
| 宴は果てて、王宮は眠りについている。 夜中の鐘はもう鳴り終えた。降誕祭の喧騒に明け暮れた今日という日は終わり、明日から、また過ごし慣れた日常が始まるのだ。 しかし、女神の降誕した日に振り撒かれるという魔法は、未だ解けてはいなかった。宮殿の奥深く、闇に沈むある一つの部屋では。 わずかに軋む音がして、扉が開いた。その向こうから現れたのは、長い髪を闇の色に紛らわせた影。扉を開けたその向こうに、求める人影があるのを確認してからそれを閉じた。 彼を待つ姿は、彼が入ってくるのを見届けてから、わずかに開いた窓を閉じた。降り積もる雪が全ての音を吸い取っているかのように、辺りは針の落ちる音もしない。彼は、首をかしげた。長い髪がさらりと揺れた。 セイリオスは、いささか怯えたようにシオンを見た。ここに来いと言ったのも、こうやって彼を待っていたのも、そもそもは、秘めた思いをシオンに最初にぶつけたのはセイリオスの方だったのだ。それでも、彼は怯えていた。まるで、シオンが姿を表したことを恐れるかのように。 「待たせた、な」 「…いや」 消え入りそうな声で、セイリオスは言った。一歩一歩歩み寄ってくるシオンから逃げでもするように、一歩後ろへ退いた。シオンはそれを見て、しかし、セイリオスが自分から逃げることを許しはしなかった。まさか、こんなことを躊躇いもせずにやってのける日が来ようとは。そんな自分に驚きながらも、シオンはセイリオスの方へ手を伸ばし、腕の中にセイリオスを包み込んだ。 「…セイル…」 腕の中で、セイリオスは一回大きく震えた。しかし、諦めたようにすぐその抵抗は弱まった。 「…夢を、見たんだ」 言い訳のようにセイリオスは言った。シオンの自分を抱く腕に触れ、それを指先でなぞり、剥き出しになっている肌の部分を優しく撫でた。 「……お前が……」 それでも、セイリオスは言い淀んだ。シオンを見上げ、視線が合うとそれをわずかに逸らし、彼らしくもなく、その紫の瞳を不安に揺らした。 「まさか、お前が」 シオンは笑った。部屋の静けさを邪魔しない、低い笑い声をあげた。 「俺も、知らなかったよ」 指を伸ばし、セイリオスの淡い色の髪を弄んだ。それを悪戯めいて軽く引くと、セイリオスが小さな悲鳴を上げた。 「…何で、分からなかったんだろう」 シオンは一人ごちた。 「どうして、今まで気づかなかったんだろうか」 それは、その思いを自覚した今となっては不思議ですらあった。今まで、こんなに長く、一緒にいたのに。彼のことで、知らないことはないと思っていたのに。もう、十年にもなる付き合いの中で、セイリオスが、そのように自分を見ていたこと。そして、自分が自分も知らない心の奥底で、そう思ってきたこと。 「…お前は、いつ?」 囁くように言うと、セイリオスは薄く笑った。 「…夢を、見たんだ」 そして、繰り返した。 「どんな?」 シオンが焦れて尋ねると、セイリオスはかっと頬を染めて、シオンに回した腕に力を込めた。そして、照れ隠しのように、シオンの唇を奪った。 「…こう、する夢」 「……」 重ねられた唇の向こうで、シオンは何度か目をしばたたかせた。 「目覚めたときは、驚いたよ。まさか、私自身、お前をそんなふうに見ていたとは。一度ならずとも、二度、三度、夢を見た。同じ夢だった。…潜在意識が、夢に表れるというだろう。否定しても、笑い飛ばしても、その度にお前が夢に表れた。そして、その度に…」 セイリオスは唇を噛んだ。 「昨日は、違った」 セイリオスの背中の向こうから、月が見えた。大きな窓を貫いて、月光が眩しくシオンを射た。薄く引かれただけのカーテンは、それを遮る役目を果たしはしない。 「それが、ただの気の迷いでも何でもなく、本当に自分がそれを望んでいるのだと、いやがおうにも気づかされた。