夢のような、愛のような…



  セイリオス・アル・サークリッドは深い溜息を吐いた。
 窓の外は、雪。
 目の前には、まだ裁可をくだしていない書類の山。
 まだ立太子もしていないのに、最近とみに病がちになった父王の負担を少しでも軽くする為、半年ほど前から政務に参加するようになったのはいいが、日増しに彼にかかる負担の比重が重くなってきている。
 去年の今頃はまだただの王族の1人として扱われていたので、勝手気侭とは言えないまでも、それなりに楽しい日々を過ごすことができた。
 なのに、今は書類の山に囲まれて、外に出ることもままならない状況だ。
 予め覚悟はしていたこと…と割り切っていたつもりなのに、心のどこかでこんな重圧を受け入れきれていない自分がいることをセイリオスはよく知っている。
 まだ15歳。
 成人さえしていないのだ。
 世間でみれば、まだまだ子供として扱われてもおかしくないのに。
 王族として生まれついた自分の身を少しだけ疎ましく思うのはこんな時だ。
 我が侭を通して『客員研究員』という、実際にはない立場を新たに作らせてまで王立研究院に入ったのは、いずれ訪れるであろう重圧ばかりの生活への反発と逃避だった。
 結局は最後まで在籍することは叶わず、1年と少しだけの期間だけで学生生活には終止符が打たれた。
 今は、正に籠の鳥のような生活を余儀なくされている。
 一度、広い世界を知ってしまっただけに、籠の狭さが身に沁みる…と考えかけて、すぐにセイリオスは目の前の現実に意識を戻すように気力を振り絞った。
 もう、遊んでいられるだけの時間はない。
 年末も押し迫ってきており、年度末の総決算期なのだ。
 なんでこんなものまでーというような物までセイリオスの元に送られてくるが、それをなんとかこなしてしまうので、どんどん仕事は増えるばかりで、終わりがないようにさえ思える。



 しばらく目の前の書類に没頭していたら、ドアをノックされてセイリオスは意識を現実の世界に引き戻された。
「セイリオス王子殿下、お茶をお持ちいたしました…」
 ドアの外からは、聞き覚えのある若い女官の声がする。
 窓の外を見ると、かなり雪が積もっており、相当の時間が過ぎていたらしい。
 体にも疲労が蓄積しているのを感じて、セイリオスは息をついた。
 一休みするには、充分いい頃合いだ。
「ありがとう。持ってきていいよ」
 入室を許可し、セイリオスは執務用の机から離れる。
 来客用とは銘打ってあるが、実は自分の気分転換用に入れさせたソファに深々と腰掛けた。
「失礼致します」
 室内に入ってきた女官は、完璧な作法で茶器が載ったワゴンを静々と押して来る。
 作法は完璧だし、全て礼儀に適った彼女ではあったが、見ていてセイリオスはなんだか違和感を覚えた。
 身分が低い女官達はお仕着せのメイド服を着ているが、王族に直接相対する女官は自分で衣服を用意することになってい
る。
 大概、低級・中級貴族の令嬢や奥方が行儀見習いと称して参内することが専らだからだ。
 だから、中にはなにを勘違いするのか華美に着飾って、身分の高い男性を落とそうーという意志が感じられる女官もいるにはいる。
 しかし、今目の前にいる女官はセイリオスが知る限り、そんな浮かれた女官とは違い、質素な身形に薄い化粧を施して、却って清楚な魅力を持っているはずの女性で。
 それなのに、桃色のドレスはセイリオスから見ても襟ぐりが開き過ぎているような感じだし、化粧もけばいーまではいかないまでも、相当の力作だと知れる。
 なによりセイリオスの愁眉を招いたのは、全身から立ち上る、濃い香水の香りだった。
 それでなくても神経質な所があるセイリオスには耐え難い攻撃。
 それでも、セイリオスは耐えた。
 他の者は気が回らない、セイリオスに一休みをする時間を作るーということを思いついてくれただけで、大目に見る価値は充分にある。
 しかし、一応、一言意見することにした。
 やはり、飲食物を扱うには相応しいとは思えないからだ。
 普段の彼女を知っているだけに、セイリオスは残念な気がしてならない。
「今日は、なんだかいつもと違うようだね?」
 婉曲的に言ったのだが、彼女には通じなかったらしい。
