「Cyclone 〜そして台風になる〜」前編
夏休みは楽しいと思う。
でも、この日だけは特別だから。
何かをしたくなったのかもしれない。
トゥルルルル・・・
受話器からの呼び出しの音。
まだ電話に出ない相手。
トゥルルルル・・・
留守かな?
あと1回呼び出して出なかったら電話を切ろうと決めた瞬間。
カチャ
『もしもし・・・』
返ってきた相手の声が受話器を持つ手に力を込めさす。
「あの・・・」
意を決して、用件を切り出した。
烈は夏休みの宿題をいつも早めに終らせる。
その為に夏休みの前半は毎日のノルマを決めて午前中はしっかりと宿題をしている。
豪は・・・いつも夏休みの終わりに必死になっている。
時々烈と一緒に宿題をするけど手伝ってもらったりするのが目的みたいなものだろうか。
多分、烈みたいに早めに終らせようと思った事はないだろう。
時間は昼前、そろそろ宿題も終ってる頃だろうと目星をつけた時間。
「烈兄貴、今日の分の宿題終ったか?」
兄弟の間でノックなんて無用と云う態度、ではなくただ単に気を使っていないだけ。
バタンっ
烈の部屋の扉を勢いよくと言われるいつもの調子で開ける。
態度だけなら、しょうがないなぁと振り返っても、その表情は清々しいとも言える顔で答えが返る。
「ああ、終ってるけど。どうした?」
片づけられた勉強机の上には閉じられた宿題のドリル、鉛筆と消しゴムがもう片づけられた後と言うことは宿題を終えて暫く経っていたということだ。
「どうした?」と問われても特に用事が無いのはいつもの事で、日課になっているものへのお誘いだろうと分かっていてもやはり問うのは生来の気質なのだろう。
豪の方も言葉に詰まるでもなく自然な口調は答えを返す為のものではない。
「早くマシンを走らせようぜ!」
待ちきれないと書いた顔に、
「ああ」
当然だろと瞳が返す。
机の上にあったマシンは手の中に握られていた。
バタバタバタバタ・・・
元気良く階段を駆け下りる二人分の音。
「母さーん、ちょっとマシン走らせに行ってくるからー」
ダイニングの前を走り過ぎながら母親・良江に烈が声をかける。
「こら、昼ご飯ぐらい食べていきなさい」
良江が廊下にひょっこり顔を出すと、二人は玄関で靴を履こうとしたところだった。
「あっちゃー」
「忘れてた」
あはははと気まずそうな豪が振り返る。
ちょっと失敗したかなぁとやはり豪と同じようでいて、兄らしくそれでも少しだけ感情を抑えた顔で振り返る。
「仕方ない、ご飯食べてからにしよ」
「そうだな」
豪は母親を納得させる為の烈の提案をしぶしぶながら了承する。
二人は履きかけていた靴を置いて洗面所に向かう。
どうやら「ご飯の前には手を洗いましょう」という食事前の約束は守られているらしい。
昼ご飯をかけ込むように食べる二人を見ていた良江はふと豪の顔で視線を留めた。
「今日は豪の誕生日だから晩御飯は豪の好きなものを用意しておくわね」
二人は食べていた手を止めて豪はぱっと良江を見た。
烈はそんな豪の反応を楽しむように豪を見た。
「母ちゃん!」
豪の瞳は嬉しくて大きく見開かれていた。
青い、元々大きな瞳をもっと見開く豪の瞳に良江が映る。
そのまま母さんを吸い込んじゃうんじゃないかと、そんな考えが頭に過ぎる程の豪の瞳。
しばらく豪を様子を観察していた烈だったが、ふぅっとため息を一つ吐いて再びご飯を食べ始める。
「母ちゃん、母ちゃん。今日何作ってくれんの? 俺は・・・」
良江に晩御飯のメニューを聞きながら希望を言うことを忘れない豪の様子。
浮かれてご飯を食べる手は止まったままだ。
「豪、俺はもう食べ終わるぞ。早く食べないと置いてっちゃうぞ」
先に食べ終わるからなと豪に呼びかける。
「え? あ、烈兄貴ちょっと待ってくれよ」
気が付いて烈を見て自分との差を確認する。
さっきまでとは違い、ご飯つぶをこぼすのも気にせず必死にご飯をかけ込む。
「こら、豪。もっと良く噛まなきゃ駄目でしょ」
