どこまでトモダチ?

『あ、あの・・アイスコーヒーをお願いします』 いつもの歯切れの良い彼女を知らない人なら大して気にも留めなかっただろうが、 あいにくこの店の人間で彼女のことを知らない人はいなかった。 『さとみさん?どうなさったんですか?元気がないように見えますが・・』 いつも通りの丁寧な口調で話しかける雪子の声。 人の気持ちを常に気にする彼女は心の底からさとみの様子を心配していた。 別に、いつものさとみが非常に落ちついているとか、どもったことがないとか、 そう言うことではない。しかし、今のさとみは明らかに変なのだ。 きょろきょろ店内を見回していたり、雪子が注文を訊ねてもなかなか反応しなかったり。 『・・・・・・え?ううん、調子なんて悪くないわよ。』 『そうですか・・それなら良いんですが。』 本当は納得なんてしていないのだが、 これ以上この話を続けてもしょうがないと雪子は悟る。 『では、少々お待ち下さいね』 オーダーを厨房の方へと持っていく雪子の後ろ姿を見つめながら さとみはほんの少しだけ自嘲気味の笑いを浮かべた。 『はぁ・・いつも通りの私でいると思ってたのに・・・全然ダメね』 さっきから頭の中では翔子への言い訳めいた言葉ばかりが浮かんできている。 うまい言葉を探そうとすればするほどにどんどんはまっていく感じ。 つきあいの長い翔子に言う言葉なんだから、それこそ簡単に言えばいいのだ。 そう、分かっている。でも、わかっているからなんだというの? 「しっかり者」「さばさばしている」「まとめ役」 周りのみんなは私のことをそう言ってくれるけど、そんなこと無い。 いまだって、大切な友だちに言わなければならない言葉が浮かばない。 『はぁ・・』 何度目かの溜息。店内を行き交うウェイトレスの姿を見るのが何となく嫌で 近くにある窓から店の外を見てしまう。 祐介はお店の書類を持っていかなければならないとかで さとみが店に来たときには既に出かけていた。 祐介がいたからといって助けを求められるわけでもないのだが。 『さとみお姉さん!』 とてとてっ、という足音と共に聞き慣れた声がさとみの耳の中に入ってくる。 体の中心が瞬間的にしびれるような、全身の毛が逆立つような、 そんな感じがさとみの全身を襲う。 『さとみお姉さん、大学からの帰りですか?』 『う、うん。ちょっとお店に寄りたくなったものだから、ね。』 『雪子さんがぁ、さとみお姉さんの様子がおかしいと言っていたのでぇ、 えへへっ、ほんのちょっとだけ早めにお休みをもらって来ちゃいました!』 『雪子さん、そんなこと言ってたの? だ、大丈夫よ、私。おかしくなんて無いわよ。』 『そうですかぁ?翔子もなんだか今日のさとみお姉さんはおかしいと思うんですけど。』 『もぉ、翔子までそんなこと言って。いつもの私とどこが違うの?』 『さっきから翔子の顔を見てくれません。』 『・・・・・っ』 心の底を見透かされたような翔子の言葉にさとみは思わず言葉を失う。 きっと翔子は思ったことをそのまま言っただけなのだろう。 隠そうとしていたものが全く隠せていなかった事が 何とも言えない恥ずかしさに感じられてしまい、さとみはうつむいてしまう。 『さとみお姉さん?あ、あの・・ 翔子何かいけないことを言ってしまったでしょうか?』 『・・・ううん、言ってないよ、安心して。』 制服姿のままさとみの席の向かい側に座る翔子はおどおどした様子で 向かいのうつむいた女性の様子を見つめている。 自分が今言った言葉を何度も頭の中で反芻してみたけど、 おかしいところは何もなかったはず。 でも、私が何かしちゃったんだ、多分・・・ううん、絶対。 『あの・・さとみお姉さん、あの、先輩に言われたんですけど、 さとみお姉さんが何か私にお話があるって。』 『うん、・・・あのね、あのね、翔子。 私、翔子にいわなきゃいけないことがあるの。』 『はいっ、何でしょう?』 うつむいてしまっていたさとみの方が 自分の話題に反応してくれたことが嬉しかった翔子は 満面の笑みでさとみの言葉に返事をした。 『あ、あのね、祐介のことなんだけど・・』 『先輩のことですか?』 さとみは深く息を吐き、そして深く吸い込んだ。 自分の本当の気持ちがちゃんと翔子に伝わるように。 そんな考えだけが頭の中に浮かんだ。 さっきまで一生懸命考えていた言い訳めいた言葉の数々は いつのまにか頭の中から消えてしまっている。 『私、祐介のことが、好き・・なの。』 『はい。翔子も先輩のこと好きです!』 間髪入れず、さも当然のように答えを返す翔子。 もちろん、翔子が祐介の事を好きな事なんて百も承知だ。 今日のさとみは自分の想いの「先」を言わなければならない。 じっと翔子の目を見つめて言葉を紡ぐ。 いま、目を逸らしてはいけないのだ。 『祐介のこと、いいトモダチとしてはもう見れないの。 祐介を大事な人として、一人の男性として見るようになって・・。 それでね、私、今日、祐介に言われたの。「好きだ」って。 