MS−05ザク
ジオン公国軍初の実戦用モビルスーツ。プロトタイプザクと呼ばれるMS−04は、実戦に耐え得るモビルスーツであったが、それを更に軽量化し、機能的に無駄な部分を削除して完成した。宇宙世紀76年5月に量産が開始され、同月創設された教導機動大隊を皮切りに、MS−05ザクによるモビルスーツ実戦部隊の編成が進んだ。しかし、キシリア=ザビ少将によって突撃機動軍が設立された78年10月頃には、新開発されたMS−06ザクUが既に生産の中心となっていた。性能的に劣るMS−05は、MS−06と同一チーム内で作戦行動を取るのが難しく、開戦後次第に前線から輸送、工作部隊へと送られていった。MS−05が主力兵器であった時期は短かったが、とりまわしが楽だった為特に輸送部隊では評判が良く、終戦まで各地で愛用された。
正式にはMS−05がザク、MS−06がザクUであるものの、大戦中はMS−06が主力で生産機数も多かったため、一般にはMS−06をザク、MS−05を旧ザクと呼ぶことが多い。
MS−05A
MS−05ザクの初期生産型。教導機動大隊は、Aタイプ27機をもって創設された。生産開始から間も無く、改良型であるBタイプへと生産が移行したため、生産機数はあまり多くなかった。Aタイプは主にモビルスーツの改良、新型開発や武器テストなどの試験機として使用されたが、少数は実戦部隊に配備されている。
MS−05B
MS−05ザクの後期生産型。このBタイプにより、初のモビルスーツによる実戦部隊が誕生した。装甲材質の変更やコクピットの改良が行なわれているものの、外見はAタイプと全く同じである。
MS−06ザクU
MS−05ザクを全面的に再設計し直すことによって誕生したのが、このMS−06ザクUである。形状がMS−05と異なっていたため、新たな形式番号が与えられた。その優れた設計思想は、以後のモビルスーツに大きな影響を与えた。一年戦争での主力モビルスーツであり、各戦線の状況に合わせて生み出された、様々なMS−06シリーズの基礎ともなった。
MS−06A
MS−06シリーズ初の量産機。右肩にシールドを装着しておらず、両肩のアーマーはスパイクの無い丸型であった。生産機数は少なく、早々に次のCタイプへと引き継がれた。
MS−06C
MS−06シリーズ二番目の量産機。いわゆる「ザク」の外観を決定付けたのが、このCタイプであった。戦争の気運が高まる中、Cタイプによるモビルスーツ機動部隊の編成が急がれ、一年戦争開戦時の主力として活躍した。この後Fタイプへと、順次生産ラインが切り換えられていった。
MS−06F
MS−06シリーズの中で、三番目の量産機がこのFタイプである。「ザク」と言えば、主にこのFタイプを指す。A、Cタイプとは性能的にほとんど差がなかったものの、トータルバランスに優れ、あらゆる方向へ発展していくモビルスーツの原点ともなった。単一機種での最多生産機数の記録を持っており、終戦まで使用され続けた。
Fタイプの中には宇宙機雷敷設の為に、機雷散布ポッドとバーニヤが一体となったランドセルを搭載したものもあった。地球からルナツーへの航路や暗礁空域で活躍したこの機は、兵士の間で「マインレイヤー」と呼ばれていた。ランドセルに補助燃料タンクがついていたため、ノーマルのFタイプより航続距離が長かった。
MS−06FS
Fタイプのマイナーチェンジ版。白兵戦強化の為、頭部に30ミリ機関砲を左右二門ずつ、計四門装備している。生産機数は非常に少なく、Fタイプの生産ラインの中で製造されていた。
ガルマ=ザビ大佐専用機は、このFSタイプにチューンアップを加えたものである。
MS−06S
指揮官用ザク
一年戦争開戦直前に、優秀な中隊長クラスのベテランパイロットからの要望により開発されたのが、このSタイプであった。Fタイプを改良、発展させたもので、Fタイプに比べ推進エンジンの出力が約30パーセント向上している。しかし、エンジンの高出力化に伴う燃料消費量の増大により、戦闘時間が限られることが問題であった。対策として燃料積載量の増加がはかられたものの、基本的に少ない燃料積載量は、後々まで大きな課題として残されることとなった。
