それは、ふと浮かんだ悪戯心。 腕に捕らえた恋人に、閨でだけの睦言を囁きかけるとき。昼間の冷徹な表情を振り落として、自分以外は見たこともない、甘い蜜を流し込んだような顔を見せるとき。それを抱きしめて、回された腕に手を這わせ、そして、ゆっくりと寝台に押し倒すとき。 彼は、警戒してはいなかったのだ。いつものような、愛撫と享楽の時間が来ると思っていたのだ。 「……セイル」 耳元に囁きかけると、男にしては長すぎるくらいの睫毛が伏せられて、その声に集中しようといういじらしさが見て取れる。わずかに唇を開いたその姿が、その効果のほどを意図していないだけに、それはますます扇情的だ。 「ん……」 唇を重ねて、深く押し付けて。いつもの情事の始まりの合図に、セイリオスの肩が小さく震える。 それは、今から始まることへの、無意識のうちの戦きではなかったか。 シオンは、手を伸してセイリオスの夜着の腰紐を外す。しゅる、と絹を滑る音がする。それを手に巻き付けて。開いたその襟元からのぞく肌にくちづける。それにセイリオスが反応を示し、ぴくりと指先を震わせるのを、細めた目でシオンは見た。 腰紐は、そのまま寝台の脇に投げ出されるはずだった。息を飲んだセイリオスが、落とされたくちづけに瞼を伏せている間、シオンは紐を指に搦め捕った。そして、セイリオスが目を開ける前のほんのわずかの瞬間に、彼の両手首を捕まえて、そこに紐を巻き付かせたのだ。 「シオン?」 いきなりの行為に、セイリオスが悲鳴を上げた。いったん思いついた悪戯を、その程度で引っ込めるシオンではない。自分がどういう状況に置かれているのか、セイリオスが理解するまでのわずかの間、セイリオスの手は紐で縛り上げられ、その紐は寝台の、天蓋を支える柱にくくりつけられてしまった。 「シオン、どういうつもりだっ!」 もっともなセイリオスの抗議に、シオンは眉を動かして応えて見せた。 「こんなこと、試してみたくないか…?」 「ば、かっ、冗談、ではないっ!」 セイリオスが顔を染めて、シオンの行為に抗議する。しかし、両手を頭上に縛り上げられた今の格好では、シオンを蹴り上げるくらいがせいぜいの抵抗だ。しかも、シオンはそんなセイリオスの抵抗を予想して、彼の蹴り上げる足の届かないところにまで避難していた。 「ふざけるな、ほどけっ!」 「いい格好じゃないか」 「いい加減にしろ、本気で怒るぞ」 「…怒ってみろよ」 セイリオスの足の間に、シオンは無理に体を割り込ませる。すばやく彼の両膝を自分の肘で押さえ込み、胸で胸を押さえつけ、そして、先ほど中断したくちづけを再び落とした。 「シオンっ!」 唇を振りほどいて、セイリオスが叫ぶ。それを遮って、ますます深く合わせられた唇は、彼の声を吸い取って、息すらも奪うほどに激しくその先を求めた。 「怒ってみろよ。そんな、お前が見たい」 「……シオンっ!」 夜着の胸元が、開く。そこに現れた胸にくちづけして、シオンの唇はそこを這い回った。足を押さえつけて、その抵抗をそのまま唇に映し込むように、吸い上げ、突起には軽く歯を立て、そこがセイリオスを善がらせる急所であることを重々承知していながら、それだからこそ、いっそう執拗に攻めを繰り返す。 「や、ぁ、ぁぁっ……」 「いやなんだろう?こうされるの」 突起を口に含んだままの声に、セイリオスが腰を震わせた。 「こんなふうにされて……」 シオンの手が、結わえ付けられたセイリオスの手首を這う。 「いやなのに、どうして感じるんだ?」 「ぁ、ぁ……」 応える前に、セイリオスの唇を塞いだ。そっと、彼の膝を押さえる腕を抜いて、その手を胸に這わせる。爪を立て、わずかに赤い蚯蚓腫れを残し、それを癒すように舌を滑らせる。 「シオン、シオン……っ……」 哀願するように、セイリオスが言った。