桜・葉桜
満開にまだ早い。
でも・・・それはもうすぐ。
2つ違いになる瞬間とどこか似ている様に思えた。
一足先に行かれたと思う心、誇らし気に咲き誇る姿。
憧れに似ている。
けど・・・。
校門を出かけたところで振り仰ぐ、大きな桜の木。ほとんど満開に近い。
少し懐かしく、満開に咲いた桜の木を思い出す。
あれは入学式の時、幼稚園が早く終ったので母さんに着いて入学式を見に来たはずの豪。
でも本当に母さんに着いてきたのだろうかと不思議に思う時がある。
満開の桜の下で、嬉しそうに入学式を迎える同級生たちと僕。
世間話をしながら時間待ちをする母さんたち。
ぽつんと校門ところで悔しそうに僕たちを・・・悔しそう?
僕たち? 僕を見ていた?
でもどこか、悲しそうな顔をしていた様な気もする。
いつの間にかいなくなっていて、家に帰ったら寝ていた。
あの時の豪の顔の意味は?
桜を見ながら考えているといつもの元気な声。
「烈兄貴ー!」
「ん〜」
佇んでいた烈は振り返る。
パタパタと息を切らせて駆けてくるのは豪、烈の横まで来ると嬉しそうな顔を向けた。
「どうした、豪?」
嬉しそうな豪の顔から察するに何かあるのは分かる。
でもいつも慌てているように見えるからそんなに慌てるほどの事じゃないのかもしれないと思う。
「レースだよ、レース! 烈兄貴レースがあるんだよ!」
「レース?」
なるほど、この嬉しそうな顔の原因はそれか。
「そう、レースに出るんだ!」
レースか・・・いいな。
そう思った自分の顔も、多分豪に負けないくらい嬉しそうな顔になったのが分かる。
「それでいつなんだ?」
急かすように口調が変わる。わくわくする気持ちが抑え切れない。
「今度の休み! 4月10日!」
「4月10日?」
あれ? 4月10日って確か・・・。
思い至ると嬉しそうな豪の顔が少し憎くなった。
「どうした? 烈兄貴」
無邪気な豪の顔を見たが為に、こめかみに青筋が浮かびそうになるのを堪える。
「豪・・・お前・・・4月10日って何の日か知ってるのか?」
握りこぶしが震える。
「えっと・・・あ、ちょうど烈兄貴の誕生日じゃねーか!」
なんだか余計に豪の顔が嬉しそうになった様な気がするのは気のせいか?
「なら俺の優勝が烈兄貴への誕生日プレゼントな!」
おいおい、どこをどうやったらそうなるんだコイツは・・・。
我が弟ながらとんでもないやつだな。
「おい、豪。お前は俺が優勝するって事を考えなかたのか?」
明らかに「へ? なんで?」って顔が如実にその答えを示していた。
「俺が優勝して自分にプレゼントするんだよ!」
当然だろ? と兄貴の威厳を漂わせてみる。
「優勝は俺だ!」
案の定むきになるその姿に、負けじとにらみ合う。
「レースで勝負だ!」
「負けるもんか!」
桜の花びらが舞い落ちる中で行われたレース。
僕は表彰台の頂点に立った。
紙吹雪のかわりに花吹雪が祝福しているみたいで嬉しい。
「優勝は星馬烈くんだ! みんな大きな拍手を送ってくれ!」
パチパチ・・・
優勝トロフィーを掲げて拍手に答えながら豪を探す。
いったいどこにいるんだ・・・?
