白くて、小さくて、頼りなげで。 触れるとふわふわ柔らかく、指先に絡まる細い毛足。首をかしげて覗き込み、目が合うと、嬉しそうに小さく声をあげる。 「…な、何だ…?」 その、世にも可愛らしい存在に、奇妙な声をあげて見せたのは、それと同じような白い衣装に身を包んだ青年だった。 「何だ、これは?」 「何だ、って」 それを腕に抱いたのは、そんな彼ににっこりと微笑んで見せる、藍の髪をした魔道師。その琥珀の瞳をじっと注いで、彼の驚きをいかにも楽しそうに見物していた。 「猫」 それに、返事するように子猫が鳴いた。 「それは、見れば分かる」 大きく息をついて、セイリオスは搾り出すように言った。 「なぜ、そのようなものがここにいる」 「さぁ、何でかな」 シオンのはぐらかす言葉に、セイリオスはいささかむっと眉を顰める。 「むやみに生き物を拾ってくるものではない」 まるで、母親か何かのようにそう言った言葉に、シオンは眉を持ち上げた。 「しかも、部屋にまで入れるなど。どうせ、どこかに迷い込んだのを連れてきたのだろう?いいから、もといたところに置いてこい」 「こんなに寒いのに?」 シオンは、窓の外を指さした。 時の頃は、すでに夜。表は秋から冬にさしかかる時に吹く、独特の冷たい風が吹き荒れていて、それが葉の落ちた木々の枝をこすり合わせる音は耳にするだけで寒そうだ。 「いいじゃないか、猫の一匹や二匹。入れる場所がないって言うわけでもあるまいし」 「……っ」 返事をしかねて、セイリオスは小さく唇を鳴らした。そんな彼に媚びるように、猫がまた鳴いた。 「こんな寒空に、こんな小さい猫、放っておいたら死んじまうぜ?かわいそうじゃないか」 セイリオスは、返事をしない。長椅子に腰を下ろしたシオンと、その膝にわが物顔で寝そべる子猫を交互に見比べる。 「こんなに可愛いのに」 シオンの手が、猫をなでた。背を何度か手のひらが往復し、そしてその喉元に指先を立てて何度か引っ掻くようにしてやると、猫は目を細めて咽喉を鳴らし始めた。その瞳は、青空のような見事な青だった。 「そう言う問題ではない、と言っているだろうが」 セイリオスは苛々と言った。 「お前が世話をするなら、勝手にすればいい。しかし、ここには入れるな。どこか、別の場所に連れて行け」 「……」 かたくなに新参者との同居を拒むセイリオスを、シオンはじっと見た。その視線に、セイリオスがたじろぐまで眼差しを注ぎ、そして、にやりと笑って口を開く。 「…猫に妬いてるとか?」 「何を言うか」 ふん、と鼻で笑い飛ばしてセイリオスは言った。 「下らん」 「じゃ、何が問題なんだよ」 猫の咽喉をなでてやりながら、シオンは言葉を返した。そんな二人の言い争いを理解してかせずか、猫は眠っているかのように動かなくなり、ただ、咽喉のごろごろいう音だけが、眠ってしまっているのではないことを示している。 「猫の一匹や二匹でがたがた言うな」 「がたがた言っているのはそっちだろう?」 ほとんど、売り言葉に買い言葉で始まった喧嘩。 「私がいやだと言っているんだ」 「俺は、置いときたいんだよ」 「じゃ、この部屋には持ち込むなと言っているだろう?お前の執務室にでも置いておけ」 「どうせ、猫のことだからあっちこっちうろつき回るんだ。どこに置いておいたって一緒だ」 「猫になどうろつかれてはたまらん。猫がそう言う習性を持っているというのなら、ますますここで飼うことは許せんな」 「何で、猫を買うのにいちいちお前のお許しが必要なんだよ」 「この宮の主は私だぞ」 「……」 荒らげられた声が、わずかに止まった。シオンは眉をぴくりと引きつらせ、その、つり気味の琥珀の瞳を見開いて、セイリオスを睨みつけた。セイリオスは、しまったというふうに唇をつぐんだが、やはりシオンのように、眼光に力を込めることを忘れてはいなかった。 「権力行使か」 「…そういうわけじゃない」 「そう言うわけじゃなかったら、何なんだ。