「そ、そうですか?!」
 いつもより綺麗だと言われたと勘違いしたのだ。
「もうじき、降誕祭ですから!」
 あまりにも明るい表情で言われてしまったので、セイリオスは二の句が継げなくなってしまう。
 この辺りは、まだ15歳の青年らしく甘い。
「降誕祭だとなにかあるのかい?」
 気を取り直して訊く。
 いくら降誕祭でも、今の格好はやり過ぎだと続けようとして、またセイリオスは言葉が出なくなった。
 女官が恥ずかしそうに俯き、言いにくそうにこう言ったからだ。
「降誕祭までに意中の殿方と恋人になり、降誕祭の夜に恋を成就させられたら、その恋人同士はずっと幸せでいられるのですわ」
 はじめ、まだまだお子様なセイリオスには意味がわからなかったが、彼女が赤くなってることと、なにより『夜』という単語で意味を理解した。
「そ、それは…」
 さすがに赤くなるーというような醜態は晒さずにすんだが、声にははっきりと狼狽がにじみ出る。
「あ、も、申し訳ございません!!私ったら、なんてはしたない…」
 消え入りたい!というような風情で女官が言うのを聞いて、セイリオスはほんの少しだけ好奇心が疼いた。
 悪趣味だとはわかっていたが、彼女ほど純真な女性が捨て身な行動に出るほど恋焦がれる相手がどうしても知りたくなってしまったのだ。
「いや、それはいいんだけれど…。君には好きな人がいるんだね?」
 決してからかう気持ちではなく、できるならば、手を貸してやりたいーという思いも手伝って、セイリオスは確かめるように訊く。
 その思いは相手にも伝わったらしく、コクリと女官は頷き、オズオズと男の名前を告げた。
「シオン・カイナスさまです…」
 その名を聞いた途端、セイリオスは衝撃を受けた。
 女官はセイリオスの様子に気づかずに続ける。
「シオンさまはとってもおもてになる方で、私など、目をかけていただくことすら叶わないのです。現に、ここのところ、今年はどの女性が同じ褥に入る光栄に浴せるかーといった噂が飛び交って…」
 一回恥ずかしい発言をしてしまったので口が滑ったのか、女官はスラスラと聞いていないことまで話し出す。
「あの方にだけは、降誕祭の魔法も効かないのだそうです。昨年、降誕祭に想いを遂げた女性は、その後別の殿方に嫁いだーと専らの噂ですもの…」
 知らなかった事実を次々に暴露されて、セイリオスは蒼白になった。
 シオン・カイナス。
 弱冠18歳にして、天才魔道士の名を欲しい侭にしている、セイリオスの幼馴染にして、無二の親友。
 もてているのはなんとなく知っていたが、彼がそこまで乱れた倫理観の持ち主だとは思わなかった。
 昨年の降誕祭の夜だって、王家主催のパーティーをうまく抜け出し、2人で街まで繰り出したのだ。
 無論、深夜になる前に王宮に戻りはしたが、まさかその後で女性とーなんて、考えもしなかった。
 別に、裏切られた訳ではない。
 でも、心のどこかで割り切れなさを感じる。
(シオンは、どうして…)
深い思索の中に入ろうとしたセイリオスをまた現実に引き戻したのは、女官の心細そうな声だった。
「殿下、お気を悪くなさったのですか?」
「あ、い、いや…」
 よほどひどい顔色になっていたのか、女官は心配そうにセイリオスの顔を覗き込んでいる。
「シオンさまをお呼びいたしましょうか?」
 どこか嬉しそうに女官が言う。
「シオンを?!」
 何故、今、シオンなのかが一瞬セイリオスには理解できない。
「シオンさまは殿下の体調が優れないときにはすぐ呼ぶようにーとおっしゃられておいでですが…」
 まだ立太子さえしていないセイリオスの立場は不安定で、よほどでもない限り、下手に医者を呼ばないほうがいいのだ。
 治療にかこつけて、なにをされるかわからないからだ。
「必要ない!」
 自分でも、思っていた以上の大声でセイリオスは女官の申し出を拒絶した。
 女官の脅えきった表情を見て、慌てて言い直す。
「今の時期はシオンも多忙なはずだから、些細なことで手間をかけたくないんだよ」
 セイリオスはにっこりと笑ってそう言った。
「まぁ…」
 シオンに堂々と会いに行ける口実は奪われたが、元々気立てがいい女官はすぐに気を取り直す。
 セイリオスの友人を思う発言に心打たれたのだ。