良江に注意されよく噛む為に少しだけ食べるスピードを落とす。
烈も豪に合わせてやるようにご飯を噛む回数を増やしてゆっくりと食べる。
早く食べ終わりたいと顔が焦っているのが有り有りと表れているが母親の手前そんな事も出来るはずもなく、ゆっくりとご飯を食べ、しっかりと時間が過ぎて行く。
「「ごちそうさま!」」
二人一緒に食べ終わると、今度こそ玄関に向かって走り出す。
「あ」
何かを思い出して、キキーッと玄関の手前2メートル程の所で烈は急ブレーキをかけて止まる。
「へ?」
どっしーん、と豪の間の抜けた声に続いて盛大な音がした。
その音のした方向では豪が顔を押さえてうずくまっている。
「いって〜」
どうやら急に止まった烈に気を取られて玄関の扉に激突したらしい。
「何やってんだよ、豪」
廊下から豪に降ってきた烈の声は正しく呆れている。
「烈兄貴が急に止まるからだろ!」
振り返って烈を見る恨みがましい瞳には逆恨みした批難の言葉がおまけでついてきた。
カチンときた烈は、
「まったく、お前のが勝手に突っ込んだくせに人のせいにするんじゃない!」
と、両手を腰に持っていき兄らしく弟を注意する。豪も本当は分かっている為に、今度は反論せずに大人しく聞いている。
しゅんっとしてしまった豪にきつく言い過ぎたかなという思いが頭の角に浮かぶ。
「大丈夫か?」
烈が屈んで豪の様子を見ると豪の鼻の頭が少し赤くなっている。
「ああ、大丈夫」
言いながら豪は靴を履く。烈は「大丈夫かな?」と豪の様子を見守っていた。
靴を履き終えた豪は何もなかったような顔で・・・顔を見れば赤くなった鼻の頭が顔をぶつけた事を物語っていたが、烈を急かす。
「何ぼ〜っとしてんだよ、早く行こうぜ」
そんな豪の様子にホッとして切り出す。
「ちょっと忘れ物を取ってくるから待っててくれ」
くるりと踵を返して自分の部屋へと駆け戻る。
「早くしろよー! 烈兄貴ー!」
おおよそ待つという事が似合わない豪らしい了承の返事が烈の背中に向かって投げられた。
タンタンタンタンと軽やかに階段を駆け上がり動作を止める事無く自分の部屋へと入る。
机の上に置いてあるトレードマークと化した帽子を手に取ると、カサリと机の上から小さな紙袋が落ちる。
紙袋に手を伸ばし拾い上げる。机に戻そうと置く直前、烈の動作が止まった。
「・・・ま、いっか」
ぽつりと呟いてその紙袋を頭の上に乗せ、きゅっと深く帽子を被る。
1、2秒、目を閉じ、視線を上げ何事も無かったようにくるりと扉に向かう、自分の部屋を出る。
閉じた扉の向うからタッタッタッタと駆け下りる足音。
「お待たせ」
「遅い、烈兄貴!」
「悪い悪い」
「早く行こうぜ!」
「ああ!」
バタン・・・
玄関の閉まる音を合図に二人の声は窓の外から聞こえてきた。
まだ高い声と二人分の足音が遠ざかる。
トゥルルル・・・
引き換えのように鳴った電話。
パタパタと慌てたスリッパの音が止まると電話の音も止まる。
「はい星馬です」
誰もが使うよそ行きの声、相手を確認するとコロっとその口調は親しみを込めたものへと変わる。
「あら、今出ていった所なのよ。ミニ四駆を走らせに行ったと思うから・・・そうね、その辺じゃないかしら? ごめんなさいね」
ぷつっと電話を切る。
パタパタ・・・と今度はゆっくりとスリッパの音がした。
先に家を出て走り出してしまった豪を追いかけながら目的地、何処にミニ四駆を走らせに行くのか聞いていない事に気づく。
行き先と言えば佐上模型店か土屋研究所か藤吉くんの所くらいと考えなくても分かっているし、何処に行くかの選択は豪の好きにすれば良い。なんせ今日は豪の誕生日だ、それくらい叶えてやってもいい。唯、問題なのは・・・。
そんな事を考えながら走り続けているうちに十字路が見えてきた。黙っていてもこの先に見えている十字路で行き先は分かるのだけれど、行き先が決定されるポイントを先行されるというのは勝負のポイントを取られたのに似て、このまま豪が先行した状態というのは気分が良くないらしい。