…耐えられなかった。それから逃げようと、無理に夢から目覚めて、神殿に赴いた。こんな、穢れた妄想を抱く私が果たしてあの場所にいることを許されるのか、不安だった、しかし…」 消え入りそうな囁きは、いつもの彼ではなかった。このような姿を、文官たちが見れば腰を抜かしただろう。恋に溺れた男は、どこまでも愚かでどこまでも滑稽だ。しかし、シオンは、そんな彼を愛おしく見る以外のことは出来なかった。 「そこに、お前が現れた」 「……」 あの、真摯な祈りの中で、セイリオスは自分のことを思っていたのだ。あの、女神に嫉妬すら覚えた美しさは、己への思いから生まれたものだったのか。シオンは、体の奥底からわき出る歓喜に身を震わせた。 「女神のお導きか、そうでないのか、そんなことはもうどうでも良かった。お前がそこにいる、こんな、許されない思いに実を揺るがす私の元に…」 「もう、いい」 セイリオスの悲痛な告白は、シオンに彼への恋慕をますます沸き立たせた。セイリオスの一言一言が、仕草の一つ一つが、シオンに目覚めたばかりの思いを揺り動かす。ともすれば、わざとそうしているのではないかと危ぶむほどに。 「それは、お前だけじゃない」 「シオン」 まだ、シオンの告白を疑うように、セイリオスは言った。 「…それは、同情なのか?」 力なく、セイリオスは言った。 「私を憐れんで…?」 「セイル!」 シオンは、急に声を荒らげた。セイリオスはびくっと体を震わせる。 「俺が、同情や哀れみでこんなこと、すると思うのか?」 くちづけた。それは荒々しく、昼間執務室で交わしたそれとは比べ物にならないほどに激しかった。 「んっ……」 セイリオスが、シオンの腕の中でもがいた。 「迷うことなんて、ない」 重なり合った唇の奥で、シオンがそう言った。 「それが、自分の中での真実であれば、何も惑うことなんてないんだ。ただ、自分に正直であれば…」 視線の先に、セイリオスの耳があった。そこにきらめくピアスは、まるで不安に戦くセイリオスの涙のように見えた。 「……っ…」 セイリオスが、震えた。 「シ、オン……っ…」 舌を、ピアスと耳朶の間に差し込んでくすぐった。冷たい、金属の味が舌に広がる。耳を食み、強めに歯を立てるとセイリオスが小さく声を漏らした。 「…っ……」 セイリオスの手がシオンの腕にかかって、それから逃れるように強く引いた。しかし、シオンはそれに逆らった。セイリオスが、自分から逃げようとするような態度をちらと見せたことが、シオンを燃え上がらせた。淡い、残酷な気持ちが生まれ出た。 「お前が、誘ったんだぞ」 耳元に囁く声は、セイリオスを震え上がらせた。 「お前が、悪いんだ。…諦めろ」 「シオンっ!」 セイリオスが、まるで泣いているのかと錯覚するような声を上げた。薄く横目でその表情を盗み見ると、わななく唇の衝動を必死に抑え、セイリオスが瞳を震わせていた。 「…それとも、あれは、嘘か…?」 「違うっ…!」 いらえは早かった。セイリオスは必死に首を振り、その耳元にシオンの新たなくちづけを受けて震える。 「違う、嘘などでは…」 それは、分かっていた。シオンとて分かっていて聞いたのだ。彼は、そんな嘘をつくような人間ではないし、戯れでそのようなことを口にするものでもない。彼の唇から溢れる言葉は常に真実で、その誠実さこそが彼の美徳にほかならなかった。 ただ、セイリオスが異様なほどに怯えるのが、シオンを苛立たせた。 「好きとか、愛してるとか、それが、言葉だけで終わると思うほど、お前も子供じゃないよな…?」 シオンはゆっくりと言葉を綴った。 「…お前が、欲しいんだ」 「……っ…」 その、あられもない言葉がセイリオスを奮い立たせたようだった。首をひねってシオンを見、そして、その瞳に怯えを宿しながらじっと彼を見つめた。 