Sタイプは約百機が生産され、主に指揮官向けに配備された。有名なシャア=アズナブル少佐の愛機も、このタイプであった。
MS−06R
高機動型ザク
Fタイプのザクを空間戦用に強化した機体が、高機動型と呼ばれるこのRタイプである。当初はFタイプの改造という形で、背部のランドセル、腰部のスカート、脚部のバーニヤの三点に改良点を絞っていたが、最終的には全面再設計の運びとなった。開発は月面グラナダ基地で行なわれ、エリオット=レム少佐による二週間にわたる各種テストを経て、量産が開始された。
Rタイプは操縦が難しく、技量の劣るパイロットにはとても乗りこなせないものであったが、その機体性能は極めて良好であり、各地のエースパイロットに愛用された。しかし、性能向上に伴う内部機構の複雑化は、製造工程を圧迫し、予想以上の高コストとなった為、大量生産はされなかった。その結果、常に需要が供給を上回り、ベテランパイロットの間では「連邦の戦艦を沈めるより、Rタイプを手に入れる方が難しい」とまで言われていた。
MS−06R−1
Rタイプの初期生産型が、このMS−06R−1である。初回生産数は22機で、テストも兼ねて各戦線に送られた。R−1の使用報告ではその優れた戦闘能力を認めながらも、推進エンジンの作動不良と積載燃料の不足が指摘されたため、すぐさま改良型のMS−06R−1Aが開発された。後にR−1のうち十機が、R−1Aへと改修されている。
MS−06−1A
MS−06R−1の欠点である積載燃料の不足を克服するため、補助燃料タンクをカートリッジ式にしたのが、MS−06R−1Aであった。推進エンジンも換装されたR−1Aは、R−1より格段に使い勝手が良くなっており、シン=マツナガ大尉や黒い三連星など多くのエースパイロットに愛用された。そのため、生産数に比べ大きな戦果があげられている。
MS−06−2
大戦も中盤に差し掛かった頃、軍部ではMS−06Fに代わる次期主力モビルスーツが望まれていた。その一候補として開発されたのが、このMS−06R−2である。R−1Aとの違いは、装甲材質の変更、脚部装甲の強化、積載燃料の増加、搭乗方法の変更などだが、内部機構も性能向上のためさらに複雑化しており、最早ザクと呼べる機体ではなかった。Fタイプの後継機選定ではMS−R09リックドムと争い、一部性能では上回ったものの総合性能では及ばなかった。操作性の悪さや、量産するにはコストが高くつき過ぎる点なども相まって、Fタイプの後継機としてリックドムが選ばれたため、試作四機が完成した時点で生産中止が決定した。
試作四機の内、三機はエースパイロットにまわされたが、その中でも有名なのがジョニー=ライデン少佐の乗る真紅のR−2であった。残る一機は開発チームに残され、腰を中心に徹底的に改造された後、MS−14ゲルググの試験機として使用された。これはMS−06R−3、通称ザクVと呼ばれたが、正式名称では無く開発チームが便宜上付けたものである。正式な記録が残っておらず詳細は不明だが、関係者の証言によれば、MS−14用に開発されたパーツを多用していたため、ゲルググとザクの中間の様な外観をしていたらしい。
MS−06J
陸戦用ザク
ジオン公国軍初の陸戦用モビルスーツが、このMS−06J陸戦用ザクである。当初軍上層部は、地球侵攻の際MS−06Fをそのまま転用する事を考えていたものの、自重75トンに及ぶMS−06Fでは重力下での運用に耐えられ無いとの判断を下し、Fタイプを陸戦用に改良したJタイプの開発を決定した。主な改良点は、Fタイプから地上戦に不必要な空間戦闘用の各種装備を取り除いた事である。これにより軽量化を図り、重力下でのパワーロスを抑えるとともに運動性能の向上を目指した。
