姫殿下

ぱーと1


 目覚めは、快適だった。
 時折、寝苦しい夜の明けた後などは、朝の光の中ででも体の怠さがとれなかったりするものだが、今朝はそういうこともなく、至って晴々とした目覚めだった。
 目覚めの仕方は、人によって違うものだろうが、セイリオスの場合、まず頭が目覚める。徐々に意識がはっきりして、そして、最後にまぶたが開く。視覚が最後に目を覚ます、というわけだ。
 そして、今日もまず働き始めたのは触覚。広い寝台の右半分に体を置き、左側から伝わってくる人肌の暖かみを確認して、小さく安堵の微笑みを浮かべる。
 そこで、おもむろに寝返りを打ち、瞳を明けて体を起こすのだが、そこで、妙なことに気がついた。
 胸の当りが、重い。何かが乗っているようにわずかに息苦しい。セイリオスは息を吸って、吐いて、その重みが幻でないことを確認した。
 ため息をつく。きっと、シオンだ。いささか寝相のよろしくないところのあるこの男は、時折その腕をセイリオスの上に放り出して、それに気付かずに寝こけていることがある。セイリオスは手を上掛けの中から引き出し、シオンの腕、であろうその重みを動かすために胸の上に動かした。
 違う。そこにシオンの腕はなかった。腕でもなければ足でもないし(まさかそこまで寝相が悪いわけもなかろうし)それ以外の何か、考えられる何かの感触ではなかった。
 セイリオスは目を閉じたまま、出した手を自分の胸の上に置いた。息苦しささえ与えるそれが何なのか、確かめようとした。
 その上で、何度か手を動かした。思いのほか柔らかい感触に、また何度か指をうごめかせ、それが何なのか確認しようと務めた。
 この感触を、知らないわけではない。もちろん、二十三年も生きてこれば、縁がなかったわけでもない。しかし、それがここにある理由はどうしても考え付かなかった。どう頭を柔らかくしても、こんなところにある正当な訳を思いつくことはできそうになかった。
 なんだ、これは。いや、何かは心当たりがある。しかし、なぜ、ここにある。
 セイリオスは頭の中での自問を繰り返し、その答えが見つからないまでも、ある恐ろしい仮定に行き当たって飛び起きた。
 そんなことが起こりうるのか。どうしてそんなことが起こるのだ。セイリオスは寝台から転げ落ちる勢いで床に降り、寝室の隣の部屋に飛び込んだ。そこは衣装部屋で、体が全て映し出せる、大きな鏡がある。
 そこに見た姿に、セイリオスは唖然とした。
 まとった薄い夜着。その胸元がやや乱れているのは驚くことではなかった。問題は、それではなく、その向こうから覗く 二つの丸い膨らみ。その下に伸びる体の線は、決して自分の姿に見慣れたものではない。強く握れば折れそうな腕と、両手で包み込めそうな腰。そして、その手でさえも、細くて華奢な指に飾られている。こんな手では、剣も手綱も握れないだろう。
 そして、それをまじまじと見つめているその顔は。
 確かに、自分のそれだ。菫色の瞳、コンプレックスをもってしまうほどに白い肌、長く伸びる淡い色の髪。
 しかし、輪郭がわずかに違う。あくまでも細く、繊細に、すんなりと伸びて、瞳が自分のものでないほどに大きく、眉がわずかに下がりぎみ、髪の色が違えば、妹の顔に似ていないでもない。
 鏡の中でこちらを驚いた顔で見ているのは、自分の顔をした、女。
「……」
 セイリオスは一回、深呼吸をした。そして、また一回。
「………」
 くるり、踵を返して鏡に背を向ける。彼らしくもなく、あわただしい足音を響かせて、寝台に戻った。
「シオン、シオンっ!」
 その物音でも目覚めない彼のもとへ走りより、乱暴にその体を揺する。
「起きろ、大変だっ」
「……ああ?」
 寝ぼけた声が聞こえた。
「いつまで寝ている、起きないかっ」
「…んんっ……」
 横向きに寝ていた体をひねってセイリオスのほうを向く。目を開けないそのままに、シオンの手が伸びてきた。
「おはようのキス」
「馬鹿者っ!何を言っているっ」