蹴り上げたり、大きな声で彼を制したり、そういう方法ではシオンをますます逆上させるだけだと悟ったのだろうか。 「やめてくれ、シオン……」 「いやだ」 シオンは、冷たく言い放った。その手は、今はもう体にまとわりついているだけの夜着をかき分け、そこに息づき始めているセイリオス自身を探しだした。 「や……ぁ……!」 「……ふぅん」 その声に、セイリオスがかっと頬を染める。 「いやなんじゃなかったのか?」 「や、っ……」 「こんなにして」 まだその姿を全てさらけ出してはいないが、それでもセイリオスのそれは徐々に力を帯び始め、少なくとも、今シオンの手に収まるそれは常のそれとは明らかに違う硬度を示していた。 「もしかして、こうされるの、好きなのか……?」 「違うっ!」 咽喉をのけ反らせて、セイリオスが叫んだ。シオンが、それに小さく舌を這わせたからだ。 「こんなふうに、縛られて?」 にやり、シオンはその笑みを見せつけるように体を起こし、セイリオスの頬に自分のそれを擦り付けた。耳に舌を伸ばして舐め上げると、あからさまに肩が跳ねた。 「……本当は、好きなんじゃないのか……?」 「シオンっ!」 セイリオスが、再び瞳を燃え上がらせて言った。 「もういいだろう、ほどいてくれ」 「いやだ」 再び、セイリオスが口を挟む隙もないほどにシオンはきっぱりとそう言った。 「お前を、こうやって、苛めてみたい」 「な……っ……」 手に収めたセイリオス自身に、指を這わせた。すっかり彼のことを知り尽くしている技巧で、緩やかに、そして激しく刺激を与える。 「は、ぁ、ぁぁっ……」 セイリオスの顎がのけ反った。ただならぬ状態でのそのような愛撫には、常ならぬ快感が彼を襲うようだ。 シオンは、手をほどく。体をずらして、セイリオスの下肢に顔を寄せた。しかし、手をほどいたそこには触れない。指を伸ばしてその回りを愛撫し、舌を這わせ、しかし、目の前でわずかに震えているセイリオス自身のことは忘れたかのように、置き去りにしたままだ。 「シ、オン……っ!」 セイリオスの下肢を押し上げ、その奥に潜む、秘所に舌を這わせる。先を尖らせて、中に押し込める。それに、ぴくりと腰が跳ねるのを薄ら笑いすら浮かべて確認する。 「シオン、やめてくれ……」 「なにを?」 意地悪く、聞いた。 「そ、んな……っ」 荒い息を吐きだしながら、セイリオスが呻いた。 「そんなふうに……っ……」 「こんなふうに?」 指を押し入れる。セイリオスが息を飲むのが聞こえた。 「何を、やめてほしいって……?」 「や、ぁ、ぁぁ……」 ぐい、といきなり奥にまで押し込まれたそれに、今度は明らかにセイリオスは反応した。シオンの目の前で、彼の愛撫を待って震えるセイリオスは、透明な体液を滲ませながら、健気なまでにシオンの悪戯に耐えている。 「は、ぁ……」 ぎり、と音がした。顔をあげればそれはセイリオスが歯を食いしばる音で、それ以上の喘ぎをこらえるかのように、頬を痙攣させている。 「かわいそうに」 シオンは、その頬にくちづけした。 「こんなになって……」 「誰、が……」 恨みを込めて、セイリオスが言った。 「誰が、こうしているのだ……っ?」 シオンは、にやりと笑って唇を奪う。少し、それを噛んで開かせると、口内を犯し始める。舌を伸ばして粘膜をなめ上げ、歯の一つ一つの形を確認するような執拗なくちづけを繰り返した。 それでも、セイリオス自身には触れようとはしない。 「ん、っ……」 二人の唇の隙間から、セイリオスの声が漏れでた。 「あ、は……っ……」 「いい声だな」 耳元でささやくと、セイリオスの頬がかっと染まった。 「お前の、その声聞くの、好きだ」 「そんな、ことっ……」 耳を愛撫して、首筋をなめ上げて。シオンは、自らの夜着に手をかけた。セイリオスのそれと、ほぼ形は同じだ。