気球降下作戦直前に完成したJタイプは、テストを兼ねて第一次降下作戦で地球に降りているが、本格的な投入は次の第二次降下作戦からであり、攻撃部隊の主力となったのは第四次降下作戦時であった。地上では反作用を気にせず各部位に武装を施す事が出来たことから、より柔軟な作戦行動が可能となったが、重量バランスの関係から脚部にミサイルポッドを装備しただけのものが多かった。
生産は主にグラナダとキャリフォルニアベースが担当していた。性能は満足いくものであり大戦末期まで増産が続けられたが、地球上の広大な占領地域に対する絶対数がとても足りなかった。その結果、単体、もしくは小隊規模での作戦行動が多くなり、各個撃破される原因ともなったのである。
MS−06K
ザクキャノン
MS−06Kザクキャノンは、対モビルスーツ戦における中距離支援用モビルスーツとして開発された。当初地上部隊の作戦行動を援護するため、機動力の高い対空防御兵器として考案され、それもJタイプのランドセルに、対空砲をオプションとして装備するだけのものであった。これは重装備に対する推力不足や、重量バランスの問題から開発は難航した。大戦も後期に入った頃、開発を担当していたキャリフォルニアベースに、連邦軍がキャノンタイプのモビルスーツを開発中との情報が入った事により計画自体が再検討されることとなった。それにより、対空兵器としてではなく対地支援用として新たに開発が進められた。
KタイプはJタイプと違いモノアイが全周式となっており、右肩には通常火薬式の180ミリキャノン砲が装備されていた。このキャノン砲は背部のランドセルと一部一体化しており、ランドセルを換装すればJタイプと同様の運用が行なえた。また、ランドセルには近距離モビルスーツ戦を想定し、ビッグガンの装着が可能であった。その他、脚部にはMS−07グフを開発した時のノウハウを活かし、補助推進装置が取り付けられていた事から、機動力が大幅に増している。性能は良かったものの、結局最後まで重量バランスの問題が解決できず、試作九機が作られた段階で開発は打ち切られた。
試作された九機は、イアン=グレーデン中尉率いるザクキャノン中隊として編成された。主にキャリフォルニアベースの守備にあたり、全機実戦参加している。
MS−06D
デザートザク
MS−06Dデザートザクは、地球攻撃軍の強い要望により開発された、熱帯、砂漠戦専用モビルスーツである。Dタイプは、陸戦用であるJタイプの実戦データを基にして、設計が行なわれた。キャリフォルニアベースで開発が進められていたが、同時期に陸戦型汎用モビルスーツとしてMS−07グフが完成間近だった事から、局地戦闘用としてアフリカ戦線での使用に主眼が置かれた。
機体は軽量化が図られるとともに、熱帯での冷却効率を考え、ランドセルに大型冷却装置が搭載されており、また、砂漠での迅速な移動のために、腰部及び脚部に補助推進ユニットが新たに設置されていた。間接部には防砂処理が施されており、Jタイプに比べ、砂塵による故障は大幅に減少した。その他、部分的な装甲強化に加え、武装も腕に三連装ミサイルポッド、腰にクラッカーポッドや連装ミサイルポッドの装着が可能であり、戦闘能力が向上している。
Dタイプの開発が終了し、アフリカ戦線に配備されたのは大戦中期以降であった。総生産機数は百十四機で、主にアフリカ及び中東に投入され、主力モビルスーツとして活躍した。
Dタイプにはダブルアンテナタイプとシングルアンテナタイプの二種類があり、前者は頭部通信用アンテナが二本、後者は一本だが、性能にさほど差はない。ダブルアンテナタイプはカラカル部隊でのみ使用された。
MS−06M
水中用ザク
ジオン公国軍にとって、地球侵攻時に広大な海洋を抑えるための海上戦力の不足は、大きな問題であった。そのため、開戦前年より地球侵攻を見越し、Fタイプをベースに水中も使用可能なモビルスーツの開発に着手していた。主な改造点は、水流エンジン搭載型ランドセルの装着及び、各間接部に対する防水シールドの設置、また手足への補助推進機の装備等であった。しかし、空間戦用として気密性に優れたFタイプも、防水に関する改造は上手く進まなかった。
