「風のライオン 〜マリオネット〜」


 新システムのテストパイロットは見守る周囲の心配を他所に与えられた課題を難なくクリアしてゆく。そこにはじき出されたデータは新型システムの恩恵かパイロットの腕か。
「システム未搭載時、そして搭載直後のデータとの比較を」
 シュバルツは居並ぶオペレーター陣に指示を出す。オペレーターがコンソールを操作してモニターの一つにその結果を表示する。
「特に良くなったとは言えんか」
 その隣のモニターではゾイドが最後の課題をクリアしたところだった。
「全データ確認、テスト終了です」
 オペレーターの一人が事務的に告げる。
「分かった。フライハイト少佐には基地への帰還を通達。テストパイロットの違いだけで片が着く問題ではあるまい、話を聞かせてくれるように手配してくれ」
「了解いたしました」
 オペレーターが通信を開くと別のモニターにフライハイト少佐……バンの姿が映る。
『テスト終了だろ。これからそっちに戻る』
 特に疲れた様子も感慨もなくバンは端的に用件を述べた。その様子にあまりこのシステムにバンが感心をもっていない、どころか良い印象を受けなかったのだろうとシュバルツは苦笑した。
「ああ、戻ったら私の元へ来るように。システムの感想を聞かせてくれ」
 シュバルツはモニターのバンに向かって言うとバンは嫌そうな顔をした。
『今答えてやろうか?』
「後で聞かせてもらう。さっさと戻って来なさい」
 シュバルツはバンの提案を無視して子供に言い聞かせるように言った。
『了解』
 バンは渋々了解すると通信を切った。シュバルツは通信の切れたモニターから比較結果の出たモニターを見ながらどうしたものかと思案した。
 その結果内容は粗横這いと言って良いものだった。
 事の起こりはオーガノイドシステムの研究・開発チームから新しいシステムのテストパイロットして実際にオーガノイドと融合したゾイドを操縦しているバンに依頼があった。
 そしてこの結果だ。
「パイロットの腕、という問題ではあるまい」
 現にシステム未搭載時のデータは他のテストパイロットの出した結果を遥かに上回るものである。
「現時点でのこのゾイドの最高値は?」
 質問すると直ぐに現時点でのゾイドの最高値とパイロットの名前などが表示される。
「あまり嬉しい結果ではないな」
 シュバルツはその結果の比較をしながら言った。周囲の目がなければもっと感情を出していたかもしれない。
 現時点の最高値はバンが引き出したシステム搭載時の値と何ら変わりがなかった。
「フライハイト少佐帰還しました」
 シュバルツの思考を遮るオペレーターの声が届く。
「分かった。私は執務室へ戻る。フライハイト少佐には後ほど執務室へと来るように伝えてくれ」
「了解いたしました」
 シュバルツはそう言ってオペレーションルームを後にした。

 シュバルツは執務室へ行く廊下を歩きながらモニターに映ったバンの不機嫌な顔を思い出していた。
「あれはかなり怒っていたな」
 テスト、とは言えゾイドに乗る事に不満を持つバンではない。むしろそれを楽しむ傾向があるくらいだ。では何故不機嫌な顔になったのか? 
 余程何か気になる事があったのだろう、どうしたものかと思案しているとその問題の人物を見つけてしまった。
 バンは腕を組んで執務室の扉へ凭れかかり仏頂面で反対側の壁を睨んでいた。
「バン」
 シュバルツが声をかけるとバンはゆっくり振り向いた。
「シュバルツ遅い」
 バンは不機嫌そのままで言い返した。シュバルツはバンの不機嫌は予測済みと言う事もあってそこは苦笑するに留めた。
「随分と早かったのだな」
「アンタに呼ばれてるって言って皆に掴まる前にこっち来た」
 悪びれる事もなく言ってのけるバンにシュバルツはまたかと思う。バンはよく英雄扱いさるのを厭い雲隠れ、もしくはなかなか話しかけ難い人物の元へと退避する。
「私をだしに使ったのか」
「それもある」
 シュバルツはバンのその含んだ言い方に興味を引かれた。バンは退避先の対象としてシュバルツをかなり重要視している。しかしバンはそれだけではないという言い方をした。
「他には?」
「アンタを待たせちゃ悪いから」
「それだけか?」
「何を言わせたい?」
 元々不機嫌な上に更に不機嫌さが増すバンにシュバルツは悪戯心が湧く。そしてこれ以上、多少不機嫌が増えてもあまり変わりないだろうという結論に達した。
「早く会いたかった、くらい言ってくれても良いと思うが?」
 言った瞬間バンの瞳が大きく見開かれた。それは純粋に驚きを表していた。驚いたのはほんのひと時、その裏でバンはどう対処するべきか考える。ここで動揺を見せたらシュバルツが楽しむに決まっている、だからと言ってそんな言葉を易々と言うつもりはない。ならば。
「臆面もなくよくそんな台詞が言えるな」
 聞き流してしまえ、と。
「私にとっては本心なのでね」
 シュバルツはバンの反応に意を介さず、極悪なまでに秀麗な顔で微笑んだ。バンはシュバルツの笑みに自分の選択がシュバルツの予測範囲内であった事に気付き小さく呟いた。
「嘘つき」
 その呟きもシュバルツの耳にしっかりと届き、再度微笑んだシュバルツにバンは嫌な予感と小さな後悔を覚えた。