皇太子命令か」 「…シオン」 セイリオスの声が、一段階低くなった。 「猫を、捨てるのか、捨てないのか」 「捨てない」 「…分かった」 セイリオスは大袈裟とも思えるほどの仕草でローブを翻し、シオンに背中を向けた。 「では、私が出ていく」 「おま……」 シオンも、それに驚きはしたようだ。しかし、この状況下で待て、とも言えずに、その代わり、顎を反らしてセイリオスから視線を外した。 「…勝手にしろ」 こういう時、素直になれないのはお互いの性格だった。妙なところで似ている二人のこじれた糸は、いったん絡まるとなかなかほどける様子を見せない。 「……」 セイリオスは、ほんのわずか後ろを振り向いて、そしてそのまま扉の方に向かって行った。それを見送りながらも、シオンは一言も発さない。 がちゃり、と音がして、扉が開いた。セイリオスは乱暴にそれを引くと、荒い音を立てて壁に叩きつける。扉が壊れんほどの勢いだった。 それに驚いたのは、シオンでもなければセイリオスでもない、シオンの膝で眠っているようだった、例の子猫だった。 猫は大きな音に驚いて飛び起き、シオンの膝に爪を立てて彼に叫び声をあげさせるとそこから飛び降りた。シオンの声に驚いて振り返ったセイリオスのローブの下をくぐり抜けて、鉄砲玉のごとき早さで廊下に飛び出して行ったのだ。 「わ……ぁ…」 セイリオスが、声にならない声を飲み込んだ。猫の勢いに足を取られて、その場に座り込む。そして床に手を突いたとき、その先に猫が走り抜けた。それに、新たな声を上げたのだ。 「うわっ!」 猫は、あっという間に廊下を走り抜けて行ってしまった。廊下のずっと向こうで、いくつか悲鳴が聞こえた。 「大丈夫か?」 引っ掛かれた膝のことを忘れて、シオンが立ち上がった。セイリオスに駆け寄ってその顔を覗き込むと、それが、血の気の引いた色をしていることに気がついた。 「おい、大丈夫か。怪我でもしたのか」 「…いや、怪我は、していない」 わずかに震える声で、セイリオスはゆっくりと言った。 「…どっか、打ち所でも悪かったのか?」 セイリオスの顔色の説明を考えつかず、困惑した顔でシオンは言った。 「顔色悪いぞ」 「…そうか…?」 床に腰を落としたままのセイリオスに手を差し伸べると、先ほどまでの言い争いはどこへやら、セイリオスは素直にそれを取った。 「おい、大丈夫なのか。ふらついてるじゃないか」 「…何でもない」 廊下に首を出して猫の行方を探り、見えるところにいないことを知って、肩をすくめると、扉を閉じた。長椅子にセイリオスを導くと、セイリオスはやっと人心地付いた顔でほっと息をついた。 「…もう、他には隠してないんだろうな」 「何を?」 「……猫」 セイリオスの、その表情を見て、シオンはぽんと手を打った。我が意を得たりと納得した様子で首を振り、そして、言った。 「お前、猫が嫌いなのか」 「……」 セイリオスは答えなかった。青ざめた顔に、今度は朱が走り、シオンを見上げてからさっと視線をそらせた。 「それならそうと、言ってくれりゃいいのに」 シオンは、先ほどの不機嫌を忘れ去ってしまったような笑顔で言った。 「知らなかったよ、そりゃ、悪かったな」 「…知らなくていい」 言い訳のように、セイリオスが小さく言った。 「いやいや、お前が猫嫌いだったとはな…。それにしても、あの反応はちっと大袈裟すぎないか?」 「…苦手なんだよ」 罪を告白するように、セイリオスは言った。 「どうも、小さいころ、ひどく引っ掛かれたことがあるらしい。自分ではもうはっきりと覚えてもいないのに、未だに猫を見ると鳥肌が立つ」 「トラウマってやつか?」 シオンが言うと、セイリオスは視線を合わせないままに横を向いた。 「言ってくれりゃいいのに」 「…言えるか、そんなこと」 不機嫌な声で、セイリオスが言った。 