「わかりましたわ!でも、もしご気分が優れないようでしたら、すぐにおっしゃってくださいませね!」
「ありがとう」
 セイリオスは顔が強張っているのを実感しながらも、無理に笑顔を作って女官を部屋から出て行かせた。



 シオン・カイナスは本気で頭に来ていた。
 理由は単純明解。
 彼の大切な王子さまが、ここ2、3日会って下さらないのだ。
 用件があればきちんと聞いてくれるが、それ以外の個人的な謁見には一切応じてくれない。
 ついついからかう癖があるが、最近は精神的に余裕のないセイリオスのことを心配して、出来る限り彼の神経に障るようなことは言わないようにしていた。
 だから、怒らせた覚えはここ最近ないのだ。
 それなのに、明らかに避けられている。
 昨日など、オーバーワーク気味なのを心配して、気分をリラックスさせる効用のあるハーブティーを差し入れようとしたのに、執務室の中に入ることさえ許してもらえなかった。
 ドアの外からも伺えた疲労感に満ちた声に、よっぽどドアを蹴破って中に入ってやろうかと思った。
 しかし、セイリオスの勝ち気な面をも尊重したいと思っているシオンは、その時は堪えたのだ。
 1日経って思うことは、あの時ドアを蹴破ってやれば良かった!ということのみ。
(ちくしょー!!なんだってんだ、セイルの奴!!)
 よりにもよって、現国王を除いて、政治的な意味では唯一の味方であるシオンを拒否しては、セイリオスの精神的なバランスが保たれる訳がない。
 鋼のように強い精神を持ったセイリオスは、またそれに逆らうかのように、脆い一面を持っている。
 それを知り尽くし、上手く気分転換をさせてやれるのは自分だけだということをシオンは良く知っているのだ。
 かれこれ3日はまともに顔を見ていない。
 どちらかが旅にでも出てない限り、こんなことは出会ってから初めてだ。
最近のシオンが見ているセイリオスは、政治用に作った、冷たい能面のような笑顔だけ…。
それでも、セイリオスの状態がいいならば、シオンとしても黙って見守るーというスタンスを取ることもできる。
しかし、それとなく女官達にセイリオスの様子を聞くと、皆一様に俯くのだ。
今日こそは!!の決意でシオンはセイリオスの執務室のドアの目に立った。



 「セイリオス、入るぜ!!」
色々口実を考えると、一々揚げ足を取るようにして入室を拒まれるので、今日は問答無用でシオンは室内に押し入る。
「シオン…」
室内に入ってシオンが見たセイリオスの様子は、シオンが想像していたよりも、更にひどいものだった。
「セイル…」
入って来た時の気負いを忘れて、シオンは真っ先にセイリオスの元に駆け寄る。
「なんて顔色してんだよ!!」
ほんの数日まともに会わなかっただけで、セイリオスの様子はまるで病人のように痛々しい有様になっていた。
「傍に来るな!」
それなのに、あと1歩でセイリオスにシオンが触れる距離に到達した時、セイリオスは鋭い拒絶の声をあげる。
「セイル?!」
「シオン、私に触れないでくれ!」
 きっぱりとセイリオスは言い切った。
「急にどうしたんだ、セイル。おまえさんらしくもない」
「シオン、今夜は降誕祭だったな」
いきなりの話題の転換についていけないながらも、シオンは頷いた。
「ああ」
「今夜は、どこのご令嬢とごいっしょするんだ?」
シオンは瞬時にセイリオスが何故突然に自分を避けるようになったのかを理解する。
チッと小さく舌打ちする、
まだ18歳のシオンは自分の欲望を持て余す年頃だ。
シオンの欲望は常に目の前にいる王子さまに向けられていたが、まさか押し倒す訳にもいかず、他に捌け口を求めることでなんとかバランスを保っているのだ。
潔癖なセイリオスがその事実を知ったら、さぞかしーと思って知られないように細心の注意を払ってきたが、ここのところの宮中の浮かれた空気の中で、誰か女官あたりからでも漏れ聞いたのだろう。
想像以上のセイリオスの潔癖ぶりに、シオンは溜息も出ない。
「そんなことを聞いてどうするつもりなんだ?」
仮にも、自分が仕えている相手に言うべき言葉ではないが、今のシオンにはそんな言葉しか出てこないのだ。
知られたことへのショックは無論ある。
しかし、それを表に出すほど青くはない。