「今日、ずっと考えてた。俺も、お前と同じだ。秘めた思いに気づくのが怖かった。だから、今までずっと逃げてきた。けれど…」 シオンの手が、伸びた。セイリオスの襟元を飾る布を引き抜き、その奥に現れた肌に指を這わせる。 「あ……っ…」 セイリオスの体を抱きしめて、さらに奥へ手を押し進める。胸の奥に、指先に小さく感じ取れる突起があった。それを指先で押しつぶす。 「…は、ぁ……」 それは、大した愛撫でもなかったはずだ。指先で、わずかに転がすだけ。しかし、セイリオスは大げさなほどにそれに反応する。咽喉をのけ反らせ、シオンの腕の中でもがいた。 「う、ぁっ…」 もう一つの手で衣装を剥ぎ取った。重いローブが床に落ち、足下に波を作る。その下に、もう一枚まとった白い衣服の隙間に手を差し込み、引きちぎるように前をはだけた。体を離し、その肌の白さを食い入るように見る。 セイリオスは、その頬を紅潮させ、シオンを見上げた。それが、羞恥のためなのか、興奮のためなのかは見ただけでは分からない。シオンの視線を避けるように、セイリオスは自らくちづけてきた。その体を抱いて、重なった唇を深くする。舌を差し入れ、歯列を割り、吸い上げると、セイリオスが舌を絡めてきた。 「ふっ、ん、っ……」 体液を交換し、互いの口膣を余すところなく舐め上げ、濡れた音を響かせて、それ自体が単独で生きている生き物であるかのように二人の舌が絡んだ。その結合が、二人の間に新たに生まれた関係を形作るかのように。 「あ、ぁっ……」 結局、セイリオスがシオンに見せたほんのわずかな躊躇いが二人の関係を位置づけた。シオンは、半分だけ衣装をまとったセイリオスの体を押し、セイリオスがそれに反応する前に、その体を寝台に押し倒した。 セイリオスが、戸惑った表情を見せる隙も与えなかった。一瞬離した唇を再び押し付け、衣装の胸をはだけ剥き出しの胸を外気にさらけ出させた。 「や……っ…!」 セイリオスが逆らった。しかし、その抵抗を体で押さえつけ、衣装をすっかりはだけてしまう。眼下に広がる、白い肌。 「………」 言葉を失って、シオンはそれを見た。その光景を、彼は確かに夢想したのだ。夢に、幻に、何度も見たのだ。しかし、彼の理性はそれを現実のものとすることをよしとしなかった。それは、セイリオスとの関係を壊すことを恐れたからか、処女雪を踏み荒らす侵入者の罪をかぶることを恐れたからか。 しかし、それは、今目の前にあった。 「シ、オン…」 それを現実のものとして自覚しながらも表に出すことを恐れた彼と、意識下に押し隠しながらも熱い、滾る思いをぶつけることを厭わなかった彼の、絶対的な位置関係が、そこにあった。 それを、セイリオスも悟ったようだった。諦めたように小さく息をつき、裸の体を隠そうとはしなかった。手を伸ばし、セイリオスを上から見下ろすシオンの襟元に指をかけた。 「…女神の、魔法だ」 そして、小さく呟いた。セイリオスの指が、自分の肌を晒していくのを、シオンはただ見つめていた。 「……んっ……」 シオンの唇が、セイリオスの首筋に落ちる。吸い上げるとびくりと跳ねた。赤い跡を残し、それをさらに増やすために、シオンの唇はセイリオスの肌をくまなく這った。 「は、ぁぁ……っ…」 セイリオスの体がその度ごとに跳ねる。その体の中心で、熱く息づくものの存在に、シオンは気づいていた。それは、彼とて同じだった。意図してそれに指を伸ばす前から、不可抗力で互いのそれが触れ合い、その熱さに震えた。地獄の業火に焼かれた罪の温度だった。 その背徳に、今向き合っている。 「ぁ、ぁっ…ん…」 隠してきた激情の丈をぶつけるように、シオンはセイリオスの肌を全て征服せんとばかりに唇を、指を這わせて愛撫を醸した。