「おい豪、何処に行く気だよ」
「・・・」
どうやら豪の方も同じように思っているのかすぐには返事がない。
真っ直ぐなら佐上模型店、右なら土屋研究所、左なら三国邸。烈は豪の返事を諦めて豪がどの方向に行くのか曲がる時にインから抜くしかない!と、まるでレース中の様に考えを巡らせる。
但しその場合、真っ直ぐなら先行した者勝ちという結果になるのだけれど・・・。
そして豪が向きを変えるタイミングを逃さないように十字路目前の豪の様子を伺う。
いつもならしつこいくらいの烈が追及を諦めたことで何か考えてるだろうと豪も警戒する。
それでも読みでは敵わないと分かっているから、それなら・・・と行き先を告げる。
「土屋博士んところ」
「え?」
不意打ちのように告げられた行き先、間の抜けた自分の反応、しかも狙っていたタイミングの瞬間だった為に冷静な判断を失う烈。
本来なら右に曲がるべきところなのに真っ白になった頭は行くべき方向を指示する事が出来ずに直進してしまう。
これじゃあさっきの豪と同じだと慌てて急ブレーキをかける。
勢いにのって前に転倒しそうになるのを兄としての意地が必死で留めると、
「何やってんだよ烈兄貴」
呆れた声が容赦なく届く。
烈が振り返ると十字路を曲がった所で豪が烈の様子を見ていた。
しかも折角教えてやったのに何やってんだよと、言葉にしていなくても口調が想像できそうな顔で、だ。
言われたくない相手に言われる事ほど嫌なものはない。しかし豪はまだ言葉にしていない。
純粋に公平であれと思って言ったに過ぎないから悪意がない。
だから豪には何故烈が反応しきれなかったのか想像つかないし、元々の性格上古いこと(?)をネチネチと気にしないからそこで玄関先での事を引き合いに出して烈をからかう様な事もしない。
大雑把と言えばそれまでだが、大らかとも言えるそんな豪の態度に面白くないものを感じた。
「くそぉ」
思わず優等生の良いお兄ちゃんらしからぬというか、子供らしいと判断される悪態をつく。
瞬間、自分の行動に何故か兄であるはずなのに弟の様な感じがしてまじまじと豪を見る。
「?」
豪の何?という顔。
怒るでもなくただ待っている、烈を。
そう、待っている、烈を。
ドキリと烈の心臓が跳ね上がる。
何か分かった様な気がした。
キっといつもの顔に戻る。兄らしく。
「悪い、行き過ぎた」
実はその時少しだけ、豪は玄関先の事を思い出していた。
でもそれは自分は烈に八つ当たりした事。
多分烈兄貴が行き過ぎたのは自分が言ったタイミングが悪かったからかもしれない。そう思っていたから、本当はさっきの自分みたいに責められても仕方ないと覚悟を決めて待っていたのに烈兄貴は何も言わなかった。
責めたりせずに自分の非を認める、そんな烈の姿を呆然と見送ると豪の心の中に悔しさが込み上げてきた。
「どうしたんだ? 豪。行かないのか?」
「行かないわけないだろ!」
てくてくと先に進んで行く烈の声に我に返り悔しさを飲み込んで烈の後を追う。
必死になって追いつこうとする豪の姿に懐かしさと安堵を感じて、やはりさっきのは・・・と烈は確信めいた。
「「こんにちはー」」
土屋研究所の守衛に揃った声が挨拶をする。
「やあ、こんにちは」
元気の良い子供たちが微笑ましくてにこやかに返事を返す。
「今日も良いタイムが出ると良いね」
既に顔パスである子供たちの行く先は大抵決まっているらしく敢えて名前を記入する事も行き先を告げる事はない。
それどころかいつも自分たちを応援してくれているのを知っているから自然、彼らも気安くなる。
「ベストタイムを弾き出してやるさ!」
ビシっとマグナムを突付けて豪が宣言する。
じろりと豪を睨む烈の顔には俺の方が速いに決まってるだろうと書いてある。
苦笑して二人を見ていた守衛はふとマグナムに違和感を覚えた。
