ポッキーゲーム


   「セ〜イル」
 シオンが、そんな口調で自分を呼ぶときは、必ずろくでもないことが起きる。セイリオスは、体一杯の警戒を見せつけながら振り返った。
「なんだ」
「怖い顔」
 シオンが笑っている。セイリオスはわずかに頬を染め、ため息をついて感情をその奥に押し隠した。
「何の用だ」
「これこれ」
 シオンが、手に持ったものを振って見せた。
「いーもの」
「……なんだ?」
 そこにあるのは、細長い、銀色の物体。甘い匂いが漂ってくる。
「別に、嫌いじゃないよな?」
「まぁ、嫌いでは……」
 それは、銀の紙にくるまれたチョコレート。棒状に細長く作られたものだ。
「ちょっと、こっち来いよ」
 シオンが手招く。これが、執務中なのだったら、悪戯をする気満々で目を輝かせているシオンの誘いなど一蹴するのだが、幸か不幸か今は執務の終わりの時間。近臣たちも下がらせての、小憩の時間だった。
「……なんだ」
 執務の机から離れ、シオンが腰掛けた長椅子の端に腰を下ろす。シオンの笑みが、少々不気味だ。出来るだけ彼からは距離を取って、セイリオスは借りてきた猫のように体を小さくした。
「こっちこっち」
 シオンが手招く。チョコレートの端の銀紙を破って、それを自分の口に押し当てた。
「……?」
 セイリオスの顔に、疑問符が浮かぶ。チョコレートを食べるだけなら、何も自分を呼ぶ必要などないのに。見せびらかしてまで食べたいようなすごいものなのだろうか。しかし、見たところ、何の変哲もない菓子のようだ。
「メイに聞いたんだよな」
 その名を、セイリオスは反芻する。確か、今は魔法研究院に住んでいる、異世界から召喚されてきた少女の名だったはずだ。妹の友達だとか言うことで、何度か見たことがある。栗色の髪をした、元気いっぱいの少女だった。
 とすると、シオンが口にしているのは、よもや異世界の菓子なのだろうか。そう思うと、セイリオスにも俄然興味が湧いてきた。見たところ、この世界のものと変わりはないようだが、ともすると味も素材も、全く違うものであるかも知れないのだ。
「知りたい?」
「ああ」
 セイリオスは素直に言った。それが異世界のものであるならば、自国に持ち込まれた異物がどのようなものであるのか知っておく必要があるだろう。万が一、危険なものであるならば、異世界の少女からそれを没収することとて必要なのだから。
 と言うのは、大義名分である。要するに、未知のものへの興味が疼いた結果であることを、セイリオスは自分にそう言い聞かせることで、子供っぽい自分の好奇心を許した。
「じゃ、こっちに来いよ」
 セイリオスが腰を移動させると、シオンもそれに倣った。そして、手が届くほどの近くに寄ると、おもむろに手を上げて、口にくわえたチョコレートの、まだついたままの銀紙をむしり取ると、セイリオスの肩をつかんで引き寄せた。
「……!」
「はい、口開けて」
「?」
 とっさに言われるがままに口を開けると、チョコレートが入り込んできた。その甘さは味わい慣れたもので、期待に胸を高鳴らせていたセイリオスは、いささかがっかりした。
「異世界のものでは、ないのか?」
「ん?」
 シオンが肩をすくめた。
「これは、ただのチョコレート」
「……なんだ」
 期待をそがれて、セイリオスは落胆した。そんなセイリオスの口元に、シオンが端をくわえたチョコレートがさらに押し付けられる。
「はい、食べて」


illustrated by 氷橋路奈サマ

「……?」
 細長いチョコレートの両端を互いがくわえたまま、そのままそれを食べるとすると、終いにはどうなるというのだろう。それはどんどん短くなって、シオンの顔が近づいてくる。その結果を想像して、セイリオスは思わずくわえたチョコレートから唇を離した。しかし、その時にはそう長くもないチョコレートは、ほとんどをシオンの口の中に姿を消し、そして、セイリオスの目の前には驚くほどに近づいたシオンの顔があった。
「んっ!」
 チョコレートのきつすぎる味がして、二人の唇の間で残りのそれが溶けていく。チョコレートのぬめりでべたべたする唇を押し付けられて、息を失ってセイリオスは喘いだ。
「ん、んっ……!」
 重なった唇についたチョコレートを舐めとるように、シオンの舌が動いた。上と、下と、両方を丁寧に舐められて、次いでその舌が中に入り込んできた。やはりチョコレートに塗れた舌を、歯を、果たしてそれを舐めるのと甘い唇を確かめるのと、どちらが本当の目的なのか分からないほどの執拗さで、セイリオスの口膣を犯した。
「……っ……」
 逃げようにも、一つの手では肩をつかまれ、もう一つの手で腰を抱かれ、しっかりと身動きできなくなる急所を押さえられ、セイリオスはシオンの腕の中でもがくしか出来なかった。
 シオンの舌が、唇をまさぐる。舌先でざらりと舐めあげられ、軽く吸い上げられ、歯列を割ったかと思うとその裏をくすぐられ、吸い込む息を追いかけて顎の裏までを侵食される。苦しさに、シオンの肩を押し戻そうとすると、その手はとられ、抱きしめる腕はかえって強くなって、まるで、セイリオスに抵抗などは無駄だということを教え込もうとでもするような、荒々しいまでの挙動だった。
 もう、チョコレートの味はしない。伝わってくるのは、柔らかいシオンの舌の感触と、濡れた唇を伝う体液の味。深く重なって、息をする余裕もなく喘がされる、濃厚なくちづけの味だけ。
「……んっ……」
 シオンの力が緩んだ隙を逃さずに、セイリオスは彼の体を押しやった。濡れた音がして、二人の唇が離れた。銀の糸がその間を伝い、セイリオスが慌ててシオンから体を離すと、それはぷっつりと切れた。名残を惜しむようにシオンが小さく舌先をのぞかせた。
「……メイが、お前に教えたこととはなんなのだ」
 セイリオスが大きく息をつきながら、言った。
「まさか、菓子にかこつけてこういうことをする手技を、ではないだろうな」
「さぁ、どうだか」
 シオンは笑った。
「異世界には、こういうゲームがあるんだってよ」
 中身のなくなった銀紙の塊を指先で弄びながら、シオンは言った。
「細く、固く焼いた生地にチョコレートをかけた菓子を、ポッキーと言う」
 いささか体を反らし気味に、シオンは言った。
「その、端と端をくわえて、同時に食べ始める。先に口を離したほうが負け、と言うゲームだそうだ」」
「……」
 それでは、どちらかが負けを覚悟で離さないかぎり、二人の唇は触れてしまうことになるではないか。そう言う遊技が公然と行われる異世界とは、一体どういう場所なのか。セイリオスは思わずうつむいて、口元を手のひらで覆った。
 そんなセイリオスの心の内を、どう解釈したのか。シオンはセイリオスを覗き込んだ。
「お前が先に離したから、今回は俺の勝ちだな」
「……お前が勝ったから、だから、何なのだ」
 小さな声でそう言うと、にやりと笑ってこう返された。
「続き」
「は?」
 問い返す暇もなく抱きすくめられて、長椅子に押し倒される。見上げると、そこにはシオンの嬉しそうな笑顔があって、それにつられて、ついセイリオスも微笑んでしまった。
 そして、いつも、こうやって、してやられているような気がする。

おまけ。



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