手のひらの下でうごめくセイリオスの体は夜目にも鮮やかで、その意外なほどの艶めかしさがシオンに何度も感嘆の吐息を吐かせた。今まで、それから目をつぶってきたことに、後悔すらおぼえる。 「や、っ……」 脇腹に舌を這わせると、セイリオスの片膝がぴくりと跳ねて、身を捩るのが分かった。舌先でくすぐり、舐め上げると、その動きはさらに強くなった。切れ間なく上げられる声は明らかに、そこに彼の性感の塊があることを示しており、シオンは、何度も、他の場所よりも濃厚に、入念に愛撫を繰り返した。 「あ、ぁぁっ……」 そのような痴態を見せることに、やはり抵抗はあるらしい。唇を噛みしめ、声が漏れないように目を固く瞑って肩を強張らせている。それにそっと触れると、その緊張の度合いが伝わってきた。 「セイル……」 囁く名前は、その緊張を強めるものでしかないようだった。 「力を抜け…、そんなに、固くなるな」 「は、ぁ、ぁっ……」 シオンの声が聞こえたのかどうか、体の下に敷かれた上掛けに大きな皺を作ってセイリオスは喘ぐ。シオンは、手を伸して体をずらし、セイリオスの耳元に顔を寄せた。 「…ここ、感じる…?」 「や、ぁぁっ…!」 先ほど見つけたセイリオスの性感に執拗に触れながら、囁きを繰り返した。その度に漏れる嬌声が、シオンを気が狂ってしまいそうなほどに悦ばせた。 「気持ちいい…?」 「う、ぁ……っ…」 その声がセイリオスをさらに興奮させ、その感情の高ぶりの度合いがシオンを善がらせる。互いの行動に、どうしようも高ぶっていく。 「はぁ……っ、シ、オン……」 セイリオスは薄く瞳を開き、シオンの頬を両手で挟んでその唇にくちづけた。そうすることで、やり場のない激情を逃がすかのように。 「ん、んっ…」 二人の下肢が、同じように跳ねた。 「やぁ……っ…」 触れ合った唇から、二人の声が漏れた。二人の体の中心、そこで今にも爆発しそうなほどに滾った自身が触れあった。シオンが、それに手を伸す。二人のそれを絡ませるように触れ合わせると、セイリオスがシオンの肩に指を食い込ませた。 「は、ぁ、ぁぁっ…」 シオンの指にセイリオスのそれが添えられた。二人の半身と、二人の指が絡み合う。それは、自慰とも愛撫ともとれる奇妙な快楽で、唇を深く重ね、指を編みあい、そして下肢に滾るそれを絡ませて、二人の嬌声は闇に包まれた広い部屋に呻きのように広がった。 「あぁ、ぁぁっ…」 せり上がる快楽に、シオンが一際力を込めた。セイリオス自身を手のひら全てで包み込むように撫で上げ、擦り上げるとシオンの口膣を犯すセイルの舌が激しさを増した。先端を指でなぞり、その形を確かめるように何度も扱くと、シオンを愛撫するセイリオスの手が、一瞬力を失った。 セイリオスの唇が凍りついたようにその動きを止め、そして、次の瞬間体の奥に染み込むような切ない喘ぎがほとばしった。 「あ……ぁぁっ…っ…」 シオンの手は、どろりとした粘質の液体につつみこまれ、セイリオスは指先までを小刻みに震わせて、その体を弛緩させた。 「あ、シオン……」 緩やかに瞳を開き、詫びるように声を上げた。シオンは優しく微笑む。その紅潮する頬が、明らかに絶頂の満足感に染まり、潤んだ瞳が自分を見上げているのが、シオンを満足させた。 「…いやらしい、顔」 ささいてみると、セイリオスの表情が強張った。 「お前、そんな顔も出来るんだな。お前がいったところなんて、想像もしなかった」 「……お前…」 抗議を申し立てる唇を、わざと、セイリオスの精で濡れた指で押さえた。それが何なのか知らないわけのないセイリオスが、首を引っ込めた。 「でも、俺のも、見たいと思わないか…?」 首をかしげて、媚態を込めてそう言うと、セイリオスは小さく首を縦に振った。そしてシオンの手を押しやって、シオンを膝で立たせた。その、足の間に顔をうずめるのを見て、シオンはいささか慌ててしまう。 