大きな手のひら

大きな手のひら


『でもでもでもでも〜』
『いくら「でもでも」言っても駄目。駄目なものは駄目なの。』
『でも・・』
『翔子。お願いだから分かってくれよ。
確かに今日出かけようって約束してたけど、
急に仕事が入っちゃったんだからしょうがないだろ?』
『・・・・』
『ね、この埋め合わせは絶対にするから、ね?』
『・・・うん。』
『じゃ、いってくるね。なかなか帰ってこないようだったら、
夕食は先に食べちゃっていいから。』
『はい。・・・でも、なるべく・・早く帰ってきてね。』
『もちろん。できる限り早く仕事は終わらせてくるよ。
じゃ、行って来るよ。』

やっとの事でむずがる翔子をなだめすかせ、
あまり磨いてもいない靴を履いて家を離れる。
いつもフォーマルな革靴を履くような用事があるときは、
前の晩に翔子が磨いてくれているのだが、
さすがに今日はそうもいかない。
まぁ、汚れが目立つわけでもないし、
少し時間が空けばどこかで磨いてもらえばいい。
多分、あっちの駅に靴磨きの機械があるだろう。

今日は書類を持っていって、立地条件を見て、
後は裏情報を仕入れるために少し酒を入れるぐらい。
相手にうっかり『いつでもそちらの時間に合わせます』
なんて言っちゃったのは確かだけど、
まさかこっちの休日にくるとは思わなかったな。
おかげで翔子に何かおみやげを買わなきゃいけなくなった。
出がけに見せたあの顔は納得したような顔をしてたけど、
多分・・いや、間違いなく機嫌を悪くしている。
この前約束を破ったときなんか・・・
・・・・・いや、思い出すのはやめよう。
とにかく、機嫌を直すような土産を買っていけばいいんだ。
こんな時のために服のサイズ、指のサイズは調べてあるし。
変なところでマメって言うか、弱気って言うか。
・
・
・
なんだかんだと考えているといつのまにやら駅に到着していた。
階段を駆け上がり、電車を待つ。
時間が有り余っているわけじゃないけど、
差し迫っているわけでもない。
つぎは・・15分・・・13分ぐらいか・・。
ずいぶんあるなぁ。階段を駆け上がる必要もなかったか。
いつもは車で移動しているから、
どうやってこの時間をつぶしていいのやらさっぱり分からない。
周りを見渡すと新聞を読んでいる人やら座り込んでいる人やら。
うまく時間をつぶしているとは到底思えないな。
周りから見れば俺もそういう風に見えるんだろうけど。

腕時計を見て、駅の時計をみて、を何度も繰り返す。
いくら時間を確認しても早く進む訳じゃ無いってのは分かってるんだけど
とにかく時間のつぶし方が分からないからな。
しかし、こんな事を繰り返すのもホントに時間の無駄だ。
何か、有益な事をしなくては。
短い人生、そうそう時間も無駄にできない。
・・・・・・・・う〜ん・・・・
そうだ・・・、とりあえず綺麗な女性でも探すか?
えっとぉ、だな、あくまで最近の流行を取り入れるため。
ほら、その、何だ。新しい制服のアイデアを考えるため。
だから、決してこの行為は疚(やま)しいものじゃない。
きっと翔子も分かってくれるさ。
そんな自己弁護を繰り返しながら、しっかりと女性を目で追う。

通勤時間や登校時間のどちらからもずれているせいか、
そんなに人がいる訳じゃない。
しかし、俺の鍛え抜かれた目は次々とターゲットを見つけていく。
自慢じゃないが、人を見る目、とくに女性を見る目は肥えている。
嘘だと思う奴がいたら、俺の周囲を見せてやれば納得するだろう。
別に俺が人を集めたわけではないが、
幼なじみから店員まで、平均の遙か上を行くような美人ばかりだ。
その中でもやっぱり翔子はダントツだな。
どこをとっても一番。
むふっ、むふふふふ、ふふふふふふふふふふ・・・・