「あんな小さな生き物を嫌いだなんて」 「誰にだって、好き嫌いはあるさ」 慰めるつもりで、肩に手を置くとセイリオスがびくりと震えた。 「…悪かったな」 顔を覗き込んで、そう言うと、セイリオスは怯えたような表情を押し隠しながら、こう囁いた。 「…猫の匂いがする」 それすらもいやだというように顔を背ける、その仕草が、シオンに悪戯心を植え付けた。 「セイル」 名を呼びかけ、セイリオスが振り返る前に、その背後から抱きついた。 「シ、シオンっ!」 それどころではない、とでも言ったようにセイリオスはそれを振りほどいた。 「だから、やめろと…」 「セイル」 背中に抱きついたまま、そう囁きかけるとその背が小さく震えた。 「…可愛いやつ」 「馬鹿なことを…」 シオンの体に染みついた、猫の匂いに反応するのを必死に押し隠す、その仕草がシオンを微笑ませた。 「や、め…」 「俺が、守ってやるから」 そう言うと、セイリオスはきっと眉を吊り上げる。 「別に、守ってもらわなくても」 こういう言い方をすると、セイリオスは不機嫌になる。そんな言葉には、必要以上に反応する。声をあげて反論しようとするのを、唇に指を押し当てることで押しとどめた。 「猫でも、何でも、お前が厭うものからは全て」 「…シオン」 複雑な顔をして、セイリオスが振り向いた。それに、シオンは微笑みかけ、そして、拗ねたように歪んだ唇に口付けを落とす。 「ん……」 重なり合った唇は少しその位置をずらし、その接合を深くして息を奪う。セイリオスが、大きく呼吸を求めた。その顎を掴み上げ、まるで彼を窒息させんとでも言うようにさらに奥をさぐる。すき間なく埋めたその場所から、薄く体液がこぼれ落ちた。 「う、っ……」 苦しげにセイリオスが呻いて、シオンを振り払った。体の位置を変えて、シオンの肩を掴むと引きはがすようにその体を押しのけて、そして軽く睨みつけた。 「…殺す気か」 「出来ることならな」 シオンは、唇の端を持ち上げて、にやりと笑う。そして、セイリオスが態勢を立て直すいとまもなく、その首を後ろからすくい上げて、もう一つ、その呼吸を求める唇を奪うと、その頬に口付けをずらした。 「このまま」 そして、その耳朶に歯を立てる。小さく噛みついて、セイリオスに悲鳴を上げさせた。 「…殺してしまってやろうか?」 次いで、舌を差し入れられたことがセイリオスを震えさせた。咽喉をのけ反らせ、シオンの衣装に爪を立て、シオンはゆるやかに微笑んだ。 「殺して、俺だけのものに…?」 「馬、鹿な……」 セイリオスは呻いた。 「……そう言う考え方は、お前らしくないな」 唇が、咽喉に落ちた。吸い上げて、それが細く鋭い刺激を植え付けるのをほくそ笑んで見ていた。 「それとも、死体の私を見てみたいとでも?」 「…御免だな」 セイリオスの、衣装の胸元がくつろげられた。その奥に現れた、二本の骨が作る小さな谷間に、飽かずに口付ける。まるで、唇だけでセイリオスの全てを征服しようとしているかのように。 「お前は、生きているから美しい。…そうでないお前も、綺麗は綺麗だろうがな。俺は、この…」 そして、緩めた襟をいきなり引き下げた。その激しさに驚いたセイリオスの、白い肌があらわになる。 「なっ……」 さっと、顔に朱を走らせる。それが、シオンを微笑ませる。目覚めた彼の、加虐心が頭をもたげ始める。 「…下らんことを言うな」 まだ、わずかに頬を染めたまま、視線をそらしてセイリオスはつぶやいた。はだけられた上半身を、かばうように手が動く。 「…見せてくれよ」 その手をとって、シオンが言った。 「お前の体が、見たい」 「……」 唇を噛んで、セイリオスは上目遣いにシオンを見た。そして、自分の体に貼り付いたままの残りの衣装をがば、とばかりに剥ぎ取ったのだ。 「…!」 それに、驚いたシオンの、まとったままの衣装の留め金に、セイリオスの指が伸びた。知り抜いた、慣れた手つき。するり、シオンの体もあらわになる。 