HONEY DRUG


『おい犬ー。この猿野様が直々に予定表持ってきてやったぞ、感謝しろー』
間延びした様な、明らかにだるそうなやる気のない声が医務室に響いた。
多分子津あたりが無理矢理持ってこさせたのだろう。
『・・・』
冥はちらりと天国の顔をみやった。が、返事は返さず、直ぐに向こう側の壁のほうを向き直してしまった。
いつもなら「うるせぇ」だの「死ね」だの文句の1言はあるのに、と天国は拍子抜けした。
『犬ー?めーいちゃーん?』
子供のご機嫌を伺うように、天国が冥の顔を覗き込む。

『ぶっ!?』
途端、白い掛け布団が天国の顔にブチ当たった。
『ヤベー顔近づけんなバカ!』
冥の体が一瞬外気に晒される。思ったより寒い。すぐさま布団は、蹴り上げた張本人の手によってその顔を覆うほど余計に引き戻された。
『ンだよー、「猿」ナシかよ・・・って犬コロ、それ』
天国の手が、布団を被った冥の頭上を越える。
一瞬冥の体がそれを阻止する仕草を見せたが、さすがに天国の腕の方が早い。
冥の寝ている枕の下からはみ出している白い錠剤を、天国が取り上げる。
『・・・飲んでねぇの?』
丸裸で薬が一錠あっていい場所ではない。
おそらく辰羅川あたりに「飲め」と言われて飲んだフリをしたのだろう。
気付かれないように、枕の下に隠して。
『・・・嫌なんだよ、薬』
バツの悪そうな冥の顔が布団から覗く。
今までは気付かなかったが、よくよく見ると顔色が酷く悪い。
健康的な色黒い肌をしている冥の顔色がわかるのだから、相当なのだろう。
『ガキかお前?』
天国が呆れ半分の嫌みを吐く。視線は冥ではなく、指先の薬剤に注がれたまま。
『・・・テメーとタメだろが・・・予定表持ってきたんだろ・・・置いてけよ・・・』
また布団を被った冥から、途切れ途切れに声が届く。
『・・・辰羅川は?』
薬を元の場所に戻した天国が、予定表のもう一人の渡し先を訊く。
『・・・・・・・・・・・・・風呂・・・・』
端的に、言葉が返る。
『あー、風呂ね』
そう言えば野宿組の2組目が風呂だったなあ、と天国は空に考えた。

会話に空白が出来る。
こんな瞬間は、多分よほどラヴラヴな恋人夫婦か親友と呼ばれる仲でなければ耐えられないだろう。少なくとも、天国には無理だ。
それは冥だって同じだろうと、「帰れ」と言われる前に、予定表を枕元の薬の脇に置いて退散しようとした。
置こうとして、ふと冥の頭(と思われる布団の部位)に顔が近づく。
静かな部屋の中で鮮明さを増して聞こえたのは、とても横になっている者のする呼吸ではない、荒い息。
『犬?』
そーっと、ぐちゃぐちゃになった布団の端を持ち上げる。
抵抗は無かった。と言うより、出来なかったのだろう。
外気に晒された冥の表情は、真っ青とかそう言う表現の、辛そうに眉をしかめた、普段の彼からは到底想像できないものだった。
鈍い天国はここでやっと、彼が熱を出している事を悟った。
『おい、やっぱ薬飲んだ方がいいんじゃねーの?』
額に手を当てる。やはり抵抗はない。
冷えた汗で、一瞬体温が低いように感じたが、そんな物はすぐに消えて熱さだけが天国の掌に伝わる。
『・・・いらね・・・薬飲むと・・・・・なんか・・・』
浮いたような言葉が、途切れて紡がれる。
『わけわかんねーこと言ってんじゃねぇっつの!熱出てんだろ?』
『・・・・・・出てね・・・・よ・・・・』
冥としても、天国に弱い部分は見せたくないのだろう。
何より夕方の一件がある。
これ以上弱みや貸しは作りたくない。
必死に、今の状態と薬の関係を否定する。
けれど幾ら天国だからと言って、火を見るより明らかな冥の状態を、はいそーですかと放って置くわけには行かない。
10分もしない内に辰羅川が戻ってくるだろうけど、そしたらそれはそれで彼から明日、何らかの叱責を受けそうだ。
辰羅川の説教は長くしかも嫌に的確だ。考えただけで、天国の背筋が凍る。
『うっせぇ、とにかく俺の立場のために飲め!』
先の錠剤を拾い上げると、冥の唇に当てた。
もちろんそれだけで飲む程、冥だって自身喪失してる訳ではない。
頑として、その唇を開こうとはしない。
『子供かテメーは!』
答えはない。と言うか、答えればその拍子に口内に薬が入ってしまう。