『じろじろ人を眺めながら思い出し笑いなんて、
お店の評判に関わるんじゃないの?店長さん?』

し、しまった!!いつの間にか声を出して笑っていたのか??
もしかするとすごい大きな声で笑っていたのかもしれない。
いきなり注意されるぐらいだものな。やばっ、恥ずかしい・・。
お店の常連さんか?・・・そ、そうだよな、
後ろから、俺の顔も見ないで注意するぐらいだものな。

『ふふっ、祐介君。スーツ姿も意外に似合うじゃない?
やっぱり、あのときもうちょっと粘るべきだったかなぁ・・。』

俺を注意した女性は急に懐かしそうな、優しい声を出して
独り言のようにつぶやいた。
・・・俺は・・この声を知っている。
まだ振り返って顔を確かめていないけど。間違えるわけがない。

『麗香さん!』
『お久しぶり、祐介君。
ずいぶん大人になっちゃったね。』
『ホントにお久しぶりです!えっとぉ・・・』
『3年・・・ぶりぐらいかな?多分。』
『そうですね、麗香さんがバイトをやめて以来ですもんね。』

久しぶりに会った麗香さんは・・・とっても綺麗になっていた。
白いブラウスに黒いタイトスカート。
つまりはいわゆる『OL』の格好をしているせいもあるかもしれないけど
昔、少し感じた近づきがたいようなイメージは無くなって、
とっても柔らかい感じがした。
『歳』をとったって事じゃなくて、より『大人』になったっていうか・・。
もちろん、俺が初めて会ったときから麗香さんは大人だったけど。

麗香さんを久しぶりに前にして、Piaでバイトを始めた頃感じた、
自分が妙に幼く見えるような、あの感じが急にわき上がる。
・・・多分、あの柔らかい髪のシャンプーの匂いのせいだ。
何度か嗅いだ、あの匂い。大人の匂い。
店長なんかしているせいで、自分が大人になったと思っていたけど
やっぱり、ちょっとまだまだ・・かな。反射的にそう思った。

『せっかくこうして会えたのに、いきなりじろじろ人を眺めたりして。
やっぱり未だにエッチな性格は治ってないみたい。』
『あ、すいません(汗)。いえ、別に変な目で見てたわけじゃないんです。
その、なんというか・・やっぱり麗香さんって大人だなぁって思ってました。』
おどおどした俺の口調を耳にして、
麗香さんはくすっと笑って答えた。

『あれから三年も経つんだもの。私だっておばさんに近づいちゃうの。』
『いや、そう意味じゃなくてですね、ずっと綺麗になったって事ですよ。』
『くすくす、ありがとう。その性格、あいかわらずね。祐介君』
相変わらず俺は簡単にこの人に手玉に取られてしまう。
何なんだろ?人生経験の差か?・・・人間の差かもな。
不思議と麗香さんのペースに乗せられるのって悪い気がしない。
年上の女性にしか興味がないって人の気持ちも分からないでもない。

・・・・
それからしばらく、俺と麗香さんはお互いの話をしていた。
はじめに名刺交換をしたときには二人とも笑い出してしまったけども。
麗香さんは大学を卒業して就職し、
ここから五つぐらい先の駅の近くにある会社に勤めているらしい。
そんなに大きくない会社だけど、業務用のコピー機とか
そのあたりを扱っている会社で活気はあるみたい。
今日はたまたまちょっとした用事でここまで来たんだとか。
俺は俺でPia2号店の中で起きたちょっとしたことや、
店長になって遭遇した問題なんかを話した。
その中でも麗香さんは、前田君の話に非常に興味を持ったみたいだ。