「…お前…っ」 まさか、彼がそのようなことを考えつくとは思わなかった。シオンの膝に手をかけて、もう一つの手はシオン自身に絡め、恐らく先ほど絡み合ったまま達したせいで、シオンのそれをも濡らしたであろう彼の精も、先端から滲み出す液体も、全てを舐めとろうというような執拗な舌の動きだった。 「んっ……」 シオンが声を漏らすと、セイリオスはそれに力を得たように舌を大きく突き出して、根元から先端までを舐め上げた。その口膣に吸い込まれて、先ほど自分の舌が彼のそれと絡み合っていたとき感じたのと同じ刺激が腰を貫いた。 「は、っ……」 上半身を持ち上げたシオンの下肢に顔をうずめているせいで、セイリオスの体はほとんど寝台に水平に投げ出されている。体を支えるのは、低く立てた膝。そして、シオンの手が届く場所に、セイリオスの下肢があった。 「…あ…?」 シオンを含んだセイリオスの口が、そう言った。 「あ、何…、やめ…っ…」 シオンは、手を伸して指を立て、それを、先ほど愛撫を施したセイリオス自身よりさらに奥にある、きっと、誰も触れたことのない秘所に伸ばした。 「や…シオンっ…!」 そうするものなのだと、セイリオスが知っていたのかどうか、シオンには分からなかった。ただ、そっと差し入れてみた指が彼の驚きとともに収縮したそこに飲み込まれ、中で蠢かせるとセイリオスが未知の快楽に顔をあげた。 「…続けて、くれよ」 そんなセイリオスの反応に、シオンはいささか性悪な言葉を吐いた。 「口で、いかせてくれるんじゃなかったのか…?」 「そんな、そんなところ…」 セイリオスがシオンを解放し、顔をあげるとその動きに合わせるように、シオンが差し入れた指をさらに奥まで進めた。セイリオスが、引きつった声をあげる。 「や、ぁ……」 セイリオスを、開いた腕で抱き上げて、そしてそのまま後ろに押した。セイリオスが小さく声を上げて背中から寝台に倒れ込む。シオンはその両足を押し開き、犯し始めたセイリオスの岩戸を無理矢理のようにこじ開けた。 「やめ、そ、こは……!」 セイリオスはもがく。しかし、その抵抗が形をなす前にシオンの指は最奥に達し、何度もそこをつつくと、セイリオスの反応が変わった。 「そ、んな……っ……」 明らかに、新たな情欲を示している。それは、セイリオスの足の間で再びその先端に透明な液を滲み出させ始めた彼自身が示していた。 「ここ、感じるだろう…?」 「あ、やっ、や……」 言葉にならない抵抗は、驚きのためか羞恥のためか、それとも快楽のためか。シオンはセイリオスの精がまだ残る手を彼の体の入口に添えると、それを塗りこめた。 「は……」 その冷たさも、彼を覚醒させるらしい。 「や、いや、だ……シオンっ…!」 シオンは、ただ残酷な笑みを浮かべただけだった。 「全部、お前が悪い」 「何を……っ…」 腰を捩らせて声を嗄らすセイリオスの中に、シオンの指がもう一本押し込まれた。セイリオスの咽喉がのけ反って、助けを求めるようにシオンの肩に爪を立てた。 「ああ、ぁぁっ……」 爪先が引きつり、まるで瘧でも患ったかのように小刻みに震えている。シオンは何度も飲み込ませた指を行き来させ、締めつける力が弛緩するのを待った。 「は、ぁ、ぁぁっ…」 シオンは、息をついた。自身はもう限界まで張りつめていて、今すぐにでもセイリオスの中に沈みたいのに。しかし、まるで拷問でも受けているかのようなセイリオスの表情が彼を最後の衝動から引き止めた。二本の指がうごめくだけでもこれだけの反応を示すセイリオスが、彼自身を受け入れればどうなるのか。それは、シオンの中に眠る破壊の願望と、彼を労る慈愛の衝動の両方を突き動かし、シオンは眩暈さえ覚えながら、指だけでセイリオスを嘖み続けた。 