『うそつき』

『でぇ?どうなの〜?耕治くんとしては』 『か、からかわないで下さいよ、葵さん(汗)』 ある意味、Piaキャロット事務室の名物となりつつある 皆瀬葵と前田耕治の休憩時間のやりとり。 大抵、話題は色恋沙汰と決まっている。 耕治とともみの少女漫画みたいな子供っぽいつき合いが 葵には面白くてたまらないらしい。 葵がからかって、耕治が赤面する。 それを涼子がまじめな顔でみつめている。 仕事の疲れをとるにはこんな気の抜けた会話が ちょうど良いのかも知れない。 『あれだけ可愛い子なんだもの、ねぇ?涼子?』 『・・・きゅ、急に話を振らないでよ、葵ったら・・』 『涼子が耕治くんの立場だったらもう、我慢できないわよねぇ?』 『そ、そんなこといわれても、私、よくわからないわよ(汗)』 『い〜や、涼子は我慢できない。賭けてもいいわよ?』 『葵・・・なにいってるのよ、もう。 だいたい、今は耕治君が主役でしょ?』 『りょ、涼子さん、話を元に戻さないで下さいよぉ。』 あ、そうそう。という顔を絵に描いたような表情を一瞬見せて 葵は耕治の顔を笑いながら見つめ、一言。 『で?実際の所、もう手は出しちゃったの? お姉さん達に嘘ついても無駄よ?』 『だから出してませんってば(汗)』 『またまたぁ、耕治くん。も、もしかして・・女に興味がないわけ?』 『・・そういうわけじゃないですけど。』 『あぁんなことやこぉんなこと、したくないの?』 『・・・』 『きっとまってるわよぉ?ともみちゃん。』 『・・・』 『それとも、ともみちゃんのことなんてホントは好きじゃないの?』 『・・・』 『耕治・・・君?』 『あらぁ?どうしたの?耕治くん』 いきなり黙り込んでしまった耕治の顔を涼子と葵が交互に見入る。 すぅっと強く息を吸い込む音。 『何も考えないわけ無いでしょう!!』 『あ・・』 『俺だって男ですよ?決まってるじゃないですか!! あんなに可愛い子と二人っきりになったり、 見つめあっちゃったりして、 いろいろ考えないようにするのが無理ってもんですよ!!』 あちゃ〜、という顔をして涼子の方を振り向く葵。 知らないわよ、という顔で答える涼子。 しかし、そんな周囲にはお構いなしに耕治の声は発せられ続ける。 『わかるでしょ?分かりませんか?いや、分かるはずです! いつだって抱きしめたいっていう気持ちを押さえ込んでるんですよ! でも、ともみちゃんのあの目に見つめられるとダメなんですよ、 大事にしなきゃいけない、そう思って自分を押さえ込んじゃうんですよ!』 静まり返った事務室に 耕治の「はぁ、はぁ」と肩で息をする音だけが響く。 思いついたことを『勢いにまかせて言う』という行動は 吐き出した後、精神的に意外に疲れる。 沈黙を打ち破って葵が口を開く。 『なるほど、耕治くんの気持ち、よぉ〜くわかったわ。 少々わかりすぎちゃったような気もするけど。ね、涼子?』 『そうね・・・。』 手に持ったボールペンを左右に揺らしながら ちょっと低めの声で答える涼子。 『す、すいません、俺、かぁっとなっちゃって・・・』 『いいのいいの。私たちだって調子に乗りすぎたのよ。』 『私は何もして無いじゃない(汗)』 葵はいつもの軽い調子で軽くのびをする。 『さてと、私たちの役目はこれでおしまい。 お店の方に戻りましょ?涼子。』 『そうね、戻りましょうか。』 手をひらひらと振り、耕治に別れの挨拶をしながら、 事務室を出ていく葵。涼子は二、三度耕治の方を振り返るが、 一方の葵はまっすぐに部屋から出ていく。 耕治にはわけが分からない。 