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気味の悪いような、ともすれば爽快とも取れるような感触が脳を蝕む。 絶望感と、開放感。 虚脱と、安心。 相反する感情が冥の心の中を寄生虫の様に這いずる。 眩暈は止まらず、まるで大地が揺れ動いているかの様な錯覚すら覚えた。 冥の瞳からはただ生理的に表面を潤すだけの体液が分泌され、それ以上は無い。 泣けない、と言うのが正しいのか。悲しくない、と言うのが正しいのか。 それすら定まらなかった。 足下に転がる「何か」。 なんだっけ 確か、 そう「たしか」、10分前まで、辰。 足下に転がる「何か」。 確か、辰の持ってた 。 (そうだ 俺が そう そうだ) 耳にまとわりつく自らの呼吸を振り払うかのように、冥は金色の眼を閉じた。 思い出すかのように、辿るかのように。 『犬飼、君。 ・・・何処?』 開いているはずの漆黒の瞳は、目の前にいるはずの彼の名を呼ぶ。 冥は遠くはない信二の命運を悟った。 信二の腹に突き刺さったボーガンの矢3本。 くずれ落ちた体からは大量の血液が流れだしていて、それは瞬く間に草の生い茂る地面に吸い取られていく。 その様子すら、冥には目の前のこの人が死にゆく様を表しているようで息苦しく思った。 『・・・ここ。ここにいる・・・ずっとここにいた』 冥の口から端的に返事が発され、血塗れの白い手を、健康な黒い肌が握り込む。 ふと信二の目が細められる。握られた手は、優しく握れ返された。 『ああ、良かっ、た。 暗いから はぐれたかと・・・っ!』 信二の口から、咳き込む度に鮮やかな赤の血が吹き出す。 『・・・』 『まだ昼だ。辰・・・。』 そう、暗いなんて事はありえない。単に信二の瞳が最早何も捕らえないだけ。 『・・・ ・・・犬飼くん・・・ねぇ』 冥は、自分が呼ばれていることに気付く。 『・・・あ?』 出来るだけ平静を装う。・・・じゃなければ、もう声が震えて仕方ない。 『・・・泣かないでくださいよ。安心して、死ね、ない』 信二の右手が、冥の頬を掠める。 吐息に寄ってしか言葉が発せられなくなってきた。 それは本人も判っている。判っているから、喋っているのだが。 『ねぇ、苦、しくて、しょう、がな、ぃ・・・』 この「ゲーム」が始まって、いや、二人が知り合って初めての弱音。 『・・・っ』 見えているはずはないのだが、冥は大きく首を縦に振る。 『苦、し・・・犬か、い君、』 『殺・し、て・・・っ』 冥の瞳が、その一言で強く見開かれる。 今、この目の前の親友は何て言った? 苦しい、て、それから、何て? 『お願、しま、す、っ、あな、た、以がい、に、殺され、たく、な』 喋る度に信二の口からは血液が溢れ、呼吸は急激に荒くなる。 事切れる直前の最後の人体の抵抗の一種だ。 冥は目の前が暗くなる気がした。 この願いを叶えるべきか 見過ごすべきか ・・・選択の余地などありはしないのに。 冥の口が、「た」「つ」とだけ動いた。 金属と肉の擦れる音が、林に響いた。 数羽の鳥が音に反応して飛び立ち、後は再び静かな様相を取り戻す。 ・・・もし此処に争った後や血液がなければ、これは平和な絵なのだろうか。 今まで死を懇願していた少年は願いを果たされ、願いを成就させた少年は呆然とその亡骸の前に座っていた。 表情はふたりとも感情のない穏やかな顔で、或いは今の今まで身近な事柄の話などで湧いていたのかも知れない。 (俺が殺したんだ 辰を) 不思議と、先刻まで出ていた涙は流れなかった。 もう苦しむ信二の姿を目にする事はない。 不思議な安堵感が、冥の心を蝕む。 