 シュバルツが扉を開くとバンは一緒に執務室へと入るがシュバルツを待っていた時と同じ様にそのまま扉へと凭れかかった。
 シュバルツは特に気にする訳でもなく執務机へと向かい先程のデータを表示させる。
 双方ともまるで先程のやり取りなどなかったもののように振舞っていた。
「今研究されているオーガノイドシステムは一度行った行動をトレースさせるものだ。搭載されているゾイドはレブラプターのみ。今回は同じ状況になった場合前回の情報を元に行動させると言うものだ。その行動の選択はビークのようなAIで行う」
 話を聞きながらバンは更に仏頂面になった。
「俺は行動をトレース出来なくてもビークの方がマシだと思うぜ。って言うかトーマがビークの事を人口オーガノイドって言ってるけど、確かにこのシステムに比べたらビークの方がオーガノイドに近い」
「なぜそう思う?」
「ビークの場合は計算や経験から得た最良の選択をトーマに示す事が基本だ。だから最終判断はトーマ自身が行ってる、それはトーマとビークがコミュニケーションを取ってると言って良い。でも今回のシステムはAIの方でゾイドを制御しようって事だろ。だってそれってハインツたちのやってた事と同じだ」
 バンはケルベロス事件を思い出す。パイロットなど要らないとゾイドの行動を機械で制御しようとした事、そしてゾイド自身がそれに反発した事。
「ジークの場合……多分シャドーも同じだと思うけどオーガノイド自身に自我あって、あいつら自身が考えてゾイドを動かす事も出来るけど俺たちともコミュニケーションを取ってる」
 シュバルツはその言葉を聞いて思案していた。
「つまり行動を覚えさせてAIで動かすのではなく、行動そのものはパイロットに任せた方が良いと?」
「そういう話じゃない」
 バンは少し苛立ちを覚えた。
「オーガノイドほど明確な自我がないから分かり辛いかもしれないけどゾイドにも意志があるって事。アンタもゾイドに乗ってんだから分かってるはずだ」
 シュバルツはバンの口調が強くなった事に不機嫌の理由がこの辺りにあるのだと思う。そしてあのテスト結果の理由も。
「バン、落ち着きなさい」
 その言葉をシュバルツは極めて優しく言う。そしてバンは優しさに触れる事で感情が落ち着くのを感じた。
 それでも気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐く。
「悪い……。あのシステムはゾイドの意志を無視して勝手に動こうとするからさ、俺自身があのシステムと反発して上手くアイツを動かしてやれなかったんだ」
 アイツ、というのはテストで乗ったゾイドの事だろう、どこまでもゾイドを友人のように扱うのだなとシュバルツに嫉妬心が湧いてくる。勝負になりはしないのにと自嘲するしかなかった。
「シュバルツ?」
 バンは苦い笑みを浮かべているシュバルツに気付き呼びかけてみる。
「何でもない。それで?」
 シュバルツは笑みを消してバンに続きを促した。何故こんな時にそんな笑みを浮かべているのか、問い詰めたいと思う、でもきっと答えてはくれないのだろうとバンは続きを話す事にした。
「何て言うのかな、ゾイドに乗ってるっていう感じがしないんだ」
「ゾイドに乗っていないと?」
 バンとしてもどう表現して良いのか分からないのだろう。シュバルツは言い換えることでバンの真意を引き出そうとした。
「いや、そうじゃない。ゾイドと一緒に動かしているっていう感じがしないんだ」
「バン?」
「AIの方で動こうとするから勝手に動かされているような感じがするんだ」
 バンは思い出しながら自分も納得できるように考えながら言葉を紡ぐ。
「しかし、AIに登録された動きはシステム搭載直後にお前が登録したお前の動きのはずだ」
 シュバルツは疑問点を投げかける。
「いつだって全く同じ状況ってのは有り得ない」
 バンの黒い瞳が真っ直ぐにシュバルツを見た。それは戦場なら尚更だとシュバルツに言っていた。
「シュミレーションの内容は同じでも着弾時の地形の崩れ方一つで大きく次の行動が変わってくるんだ。前の行動なんてアテにならない」
「そうだな」
 シュバルツもその意見には納得するものがあった。
「システムの見直しを検討せねばならんな」
 シュバルツは溜め息をついてその資料に目を通した。