苦難の末試作機が五機完成した後は、北大西洋での実験の為に地球へ降ろされた。潜水艦隊「シーサーペント」により海中での稼動実験が繰り返されたが、ザクの形状からくる水の抵抗が大きく、運動性能は極めて悪いものであった。その結果、水中用ザクの開発は中止され、同時開発されていた新型水陸両用モビルスーツの試験機にまわされる事となった。それに伴い、形式番号もMS−06MからMSM−01に変更されている。
MSM−03ゴッグが完成した後は、試験機としての任を解かれ捨て置かれたが、大戦末期には全機実戦参加している。追加試験機二機を加えた七機のMSM−01の配備先は、「シーサーペント」「レッドドルフィン」に二機ずつ、「グリーンサイレン」「ナーガV」「マンタレイ」に各一機ずつであった。主装備は胸部装着用ミサイルポッドであるブラウニーM8タイプの240ミリミサイルポッドで、全機に装備された。その他、水上艦艇攻撃用のサブロックガンを使用した機もあった。
MSM−01七機の詳しい戦績は、記録が失われているため不明である。
MS−06E
ザク強行偵察型
ミノフスキー粒子の干渉下での偵察用モビルスーツとして考え出されたのが、Cタイプ、Fタイプのザクから戦闘用の機器を取り払い、各種探知システムを追加したザク強行偵察型であった。ランドセルの大出力推進ロケットで加速した後、高速で連邦の軍事施設及び艦隊へ偵察を敢行し、そのまま高速離脱するという運用方により、ジオン軍は貴重な情報を入手する事が可能となった。また僅かではあるが、陸上用装備を施された機体が地球でも使用されていた。しかし、自由に偵察活動が行なえたのも大戦中期までで、それ以降は連邦軍も迎撃体制を整え、撃墜される機も増え始めた。
MS−06E、MS−06E−3は独自の生産ラインをもたず、C、Fタイプの機体を流用して作成されていた。
MS−06E
一年戦争初期、各地で活躍したのが、このMS−06Eであった。敵の至近距離での強行偵察のため、頭部モノアイを大口径の高精度カメラに換装し、モノアイゲージを縦方向にカッティングしモノアイの稼動範囲を拡大させた上、装甲を外した両肩には左右方向にカメラガンを、腰部の関節ブロックには高感度カメラを設置している。また、帰還率を向上させるために、ランドセルの推進ロケットにはSタイプと同じ大出力のものを使用し、胸部には緊急脱出用に補助ロケットが装備されている。積載燃料も約10パーセント増量しており、長時間の偵察行動に耐えうるように設計されていた。
主にソロモンやア=バオア=クーの施設で製造され、終戦までに約100機が実戦に投入されている。基本的には戦闘用装備を持たないが、必要に応じて武装して出撃する場合もあり、機動性に優れていたためその戦闘能力は高かった。偵察時には「CE−16TXカメラガン」を携帯してたが、中にはザクマシンガンを持って強行偵察を行なった機も確認されている。
MS−06E−3
大戦中期、Eタイプを改修し高性能強行偵察機として誕生したのが、MS−06E−3である。頭部カメラを三基一体型とし、ランドセルを全面的に再設計して背部複合探知システムを塔載した。これにより、カメラによる光学的な偵察しか行なえなかったMS−06Eに対し、レーザーや超音波を使用し、より広範囲に渡って精密な偵察が可能になった。
E−3タイプの背部複合探知システムには計六枚の翼状のブームがついており、これが偵察目標に対して向きを変える事から、兵士達の間では「ザクフリッパー」の愛称で呼ばれていた。
E−3タイプの最大の活躍は、ア=バオア=クー攻防戦直前の連邦艦隊への強行偵察である。この働きでジオン軍は、ソーラレイの被害による再編成後の連邦艦隊の正確な戦力を知る事が出来たといわれている。
MS−06V
ザクタンク
汎用性の高いモビルスーツは戦闘行動のみならず、建設作業などにもその性能を遺憾なく発揮していた。しかし、常に数の不足に悩まされていた最前線ではモビルスーツをほとんど戦闘に廻しており、一般的な作業に使用する余裕はなかった。そこでアフリカ戦線の工作部隊により、戦闘能力を失ったザクの上半身とマゼラベースを組み合わせて作られたのが、このザクタンクであった。廃物利用の一環ではあったが十分実用に耐えられる出来であったため、後に認められてMS−06Vの形式番号が与えられた。