やはり腰紐も付いていて、シオンはそれを引き抜いた。 そして、彼の続いての行動は、セイリオスをさらに驚かせたようだった。 「シオン、いい加減にっ……!」 シオンの腰紐は、セイリオスの目を覆った。彼の視界を奪い、後頭部で結び上げる。手が使えない彼がそれを自分の力でほどくことは不可能だ。 「お前っ……!」 「いい格好だ、似合うよ」 シオンが、歪んだ賛辞を贈る。 「こうやったら、もっと感じるって」 「いらない、そんな……!」 「そうか、これ以上感じたら、困るか?」 シオンの執拗な愛撫が、セイリオスの限界を押し上げている。それを示すセイリオス自身を指先ではじいた。 「ああっ!」 鋭い声が漏れる。シオンが、満足げに微笑んだのをセイリオスが見ることは出来ない。 「こんなやり方がいいって、言ってみな……?」 セイリオスの耳元で、ささやく。 「素直に、な?」 「シオン……」 目隠しされたセイリオスが、切ない声を漏らした。 「頼む、もう、こんな……」 「悦んでるくせに」 セイリオスの体に触れずに、視線だけで彼を撫で上げた。頭上で手首をひとまとめにされ、目隠しまで施された彼の姿はあまりにも扇情的で、それにごくりとおのれの咽喉が鳴ったのが、妙に大きく聞こえた。 指を伸ばし、限界を訴えながら震えているセイリオス自身を撫でた。セイリオスの体が大きく跳ねる。 「や、ぁ……!」 いつものとき、そうしたよりもセイリオスは過剰に反応した。指でわずかになでたくらいで、こんな激しい反応を見せることに、シオンはほくそ笑んだ。 「いつもより、感じる…?」 「ああ、ぁ、ぁ……」 セイリオスが肩を震えさせた。シオンは、今度は手のひらをそれに沿える。それに、セイリオスは腰をはね上げることで応えた。 「余計に、感じるだろう?」 思わずと、セイリオスのそんな姿に荒くなっていく声でシオンは囁いた。 「見えないと、どんなことされるか分からないから」 「く、ぁ、ぁぁっ……!」 シオンの言葉を立証するように、セイリオスはシオンの手の中で、顕著な反応を示す。与えられるわずかな刺激に体を必要以上に反応させて、痙攣する体を必死に押さえ込もうとしている。 「は、ぁっ……ぁ……」 シオンがそれを口に含んだ。一回り力を帯びたそれが、シオンの口内に吸い込まれる。舌で舐め上げ、軽く歯を立てるとセイリオスの口から悲鳴のような声が漏れた。 「も、やめ……」 爆発しそうな力を孕んだその声に、シオンは顔をあげた。いきなり奪われた快楽に、セイリオスが、はっと唇を開く。 「セイル……」 そうやって、名を呼びかけるシオンの声にも、常の落ち着きはない。 「もっと、乱れろ。見せてくれ、俺に……」 唇をわななかせて、セイリオスが続きをねだるわずかな吐息を付く。 「シオン……っ!」 のけ反るセイリオスの咽喉が、妖しく白く光る。 先ほど解したセイリオスの体の入り口に、シオンは何の予告もなく自身をあてがった。セイリオスのことをからかう口調を続けながらも、シオン自身、自分の欲望が体中を駆け巡っているのを知っている。それは、見たこともないほど屈辱的な姿にセイリオスが身をやつしていることこそが、原因の一端だった。 それが、シオンをも燃え上がらせる。 「は、ぁぁぁっ……!」 セイリオスが、身を引きつらせた。 「そんな、いきなりっ……!」 腰を抱え上げ、セイリオスの体に楔を捻じ込む。 「うぁ、ぁ……っ……!」 突き上げる衝撃に、セイリオスが掠れた呻きを上げた。 「このまま、握りつぶされても」 シオンの手が、二人の体に挟まれたセイリオス自身を荒くつかんだ。途端、シオンを受け入れる部分がきつく絞まる。 「分かんないよな、見えないから」 「あ、ぁ、ぁっ……」 繊細さを欠いた、荒い愛撫にも、セイリオスはそれを待っていたかのように、身を委ねた。