「ビークの例もあるしな、AIそのものが悪いって言ってるんじゃない。ただゾイドの意志をもう少し聞いてやった方が良いって言ってるだけだ」
 バンはまた少し不機嫌になった。シュバルツはその様子を面白そうに見ていた。
「余程相性が悪かったと見えるな」
「相性以前の問題だぜ、あれは。アンタも乗ってみれば分かるよ」
 そこでシュバルツはふと思い出す。今までの最高値とシステム搭載時にバンが出した値が同じだったという事に。
「バン。お前はシステム搭載時は逆に動かし辛かったと言ったな?」
「ああ、そうだぜ」
 バンはそれがどうしたとシュバルツを見た。
「ではあのゾイドのポテンシャルはもっと上だと?」
「最初に乗った時は様子見程度にしか動かしてなかったけどな、システムさえなけりゃまだまだ行けるぜ」
 今度はシステムなしで乗ってみたいとその瞳は語る。逆にシュバルツは内心面白くないものを抱える事となった。
「結局のところさ、ゾイドは相棒、お互い協力し合って動かしてる訳だから意志の疎通は必要だって事。ゾイドの戦闘本能を読み取ってどういう風に動きたがっているのか、どういう風に動かせば良いのか考えて動かしてやればゾイドは答えてくれる。それだけの事だろ」
 バンはだからゾイドを動かした事がない人間が上手くゾイドに合うシステムを作れる訳がないのだと思う。ゾイドそのものは自然体でいて欲しいからそんなシステムなんて本当は歓迎したくないのだけれど、でもゾイドの意志がもっと明確に分かるようなシステムがあれば、もっと意思疎通が出来るのにとも思う。
 自分にはジークがいるから、ジークがライガーの意志を代弁してくれているからかなり意思疎通が出来ていると思う。それでももっとゾイドと分かり合いたいと思うからもどかしい。
「バン?」
 呼ばれてバンは自分が考えに耽っていた事に気付く。
「俺もまだまだゾイドの事について分かってないよな」
「お前だけではないさ」
 向けられた苦笑にシュバルツはお前に言われては誰も何も言えない、そう思った。そして笑みを返してやると少しは機嫌が良くなったのかバンは同じ様に笑い返した。
「とりあえず、もうあんな手の上で踊らされてるみたいなシステムはご免だね」
 バンはそう言って扉から離れた。その行動が報告はそれで終わりだと言っている。
 出て行こうとノブに手をかけたバンに名残惜しいものを感じて、そしてそんな素振りを見せないバンに面白くないものを感じて、シュバルツは悪戯心を働かせる。
「バン」
「何?」
 呼び止められて振り返ったバンが見たもの、それに嫌な予感がして、見なければ良かったと後悔した。
 時既に遅し。シュバルツは振り返ったバンにタイミングを見計らって微笑んだ、あの極悪と紙一重の笑みで。故に何処か含みのある笑みだとバンは思う。
 そんなバンの様子を楽しげに見ながらシュバルツは爆弾を投下する。
「私はお前を私の手で踊らせてみたいと思うよ。もちろん……ベッドの上でね」
「!」
 暫らくの硬直の後、バンは聞かなかった振りで部屋を出て勢い良く扉を閉めた。
 しかし部屋を出るとそのまま扉へと凭れかかった。顔を押さえると顔が火照っている事に気付かずにはいられない。
「シュバルツのバカヤロー……絶対に根に持ってやがったな……」
 その場に座り込みながらバンは小さく毒づいていた。
 そして毒づきながら、嘘つき呼ばわりを盛大に後悔していた。

 言った瞬間の呆然状態から立ち直ったバンは面白いほど真っ赤な顔をして、シュバルツはその反応に気を良くしていた。
「これくらいの意趣返しはさせてもらわないとね」
 改めて先程のデータを読み出すとやはり苦笑しか浮かばない。
 システム搭載時と現在の最高値が同じ、そしてその最高値を叩き出したのが自分なのである。
 何よりも、バンが様子見程度と言ったシステム未搭載時の値はその数値を僅かばかり上回っていたのである。
「これで本気を出したらどんな数値が出ていたものやら」
 やはり苦笑しか浮かばない。
 そして本日のバンの態度を思い出す。バンに甘い言葉は期待出来ないと分かってはいるものの。
「だからって嘘つき呼ばわりはね……」
 本心だったのだから……と心の中で呟いた。













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