「シオン…」
 セイリオスの顔には明らかに落胆の色が伺える。
 もっと、誠意のある返事を想像していたに違いない。
「セイル、個人的なことには、口を挟まないでくれ」
 なのに、突き放すようなことしか言ってやれないのだ。
「シオン、私達は、親友だろう?!なのに、そんな!!」
 シオンのことを先に拒否したのは自分なのに、セイリオスはまるで見捨てられた子供のような表情でシオンを見上げる。
 その顔に、シオンは今まで抑えていたものがぶち切れるのを感じた。
「親友なんかじゃねーよ!」
 吐き捨てるように言う。
 セイリオスは心の底から傷ついた顔をする。
「初めて会った時から、俺はセイリオス・アル・サークリッドをこうしたいと思っていたんだよ!!」
 激情のままにシオンはセイリオスのしなやかな体を腕の中に抱き込み、唇を奪った。
「ッ…!!」
 セイリオスはいきなりのことに、抵抗することすら出来ずにシオンの口付けを受ける。
「ん、んん…」
 シオンはセイリオスの薄い唇を乱暴に割り開き、舌を差し入れた。
 惑うセイリオスの舌を絡めとり、存分に口中を侵す。
 完全にセイリオスが全身の力を抜いたところで、シオンは彼を解放した。
「こんな欲望を、おまえに抱いていることを、おまえにだけは悟られたくなかったんだ。だから、他の女を何人も抱いた」
 そっと、宝物を扱うように、セイリオスを執務用の椅子に腰掛けさせる。
「驚いたろ?身近にこんな獣を飼ってたんだぜ」
 自嘲気味に笑って、シオンは踵を返そうとした。
 自分の欲望を知られてしまった以上、セイリオスの元に留まることはできないーと悲痛な決心を固めて。
「シオンッ!」
 セイリオスは咄嗟に止めようと立ち上がり、先ほどの口付けで下半身に力が入らなくなっていた為に前のめりに転びそうになった。
シオンが慌てて支える。
 セイリオスはシオンの胸元にしっかりと抱きついた。
「セイル、駄目だ」
「シオン?」
「俺はおまえが欲しいんだ。さっきのでわかっただろう?精神的におまえを支えられたらいいと、ずっと自分を誤魔化してきた。でも、もう自分に嘘はつけない。このままおまえの傍にい続けたら、俺はおまえを汚してしまう!」
 シオンはセイリオスのまだ大人になりきれていない細い肩にそっと触れ、しがみつくような格好になっている彼の体を自分の胸元から離そうとする。
「俺は、セイル以外はいらないんだ。いくらおまえに軽蔑されたとしても、他の女は遊びとしてしか扱えない」
「シオン…」
 シオンの告白にセイリオスは胸を打たれた。
 そして、数日来の心を塞いでいた重りが嘘のようになくなったのである。
 奥手ではあるが、けっして愚かではないセイリオスには、それがどうしてなのか、もうわかっていた。
 まごうことない、その名は嫉妬という、忌むべき精神。
 でも、ここまで自分に真実を明かしてくれたシオンに対し、セイリオスにできるのは、セイリオスの真実を話すことで。
「昨年の降誕祭は、楽しかったな…」
 セイリオスは口を開いた。
 今日のセイリオスの言葉には一貫性がなくて、シオンにも彼の心の動きを追うことは難しいが、シオンは賢明にも頷いた。
「ああ。パーティを抜け出して、街に繰り出したんだったな」
 シオンにとっても、大切な思い出である。
「私は、シオンが連れて行ってくれた所を見るだけで満足だった。そして。それはおまえもそうなんだと思い込んでいたんだよ。なのに、あの後、シオンは女性と一夜を共にしたんだな」
 決して責める口調ではなかったが、シオンの胸には重く響いた。
「1年も経ってからそれを知った私の気持がどんなものだったか、想像がつくか?」
 大切な思い出だっただけに、一方的に汚されたようでひどく傷ついたのだーとセイリオスは続ける。
「でも、その時に私が感じたのは怒りだけではなかったんだ。私は、嫉妬していたんだ」
 シオンはハッとセイリオスに顔を見た。
 そこには、真摯で、偽りのない美しいセイリオスの顔がある。
「ずっと、シオンは私だけのものだと思っていた。そんなはずはないのに…」
「セイリオス!俺はッ!」
 シオンが言いかけるのをセイリオスは右手をそっとシオンの唇に触れさせることで遮った。