「おや? もしかしてこの前とはセッティングを変えたのかい?」
元来こういうところ(ミニ四駆関連)に来る人物は元(現)ミニ四レーサーだったりとかミニ四駆が好きで近くにいたいという人物なのだろう。
守衛もご多分に漏れずといった人物なのだろう、前回に見たマグナムとは少しセッティングが変わっているのに気が付いた。
しかし・・・言い返せばそれだけ豪のマグナムを見ているという事か、豪が来る度に見せびらかしているという事か。
「へっへ〜ん。新しいセッティングを試してやるんだ」
胸を張って自信あるんだという豪のマグナムをまじまじと守衛はチェックする。
横で烈も豪のマグナムのセッティングを見て自分のセッティングを思い出す。
「でもこれじゃあコーナーで吹っ飛んじまわないか?」
いつも色んな人に言われている事、毎日誰かに言われている一言で今日も豪を指摘する。
「ぐっ・・・」
言い返せなくて言葉に詰まる。
横にいる烈の視線が「ほ〜ら見ろ」と言わんばかりで、豪としてはこれ以上何か言われるのを避けたいところだ。
だから烈がその言葉に同意して追い討ちをかける前に何か言わなければ・・・言わなければと気が急いて、気がつけば考える前に口が動いていた。
「絶対に大丈夫!」
しかも確信があるわけじゃないのに自信満々に言い切って内心しまった〜っと声がする。
実の所、今日はいつも以上に高速セッティングにしている自覚はあるのだ。
でも言ってしまったものは仕方が無いと開き直るが、烈のじと〜っと云う視線と無言の批判に冷や汗が伝う。
烈にしてみれば、またこいつは大見栄切って仕方の無いやつだなぁと思いつつも、改めて豪のセッティングを目の当たりにしてやっぱり高速セッティングなのかと確認する。
これじゃあコースアウトしそうだから大見栄切ってるんじゃないと言ってやりたくなっていたが、言ってしまえば喧嘩の火種になるのは分かりきっているから目で訴える事に決めた。
無言、でも瞳で、お前それは守衛さんの言う通りコースアウトするぞと言う。
「なっ・・・何だよ烈兄貴」
何だよ文句あんのかよと構える態度は見栄の延長線でかなり尊大だが、隠し事の出来ない性格はいつもの・・・根拠はなくても絶対の自信をもった態度とは明らかに違う、そして決定的なのは強ばった顔。
う〜ん、うろたえてるなぁなどと冷静に分析しながら豪の虚勢を崩すべきかと別のところで悩む。
どうしてやろうかと悩む烈にどうしようと悩む豪。
守衛はと言えば、或いはこれすらも日常茶飯事なのか仲裁に入る様子は微塵も無い。
楽し気に、微笑ましいとかそういうのじゃなく、楽しそうに烈と豪を見ながらインターフォンの番号を押してゆく。
相手の応答を待ったのだろう、間を置いてから、
「あ、烈くんと豪くんが来てるよ」
そう言って相手の反応を確かめる。ぼそぼそと受話器から声が聞こえ相手がインターフォンを切るのを確認してから守衛もインターフォンを切る。
この距離では二人の耳には相手の声は届かないだろうから相手を推し量る事は出来ないが、相手が限定されているから誰が出たのかは予想を付けるまでもない。解答は直ぐに走ってくるだろうけど。
「さて」
にこにこと振り返ると二人は睨み合ったままだ。
今日はいつ来るんだろう、そんな事を考えてちょっと落ち着かないらしい。
らしくないと言われるかもしれないと思って苦笑した時、思考を遮るようにインターフォンが鳴った。
慌てて取ると待っていた連絡だったらしく顔が綻んでいる。
「直ぐ行きます」
一言告げると受話器を置く。
そのまま部屋を出ようとドアノブに手をかけて立ち止まる。
振り返って部屋に張られたカレンダーに目を向ける。確認するように日付を見る。
再びインターフォンに向かって外線を押す。ピッピッと暗記している番号を押して相手が出ると手短に用件を話す。
「・・・うん、じゃ」
プツりと電話を切ると何事も無かったかの様に部屋を出て行く。