観客の後ろの方から見上げる豪の姿を見つける。
小さくて分かり難いけどその顔は悔しそうな、悲しそうないつか見た顔。
「豪・・・」
呟いた時、豪と視線が合った気がした。
はっと驚いた様にしたかと思うと、表彰台に背を向けて走っていった。
「おい! 豪!」
僕は表彰台を飛び降りて豪の後を追う。
「ちょっと、烈くん!」
ファイターの慌てた声が聞こえた。
「すみません、急ぐんで!」
振り返り形だけ謝ると豪の走っていった方へと駆け出していた。
『いっけー! マグマム!』
『負けるな、ソニック!』
ゴール手前の最後のコーナーだった。
前を走る豪のマシンが曲がりきれずにコースアウトしたのは。
『マグナム!』
『豪!』
悲痛な豪の叫び。
カシャン・・・
コースにプラスチックの割れる音が響いた。
カツンとコーナーにマシンの当たる音。
ソニックがコーナーをクリアして僕は豪を抜く。
豪がマシンを拾って立ち上がった時、
『ゴール! 優勝は烈くんだ!』
僕のマシンがチェッカーを受けた。
コースアウトしなければリードを守りきって豪が優勝しただろう。
いつも以上に高速セッティングで無茶な走り、理由は簡単。
負けたくないから。
でも、負けたくないのは豪だけじゃない。
桜吹雪が烈兄貴を祝福していた。
満開の桜の様に、咲き誇るような嬉しそうな烈兄貴の顔。
表彰台の上という今の自分が手を伸ばしても届かない場所。
ずっと前にもこんな事あったなぁ・・・。
あれはいつだったんだろう。
「ここは・・・」
気づくとそこは学校の校門だった。
今日のレースの事を烈兄貴に教えた場所。
「あれ?」
鮮明になる記憶に首を傾げる。
記憶とさっきの表彰台の上の烈兄貴がだぶる。
桜の下で同級生と嬉しそうにしていた烈兄貴。
でも俺はまだ小学生になってなくて、大きな校舎と校門が自分にはまだだと言っていた。
付いてきたけど校門の中には入り辛くて遠くから眺めているしかなかった。
埋められない何かがもっと大きくなった様な気がして、置いていかれるような気がして悲しかった。
けど自分にはどうする事も出来なくて悔しかった。
さっきみたいに・・・。
色々聞き込んで探し回って見つけたら校門のところで呑気に桜の木を眺めてるいた。
呆れたけど、安心した。
「豪」
怒ってない怒ってないと心の中で念じながら呼びかける。
「烈兄貴・・・」
僕を見返すその顔は別に驚いた様子もなく、「逆にどうした?」と問いかけてくるような反応だった。
「お前急にいなくなるからびっくりして探したぞ」
「悪い烈兄貴、ちょっとな」
頬をぷくっと膨らませて怒った振り、いつのも事。
豪は理由を言う気がないらしい。
豪は割と頑固で言いたくない事は言わない。
無理矢理白状させる事も出来るけどさっきの豪の顔を見るとそれはしたくない。
だからもう聞かないでいる事に決めた。
「綺麗だな、桜」
「そうだな」
見上げていた桜に手を伸ばして花びらを1枚取って花びらを吹く。
ピー♪
豪も同じように花びらを吹く。
ピー♪
笛の音が重なる。
風のが揺らす木々の音と桜の花びらの音。
春の音。
ピー・・・
豪の音が止まった。僕も吹くのを止めて豪を見た。
「花びら、千切れてやんの」
花びらを見て苦笑する。手を払うと桜の木を見上げた。
豪の視線の先を追って桜を見上げる。
「なあ烈兄貴」
「何だ?」
そのタイミングを待っていた様に豪が話し出す。
「何で烈兄貴の誕生日は4月10日なんだろうな」
「そんな事、母さんにでも聞いてみないと分からないよ」
「そうだよなぁ、でも本当は烈兄貴がどこかで願ってたのかもしれないぜ」
「そうかな?」
どこかで願う。
僕はいつも願っている。豪に追い付かれない様にと。
「そうだろ」
決め付けられるのは好きじゃないけど、そうなのかもしれないと思っているのも本当。
「なあ、知ってるか?」
「何を?」
「今日から俺の誕生日まで2つ違いになるんだぜ」
「そうだな」
今の豪の気持ち、なんとなく分かる気がする。
「それからまた僕の誕生日まで1つ違いになるんだ」
「学年の上では1つしか違わないのにな」
