすれば一緒にいたいと思ったから。ではレイヴンは何故一緒にいるのだろう……。そんなにバンと一緒にいたいのなら行けば良いのにと何度も思った。きっと自分もフィーネも二人について行く。それすらもレイヴンやバンは許してくれるような気がしていたけれど、何故と言われると分からない。
「私はバンと一緒にいたいからいるの。バンもそれを知っているわ」
「うん」
 それはレイヴンと自分と同じ。
「バンはきっと一緒にいようとする人がいても誰も拒まない。でもレイヴンは違うわ」
「レイヴンは、そうだろうね」
 リーゼはレイヴンの性格を思い出して苦笑した。レイヴンが自分以外の誰かと一緒にいるなんて考えられない。寂しがりのくせに、誰にも気を許す事のない人見知りの激しいレイヴン。大切だと思っていても素直になれなくて、でも大切だと気付いたら優しくなれる。
「レイヴンは不器用ね」
 そう言ってフィーネは微笑んだ。
「でもレイヴンはリーゼを大切にしているわ」
 人の心を読む事は出来るけれど、フィーネには思った事を見透かされたように感じる。そしてフィーネの言葉とレイヴンの事を重ね合わせてしまう。
「ああ、そうか……」
 レイヴンに許された存在。リーゼはそう思って良いのだろうかとフィーネを見ればその笑顔が肯定していた。
「ね」
 リーゼは泣きたい思いで頷いた。そしてフィーネの笑みからバンとフィーネの事を考えて、レイヴンとバンの事を考える。
「フィーネ。君とバンもそうなのか?」
 フィーネはその質問に答える事はなかった。
「バンは誰も拒まないけれど誰かに固執する事もないと思っていたわ」
「フィーネ?」
「でも違ったみたい。レイヴンだけは特別」
「それは……」
 一体どういう事なのだろうとリーゼが問う前に、フィーネは笑って話を変える。
「ゾイドエッグから出ても、何も知らずに一人でいたらきっと寂しかった。でもずっとバンが一緒にいてくれて、色んな事を教えてくれた。自由と引き換えに手にするはずだった孤独をバンが癒してくれたの」
 ゾイドエッグ、リーゼが思い出すのは悲しい思い出。
「ゾイドエッグから出なければバンに出会う事もなかったわ。バンが好き、大好き。それに意味なんてない、ただ、好きだと思うの。きっとバンと離れる事になってもその想いがあれば良い。私はバンから貰った沢山のものを心に抱いていればきっと寂しくない」
 フィーネは形のないものを抱く仕草をした。
 ニコルに出会って覚えた事、レイヴンに出会った事。今なら、ゾイドエッグから出た事を後悔しないでいられるとリーゼは思った。
「ゾイドエッグから出ても悲しい事ばっかりじゃなかったんだ」
 フィーネは呟くリーゼを満足そうに見た。
「バンの心はいつだって自由に何にも捕らわれていない。捕らわれているとしたらレイヴンにだけ」
「どうしてバンと一緒にいるの? バンはどうして君と一緒にいるの? 誰も拒まないのなら、捕らわれているのがレイヴンだけなら、フィーネは特別じゃないって事?」
 立て続けのリーゼの質問にもフィーネは動揺する事はなかった。
「あのね、リーゼ。私はバンと一緒にいる事に疑問を持った事はないの」
 内緒ごとを呟くように、笑みを浮かべてフィーネはそう言った。それはバンとフィーネには当たり前の事。
 面食らったのはリーゼで、それは思いがけない返事だった。離れても大丈夫だと言い、一緒にいる事に疑問を持った事がないと言う。
「一緒にいたいと思わないの?」
「そうね、もしバンが寂しいと思ったらすぐ傍にいたい。きっとバンも同じ……だから沢山の優しさや思いをくれて、いつも、心が傍にいるのだと教えてくれる」
 フィーネはバンとレイヴンが歩いて行った方を見て微笑んでいた。
「今の貴女のままなら、いつか分かるかもしれない」
「フィーネ……」
 いつかではなく、今でも……分かるよとリーゼはフィーネへと心を傾けた。

 離れる事も寄り添う事もない2つの月が仄かな明かりを地上へと届けていた。バンへと届けられる筈のそれを遮るものは木々の枝葉とレイヴンのみ。
 レイヴンは深く口づけて、バンの口腔を丹念に舐めてゆく。時折震えるバンに満足感を覚えて何度もそれを繰り返し、粘質な水音と少しずつ荒くなる息遣いが静まり返った夜の森に吸い込まれてゆく。
 体を重ねてぬくもりに触れると、心に触れたような気になるのは何故だろう。
 握り締めた手は互いにその年齢と外見からは意外なくらい硬くなった手の平に不思議と笑みが浮かんだ。
「レイヴンの手はゾイド乗りの手だな」
「お前もだ」
 笑い合って手を繋いで、繋いだ手を離さないように握り締めると笑みが消え、口づけを交わして身体を繋ぐ。
 熱に浮かされたように鈍る思考の中で、手のぬくもりだけがはっきりと心に染み込んでくる。ずっと求めていた存在を抱いて、握り返してくる手に心が繋がったように思えて心が満たされる。
 手を繋ぐと心さえも繋がったような気になって、深く、強く繋がりたいと願う。
 そして届いた願いの証。
 レイヴンは眠るように力を失ったバンを抱きしめて、バンの手を握り締めた。バンは握り締められた手に意識を引き戻されて、力を振り絞ってレイヴンの手を握る。
 互いに見つめ合って、唇を触れ合わすだけの静かな口づけ。
「お前の言う事が少し分かったような気がする……」
「レイヴン」
 バンを抱きしめながらレイヴンは自分の心にも、バンの心にも互いがいるのだと思った。そしてバンは自分の傍には留まらないと確信する。自由な心を持った自由な存在、だからこそバンなのだろう、それで良いと思う。
 バンは捕らわれていたものから解かれ、共に得たレイヴンの心は自由である事の証に思えた。
 砕いた枷から解き放たれて、レイヴンは孤独と優しさ、そしてバンをその腕に心に抱く。

 古の枷を解かれて、それぞれの自由をその胸に抱く。
 時が流れ、時に後れても、自由の代わりを抱きながら願う。
 時に追いついて新しく出会う事を……。






華羅様
キリ番1500GETおめでとうございました。
リクエスト内容の「レイヴン×バンでレイヴンが嫉妬する話。その後編で」と言う事ですが如何でしたでしょうか?
かなりフィーネとリーゼの出番率も多いし、レイヴンが優しい奴なので嫉妬しているのが分かり辛いかと思いますが一応嫉妬させてみたのですが……。
嫉妬してないと思われたら申し訳ないです。
その後編の設定としては以前のレイヴン×バンのキリリクでイメージが固まっているのでその続きになっています。
これで喜んで頂ければ嬉しいのですけれど。
でも、個人的にはバンとフィーネの関係とレイヴンとリーゼの関係をはっきりさせる事が出来て、キリリクの機会ではあったのですが、この話を書かせて頂きまして感謝しています。
ありがとうございました。

最後の3行。
某掲示板のカキコから来ています。
そして公式ファンブックの1のQ&Aを読んで救われて欲しいと思った事ですね。





戻る