どうも葵は怒って出ていったわけではないようだ。 とはいえ、まだ休憩時間が終わるには間があるし、 だいたい『私たちの役目』って・・・変に意味深げな台詞・・。 なんだか気が張ったような、気が抜けたような。 変な気持ちのまま、事務机をじっと見つめる。 大きな時計が時間を刻む音だけが響く。 こんこん・・ 事務所のドアを遠慮がちにノックする音。 ・・・まさか。 耕治の頭の中には最悪のシナリオがひらめく。 今の会話を・・ともみちゃんに聞かれて・・いた? 『失礼します』 ・・違う。この声はともみちゃんの声じゃない。 『あ、あれっ?美奈ちゃん、どうしたの?』 なるべく平静を装ったつもりだったけれど、 果たして美奈の目にはどのように映っただろう? 『えっとぉ、美奈は愛沢さんを探しに来たんですがぁ・・ あれ?耕治さんだけですかぁ? 事務室に行くって言ってたんですけど・・。』 『いや、俺、ずっとここにいたけど見てないよ? 葵さんや涼子さんに聞いてみるといいかもね。』 『はいっ、そうしてみますね。 ありがとうございます!!』 軽く一礼し、スキップ混じりに歩き出す 美奈の後ろ姿を見送る。 ふぅ、ともみちゃんじゃなかったか。 かいてもいない額の汗を拭う。 事務室に再び静寂が・・ ・・こつん 『あいたっ・・・』 ・・・残念ながら静寂は訪れなかった。 奧のロッカーの影から聞こえた何かにぶつかる音と 聞き慣れた声。 耕治が先ほど思い浮かべた最悪のシナリオの 斜め上を行くシナリオがそこにはあった。 『・・・・・ともみ・・ちゃん?』 『・・・は、はい!』 部屋の中には耕治一人だけ。 その耕治は奧のロッカーを見つめたまま動かない。 ひどく奇妙な空気が事務室を包み込む。 『ともみちゃん・・出て。』 神妙な声で話しかける。 『・・・』 遠慮がちに一人の女の子がロッカーの影から現れる。 『・・やられた』 耕治はその言葉をただただ、頭の中で呟いた。 完全に葵にしてやられた事だけが今の所の真実だ。 全てが彼女のシナリオ通りに進んだ。 それが真実だ。 『あ、あのね、お兄さん、違うの。 ともみ、お兄さんの事をだまそうとしたんじゃなくて。 あのね、あのね・・・。』 真っ赤な顔で賢明に弁解するともみ。 身ぶり手振りを交えて説明しようとしているのだが、 いかんせん言葉が全く出てこない。 あのね、あのね、と繰り返すばかりである。 『・・・葵さんとグルになって俺を笑いものにしたかったの?』 少し冷たさを含んだ耕治の声を聞いて、 ともみの顔が一瞬でこわばる。 『ち、ちがうの。ともみはね、あのね・・』 『こんなふうにでもしなくちゃ、俺の気持ちが分からなかったの?』 『ち、ちがうよぉ・・お兄さん、ともみね、違うの・・・』 『さぞ面白かっただろうね、思い通りに事がはこんで』 『ち・・・ちがうよぉ・・お、おにいさ・・ふえぇ・・うえぇぇ〜ん・・』 『もういいよ、言い訳なんて聞きたくない。』 『・・ひっく・・ひっく』 次々に大きな瞳から涙がこぼれ落ちるのを拭おうともせず、 ともみは真っ赤な目のままで耕治の顔を見る。 次の耕治の言葉を待っているのか。 それとも、言葉が止まるのを待っているのか。 『そんなに遠くにいられちゃ言いたいことも言えないよ。』 淡々とした耕治の言葉におびえた様子でともみは耕治の方に近づく。 目は床を見つめたまま。 時折何かを言おうとしてその口が開くが 下唇を軽く噛むようにして自ら口を閉ざす。 『・・・』 『・・・』 ともみは今、生涯で一番嫌な沈黙の中にいた。 こちらからはしゃべれない。 向こうからも何もしゃべってくれない。 