「ここ数日、本当に胸が妬けるような想いを味わったよ。その理由がわからなくって、イライラして…。シオンのせいだと思い込むことで、なんとかやり過ごしてきたんだ」
 シオンは黙ってセイリオスの言葉に耳を傾ける。
 もしかしたら、とんでもなく自分に都合のいいことを聞いているのではないかーと思いながら。
「答なんて、簡単に出るのに、私は何故、そんなに辛い想いをしなくてはいけないのか、深く考え様とはしなかった。私は、シオンが抱いたであろう女性達に、嫉妬していたんだ」
 誠実な人柄はこんなところにも出るのか。セイリオスは一切の抗弁をせず、ただ自分にとっての事実だけを述べた。
「なぜ嫉妬したか…なんて、いくら私にでも、わかる。私は、シオン・カイナスを…」
 今度は、シオンがセイリオスの言葉を口付けで遮る。
 痛々しくって、どうしても最後まで聞いていることができなかったのだ。
 セイリオスがそれだけの言葉を言うのに、どれだけの決心と覚悟を必要としたかは、彼のことをよく知るシオンならばよくわかる。
「んん…」
 腕の中で、自分の口付けにぎこちなくも応えようとしてくれる想い人の体をシオンは大切に抱きしめた。



 王家主催の降誕祭のパーティは今年もある。
 セイリオスは王子という立場上、出席しなければならない義務があった。
 シオンも、カイナス家の人間として出ることが望ましい。
 でも、今夜の2人にとっては、もうどうでもいいことになってしまっていた。
 幸い、ここのところセイリオスの具合があまり芳しくないという噂が女官達から立っていたらしく、これ幸いとシオンはそれを利用することにした。
 自分もセイリオスの看病をーということで無理矢理周囲を納得させて、まんまとセイリオスを彼の寝室に閉じ込めることに成功した。
 

今は、2人きりだ。
 音もなく降りしきる雪をセイリオスは窓越しに見ていた。
 雪景色は涙が出るほど美しく、セイリオスは言葉もなく見入っている。
 シオンはそんなセイリオスのほっそりとした背中を優しく抱きしめた。
「セイル…」
「綺麗だな…」
 セイリオスは儚げに微笑んで、シオンの手に自分の手を重ねる。
「ああ。女神が生まれた日だからな…」
「知ってるか?今夜結ばれた…」
「恋人は、ずっと幸せでいられるーだろ?」
「なんだ、知ってるのか…」
「あたりまえだろ?そして、この俺にはその魔法は効かないって言われてることもな」
「効かないのか?」
 悪戯っぽくセイリオスが訊いた。
「試してみる価値はあるだろう?」
「そうだな…」
 セイリオスは自分からシオンの唇を奪う。
 子供のような、ただ合わせるだけの口付けだったが、シオンの欲望に火をつけるには充分な悪戯だ。
 シオンは言葉も発さずにセイリオスを抱き上げると、そのまま寝台の方に向かう。
「シオン!」
 性急なシオンの動きに、セイリオスは非難の声を上げた。
「セイル、もう俺は待たないぜ」
 シオンはセイリオスをそのまま寝台に横たえると、耳元に囁く。
「もう、充分待ったからな」
「シオン…」
 シオンはセイリオスの衣服を1枚1枚剥ぎ取っていった。
 初めてのセイリオスを怯えさせないように、細心の注意を払って、極力性急にしないように注意する。
 やがて、目にも鮮やかなセイリオスの白い裸身が露になった。
 セイリオスは恥ずかしそうに枕に顔を埋めるような仕草をする。
 あんまり愛らしくって、シオンは悪戯心を起こして、セイリオスの薄く色づいた胸の飾りを舌で転がした。
「ん…」
 セイリオスは驚いたように甘い声を上げた。
「セイル、可愛いな…」
 シオンは本気で言ったのだが、セイリオスはお気に召さなかったらしい。
 鋭い瞳で、自分の体を好きに扱ってる男を睨み上げる。
「なんで、おまえは服を着たままなんだ?」
「セイルに逃げられないようにだよ」
 からかうように言ったら、セイリオスは憤然とした顔になった。
「ここに及んで私が逃げると?!」
 本気でセイリオスは怒ったらしく、シオンの体を強い力で押しやると上半身を起こす。
「セイル?」
 今度はシオンが驚く番だ。
「ご希望どおり、やめよう」
「おいおい。冗談じゃないぜ!」
 シオンはセイリオスの体を抱きこむと、うつ伏せに引き倒した。
「シオン!!」
