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先生達の忍者講座 〜印〜
秋はそこかしこが落ち葉で埋め尽くされていると言っても良い。しかも木の葉隠れの里は木が多い故に特にその傾向は顕著である。
御多分に洩れず、アカデミーの校庭に立ち並ぶ木々の葉も盛大に落ちては木枯らしに舞い上がる。
子供達が帰って静かになった夕焼けに染まるアカデミーの校庭を、黒髪を高く結わえたアカデミー教師は熊手と水筒を手に持ち縦断し、端に並ぶ木々へと近づいて行く。
「おー、今日も良く落ちたもんだ」
木があると自然に落ち葉は増えるもの。
サクサクサクサクと落ち葉を踏みしめる感触と足音を楽しむ、忍者たる者がこんなにも足音をさせても良いのだろうかと疑問に思う様な行動で並ぶ木々の奥、一本の木の下まで来ると手に持った熊手に軽く凭れてその木を見上げた。
周囲に並ぶのは紅葉見事な楓や公孫樹の木。僅かながら奥に植わっているとしてもそれ以外には一見して変わった所はない様に見える。
「よっ!」
掛け声と共にその木を軽く蹴ればひらひらと葉が、ボトボトと実が落ちてくる。
「どうかなぁ……」
落ちてきた実を拾って指先にチャクラを込めてパキリと硬い殻を割る。その中身を見て一つ頷くと風遁の術の印を組んだ。
印を組み終えるとザワリと風が起こり落ち葉を巻き込んで木を包む。続けて印を組むと風の勢いが増し木を包んだ風の中で落ち葉の舞う量が増えた。
「頃合かな?」
木から数歩離れて風を起す為に練っていたチャクラを止めれば、ぴたりと風が止み木を蹴った時の比ではない木の葉と木の実が盛大に降って来る。
落ちてくる葉を見ていた頭上、木の上から、メキっと木の撓る音と「へ?」っと小さな声が発せられる。
「めきっ?」
落ちてくる木の実を見る視界の中を小さな落下物たちに混じって巨大な物が落下した。
巨大な落下物こと下忍七班の担当上忍は上忍らしく音もなくその場に着地した。その上忍の銀灰色の髪に落ち葉が降り積もってゆく。
「……」
「こんにちは、今日は受付業務はなしですか?」
呆然とするアカデミー教員と片手を挙げてにこやかに挨拶する上忍。
「はい、こんにちは。授業も終って受付もなく、これから自分の余暇を楽しむ所です」
挨拶されてアカデミー教師が反射的に挨拶を返した時。
ポトっ、うねうね。と、その上忍の肩に落ちた小さな虫に双方とも視線を向けた。
「ちょっとすみません」
アカデミー教員は上忍の肩へと手を伸ばして毛虫を摘むと直ぐ傍の木の枝へと乗せてやる。うねうねうねうね、伸び縮みしながら何事もなかったかの様に毛虫は木を登って行った。
「ありがとうございます」
毛虫を見送っているアカデミー教員に礼を述べると上忍の頭に積もった落ち葉が数枚零れた。
「ずっと木の上にいらっしゃたんですか?」
「そうですが?」
「それはすみませんでした。カカシ先生を落ち葉だらけにするつもりはなかったんですが……」
今自分の身の上に起こった所業を気にする事なくにっこりと笑顔な上忍、それはそれ、相手が気にしていなくても迷惑をかけたのだろう事は想像に難くなく真面目なアカデミー教員は非礼を詫びた。
「いえ、分かっていて巻き込まれていましたし、アナタが気にする事はありません」
「分かっていて?」
言葉の中の気になる一言を聞き咎める様に繰り返せば返ってきたのは「はい」と一言簡単な肯定。
「本を読んでいたら足音が聞こえてきたので誰だろうと思ってみていたらイルカ先生でした」
「はぁ……」
それはそうだろう、イルカは気配を消していなかった。それどころか態と足音をさせていた。
こんな端の木にいると言う事はそれなりに人気を避ける為にいるのだろうし、人が来る気配がすれば退くと思ったのだから。
「こんな校庭の端に熊手を持って何をするのかと興味が沸いたので気配を消して見学させて頂こうと思っていたんですけどね、少し悪戯が過ぎた様です」
そう言ってカカシは犬の様に頭を振って落ち葉を落としながら「枯れ葉や落ち葉を被っただけでなく木から落ちてしまいました」と語るその瞳は楽し気だ。
「で、何をしようとしていたんです?」
興味津々、気付かれたからには単刀直入、見て見ぬ振りをする気はないらしい。
