「轍」





 雪が積もる。柔らかな雪に音が吸い込まれる静かな朝は朝日が銀世界に反射されていつもより明るくて、目覚ましがなる前に起き出してしまう。
 伸びをして窓から外の様子を見れば真新しい雪の上に残った二つのタイヤの跡。まだそれ以外の跡は無い。
「おー、雪だ! タイヤの跡があるー!」
 俺は急いで服を着替える。いつもなら寒くて布団から出れなかったりなかなか服を脱げないけど、こんな日は違う。寒さなんか感じない。
「烈兄貴ー!」
 目覚ましが鳴る前だからきっとまだ寝ているだろう兄貴の部屋に駆け込んで掛け布団の上にダイブ。
「ぐぇ!」
 布団のしたから呻き声が聞こえて、『おー! 珍しく烈兄貴を起したじゃん俺!』と楽しくなった。
「烈兄貴、烈兄貴〜〜〜」
 布団の上から更に体重をかけると布団の中からこめかみを引き攣らせた烈兄貴の顔が出てきた。
「ご〜〜お〜〜〜」
「オハヨウ、烈兄貴」
 機嫌が良い俺は烈兄貴の怒りなんて何のその。
「烈兄貴、外! 雪が積もってるんだぜ!」
 俺は烈兄貴の上から飛び降りてカーテンを開けて外を指差した。
 カーテンを開けた瞬間、部屋の中に明るい光が入ってきて烈兄貴は手を翳して目を細めた。
「ああ、だからこんなに外が静かなのか」
 外を通る人の足音も電線に留まっている筈の鳥の鳴き声がしない訳だとその理由に行き着いた。
「で、お前も元気な訳だ」
 小さく束ねられた後ろ髪がぴょこぴょこと、いつも以上に弾んでいるのは気のせいじゃないだろう。
「まったく、子犬か……っと、そう言えばそんな歌もあったなぁ」
「烈兄貴!」
 独り言を言って何時までも起きようとしない事に焦れたのだろう、豪は仁王立ちでベッドの横に立っていた。
「分かってるよ」
 烈が布団から抜け出して用意しておいた服を手に取ると目的を達成した豪は烈の部屋から嬉しそうに出て行った。

 学校へ行くには少しだけ早い、真っ白な校庭にきっと一番乗りできる時間、学校へ行く準備を終えて玄関を飛び出した。
 車の轍だけが残る道路に雪のせいだけじゃなくて高揚する気持ち。
「なぁ烈兄貴。右と左、どっちが良い?」
「は? 何言ってんだよお前は」
「だからさ、コレ」
 豪は雪の上に残った轍にいつも持っているマグナムのスイッチを入れてスタートライン上の様にタイヤを浮かせた。
 その顔を見ると悪戯を思いついた時の様に、それでいて挑発してくる眼差しに滅多に無い自然が作り出したコースでのこの勝負を受けない訳にはいかない。
「良いよ、そのままで。俺はこっち、右のタイヤの跡だ」
 そう宣言して帽子の中で温められていたソニックのスイッチを入れた。
「じゃあ校門までレースだ!」
 顔を見合わせて白いコースへとミニ四駆を構える。
「「3……2……1……ゴー!」」
 手を離せば2台のミニ四駆は疾走を始めた。

 学校までの道のりは右折が多いから右側の方が距離が短くてコーナーが鋭い、だからソニックの方が有利に見えた。
「でも……」
 右の方が轍が重なりやすいと言う意味では日陰では幾重にも踏みしめられて固まったコースは有利に、日向では踏まれてシャーベット状になったコースは不利になる。
 大回りしてしまう左は距離はあるけど轍が重ならず幾つかの柔らかな路面、それは高速使用のマグナムに不利になるけど緩やかなコーナーと雪解けも凹凸もない事はマグナムにとって有利。
「ぶっちぎりだぜっ……て言いたいけど何でこんなに大回りなんだよ!」
「シャーベット状の水浸しよりマシだろ!」
 互いにとって最悪のコースでは優劣が着かない。
「だああああ! いっけーーーっマグナム!」
「頑張れソニックーー!」
 校門まで後少し、手前に見えている最後の曲がり角を曲がればゴール。学校の近くと言う事もあり轍の数は一本ずつ。
「あのコーナーを曲がれば!」 
「俺の勝ちだ!」
 ソニックは内側の急コーナーを、マグナムは外側の緩やかなコーナーを曲がった。

「あ?」
「うわっっ!」
「ソニック!」
「マグナム!」

 烈と豪は慌ててミニ四駆に飛びついて止めた。
「ふぅ……」
「危なかったぁ……」
 目の前には轍を築いたのだろう一台のトラックが停車していた。
「これじゃぁどっちが勝ったのか分からないな」
「俺が勝ってたのに」
「お前ねぇ」
 烈は立ち上がると飛びついた時に付いた雪を払った。
「よっと」
 豪は勢いをつけて立ち上がったかと思うとまた雪へと飛び込んだ。
「豪!」
「へへ……人型」
 烈の心配を他所に豪は雪に埋もれて大の字を描いて楽しそうに笑っている。何をやっているんだかと思いつつ、烈はふと屈み込んで雪玉を作る。
「烈兄貴ー。また今度雪が降ったらレースしようぜ」
 嬉しそうに雪に塗れながら豪は言った。
「お前が早起き出来ればな」
 どしゃりと豪の頭に白い物体が落とされ衝撃に「ぐえっ」と豪が呻いた。
 烈は出来上がった雪玉を豪の頭へと落とし、サクサクと音をさせながら新雪に足跡をつけ校門へと歩いて行く。
「待ってくれよ、烈兄貴ー!」
 豪は慌てて起き上がって烈の後を追う。
 真っ白な校庭に二人分の足跡を作りながら、また白いコースでレース出来たら「今度こそ負けるもんか!」と密かに互いに闘志を燃やしていた。 









閑話小話で書いた話ですね。
久方ぶりにレースシーンを書こうとして挫折。
でも元気な星馬兄弟が書けてちょっと満足。