「…お前も、見せろ」 ぶっきらぼうな言葉遣いは、彼の羞恥の証しだった。顔を少し斜めに向けて、シオンと正面から視線を合わせようとはしない。そして、その顔を隠すかのようにシオンのはだけた胸元に顔をうずめ、そこに薄く色づく、突起に舌を這わせたのだ。 「…セイル…っ…」 そして、黙ったまま舐め上げる。シオンの手がセイルの剥き出しの肩を掴み、力を込めると這う舌が強くなった。 「ん……」 立ち上がったそれに、セイリオスが歯を立てる。それに小さく呻きをあげると、セイリオスの舌が先を奪おうと、下に這い降りる。腹部にひやりとそれが這い、シオンは小さく呻いた。 「この……」 引き寄せて、その両の頬に手をそえるとその唇を、荒々しく奪う。先ほど重ねられた時よりも激しく、押し付けるように乱暴に、そして、手を伸ばして、腰で引っ掛かったままの衣装を引きはがした。 「やるじゃないか」 唇を合わせながら、セイリオスは薄く笑みを作った。そして、自らもシオンの衣装に手をかけ、そして、ゆっくりとそれを引き下ろした。 「んっ…」 唇は、深く重ねたまま。シオンが指を伸ばして、セイリオスの胸元に触れた。そこに息づく突起を探り、舌を弄るのと同じ鼓動でそれを弄んだ。それに呼応して、息が荒くなるのを舌先で感じながら。 「シオン……」 セイリオスが、薄く呟いた。衣装を剥がされて、現れた膝に手のひらを這わせる。 「…ずいぶん、深かったんだな」 「え、あ、これ?」 唇を放して、それでも吐息の掛かる間近でシオンは囁いた。 「…痛むのか?」 「いや、平気」 先ほど、猫が引っ掻いたところは、白い跡になって残っていた。衣装越しにでもこれだけの跡を残すのだ、子猫とは言え、その爪の鋭さは侮れない。 シオンの鼻先を、セイリオスの髪が撫でた。膝に顔を寄せて、その傷跡を舐めたのだ。 「…セイル…」 その行動を、呆れたようにシオンは見つめた。這う舌の感触とともに、その頭をなでる。先ほどの猫の毛のような、柔らかい、その髪が手のひらに心地いい。 「ふ……」 神経が逆立つ。生暖かい舌が、ゆっくりと肌を犯す。 と、にわかにそれが止まった。 「……セイル」 シオンの手が、セイリオスの頭を押さえる。セイリオスはそれにわずかに抵抗したが、やがて諦めたように、顔を上げてシオンを見上げた。 「舐めて欲しいのは、別のところなんだけどな」 「…言うと思った」 わずかな笑いの後、セイリオスは再び顔を伏せる。すなわち、シオンが、その存在を誇示しはじめた、その先へ。 「……っ…」 最初は、舌先だけで。舐めあげて、そのじらすような行為にシオンが手を置いたセイリオスの頭に力を込めると、その口膣に、全てが収められた。 「ふ、ぅ……」 暖かいその中で、シオンが目覚める。セイリオスの這わせる愛撫の一つ一つが、シオンの内部に火をつける。 「ん、っ……」 両の手にそれを添えて、セイリオスが顔を上げた。舌先をわずかに覗かせて、シオン自身にそれを絡ませたその様子が、あまりにも扇情的でシオンは思わず息を飲む。 「…分かってて、やってるんだろうな?」 そんな表情が、シオンに火をつけることを。先を誘って、どうしようもなく、彼を燃えさせることを。 「な……」 セイリオスの肩を掴んで、彼がひるんだ隙にそれを引き寄せた。今まで自分がかけていた長椅子にその背を押し付けて、セイリオスが息を飲む暇も与えずに、彼自身に唇を寄せた。 「は、ぁ…!」 いきなり飲み込まれて、セイリオスが苦しい喘ぎを漏らす。咽喉奥まで含まれて、また浅く扱かれて、セイリオスはいきなり襲う激しい波にこらえ切れず、悲鳴を上げた。 「や、シオン…!やめ……」 「……やめろ、ってか」 それを含みながらそう言ったので、新たな刺激にセイリオスは背をのけ反らせた。 「…やめられ、るか」 「あ、ぁぁっ…っ…」 両の足を開かせて、それを無理に抑える形でシオンは体を割り込ませた。