失う物は失ってしまった。 もう、恐れることなど何も有りはしないと。 『辰羅川さん、死んじゃったんだ?』 比乃の声が冥の背後から聞こえた。 振り向くと、ボーガンを抱えた比乃が立っていた。 ドス黒く変色した血液まみれになった制服以外は、全く普段通り。 ・・・猫の縫いぐるみ、はちまき、ロザリオと、持ち物は変わっていたが。 『・・・ああ』 肩越しに、冥が返事を返す。 『って僕が殺したんだけどね?ほら、途中で逃げちゃったからさー』 にこにこと笑いながら、比乃はすたすたと冥に近づく。 『・・・今、兄ちゃんが殺したんだよね?その鎌で。』 『見てたのか?』 座ったまま無表情で冥が返す。 (あれ?こーゆう時って結構取り乱すのにな、もみじちゃんみたく) 比乃は一瞬きょとんとするが、そのまま冥の背後をぴたりと取る。 『見てたよ。お見事、だったね でもその武器じゃぼくには届かないよ』 比乃がボーガンの撃鉄に指をかけた、刹那 『お前こそ ここまではな』 冥が大きく体をひねって、比乃の方を向いた。 途端、火薬を孕んだ金属音が林に鳴り響く。 ・・・信二の武器の、自動小銃。彼は最後までこれを使わなかった。 『・・・は?』 『此処にあるのが俺の武器だけだと思うなよ、ガキ』 数十発。比乃の小さな胴体の表面積を食い尽くすには充分だった。 『・・・へ、え。辰羅川さん、こんなの持ってたんだ』 よろ、と比乃の足元がふらつく。 1歩、2歩、3歩。 ・・・うつぶせに、大量の鉛を喰らった体は崩れ落ちた。 足下に転がる「何か」。 なんだっけ 確か、 そう「たしか」、10分前まで、辰。 足下に転がる「何か」。 確か、辰の持ってた カラシニコフ。 足下に転がる・・・ 兎丸の躯。 「優勝、男子1番 犬飼冥」 報道陣の前に、一台の輸送用の軽トラが現れる。 けたたましい女リポーターの声が、その場に居る全ての報道記者に届いた。 「えー、今、本年度バトルロワイヤルの優勝者を乗せた車が通り過ぎようとしています。 今年の優勝者は、あ!見えました、男の子です!男子生徒です! えー、男子生徒が持っているのは、MD、MDと、ぬいぐるみと、眼、鏡? ここからは確認できませんが、復数個の私物を所持している模様です! あ、今顔を上げました、 わらってます、少年、わらってます! あの島で何があったのでしょうか、少年は笑っております!」 冥は、つめたく報道陣の群れを眺め続けた。 小さく消えるまで。 右手に握りしめていた眼鏡を広げると、 冥はいつも持ち主がそうしていたように、両の耳にそれをひっかけた。 ガラス越しに見えたのは、気持ちよく晴れた青い空。 『辰、結構目ェ良かったんだなぁ・・・』 あまり眩暈の起こらない事に、驚いた風に冥はまた笑った。 |
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ほんとうは「晴れすぎた空」と言う題名にしようかと 思ったんですが、そんなあからさまなのは付けられないので 結局眩暈、にしました。曲名じゃないですよ。 「クリア・スカイ」でも良かったんですがそれだと 来年2月本邦公開の某バニラ空とかぶったりなんだりで(略) バトロワ序盤に出てくる縫いぐるみを抱いた女の子を 冥ちゃんに当てはめると言う不快極まりない設定の元 辰犬&微兎馬風味で書いてみたり。 ・・・原稿しろよ。 これ書いてる最中はもう、辰羅川になりきったり 冥ちゃんになりきったりで痛くて痛くてしょうがなかったです。 もうやるもんか。 ・・・でもサド・マゾ共存体なのでまたやります。 2001.12.19. |
| 戻らせてベイビー |