扉を閉めた顔は少しいつもの冷静さが見えなく、去って行く足音は走っていたかもしれない。
連絡して、いつもならそろそろ来てもおかしくないはずなのにまだ来ないと、どうしたのかな?と廊下の向うを見てみる。
足音もまだ響いてこないので何かあったのかともう一度インターフォンで連絡しようかと視線を動かす。
「あれ?」
視界の角に入ったインターフォンの外線使用のランプが点灯しているように見え、改めて視線を向けた時には既にランプは消えていた。
「誰か電話してたのかな?」
首を傾げるが誰かが何処かに電話するなんてよくある事なので、まあいいやとまた烈と豪の様子を見て時間を潰す事に決めた。
烈も豪も横で守衛がJに連絡してたのだろうと察しを付けていた。
豪としては早くこの状態を何とかしたくて、守衛がインターフォンを切った瞬間からずっと「ジェイ〜早く来てくれよ〜」と他力本願な願いを心の中で叫び続けていた。
Jが来るまで中に入ってはいけない訳じゃない。Jのいない時などは勝手知ったるなんとやらで土屋博士に
会いに行ったりコースを使わせてもらったりしているのだからさっさと行っても良い訳だったりする。
でもJがいる時、Jはいつも出迎えてくれる。出迎えられるのは嬉しい事だからJを待つのが習慣になっていた。
インターフォンの切れる前、Jの声を幽かに聞き取る余裕があった烈は多分すぐに来るからこの状態も後少しだなと冷静に分析する。
と同時に豪の顔が少し安堵して、そわそわし始めたのを見逃さない。
烈自身、今日は豪の誕生日と言う事もあって余り豪と喧嘩したくない、出来れば今日は豪にとって嬉しい事や楽しい事が多い事を願っている。
自覚はないけれど、Jの声を聞いた時ほんの少し烈もほっとしていたのだ。
そろそろ来るかな?っと思ったのにまだ来ない。いつもならもう来ている頃。
不安になった烈が豪の顔を見た時、二人の目が合う。
どうしようかと考えた烈の顔は見様によっては難しい顔をしているように見え、豪としては絶対に何か言われる!とビクリとする。
だからといって脅えるほど気が弱いわけじゃないのが幸いしたのか、本能的反抗なのか、睨み合いに耐えられなくなっていた事もあり咄嗟に口から感情がスルリと抜け出す。
「誰がなんと言おうとも今日は絶対に大丈夫、コースアウトなんかしねぇ!」
それはいつもの強がり、唯の見栄。
そう思いたいのに思えなくて、どこかがいつもと違う様な感じを覚えて烈は少し不安になった。
いつもなら『だ、大丈夫だって・・・ははははは』とか『俺様がコースアウトする訳ないじゃん』と誤魔化そうとしていたり気楽に返していた。
では、今日は?
例えばそれは意地の様なもの? 絶対なんて言う、この自信はどこから来るのだろうと考える。
「豪、お前・・・」
それは烈の動揺だった。
豪自身が意識していなくても豪の思いは溢れていたから烈に伝わる。自分に向けられる無視できない思い。でも、認識したくない事。
この時烈にしては珍しく焦った顔をしていたかもしれないが、豪に烈の様子を見る余裕はない。例えそんな余裕があったとしても烈の動揺に気づく事は出来なかっただろう。
烈の様子なんてお構いなく豪が言葉を続けようとして言い淀む。
「俺は・・・」
タッタッタッタ・・・
軽い足音が重くなっていた空気を散らす。
足音に気づいてそちらを見れば優しい笑顔で手を振って駆けてくる。
「烈くん、豪くん、お待たせ」
「Jくん」
「J」
二人のどこかホッとした顔。いつも喧嘩ばかりして僕が来ると聞かなくても喧嘩の概要を言って意見を聞こうとするのに今日はどうしたんだろうと首を傾げる。
「どうかした?」
優しいから、二人のこの状況を作ったのは待たせ過ぎた自分のせいではないかと表情が曇る。
他人に対する気遣いならJにも負けていない烈はJがまた自分を責めてしまいそうになっているのに気づいて空かさずフォローする。
「なんでもないよ。豪のやつがまたコースアウトしそうなセッティングしてるから注意してやってるのに、コイツってば全然聞かないんだよ。Jくんからも何か言ってやってよ」