息づく彼自身、柔らかな内腿の皮膚、さらにその奥に潜む個所に余すところなく舌を這わせる。 「…ぁ…っ…」 セイリオスの声がかすれ始める。シオンの目の前で震える彼が、その欲情の深さを示して濡れ始める。シオンの唇を汚す。それを舐め取って、彼の琥珀の瞳が妖しい輝きを生んだ。 「う、っ…ん……っ」 セイリオスの、シオンに押さえ込まれた足が震える。爪先が、こらえ切れない情欲の波を示して小刻みに引きつる。それを押さえつけて、シオンが、つと、セイリオスに顔を寄せた。 「俺が、守ってやる」 浅く開いたセイリオスの瞳が、シオンをとらえた。そして、それに微笑みかけるいとまもなく、深く貫くシオンに息を飲んだ。 「は、ぁ…ぁ……」 腰を持ち上げられて、侵入する異物にセイリオスは固く瞼を閉じることで耐えた。唇を噛みしめると、シオンの口付けにをそれを破られた。 「何も、心配するな。…俺がいるから」 「シ、オン……!」 まるで助けを求めるかのように、セイリオスはその肩にしがみついた。爪を立てられて、眉を顰める。しかし、そんなわずかな痛みは波のように襲い来る、強烈な快楽の前に儚く消えてしまった。 「あ、ついな……」 「……ぁ…はぁ…」 絡み合う体が、浮かび上がった汗に滑る。わずかでもその結合を緩めるのを厭うかのように、互いを抱きしめる腕をより強くした。唇を重ね、そして最奥を穿つ悦楽の呻きは、その唇の奥にかき消えていった。 「ぁぁ、ぁ……」 強く突き上げると、セイリオスの白い咽喉がのけ反った。そこに唇を押し当てると、そのわずかな刺激にさえ反応して体を委縮させる。それが、シオンに更なる勢いを与えた。 「はぁ、ん、っ…」 浅く深く、腰を先に進めるとその度にセイリオスの、咽喉の奥から絞り出すような声が漏れる。それが、一際高くなる瞬間。 「ここが、感じるんだろう…?」 もっとも深い場所に押し付けた瞬間、セイリオスの腰がびくりと跳ねる。 「…ここ?」 「やぁ、あ、あ……」 顔をそらせて、セイリオスが抗った。 「言えよ、感じるって…」 「何…を…っ…」 シオンの背に絡ませた手に、力がこもる。 「一番奥が、いいんだろう?…ここ」 「はぁ、ぁぁ、ぁ……っ…」 言葉が、さらにセイリオスを追いつめる。シオンはその効果を確かめると、更なる言葉を注ぎ込むために、セイリオスの耳元に唇を寄せた。 「…ここか…?」 「や、め……」 「それとも、ここ…?」 「はぁ、ん、っ…」 「…ここも、だろう?」 シオンが手を伸ばして、二人の間で固く張りつめるセイリオス自身に指を伸ばした。途端、それはびくりと跳ね、まるで自らの意志でそうするかのように、シオンの指に絡んで来る。 「…いいって言えよ…」 「……ぁ…はぁ…」 それでも、セイリオスの唇はかたくなだった。耳元でささやかれて、体の奥と、自身と、あらゆる部分を嘖まれていながらも、セイリオスは口を開かなかった。 「……聞かせてくれ」 そんな、彼の岩戸を開きたい。そんな欲望に捕らわれるシオンは、穿つ存在にますます力を込めた。 「……セイル…」 とびきり、甘い声で。情事の最中にしか聞かれない、蜜よりも蕩ける声で。 「…愛してる…」 「………ぁ…!」 そんな、素朴な言葉の生み出した効果は絶大だった。セイリオスはその瞳を見開いて、まるでそのまま死にゆかんとでもするような引きつりを見せた。 「…ずるいぞ、シオン…」 「何が」 「あ、ぁっ…!」 胸に手を這わせると、新たな嬌声が漏れた。 「先に、言うなんて…っ」 シオンの指が、セイリオスの唇に当てられた。すっと、優しくそれをなぞる。 「お前は、そんなこと言わなくていいんだ」 「……ぁ…」 セイリオスの、甘い声がそれに答えた。 「ただ、俺を感じればいい。余計なことを考えるな。ただ…」 「は、ぁ、ぁっ…!」 抱きしめて、口付けて。いくら貪っても飽きることのない体を、さらに浸食しようと先を急ぐ。汲めども尽きぬ泉のようなそれだとは、分かってはいても。 