手は工業用マニピュレーターに付け替えられており、装備として背部には作業台や荷物デッキなどが用途に合わせて装着されていた。マゼラベースに常備されてるもの以外に固定武装は持たなかったが、大戦末期には兵器不足を補うために、一部が武装を施されて出撃している。その多くは戦闘により破壊されてしまったため、どれほどの戦果をあげたかは不明である。
MS−06V−6
ザクタンクには様々なバリエーションが存在していたが、終戦時にはほとんどが焼失している上、現地生産であったことから資料も少なく、その詳細は不明な点が多い。このV−6タイプは主にボルネオ地域で使用されたもので、大型マニピュレーターを使用して生産効率を向上させている。通称「グリーンマカク」と呼ばれており、現存する数少ないザクタンクシリーズの一つである。
MS−06W
一般作業用ザク
地球攻撃軍の現地工作部隊により、単体では使用不能となったザクのパーツを組み合わせて制作されたのが、一般作業用ザクである。大戦中期頃、西部アジア地区でその存在が確認されてから以後アフリカ方面に広まっているが、使用地域が限定されており普及はしなかった。MS−06Wの形式番号は正式名称ではなく、Wタイプとは前線での慣例的な呼び方であった。Wタイプは、MS−05やMS−06各種の使用可能な部品を使って生産されていたため二つと同じ機体は無く、中にはMS−07グフの一部を使用したものもあったと言われている。
正式な装備は決まっていなかったが、左腕にウインチ、右腕に大型スコップ、背中に荷物デッキというのが一般的であった。その他、現地のあり合わせで作られた工作機器を装備しており、用途に合わせて運用されていた。ザクのバリエーションの中には作業目的で作られたモビルスーツとしてMS−06Vザクタンクがあるが、Vタイプと違い手は工業用マニピュレーターではなく、ザクのものをそのまま使用していた。
Wタイプには戦闘能力は無く一般作業にしか使用できなかったものの、大戦末期のモビルスーツ不足のおり、武装が施されたものもあった。だが、これらが実際に戦闘に参加したかは不明である。
MS−06Z
サイコミュシステム試験用ザク
一年戦争の後期、ジオン公国軍上層部のなかでも、俄かにニュータイプパイロットに対する注目が集まり始めた。そこで終戦の約二ヶ月前から開発が開始されたのが、サイコミュシステムを搭載した有線誘導式ビーム兵器によるオールレンジ攻撃が可能な空間戦用モビルスーツ、すなわちMS−16(後にMSN−02に変更)であり、そのための実験機として制作されたのが、MS−06Zサイコミュシステム試験用ザクであった。
Zタイプは先行して開発が進められていたMAN−03ブラウ=ブロの実験データをもとに試作され、サイコミュシステムにおける各種実験に使用された。ここで得られたデータは、全てMS−16の開発にフィードバックされている。
MS−06Zの機体はFタイプを改造したものであるが、可能な限りMS−16に仕様を合わせてあるため、頭部以外にザクの原形を留めておらず、ザクと呼べるようなものではなかった。全部で三機作られ、そのなかの二号機は高機動試験機としてさらに改造が加えられている。
MSN−01
サイコミュシステム高機動試験機
高機動下におけるサイコミュシステムの作動実験用にZタイプの二号機を改造して作られたのが、MSN−01サイコミュシステム高機動試験機である。Zタイプの脚部を取り外し、腰部に大推力ロケットを直接マウントしている。Zタイプでは燃料積載量及び推力の関係で行なえなかった、長時間に渡る高機動行動でのサイコミュシステムの実験データの収集に使用された。
しかし、ザクをベースにしていることから来る機体の耐性、行動時間の制限等の制約は大きく、満足のいく実験結果は得られなかった。