烈は呆れ顔をしてJに同意を求める。豪は反射的に烈に突っかかった。
「ちょっ・・・、烈兄貴! 何勝手な事言ってんだよ。俺はコースアウトなんかしねぇ!」
そしてクルリとJに向き直って懇願するかの様に見上げる。
「Jは俺のセッティング、分かってくれるよな?」
ここはビシッと言ってやってよと烈の瞳が言う。
「あははは・・・」
空笑いが虚しく廊下に響いた。見返す烈と豪の眼差しは強く誤魔化せるものでもない。
元来人を誤魔化したりするような事は嫌いなので、どうしようかと迷っているだけ。
「とりあえず走らせてみたらどうかな?」
どちらに応えれば良いのか分からなくて苦笑するしかなくて、Jは少し逃避を含めて二人に薦めてみる。
そして言ってから気づく、それが最良の答えだったと。
感情のままにぱっと変わる顔。
「そうだよ、走らせてみたら分かる事じゃねえか! 烈兄貴にコースアウトしないとこ見せてやれば良いんだからな」
こんなところで言ったってしょーがねぇもんな、となんとなく晴れやかな豪の顔。
「それもそうだな、コースアウトすれば自分でも納得するだろ」
ふむ、と自分の中で納得する烈。
でもおもむろに帽子の下からソニックを取り出すのは何故だろうなんて考えなくても良い事を考えてJが頭を悩ます。
今の烈の言葉に反応してしまわないかと豪の方を見れば聞こえていなかった様にコースへ急いでいる。
その様子はもうレースを出来るという事だけに占められている様に見えて、どれが本当の目的なんだろうと疑問が増えるが結局の所、レースが出来るという事が嬉しいのだと思う事に決めた。
それはあながち嘘ではなく、烈と豪も今は純粋にミニ四駆を走らせられるという事に喜んでいたのだから・・・。
コースに到着すると土屋博士が先にミニ四駆を走らせて色々と計測をしていた。
「「「土屋博士!」」」
3人の声が和音になって土屋博士を呼ぶ。
「やあ、烈くん、豪くん」
振り返ってにっこりと挨拶を交わす。
その優しい表情を見てソニックセイバーとマグナムセイバーを貰った時の事を思い出す。新しいマシンを手にした時の喜び、嬉しくていっぱい走らせて楽しかった事。
その気持ちが烈と豪の中でずっと感じていた何かに触れ、烈の中で、先を越されて豪に待たれた時の確信が蘇る。
兄である以上弟に負けるなんて兄としてのプライドが許さないし悔しい。
でも・・・豪には負けたくないけど、負けてもまた勝てば良い。勝てないと諦めるのじゃなく、勝ちたいと頑張る事で自分を向上させる事が出来るから、勝ったり負けたりする事で互いを磨いてライバルでいられると思うのは自分だけなのだろうか? 豪はどうなんだろうとちらっと豪の顔を見ようとした時、土屋博士の声によってそれは実行出来ずに終る。
「みんなちょっと休憩にしよう」
と作業中の研究員に指示を出す博士の声につられて研究員の方を見てしまったからである。
研究員達は了解の意を示すと走らせていたミニ四駆を止めてコースから離れて行った。
恐らく休憩室か食堂にでも行ったのだろう。
土屋博士は3人に向かって手招きをする。
なんだろう?と云う顔で烈と豪は土屋博士の方に行く。Jはにこにことその後をついて歩く。
「良く来たね、ちょっとこれを見てご覧」
そう言うと計測やら何やらのメーターだとかディスプレイの一つを示した。
そこに映し出されたのはコーナーの多いテクニカルコース、唯一と言えるかもしれないストレートの終わりはヘアピンカーブ・・・だけど、そのストレートそのものは緩やかな下り坂。
「これがね、今日のこのコースなんだよ」
振り返ったその目は走らせてみるかい?と言っていた。
「走らせても良いですか?」
烈と豪が言うより早くJが土屋博士に尋ねる。
「ああ、みんなで走らせてごらん」
にこやかに返す顔は優しくて、でもどこか楽しそうな眼差しの返事。