「……ぁぁ……っ…」 言葉を忘れてしまったかのように、セイリオスはただただ獣じみた声だけを漏らす。身を捩り、シオンの指から逃げようと力ない抵抗だけを示して見せながら背を反り返らせる。 「ああ、シオン、シオン…っ…!」 セイリオスが、うわごとのように己の名を呼んだ。シオンが、そっとその汗ばんだ頬に自分のそれを押し付けると、その一瞬だけ覚醒したかのように、紫の目を見開いた。 「…私が、欲しいか?」 口説くようにささやかれた言葉。シオンは驚いた表情を隠さなかった。 「……それならば、いい」 諦めたように、セイリオスはつぶやいた。 「お前が、そう思ってくれるなら。…私は、どうなってもいい」 「…セイル……」 意外な言葉にシオンが息を飲むと、シオンは再びその双眸を瞼の奥に隠し、シオンの首に腕を回し、ぎゅっとそれを抱き寄せた。 「……私も、お前が…欲しい……」 「……セイル…っ…」 それ以上の余裕は、もうなかった。シオンはセイリオスを嘖み続けた指を引き抜くと己をセイリオスの秘所に当てた。セイリオスがびくっと体を震わせる、その緊張が痛いほど分かっていながら、しかし、セイリオスの言葉が許したシオンの欲望は、もう止まらなかった。 「……ぁ………」 セイリオスの中は、火傷しそうなほどの熱に覆われていて、シオンは締めつけよりも先にその熱さに眉を顰めた。 「は、ぁぁ、ぁっ……」 ゆるゆると、それでも根元までを収めると、セイリオスが歯を食いしばるのが見えた。割り裂かれる苦痛よりも最奥を刺激する快楽を味合わせたくて、腰を動かすと、セイリオスが咽喉の裂けたような声を漏らした。 「あぁぁ……っ……」 「セイル、セイル…っ……」 耳元で名を囁いた。その声が、幾許かの安堵を与えたらしかった。 「ぁ……っ…」 その声が、新たな情欲に染まり始める。 「あ、ぁぁっ……んっ……」 空に伸ばされた手を、しっかりと掴んだ。悶えるような締めつけがシオンを襲って、それに突き動かされるようにシオンは彼を突き上げる。 「うぁ、ぁ、ぁぁっ…」 締めつけがさらに強くなって、下腹部に蠢くセイリオス自身が悲鳴を上げはじめる。それは、シオンも同じだった。 「セイル……」 欲望に濡れた声で、そう囁く。セイリオスが、潤みきった瞳を向けてきた。そして引きつったように声を上げる。 「愛してる」 それは、最後の鍵だった。セイリオスはシオンの肩に食い込ませた指に力を込めて、貫くような悲鳴を上げると再び、己自身を解き放つ。そして、シオンもそれに合わせるかのようにセイリオスの体の中に吐精を放った。 「あ、いしてる、シオン……」 体の中と、外と、全てを欲望に塗れながら、セイリオスは薄く掠れた声を上げた。 「シオン、愛してる………」 まるで、すがりつくように彼の体に抱きつきながら、荒い息の元でセイリオスはそう言った。 「愛してる、あいし……」 セイリオスの声は、シオンのくちづけにふさがれた。それでもなお、セイリオスの呟きはシオンの唇の中に吐き出され、溶けて、消えていった。 「セイル」 シオンは、乱れ縺れた髪をかき上げて、吐精の後としては出来うるかぎり落ち着いた、柔らかい声を出した。 「お前が、お前だけが、欲しい」 セイリオスは薄く微笑んだ。 「こうやって、お前を壊してしまうのが怖かったんだな。けれど、お前は、俺がそうするのを許してくれた。だから…」 抱き寄せられて、くちづけられて。火照ったお互いの体を再び弄びながら、二人は時が惜しいとでも言うように、さらに深くくちづけた。 「だから、もう、お前しか見ない」 「シオン……」 もう、幾度目になるのか、甘い声で名を呼びながら、二人が再びたどり着くのは、幸福という名の、深い泉。 果たして、二人を突き動かしたものが女神の魔法だったのか。真実を知るものは、誰もいない。 |