「…いいか……?」 シオンは、わずかに声を潜めて、恋人たちだけに許される陳腐な台詞を吐いた。 「…ああ」 セイリオスは、それには逆らわなかった。シオンを受け入れるその場所が、言葉が彼に及ぼした影響を明らかに示した。 「……ああ」 小さく、笑いが漏れた。それをふさぐ、もう何度目なのか誰も知らないキスを交わして。シオンは、手のひらに包んだセイリオス自身に力を込めた。 「…一緒に、いくか…?」 「あ、あ……ぁ……」 新たな刺激にセイリオスが反応する。そして、首だけを縦に振った。 「はぁ、シオン…っ…!」 「……セイル…」 波は、じきに訪れた。セイリオスが、シオンの手のひらを濡らしたのと、彼の体の奥で弾ける波動があったのは、シオンの望んだ通り、同時だった。 「う……」 愛おしい、腕に抱いたその体の中に自身を埋め込んだまま、シオンはわずかに体を起こしてセイリオスを見下ろす。 「…俺が、守ってやるから」 その言葉に、セイリオスは苦笑いのようなものを漏らしただけで、もう逆らいはしなかった。 「今までも、ずっとそうだっただろう?そして、これからも」 「…頼りにしているよ」 汗ばんだ頬に、やはり湿った指先が這った。 「セイル、セイルっ!」 シオンが、呼ぶ声がする。セイリオスは振り返って、隣の部屋から響くその声に耳をそばだてた。 「こら、セイル!」 疑問符が頭に浮かぶ。自分はここにいるのに、しかも、こら、などと言われる理由は思い当たらない。それに、その声はどうしても、ここにいる自分を探しているようには聞こえないのだ。 「セイル、こぼすなって。こらっ、そんな行儀の悪い…」 「……はぁ?」 不審と好奇心に耐えられなくなったセイリオスは、扉一つ隔てた隣の部屋に飛び込んだ。一体、シオンは何をしているのか。 「……シオン」 ぴくり、と頬が引きつった。 「猫を、入れるなと言っただろうが」 「お、本物だ」 悪びれずにシオンが言った。 「しかも、私の名を付けるな」 「いいじゃないか、愛着が沸いて」 「私には沸かん」 猫は、絨毯の上に引かれた紙、そしてその上に載った小さな皿に首を突っ込んでいる。回りには白い染みが点々と広がっていた。 「餌をやるなら、厨房辺りでやれ。部屋に持ち込むなというのに」 「何言ってんだ、お前のためだぞ」 シオンは両腕を組んで、不遜に立って見せた。 「…どういうことだ」 辺りを汚すことになど全く頓着しない白い猫は、その腹が満たされたのか顔を上げ、そして今度はせっせとそのミルクにまみれた体を舐め始めた。 「毒をもって毒を制す。お前の、トラウマを治すにはただ一つ、トラウマの原因である猫と一緒に暮らせば、その内それも消えていくだろう」 「…どうでもいい、そんなこと」 セイリオスの、引きつった顔は、ますます固く強張った。 「猫など、好きでも嫌いでも日常に差し障りはない」 「だがな、セイル」 急に真面目な顔になって、シオンは言った。 「もし、お前の政敵が、お前の猫嫌いを知ったとしたらどうする。お前の執務室に猫を百匹くらい放り込んで、お前が動揺した隙にお前の命を狙うようなことがあったら」 「……」 その光景を想像して、セイリオスは思わずと小さく震えた。が、たちまちその馬鹿馬鹿しさに思い至る。 「そのような馬鹿げたことをする輩がいるか」 「いいや、いる。俺がお前の敵だったら、絶対そうする」 「……」 シオンが至って真面目な顔でそう言ったので、セイリオスは肩をすくめた。 「…そんなこと、考えつくのはお前くらいだ」 「分からんぞ、念には念を入れておかないと」 一人で納得したように頷くのに、セイリオスは呆れてため息をついた。 「…勝手にしろ」 そんな、セイリオスの小さな呟きを耳にしたのか、白い子猫はセイリオスを見上げ、名をもらったその飼い主に、小さく鳴き声を立ててみせた。 淡い太陽の作る小さな日だまりが、子猫の白い毛皮を優しく照らし出した。 |