このコースは豪には難しいなと考えた時、廊下での遣り取りを思い出す。あんなに言うんだからクリア出来るんだろ、出来なければ自分が悪かったって分かるはずなんだし、「論より証拠」という言葉があったよなと思い出す。
本当に思っていたのはそんな事じゃないのだけれど、それが自覚出来るほど大人じゃないから喧嘩腰になってるのは気持ちの整理に都合が良い。
こんな複雑な気持ちで走らせたい訳じゃないと心の中で言い分けして豪はどう思っているのだろうと様子を見る。
豪はコースの横でJと何やら話しながらセッティングしていた。
それはそれは楽しそうに、烈が葛藤しているのとは正反対に何の悩みも無く、走らせられる事、レースが出来る事がただ嬉しい。
ミニ四駆を走らせられると思うと目の輝きが違うと言われる。豪自身わくわくしていた。
先程の意地や強がりなんて頭に無い、それは集中力に近いかもしれないくらい。
豪は走らせる事は好きなんだと思う。セッティングも遅いけど好きみたいだ。
だからこそ、豪が自分に対しては特に対抗意識を抱いてむきになっている事に対して不安になる。本来ミニ四駆は楽しむ為のもの、勝ち負けに拘り過ぎている様に思った。
買ってもらった当初は一緒に走らせる事が楽しかったのに、いつからか・・・レースをするようになって、自分に負けた頃から?・・・自分に勝つ事が目的なんじゃないかと心配になった。
でもそれは大きな間違いだと気づく。
ここにいる土屋博士やJくん、そしてみんながいる限り大丈夫!
ソニックを見るとマシンを通じて出会った人たちやミニ四を通じて学んだ事が蘇る。
ふぅっと深呼吸して気持ちを切り替えた。
「烈兄貴、早くレースしようぜ!」
待ち焦がれたように、対抗意識いっぱいの豪が烈を呼ぶ。
烈の中で思わず頭をもたげるのは先程の不安。
「ま、大丈夫だろ」
もう気にするもんかと開き直った態度に出ればその声を聞きつけた豪が何を勘違いしたのか
「烈兄貴も俺のセッティングを認めてくれるんじゃん」
と「そうだろそうだろ、俺のセッティングは・・・」と勝手に納得して満足している。
烈はぷちりとこめかみの辺りで何かが切れる幻聴を聞いた。
「前言撤回、お前は何も分かってない。俺がお前の間違いを教えてやる!」
ソニックを突き出し勝負を挑む。
「ぶっちぎってやるぜ!」
受けてたってやると言うよりは思い知るのは烈兄貴の方だと言わんばかりの豪。
Jはどうしよう・・・と土屋博士に助けを求めて振り返れば、そこにあったのは「元気があって良いねぇ」と云う顔だった。
説得は無理だと諦めて、もう癖になったため息を吐き出してレースの準備にかかり始めた。
烈と豪がコースにマシンを置く。
それだけで二人の意気込みが伝わってくる。それが何故か微笑ましくて、羨ましくて、思い出された面影に笑み浮かべる。
競い合えなかった事は残念だけど自分を引っ張ってくれたから強くなれたと、違う兄弟のあり方を見て「ありがとう」とそっと面影に呟く。
「おーい、J、準備良いぜ」
豪の呼びかけによって現実に戻る意識。
「Jくん?」
ぼーっとしていたらしいJを心配して烈が顔を見上げて来る。
「ごめんね、ちょっと考え事してて。じゃあ始めようか?」
何でもないからと素振りで烈に伝えると烈も特に追求せずにコースに向き直る。
「準備は良いね」
「ああ、いつでも良いぜ」
「OKだよ」
確認を取るように二人を見ると豪の瞳が早くしてくれとJに訴える。
「じゃあいくよ。レディ・・・」
「Cyclone 〜そして台風になる〜」後編
豪の誕生日小説「Cyclone 〜そして台風になる〜」の前編です。
先ずは遅れた事をお詫びします。
豪の誕生日小説なのに誕生日に間に合わなかったばっかりか、こんなに遅れて・・・。
しかも前編は以前から掲示板でリンクしてあった話です。
後半部分は現在手直し中です。
2周年に間に合わなかったので本当に申し訳ないです。
さて続きはどうなる事でしょうか。
|