わがまま男と不安な背中

・・・今日、何度目かの目覚め。
汗で額にくっついた髪に触れ、
この目覚めが夢でないことを確かめる。
窓の外は薄暗く、やや赤みを帯びた光が
カーテンの隙間から長くのびている。

『結局今日一日中寝っぱなしか。』

意を決してベッドから重い体を持ち上げる。
寝足りないのではない。全身がだるいためだ。
昨日から急にあがりはじめた熱のせいでだるいのか、
今日一日寝疲れてだるいのかは分かりかねるが。
とりあえず時間が五時をまわっていることを確認し、
続いて自分の喉の乾きに気づいた。

『・・・まったく、面倒くさい。』

昨日に比べたら格段に軽くなった体だが、
まだまだ完全な管制下にはないようだった。
数歩先のドアにたどり着くまでに
何度か体を支えるものが必要だったのもそのせいだ。

体が不調になると、普段気にもとめないようなものが
変に気になり出すのって俺だけなのだろうか。
台所へ向かう廊下の途中、何度か後ろを振り返る。
多分、健康なときには押さえ込めている不安な気持ちが
こういうときには解放されてしまうんだろうな。
この年になって背中が不安だっていうのもやや情けないが、
何ともいえない不安な気持ちが抑えられないのはしょうがない。

だいたい、人間の体の構造が変なんだ。
普通の人間は自分の背中を一生見ることができない。
ついでに、覆い隠すことだって出来やしない。
そんな背中に大事な神経とか走ってるわけだから、
コレは間違いなく構造上のミスだよな。
体調が良くないときに不安を感じるのもしょうがないな、うん。
髪を洗っているときに後ろが気になるのは・・・
いや、それは単に小心者なだけか。

何杯かの水を飲み干し、喉を潤す。
喉が痛いわけではないのが幸いだった。

一息ついてこれから何をすべきかを考える。
そうだな、どうせだから米でも研いでおくか。
さとみはまだ仕事の時間だし。
ちょっとぐらい家事の手伝いをしてやらないとな。
・・・ん?まてよ、いつも何合炊いてるんだ?
っていうか、そもそも米はどこにあるんだ?
ずっとこの家に住んでいるハズなのに米の場所も
分からないって言うのは、かなり問題のような気もするな。
三日も一人にされたら死ぬかも、俺。

とにかく、俺ができそうな食事の用意といったら
米を研ぐぐらいで、それができない以上、
はっきりいって何にもする事がない。
頭がぼっとしていることも手伝って、その場に佇む。
まぁ、佇むっていうか、単にぼけっとしてるだけだけど。

ウゥン...ウゥゥゥゥン...キキィッ

聞き慣れた軽自動車の音が家の近くで停まる。
・・・あれ?何でだ?もう10時になったのか?

『ただいま!祐介、大丈夫?』

張りのある声が家の中に響き、
それに引き続いて早足でこちらに向かって来る。
足音が一度止まったのは多分俺の部屋の前でだろう。

『さとみ、お帰り。こっちだ。』

口から出た声はどちらかといえば『漏れた』ような声。
さとみに気を使わせないように、なるべく元気な声を
出したかったのだが、見事に気の抜けた声になってしまった。
こんな声でもどうにかさとみの耳には届いたらしく、
気配と足音が台所に向かって来るのを感じた。

『・・・どうしたの?こんな所に突っ立って。
もう熱の方は大丈夫なの?』
『いや、喉が乾いちまったもんだから。
それよりも、さとみ、仕事はどうしたんだ?』

米が見つからなかったことはとりあえず秘密にしておいた。

『お義父さんが「今日は先に帰っててくれないか」って』
『なるほどね、さぼった訳じゃ無いわけだ。』
『もぉ、すぐにそういう事言うんだから・・・』

いつもだったらもっと突っかかってくるハズのさとみだが、
さすがに今日は心配そうな目で俺の顔を見ている。
「子供じゃないんだから。」と言おうとしてさすがにやめた。
人に心配してもらえるってのは幾つになっても嫌なものじゃない。
心配されすぎるのは嫌なものだけど。

『ま、さとみが帰ってきてくれて嬉しいよ。』

彼女の顔から少し目をそらしながらつぶやく。
こんな台詞、正面を見据えて言えるもんか。

『ふ〜ん、祐介、寂しかったんだ?』
『ば、バカいうなよ!そんなわけないだろ!』
『ボク寂しかったでちゅ〜』
『違うって!勘違いするな!』
『ふ〜ん』
『もう寝るぞ!』
『何か食べられそう?』
『食べるものがあるならな』
『じゃ、ちょっとまってて』

イスに腰掛けて、ひたすらに待つ。
今のところ、コレしかすることがない。
不思議なことに、さっきまで頭にかかっていた
靄(もや)のような熱は晴れかかっていた。
多分、さとみとのハイテンションな会話が効いたのだろう。
それに、えもいわれぬ背中の不安も消えかかっていた。

いったい何だったんだろう、あの不安な気持ちは。
一人でいたときはあんなに気味悪かったのに、
たった一人が、こうして側にいるだけで
こんなに楽になってしまうなんてな。

ついさっきまで何も食べ物が無かったように見えた
台所からいくつかの匂いが立ち上りはじめる。
ふむ、なかなかさとみもやるじゃないか。

『雑炊とかの方がいいよね?』
『あぁ、そうだな。その方が助かる。
カニ雑炊とかがいいなぁ。』
『贅沢言わないの。』

出された料理はとてもシンプルなものだったが、
どれも消化の良さそうなものばかりだった。
で、さとみの前に並んでいる料理もやっぱり同じものだった。

『何もさとみまで同じもの食べなくたっていいのに。』
『一人分作るのも二人分作るのも一緒なの。
それにちょっとおいしそうにできたし、ね。』
『いつだっておいしいに決まってるだろ。』
『あは、ありがと。』

昔と変わらない笑顔。やっぱり・・・可愛いな。
最近は綺麗って言葉の方が似合うと思ってたけど、
こういうときのさとみの顔はお世辞抜きで可愛い。

『なぁ、さとみ。』
『ん?』
『風邪をひいたときって、変に不安にならないか?』
『ん〜、言われてみればそうかも。』
『普段気にとめないようなものが気になったり。』
『あるある、壁の模様とか、そういうときに限って
人の顔に見えちゃったりして。』

こうやって話している間にも背中の不安が消えていく。
・・・・・・何となく、分かったことがある。
人の背中は不安なままでいいんじゃないかって。
不安だから、こうして不安を埋めてくれる人を探すんだろう。
自分の背中を誰かに守ってもらって、
誰かの背中を自分が守ってあげる。
コレができたから、人間は非力なのに
こんなに強くなれたんだろうな。

『どうしたの?祐介。やっぱり食欲わかない?』
『いや、ちょっと考え事。』
『なに考えてたの?』
『そうだなぁ、さとみが風邪をひいたら教えてやるよ。』

〜おしまい〜

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