(手紙)


『君が何時にこれを読むか分からないので、今私がこれを書いている時間で挨拶をしますね。今晩は。
 いつもいつも口やメールばかりで君に話をするので、ちょっと今日は趣向を変えてみました。
 ・・・今日と言っても、君がこれを読むのはきっと一週間も後なのでしょうけれど。』

手紙


信二は元々、この時々首をもたげる優等生気質が厭で仕方なかった。
例えば冥と喧嘩して、明日は学校を休んでしまおうとしても
朝定刻になるとぱっちりと目が覚めてしまう。
例えば、如何なる間違いも正さないと気が済まない。
正直周囲から時たまに疎まれているのは知っていた。

その優等生気質が奮い立つと、どう言う訳だか
命令された事や指示された事はきちんとこなさないと気分が悪くなる。
テストを出されたなら、問題を完璧に解くこと。
掃除をするなら、指示通り綺麗にすること。
完璧主義の性格と併せて、自分でも見ていて異常とも思える粘着質な行動を発作的に執っていた。

信二は、だからこの優等生的行動が今出てしまった事に心の中で納得をしつつも
我に返った後の後悔の念で顔をしかめた。
優等性的行動・・・小さな拳銃一丁にしては多すぎる程の死体の山を作ってしまった事に。




先刻の阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい騒々しい叫び声の渦とは逆に、今は水を打ったように静かだ。


信二は、たくさんの死体の前に座ったまま記憶を反芻する。


「はーいvそれじゃあ皆、頑張って生き延びてねv」
ビデオの中の女が甲高い声で手を振り、ノイズに飲まれてゆく画像が頭をよぎる。
「ああ、大丈夫だ。生き延びりゃあな。」
戻ってからの身の保証を質問した生徒に、何のこともなさげに答える監督の姿を思い出す。

・・・

バス内での事は前後含めて、あのガスのせいか思い出すには至りそうにない。

「何だよ、集合なんかまだ先だろ・・・」
不機嫌そうな顔の冥。今朝だ。
5時の集合だからと、通学時間+a程逆算して迎えに行ったら
この出迎えの言葉を言われたのだ。
悪態だが、冥に言われるとなんだか微笑ましい。

それから、そうだ。
昨日は夜遅くまで手紙を書いていた。

『・・・明日からは合宿ですね。ゴールデンウィークが潰れてしまうのはもう毎年の事ですが、少し悔しいです。
 デートが出来なくて。
 けど、日中夜共に出来るかと思うと、楽しみでしょうがないのも正直なところです。
 君がこれを読む頃には、あのボールが完成しているといいですね。』



「・・・辰」
掠れた声に、ハッと信二が反応する。
「何でしょう?」
「なんか、・・・急に静かンなった」
苦痛に閉じた瞳では、音でしか外を感じることはない。
「そうですね」
冥の額に貼り付いた銀の髪を、信二は丁寧に払う。
信二の手の平に、汚れた赤が着く。
「・・・な・・・辰」
ラッセルのような呼吸音の方が遙かに大きくて、よく耳をそばだててなければ聞こえない声。
「はい?」
「・・・あと、誰がいる」
誰が生きている、と言う意味だろう。
膝の上で横たわる冥と自分だけである事は信二はとっくに知っていたが。
「・・・さあ。もう分からないです。」
「・・・そ か・・・ ッ!!」
咳き込んだ冥の口から、血の霧が吹き出される。
腹の血だまりは流れを増していて、咳き込む苦痛に冥は顔を歪めた。
「犬飼君!」
「・・・へ・・・き・・・」
平気なわけないだろうに。



この優等生気質を恨んだ。

暗示でもかけられたかの様に生き残る事ばかり考えていて

この人と、如何に死ぬかを考えなかった。



間抜けな話もあったものだ。



結局、そのための弾丸ひとつ残せずに

自分だけ そう 自分独りだけが生き残ってしまったのだから。

(中途半端に知識があって
「自刃」じゃ確実に死ねない事を知っていた
途中で助けられでもしたらどうする?(万が一と言う事態もある)

もしももっと知識があれば 効果的な自害も出来ただろうに
もしももっと知識がなければ 迷わず腹を突き刺せたろうに)



『・・・
 犬飼君、君に一度、私の文字で伝えたい事があるんです。
 口でも電子文字も、もう何度も言ったのですけれど』



「・・・辰・・・」
何か言いたそうに開いた冥の口は、しかし意に反したような言葉しか出なかった。
・・・いや、意に反してはいない。
きっと名を呼ぶより外に、その想いを表す方法は無い。




『愛してます』




全てが陳腐な音の組み合わせに聞こえる、今この時では。




『じゃあお休みなさい。
 君がこの手紙を見て驚くのがとても楽しみです。』


目を閉ざしてしまった冥を、膝に抱く。
まだ窪まぬ双瞼は、しかし何物ももう映さないし
いずれ高らかに読み上げられる自分の名前を最期呟いた唇は二度と開くことはない。

何より投げ出された腕のその先にある長くて綺麗な指は
あの手紙を開く事はない。




「優勝 男子8番 辰羅川信二」




不思議と涙は出なかった。
ただ、なんとなく
あの手紙は可哀想だな と思った。
だって、持ち主がいなくて
たったひとりで。


しまった
話の軸が
ふたつに
なってしまった。
(本年制作小説史上最大の不覚)

関係ないですが、「眩暈」とは対です。
一応対のつもりです。
冥たんは眼鏡みたいなアイテム無いので苦戦。
あと、ちょっと冥の書き込みが甘いです。
でももうこれ以上肉付け出来ないので・・・(意気地無しめ)

2002.05.17.

モドル