シオンの体を挟んだ足を強くこわばらせ、せめてもの復讐だとでも言わんばかりに力を込める。 「……っ」 シオンは、それに眉を顰める。そして、ますます強く自身を押し込めた。 「は、ぁ、ぁぁっ……!」 奥歯を食いしばって、顔を痙攣させて。体中にシオンの欲望を受け入れるセイリオスのその姿は、初めて見たわけでもないのに、今まで以上に、異様にシオンを興奮させた。 「セイル、セイル……」 名を囁くと、締めつける足の力が、いったん緩んだ。 「ああっ……」 返事とも喘ぎとも付かないセイリオスの声が、耳を貫く。 「シオン……っ……」 セイリオスの体が震える。びくり、と跳ねるそれは、セイリオスの限界がやって来る無意識のうちの合図だ。触れられることのなかったセイリオス自身は、何を刺激としてか、その解放の時を待っている。 「もう、許してくれ……」 哀願を含んだ、艶めかしい声。 「あ、あぁ……」 セイリオスの下肢が、シオンを挟み付けたまま、強く跳ねた。。その刺激に新たな性感をくすぐられながら、シオンは彼を攻める力をさらに強めた。 「あぁ、ぁ、っ……」 何か生暖かいものが放たれた、と、感じた瞬間、セイリオスに埋め込まれたシオンも、それと同じものを、彼の体内に解放した。 「……っ……」 解放の瞬間、二人は緩んだ体を寝台に埋めた。今まで、二人に動きを全て吸い取って軋み続けたそれも、二人を抱き留めて静かになる。 「……痛い……」 セイリオスが、小さく呻いた。 「いい加減、もうほどいてくれるんだろうな?」 シオンは慌てて起き上がり、最初に、セイリオスの瞳を隠した紐をほどく。ふわり、解けた向こうには、セイリオスがその瞳を燃え上がらせてシオンを睨んでいた。 「こちらもだ」 セイリオスの手首には、赤い痣が残っている。それを、大げさなそぶりで撫でながら、セイリオスはシオンを再び睨みつける。 「どういうつもりか、説明してもらおうか」 「あ、いや……」 シオンは肩をすくめた。 「このような真似をして」 紫の瞳が、きつい視線を投げる。それに射貫かれて、シオンは居心地悪げに首をかしげる。 「どうも、お前は私を怒らせたいらしいな」 「セイル……」 本気で怒っている態のセイリオスの肩に、シオンの手がかかった。 「感じてたくせに」 「シオンっ!」 そのまま抱きすくめられて、肩を抑えつけられて、セイリオスは寝台に仰向けに押し付けられ、上から降ってくるシオンの視線を受け止める形になった。 「正直に言えよ?」 形勢逆転。シオンは、楽しそうな表情さえ浮かべて、セイリオスを見下ろす。 「……良かっただろう?」 「ば、かっ!」 セイリオスは唇を噛んで手を振り上げた。それをいち早く察知して、シオンはそれを捉まえる。 「良かったって言えよ」 「ふざけるなっ!」 その声は、シオンのくちづけにふさがれる。抗議の声も吸い取られて、這い回る舌に咽喉さえも抑えられて。セイリオスは掴まれた手の力を緩やかにほどいてく。 「……俺は、良かったよ」 「……」 そういう言葉が、セイリオスをこの上もなく含羞ませるということを知っていて、シオンは続ける。 「お前の、ここも」 欲望を解き放ったばかりの彼自身を撫でる。 「ここも」 シオンが蹂躙した、体の入り口。 「……良かった」 「シオン」 甘い声が、セイリオスの唇から漏れた。その続きを待って、シオンは瞳を伏せる。 「!」 悲鳴が、響いた。 「いってぇ……」 甘い囁きは一転、苦痛に呻く声へと変わった。 「なにするんだ」 「それはこちらの台詞だ」 解放された手を握り締めて、セイリオスはもう一度、今度は先程よりも緩く、シオンの頭を叩いた。 「二度と、ああいうことをしたら、承知せんからな」 シオンは膨れた表情を隠そうともせずに、殴られた頭をなでる。 「……感じてたくせに」 小さく囁いて、もう一度、セイリオスの拳の洗礼を受けた。 |