「特にどうと云う事はないんですけどね」
イルカは笑って熊手を持ち直し、ざかざかと落ち葉を集め始めた。時折集めた落ち葉を熊手で掬って振り、小石や木の実を落として上手く落ち葉だけを集めて行く。
「カカシ先生はお時間ありますか?」
集めた落ち葉で一山作るとカカシの返答も待たずに今度は落ちた木の実を拾い始めた。
暫らくして、落ちていた殆んどの木の実を拾い終えたイルカは先程と同じ様に指先にチャクラを集めてパキリと殻を割る。
割られた木の実から匂う臭いにカカシは先程までいた気を見上げる。
「銀杏ですか」
「ええ、この木だけ雌木なんですよ」
喋りながらも、素手で割るには硬く、かと言って力を込め過ぎると実まで潰しかねないそれをパキリパキリと手馴れた様子で殻を割り落ち葉の山に殻を落としてゆく。
「手伝います」
カカシが手を差し出すとイルカは持っていた銀杏の実を少しカカシに渡した。
「任務で携帯食ばかりだと嫌になりまして、そんな時によく山菜や木の実を探して食べたりしました」
「それこそ飽きるくらいに?」
懐かしそうに語るカカシに皆同じ様な事はしていると笑いながら、手持ちの実の殻を割り終えたイルカはカカシからも割り終わった実を受け取った。
イルカはポーチからアルミ箔を取り出して銀杏の実を包んで落ち葉の山の中へと隠し、今度は火遁の印を組んで息を吐く。
息が吐かれた筈の口元からは炎が噴き出され落ち葉に燃え移りパチパチと火の爆ぜる音がし始めた。
「綺麗な印ですね」
じっとイルカの手元を見ていたカカシは感心した様に呟いた。
「綺麗ですか?」
「ええ、手本の絵みたいに」
イルカはその例えに小さく苦笑した。
「上忍の方にそんな事を言って貰えるなんて光栄ですがアカデミーの教師にそれは誉め言葉になりませんよ」
そう言って「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」と印を組んで見せた。その印は正しく手本の様に歪みのない印だった。
カカシはそれに倣って同じ様に「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」と印を組む。
「矢張り、下忍を受け持つ上忍の方の印は綺麗ですね」
カカシの組んだ印を見たイルカは納得したように頷いた。
「アカデミーでは初めて印を覚える子供達もいます。ナルトの様に知識より見たり体験したりする事で覚えようとする子、サクラの様に物覚えが良くて見た事を忘れない子、サスケの様に見た事をそのまま体現してしまう子。特にそういう子供達程見た印象と言うのは大切なんです」
「手本と為るべく見た印の型が頭に刷り込まれる」
「そうです。だからアカデミーで最初に見せる印を大切にしようとすると自然とそうなってしまうんです」
イルカは練習でもする様に印の順番を入れ替えながらその組換えを行う。
「でも実戦で見る印も刷り込みの対象ですからね、上忍の先生方は印の綺麗な方が多いんですよ。カカシ先生は気付いてらっしゃらないと思いますが」
「そうなんですかね」
「そうなんですよ」
カカシは再度スピードを上げて印を組んでみる。そこで何かに気付いたように顔をイルカへ向けた。
「イルカ先生、今度はもっと早く印を組んでもらえませんか?」
「構いませんが」
スピードを上げて手元を見ずに組まれる印。
「矢張りイルカ先生の方が綺麗です。良く聴いていて下さい」
印を組み終えた時、カカシは唯一晒されている眼差しを強くして言った。
イルカは言われた通りに耳を澄ませながらカカシの組み上げる印を凝視する。
組まれてゆく印の手を合わせる音、そして僅かに聞こえた別の音に眉根を寄せる。
「気付いたみたいですね」
「ええ、摩擦音ですね」
我が意を得たり。カカシは笑みで肯定した。
「イルカ先生は手を合わせた時の音はしても摩擦音がなかった。それは紙一重で擦れていない証拠です」
「摩擦抵抗を生じる、それは即ち印を組む上でのスピードを減じさせる原因になる」
「私でも僅かではあるが擦れている。とは言えサスケを教える事になって写輪眼のコピー能力が癖までもコピーしてしまうのか不明だったのでかなり癖は直したつもりだったんですが……まだまだですね」