頭の中は混乱し、この状況が夢であることを祈るだけ。 目を開けることさえも出来なくて、 この場から消えて無くなってしまいたかった。 ・・ふわっ えっ?えっ?何が起こったの? 耕治の顔がすぐそばにある。 腕が体の後ろにまわされている。 もしかして・・・抱きしめられてるの?私。 『お兄さん??』 『・・・さっきのお返し。』 『え?』 『びっくりした?』 『う・・・うん。』 『ごめん。』 耕治の声が耳のすぐ側で聞こえる。 状況を理解するほどにだんだん顔が熱くなってくる。 いま、ともみはお兄さんに抱きしめられてるんだ。 『俺さ、いつだってこうしたかったんだ。』 『・・・』 『何かと理由を付けて避けてたんだよね。 単に恥ずかしかった、ってのもあったんだけど。』 ともみは目をつぶって、耕治の声を追う。 顔は火照って熱いままだけど、 心の方は不思議と落ちついてきた。 『ともみちゃんはこういうの、イヤかな?』 優しい声の問いかけに、ともみはただ首を振って答える。 『何となく俺達のつき合いっぽく無いよね、こういうのって。 まぁ、たまにはいい・・・かな。』 今度はともみの頭が縦に動く。 次の瞬間、ともみは多分一生分の勇気を使った。 自分の両腕を耕治の体にまわす。 目をつぶったまま、ゆっくり顔を上に向ける。 ドラマか何かでしか見たこと無いこんな行動。 まさか自分がこんな事するとは思わなかったけど、 自然に体が動く。 耕治も自然に体が動いた。 『・・・』 『・・・』 耕治が腕を緩める。が、ともみの腕はまだ緩まない。 『お兄さん、大好き!!』 間違いなく部屋の外まで聞こえる大きな声が事務室内に響く。 『やっぱり照れるね、何となく。』 『だぁい好き!!』 『と、ともみちゃん、ほら、もう休憩時間も終わりだし、ね。』 『うんっ!』 耕治としては・・・ちょっと卑怯な方法だったかな、と思う。 でも、変な言い方になるけどこう、達成感があるかな。 ・・・やっぱりちょっと変な言い方。 二人で事務室のドアを開けて仕事場に向かう。 ・・・と、 とぅるるるるる・・とぅるるるるっ 『あ、事務室に電話か。ともみちゃん、先に行ってて。』 『お兄さんもすぐに来てね!』 『うん』 事務室のドアを開けると・・・ 『はい、もしもし?Piaキャロットです。』 『え・・・・・・・・・えぇっ?』 耕治は・・・呆然とした。 なにせ、だれもいないはずの事務室で、 耕治より早く電話に出たのは、 その場にいないはずの木ノ下店長だったからだ。 『はい、分かりました。では後日返答いたします。』 かちゃん。 『て、店長!!何でここにいるんですか?』 『お、おや、前田君。「何でここに?」って、 ここには私の机があるじゃないか。 ここにいるのはいたって自然だろ。』 店長の視線は耕治の顔を見ない。 耕治は密かに思った。 あれは万人が認める「うそつき」の表情だ。 『ずっと・・・いたんですか?』 『いや、その、机の下に落とし物をしてね。 それを探している内に皆瀬君や愛沢君や君が次々に現れてね。 何となく隠れてみたんだが・・・。』 確かに店長の机はさっきともみが隠れていたロッカーの更に奧にある。 あの机の下に隠れていたら、誰も気づかなくて当然だ。 『さて、と。私もそろそろ仕事に戻らなくては。』 いそいそと事務室から出ていく店長。 『やられた』 ・・前田耕治、今日2度目のこの台詞。 誰が一番のやり手だったのか。 当の本人にとっては既にそんなこと、 どうでも良いことになっていたが。

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