 シオンはなにも言わずに、細い体を軽く背後から押さえ込み、深く秘められた部分に触れる。
セイリオスの体がびくりと跳ねた。
 少しその動きに怯えが混じっていることに気づいていたのに、シオンは動きを止めることができない。
 まだ、自分の欲望をコントロールしきれるほど、彼も大人ではないのだ。
 片手でセイリオスの半身とその周囲を愛撫しつつ、空いた手で自分の服を脱ぐ。
 昂ぶった自分の半身を、少しづつ開かせたセイリオスの下半身に押し付けるようにした。
 セイリオスは驚いて逃げようとしたが、シオンは許さない。
「シオン…」
 懇願するようにセイリオスはシオンの名を呼んだが、シオンは優しくセイリオスの半身を愛撫するだけで、止めようとはしなかった。
 他の部分も愛撫しながら、シオンは硬く湿ったセイリオスの秘門にほんの少しだけ指を差し入れる。
 セイリオスの背中が拒絶するように撓った。
「シオン、止めてくれ!!」
 性交の確かな知識がなかったから、まさかここまでやるとは思っていなかったのだろう。
 漠然としたイメージだけでシオンに体を許そうとしたのだ。
 それがわかりながら、シオンは止めることができない。
 時間をかけて秘門を解きほぐす。
 セイリオスは途中から、あまりの衝撃に半泣きに近い状態だったが、シオンは耳元に甘い睦言を囁いては宥める。
 セイリオスも本気で抵抗している訳ではなかったから、まだ指で箇所を弄くられているうちは大人しくシオンのなすがままになっていた。
 しかし、いざシオンが己の半身を入れようという時になって急に怖くなったのか、強い抵抗を始めた。
「シオン、嫌だッ!」
 あまりに強い拒絶に、我を失ったシオンは無理矢理自分の半身を内部に突き進める。
「あ、あああああ」
 衝撃の強さにセイリオスは悲鳴をあげた。
「セイル!」
 セイリオスの処女地はシオンが想像していたよりも更に狭く、おまけにセイリオス自身が緊張しきっているので、きつく内部を締め付けてシオンの半身を食い千切りそうに攻める。
 シオンは苦悶の色を浮かべているセイリオスの唇を奪った。
 そして、いつもは1つにくくられている長い髪を優しく撫でる。
「セイル、苦しいか?」
 出来る限り優しい声で訊く。
 涙を浮かべた瞳でセイリオスはシオンのことを見たが、健気にフルフルと首を振った。
 拒否したのは、初めてのことを体験する前の恐怖感からで、本来はシオンとこうなることが嫌だった訳ではない。
「2人で気持よくなろうぜ?」
 シオンの言葉に、深く頷いた。
 シオンはセイリオスの内部がシオンの存在に馴染むまで根気良く待ち続け、セイリオスも快感を得られるように出来る限りの努力をした。



 シオンは自分の傍らで死んだように眠り込むセイリオスの顔を見つめていた。
 青褪めた顔は、先ほどまでの行為が彼の体にひどいダメージを与えたことを裏付けているが、寝顔は驚くほど穏やかで幸せそうだ。
「セイル…」
 長い髪の一房を手に取り、弄ぶ。
 シオンにとっては、夢のようなひとときだった。
 あの瞬間に死んだとしても、自分は本望だったろう。
 しかし、今は現実の重さをヒシヒシと感じていた。
 一国の日嗣の君に懸想した揚句、手折ってしまった罪…。
 誰になにを言われても気にする男ではないが、目の前の愛しい者を奪われることだけは耐えられない。
 罪は罪として、一生背負っていく覚悟をしなければならない…。
「シオン…」
 そこまで考えていた時、セイリオスに呼ばれた。
「なんだ?」
 目が覚めたのかと思って返事をしたら、寝言だったらしい。
 より一層幸せそうな表情になってセイリオスはシオンの名をまた呟いた。
 愛しい…。
 シオンは正直にその想いだけを抱いた。
 奇しくも降誕祭の夜、シオンは心に誓う。
 必ず、セイリオス・アル・サークリッドを幸せにしてみせると。
 それがどんな形であろうとも、セイリオスが幸せであることこそが、シオン・カイナスの幸せでもあるのだ。
 そうして、女神の魔法はまた成就される。



              −THE END−


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