カカシはその擦れている場所、手甲の磨り減った場所を見せた。
「でもカカシ先生は自分でそれを分かっていて、そして今も直そうとしていらっしゃる。それは凄い事ですよ。それにカカシ先生の印は綺麗です。アカデミー教師が保証します」
イルカはもうその話は終わりにしましょうと話を打ち切る様に焚き火へと向き直った。
漂い始めた銀杏の香りにイルカは手にチャクラを集めて焚き火の中へと入れた。カサリと燃え滓の中から取り出されたのは先程落ち葉の山へと隠したアルミ箔。
アルミ箔を開けて中を見ると白かった銀杏が黄色く色づいている。イルカはポーチから塩の入った小瓶を取り出しカカシに渡した。
「少し振りかけていただけますか?」
「あ、はい」
カカシは瓶を受け取ると蓋を開けて軽く塩を振った。カカシが瓶の蓋を閉めるとイルカはまたアルミ箔を閉じて銀杏に塩が満遍なく掛かる様に振る。
「こんなもんかな」
アルミ箔を開けて中を確認するとカカシへそれを差し出した。
「どうぞ」
にっこりと薦められて、カカシは口布を下げて香ばしく焼けた銀杏を一粒摘み口に放るとイルカも続いて銀杏を摘んで口に入れた。
僅かに苦味のある銀杏をもぐもぐと咀嚼しながらイルカを見れば「どうですか?」と雰囲気で問い掛けられていて、お世辞でもなく「美味しいです」と答えが出る。
その様子に満足そうに頷くとイルカは手に掛けていた水筒の蓋を開ける。
「どうして今度は印を組まないんです?」
水筒を見て出たカカシの口調は少しきつめでイルカは手を止めてカカシを見ればそこには憮然とした顔があった。
まだ火が残っているから消火するのだろうと思いつつもこれまでの行程で水遁系の印が見れないのは残念で、どうやら批難が口を突いて出ていたらしい。
イルカは相好を崩して水筒の蓋を開けてカカシへ差し出した。
「これで消火は勿体無くないですか?」
水筒から香る酒精の匂い。
「勿体無いです」
カカシは水筒を受け取るとその中の液体を喉へと流し込む。
清酒でありながら全く違うものの様に口当たりが良く呑み易い、それでいて度数は高そうな清酒。
「良いものですが……」
「分かりますか? 昨日開けてしまったんでもうかなり風味は落ちているでしょうね」
良いものは封を開けてしまうと一晩で味が変わってしまう。
「一升瓶で?」
「はい。貰って嬉しくてつい開けてしまったんですけど全部呑み切らなかったんですよ。だから今日呑み切ろうと思って」
カカシから酒を受け取るとイルカも水筒から酒を呑む。
「でも良いんですか? アカデミーで酒盛りをしても」
「カカシ先生も同罪ですよ」
「は? 教師と下忍担当じゃ違うでしょうが……」
しれっと言い返すイルカに教師がそれで良いのかと問いたくなったカカシだが香ばしい銀杏と風味は落ちたが上等の酒にそれは不問にした。
その様子を面白そうに見ながらイルカは焚き火を前に腰を下ろし、その傍らに銀杏と酒を置く。
「とりあえず座りませんか?」
「そうですね」
声をかけられて、カカシが銀杏と酒を間に挟み小さな焚き火を囲んで腰を据えれば何となく人心地ついて肩の力を抜いた時。
「カカシ先生は明日七班の任務があるので遅刻しない程度にして下さいね」
「……」
晩酌に誘っておきながら牽制をかけられて渋面になった。そのまま顔を見れば「冗談ですよ」と言ってくるが何処まで本気なのか疑わしいと思う。
イルカがまた手にチャクラを纏わせて焚き火の落ち葉を掻き起こせば空気が入り燃えていなかった落ち葉が上になり火の勢いが増して辺りが暖かくなる。
酒の肴は銀杏と、子供の事か忍術の事か。
それは酒の入り方次第。
あー、公孫樹はイチョウの漢名です。
イチョウもぎんなんも銀杏と書くので区別する為に呼び方を変えました。
と言う事で飲兵衛な先生方の忍者講座、印編でした。
印についての講釈はツッコミどころ満載かもしれませんが何も言わないで下さい。
お願いします。
私は銀杏好きですね。
秋になると値段が下がるので殻つきを買ってきてペンチでぱきぱきしています。
でもこのイルカ先生、書いた時の私の反動でなんか、なんかなぁな先生ですね。
本来こんな先生な筈じゃなかったのに、しくしく。
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