私も祐介に「好き」って言って・・』 さとみが発した言葉はとてもじゃないが練られたような言葉とは言えない。 とっても幼稚で、心をそのままさらけ出した言葉が次々と口から出てくる。 少なくとも、翔子が傷つかないように改竄された内容ではなかった。 『恋人・・・ですか?』 さとみの発した言葉を受けて、 翔子は右手の人差し指を軽く顎に当てて、頭を軽く斜めに傾ける。 時折、その口からは『え〜っとぉ』とか『つまり〜』といった言葉がかすかに漏れる。 一方で、自分の気持ちを言い終わったさとみは 目の前の翔子の行動を確認していなかった。いや、出来なかった。 「ついに言ってしまった」 達成感とも罪悪感ともつかない不思議な感情が心を覆う。 言葉が発せられるような、そんな感情ではなかったから。 ・・・・・・・・ 『・・よかったぁ!』 『え?何?』 ふと、さとみが我に返ると満面の笑みの翔子がそこにいた。 『よかったぁ!さとみお姉さん、先輩とお付き合いするんですね! 翔子ぉ、とっても嬉しいです!』 さとみの両手をとり、ぶんぶん振り回す。 店内全てに響きわたるような元気な声。 いつものあの、夏のお日様みたいな翔子の声だ。 『しょ、翔子だって、翔子だって祐介のこと好きなんでしょ? そんな簡単に「よかった」って・・』 『翔子は、先輩のこと大好きですけど、さとみお姉さんのこともだぁい好きです! 翔子の大好きなさとみお姉さんと先輩がお付き合いするんですからぁ、 これってとってもいいことだと思うんですけど・・違いますか?』 『だ、だって、それじゃあなたの気持ちは?』 その一言で翔子の動きが止まる。 『えっとぉ。さっき、ちょっと考えたんです。』 さとみの手を捕まえたまま、翔子はじっとさとみの目をのぞき込む。 『先輩とさとみお姉さんがお付き合いを始めたら、 翔子は先輩のことを嫌いにならなければいけないんでしょうか? 翔子が先輩のことを好きなままだと、お邪魔になってしまうんでしょうか?』 感情がすぐ顔に出る翔子の目には、たった数秒うちに涙が浮かんでいる。 『・・・・・ううん、そんなことない。そんなことないよ、翔子。』 『じゃあ、翔子は先輩のことを嫌いにならなくていいんですね!』 その答えを聞いて翔子はまた、ぶんぶんとさとみの手を振り回す。 ぶんぶんと振り回されながらさとみはふと冷静にここまでのことを顧みてみた。 ・・・何か変わったのかしら? 祐介とトモダチではなく、恋人としてつき合う。 翔子にそのことを告げた。 翔子はそれを喜んでくれて、でも翔子は祐介のことが好き。 祐介だって翔子のことが嫌いになったわけじゃない。 もちろん私だって翔子のこと、好き。大切な妹だもの。 ・・私や祐介は、翔子がどのように傷つくと思ってたんだろう? 翔子がどこかに行ってしまえばいい、とは思わなかった。 でも、心の中で勝手に翔子のことを「可哀想な子」にしてしまっていたのかな。 翔子のことを可哀想と思うことで自分の気持ちを押し隠していたのかな。 だとしたら、私たちは卑怯者だ。 もしかすると、翔子が一番真実を分かっていたんじゃないかな。 だって、この子は「好きなものは好き」とはっきり言える。 私も祐介も、そんな簡単なことが出来なかった。 とっても簡単なことだったのに、無理矢理に難しくしてしまっていたんだ。 そう考えているうちに、自然と自分の顔に微笑が浮かんでくるのが分かる。 だって、翔子はいとも簡単に絡んだ糸を解いてしまったんだもの。 『うふふ、翔子、やっぱり翔子ってすごいわよ!』 『えぇ〜、何がですかぁ?』 『それに比べて私も、祐介も、大バカよね、もぉ。あきれちゃう』 『えぇ〜、翔子、良く分かりません。どういう意味ですかぁ?』 『ふふっ、教えてあげよっか?』 『はい、教えて下さい、さとみお姉さん!』 『じゃあ、バイトが終わった後、久しぶりに二人でカラオケに行こ! そこで教えてあげるわよ。』 『ほんとですかぁ?二人でカラオケって久しぶりですよね!翔子嬉しい!』 『じゃ、終わり頃にまた来るから、その時ね。』 『はい、待ってますね!』 ・ ・ ・ ・ Piaキャロットから家までの帰り道。 いろんな思いがさとみの頭の中に浮かんでくる。 翔子は強い子だから、絶対に弱音を言わない。 でも、きっと、問題は綺麗に片づいてしまったわけではない。 綺麗に片づくなんて事は無いのかも知れないけど、 もしも、私が男だったら間違いなく翔子の事好きになるわよね。 『あ〜あ、私ももっと強くならなきゃね。』 大きく伸びをして、見上げた夜空に浮かぶ満月に語りかけるように呟く。 もっともっと、祐介が私を好きになるように。 祐介がもっと、私に頼ってくれるように。 私がもっと、自分に素直にいられるように。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 おしまい

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