天国が一瞬、冥の口許から薬を遠ざける。
拭うように唇を袖で覆った冥が、ぽそりと凄い事を言い放った。
『・・・クチ移しなら・・・』
『は?』
冥の呼吸が荒いとは言え、何の音もしない部屋の中で聞き取るのは容易だ。
天国は一瞬、飛行機の飛び立つ音のような物を感じた。
『・・・・・・出来ね・・・だろ。・・・も・・・出てけ・・・』
冥の口を覆っていた袖から、唇の端だけがのぞく。
どうしてこんなに体調の悪いときに笑えるのか。
呆然としている天国を見て、冥の口許が意地悪く上がる。
挑発された、と天国は感じ取った。その当たりの天性の勘は誰にも負けない。
『くそ、マジでテメーやるぞ?(クチ移しを)』
悔しそうに天国がひきつった笑いを浮かべた。
『・・・ってみろ、バカ猿・・・』
いよいよ以て、冥の肩が呼吸とは別に揺れる。
(笑われてる、声殺して笑われてる・・・・・!!)
漫画ならばもう、頭に血管マークが5個はあるだろう。
(しかしここで引き下がったら俺、もしかして負け猿?猿なのに負け??)
(・・・・・・ああもう、凪さんごめんなさい!)
思うが早いか、天国のもう片方の手がコップに伸びる。
『あ・・?』
冥が天国が何を始めたのか掴めない一瞬の隙に、薬と水を含み、不器用に唇を重ねた。
『っ!!』
冥の瞳が見開かれる。
けれど、言ってしまった以上抵抗して引き剥がすのもそれこそ名折れと言うものだ。渋々と冥の口が開かれた。
途端、錠剤の溶けだした苦い水が、溶けかけの錠剤と共に流れ込む。
冷たい水が心地よいのか、それとも別の要因か。冥は目を細めた。
冥の喉がそれを器用に飲み下すのを確認すると、天国は唇を離した。
冥は勿論、天国も肩を揺すって呼吸をする。
『・・・・』
しばしの沈黙。
破ったのは、いつもの憎まれ口。
『・・・・・息、とめてやがる・・・・・・・・』
口許を手で押さえて、プ、と吹き出すように冥が笑った。
『バっバカ、アレはサービスだサービス!!』
照れ隠しに天国が弱く怒鳴る。
冥の口が、「バカ猿」と形だけ動いた。



+++++++++++++++++++
はい猿犬でした。
全国の猿犬の皆さんに怒られるの覚悟で猿犬でした。
この二人には余り甘あまであって欲しくなかったりしたので
こんな動物の兄弟喧嘩の様なチューをしてもらいました。

動機が希薄だったり葛藤が短かったりするのですが
まあ辰羅川が怖かったんですよ(笑)

2晩目の看病シーンの直前だと思って下さい。
題名の「HONEY DRUG」は「甘い薬」と訳すも「貴方の薬」と訳すも自由。
私は因みに「貴方の甘い薬」と訳させていただきます。
自分でつけといてなんだその態度。


私辰犬派なんで。