『へぇ・・・2号店でもそんな話があったんだ。』
『留美なんか大騒ぎしちゃって大変でしたよ。
「ぜったい耕治君とつかさちゃんって子をくっつけるんだ!」って。』
『そうそう、留美ちゃんは彼氏、できたの?
あんなに可愛い妹に虫が付くのは、優しいお兄さんとしては
許せないとは思うけど。』
『いやいや、未だにあの通りのじゃじゃ馬でしてね。
色気のある話の一つも出てきやしないんですよ、まったく。』
『・・ふふふ、一つ、言い当ててみましょうか?』
『?』
『留美ちゃん、「前田君」って男の子が
祐介君に似てるって言ってたでしょ?』
『あぁ・・そういえば・・』
『あと、「つかさ」って子、なんとなく留美ちゃんに似てない?』
『言われてみれば・・・よく似てますね。』
『で、祐介君、ご感想は?』
『・・・・・・・??』
『ふぅ・・、良くこれだけ鈍くて稲葉さんと話が進んだもんねぇ・・』
『えっとぉ・・・よく話が分からないんですが。』
『ま、その方が祐介君らしくていいかもしれないか。
すれてなくて、おばかさんで、可愛くて。』
『・・・「可愛くて」って、麗香さぁん・・』
きっとこれから先もずっとこの人には子供扱いされちゃうんだろうな、俺。
でも、子供扱いを許す。いや、むしろしてもらいたい。
この人だったら子供扱いされてもいい。

『そうそう、ねぇ、知ってる?店長さん。Piaキャロットってね、
女子高校生の間でちょっとした伝説の場所なの。』
『あ、それ、俺も聞いたことあります。
なんでも好きな人と一緒にバイトすると絶対にうまくいくって奴ですよね。
おかげで、どう見ても働かなさそうな奴らがバカみたいに面接にくるんですよ。
「彼と一緒の日に働けないんだったらイヤですぅ〜」とかいっちゃって。』
『ふふふ、で、伝説の成就者としてはどう?』
『少なくとも結婚まで行くにはそんな簡単な事じゃないですねぇ・・。
変な霊やら神様やらがあの店に宿ってるっていうなら話は別ですけど。
だいたい、自分の力でどうにかしろって。
・・・・なんだか親父臭い言い方ですね、ははっ。』

そこまで言い終わって麗香さんの顔を見て、俺は息を飲んだ。
なんと表現すればいいんだろう。
・・柔らかくて、優しくて、はかなげで、悲しそうで。
語句が貧弱で情けなくなるけど、今までに見たことのない
「綺麗だけど不思議な顔」だった。
もし・・・今、俺の心の中に翔子の姿が無かったら、
駅だということも忘れて抱きしめてしまったかもしれない。
それぐらい、とても魅力的だった。

柔らかい秋の風がホームの中を駆け抜けて、
麗香さんの髪を軽く揺らす。
少し遅れて、シャンプーの匂いが俺に届いた頃、
止まった時間を破って、麗香さんが口を開いた。
『ふふっ、ちょっとだけ・・見とれちゃった。』
『麗香・・・さん?』
『なんでもないっ!』

そういうと、急に俺に近づいてほっぺたに柔らかいものを軽く押し当てた。

『近い内にかっこいい彼氏作って、お店に行くね。』
『えっと・・・あの・・・』
『久しぶりに祐介君に会えて嬉しかった。
稲葉さんとうまくいってるみたいで・・・うん・・ホントに良かった。』
『麗香さん、あの・・・』
『・・・じゃ、私、もう時間だから。
あんまり遅れると先方が怒っちゃうから、もう行くね。』
『えっと・・・では、お店でお待ちしてますね。麗香さん。』

最後に麗香さんは軽く俺に手を振って改札出口の方へ消えていった。
俺は、というと、右手を頬に当てたまま左手をぼぉっと振っていた。
背中に電車の到着を告げる風を感じる。
俺はぼうっとしたままで電車に乗り込む。
・・・やっぱり、あの人には永遠に手玉に取られたまんまだな。

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その後、俺は右頬にピンク色の痕を付けたまま、商談を済ませ、
翔子への土産を買い、夕食を食べずにけなげに待っていた翔子に
目の前に星マークが十個ぐらい出るくらいひっぱたかれたのだった。
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それから十分後、蛍光灯から暗闇が出てるんじゃないか?と思えるような
重〜い重〜いくらぁ〜いくらぁ〜い部屋にかかってきた
一本の電話がなければ、かなりやばい新婚生活になっていただろう。
電話の主は・・・やっぱり・・・・俺を手玉に取っていたのだった。

『いえ、俺があまりに油断していたせいだと思います。』
『翔子もそう思います。』
『・・・すいません・・。』

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