 容赦なく拳でその頭をはたいたが、当の本人はめげることなく、目を閉じたままセイリオスに抱きついてきた。
「こらっ、それどころでは…」
 体を擦り寄せてきたシオンの動きが、止まった。そう、その位置からは、夜着から溢れる女の胸にちょうど頬を埋める形となるのだ。
 シオンはがばっと体を起こした。両手でセイリオスの体を抱きしめたまま、ぱっちり目を開いてその姿を見た。そして、たっぷり五秒は凍りついたあと、おもむろに口を開いた。
「…セイル…?」
「ああ」
 即答すると、シオンは彼の体から手を解き、寝台の上に座り込んだままそこに立つセイリオスの、頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見、また爪先から頭の上までを時間をかけて眺め、最後にその目に視線を釘付けた。
「…どうした、一体」
「私が聞きたいっ」
 なかなか現状を把握できないようなシオンに焦れて、セイリオスは足を踏み鳴らした。
「寝る前までは、いつものお前だったよな…」
「目が覚めれば、こうなっていた」
 セイリオスは胸の下に腕を置いた。そこに新たに生まれた、二つの膨らみが重い。そうやってそれを支えると、シオンの視線がそこに釘づいた。
「…お前、いい女だな」
「何を言っている!」
 腕を振り上げるセイリオスに肩をすくめて見せ、シオンは顎の下に手を置いて、もう一度セイリオスの姿を眺めると、寝台から起き上がった。
「…何らかの、魔道の力か?」
「魔法の波動は感じないぞ」
 セイリオスは両手を胸の下で組み、足を斜めに構えて言った。
「それに、一体誰がこんなことをするというのだ」
「…暗殺計画の一環とか」
「こんな遠回しな計画を、誰が考える」
「嫌がらせ?」
「なんのために」
「……誰か、お前に横恋慕しているやつがいて」
 シオンは瞳をくるりと動かした。
「俺に対する当て付けとか」
「誰だというのだ、そんな」
 セイリオスはため息をつく。
「それに、一体どうやって?私が気づかないうちに魔法をかけたとしても、こんな高等な魔法を使えるのは…」
 セイリオスの視線がシオンの上に落ちた。
「違うぞ、俺は」
「分かっている」
 あきれたようにセイリオスが言った。
「お前がこんなことをするとは思わないよ」
 シオンは笑って、セイリオスの前に立つといきなりその体を抱きすくめた。
「ちょ、こらっ…」
 シオンの方が背は高い。体格だって、この男の方がいい。それは悔しいながらも本当のことで、しかし、シオンの腕の中で、女になった自分の体は常のそれよりもさらに小さくなってしまったのだと知る。腕だって細くて、力はほとんどなさそうだ。
「お前が女になったら、こうなるのか」
 感心したようにそう言うシオンに。セイリオスはほんの少し憂いを込めて言った。
「…女の方が、よかったのか?」
 ずいぶんと身長差の生まれてしまったシオンの顔をその腕の中で見上げると、優しい琥珀の視線が落ちてきて、口付けられた。
「中身がお前なら、俺は何でも構わんよ」
「…シオン……」
 しばし、甘い唇に酔った。昨日の夜の記憶の中にある、食いつかれるかと思うほどの深いものではなく、ただ、唇を重ね合わせるだけのそれに、いつしかセイリオスは瞳を閉じてじっとシオンの唇を感じていた。
「……?」
 未知の感触が体を走る。視線を落とせば、自分の背中を抱いていたはずのシオンの二つの手が、胸をがしりと掴んでいた。
「こらぁっ、なにをするっ!」
 体を引き離して、空に手のひらを踊らせた。それは、見事にシオンの頬を直撃する。
「いて……」
 ぱしん、と小気味のいい音がして、シオンの頬は赤く腫れた。
「あっ、す、すまない」
 そこまでの衝撃を意図してなかったセイリオスは、慌ててそう言った。シオンは大げさに眉を顰め、頬に手を置きながら呟く。
「Dカップ……」
 再び、高い音が二人の寝室に響き渡った。


ぱーと1

ぱーと2

ぱーと3




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