声が震えてるような気がした。泣いてるのかと思った。
泣いてはいない、より悔しそうな顔。
僕はずっと豪より早い。これからもずっと。
「僕がお前の誕生日よりあとだったら、お前が誕生日を迎えた時に同い年になっちゃうかないか」
茶化す口調で返した言葉。
「そうしたら、烈兄貴なんか兄貴じゃねえもん」
「僕はそんな事嫌だからな」
埋められない兄弟の溝。絶対の年の差。
「前にさ、烈兄貴が小学校に入学した時。ずっと一緒にいたと思ったのに烈兄貴だけ先に進んでたんだ」
あの時の・・・と思う。
「俺、すっげー悔しかった」
「うん」
「今日の烈兄貴、俺よりもう1つ年上になったのに、表彰台の上でもっと遠くにいるみたいだった」
知っていた。
豪はいつも真っ直ぐで、全ての思いを真っ正面からぶつけてきたから、僕はそれを励みにした。
そして僕は必死だった。
「兄貴なんだから、先に生まれたんだからしょうがないだろ」
僕は少し怒った振りで豪に言う。
「そうだけどさ!」
ただ悔しそうするのじゃなく、頬を膨らませて、顔を赤くして怒る。
いつもの反応。
僕は少し気分が良くなった。
豪のあんな顔は見たくないから。
「大体そう簡単に弟に負けていたら兄としての面目が立たないだろ」
分かってないなぁとため息を吐く。
「くっそー!絶対!そのうち!烈兄貴を追い越してみせるからな!」
それは無期限の挑戦状。年の差は変わらない。
「追い越せるもんなら追い越してみな!」
そんな悩みなんか吹き飛ばす勢い。
豪はまだ気づいてない。でも僕は知っている。
1つの差なんて年を追う毎に、小さくなるという事。
だから僕も負けない様に必死になる事が出来る。
兄として負けられない事があるから。
僕も負けない。
「烈兄貴のへっぽこぴーだ!」
豪の叫びで我に返る。
「誰がへっぽこぴーだって、豪!」
「烈兄貴しかいないだろ!」
「ふん、そうやっていつまでも悔しがってろ、俺はお前になんか負けないからね」
「あー!あー!あー!性格悪いぞ烈兄貴!」
「そうかぁ〜?」
「すぐそうやってとぼけるんだ!」
そんな事を言われても本当の事なんだけどなと心の中で苦笑する。
「なあ、豪」
真面目な顔で豪に向き直る。
「なんだよ烈兄貴」
ちょっとたじろいで構える豪。その様子に吹き出しそうになった笑いを堪える。
「今日のバースデーケーキ、お前の分を俺にくれ」
「な・・・な・・・」
言葉も出ないというのはこう云う事なんだろうなと豪の態度が教えてくれる。
「ぷっ、冗談に決まってるだろ」
わはははと笑って豪に背を向けて歩き出す。
「烈兄貴のへっぽこぴー!」
そんな事大きな声で言われたって悔しくない。怒る気も無い。
言われる事が嬉しい。
豪の叫びを無視して振り返る。
「おい、豪、早く来ないと置いて帰るぞ、まったく。本当にお前の分もたべてもいいのか?」
それはそれで嬉しいかな。
と半分本気の顔で付け足す。
「ちょ、待ってくれよ烈兄貴〜」
豪が走って追いかけてくる。
そして追い付いた時、
「烈兄貴、誕生日おめでとう」
横に並んだ豪がその言葉をくれた。
追い付かれるのは悔しくないだろう。
少し嬉しいかもしれない。
だって、それはライバルになる瞬間。
満開の桜。
花は散っても葉が茂る。
生命感に満ちた葉桜が力いっぱいその存在を示す。
春の終わりと夏の到来を告げる。
烈兄貴お誕生日おめでとう!
それが言いたいが為のお話。
レースシーンは相変わらずです。
というかレースシーンを文章にするのは好きじゃない。
絵で見るほどの迫力って伝わり難いから。
レースは画面で見てこそだと思う。
年子の気持ちは分かるんだ。
1つしか違わないけど1つは大きくて、誕生日によって少しだけ2つ違いになる瞬間。
学年は変わらないけど置いてかれたようなそんな気持ち。
ライバルだからこそ、その思いは多分大きい。
その逆もしかり。
追い付かれたくない気持ち。
両方がそう思う事によって磨かれ行くんだろうね。
でもこの豪って完全に弟で烈兄貴は兄してるなぁ。
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