私の命の儚さを。
〜静かな地球の上で





只、只管に、静かだとしか言えない。

絡んだ指も、
覆い被さる吐息も、
ふざけたようなむず痒さも、
可笑しくなる生理現象も、
信じられない痛みの少なさも、
的確過ぎる快楽のツボも、
嘘だと思いたくなる俺の声の甘さも、
相変わらず以上の奴の声の甘さも、

潤んで見つめてくる紫暗の瞳も。



何故こうなったのか。
それを説明するのは、あの男なら野暮だろうと言うかも知れない。
正直俺も面倒くさい。
だが、突然こうなった訳では無くて、
それまでに何度もそれらしい接触はあの男からあったのだ。
花咲く冬の公園、その帰り道を切っ掛けに、
以来あの男は時として俺に口付けを求めた。

甘える猫の様に。
尾を振る犬の様に。
飢えた男の様に。
寂しい女の様に。

様々な時に、様々な表情で、奴は俺に口付け、
唇はやがて首筋に埋められて痕を残す様になり、
深夜ふと気がつけば隣に寝ている様になり、
朝気がつけば奴の腕の中に抱かれる様になり、
昼慌てて心音を確かめられる様に抱き締められ、
夜風呂で倒れないかと共に入り込まれて、


本当に徐々に徐々に強引に俺の領域へと侵入して、


とうとう、俺に触れる指は快楽を生み出すようになった。





「ん、う」
ぐり、と内壁を肉で抉られて声が詰まった。
引き摺り出されるモノが催す感触には、まだ慣れない。

「新一」
「新一」
「新一」
「新一」

奴は壊れたレコードみたいに俺の名を呼ぶ。
気持ち良いかとも痛いかとも、
試しているともふざけてるとも、
何も言わずに只俺の名を呼び続ける。

「新一」
「新一」
「新一」
「新一」
「新一」

うるせぇよ、バーロ。
そんなに呼ばなくてもここにいるだろうが。
何度そう言いたいと思ったか。
しかし言葉は全て男の生み出す快楽に流され、
耳を疑うような甘い吐息と声音になって、
只男の耳に触れるだけだ。


「新一」


触れるだけだ。





主治医は当然の事ながら直ぐに俺と奴の関係に気づき、
しかしそれを咎める事も止める事もせず、
只一事、
「嫌なら言いなさい。殺してでも止めてあげるから」
と言った。
お前ちょっとそれ過激だろ、と返答すれば、
「当然だと思うけど。異性ならいざ知らず、
男性同士の性的行為は身体的負担が大きいわ。
私の目には、彼も貴方も男性にしか見えないわね」

それは主治医特有の毒を含んだ言葉だったが、
遠回しに俺を心配している証拠であって、
俺は返答に詰まって、心臓の上辺りの痕を見るしかなかった。

別に奴との行為は嫌では無くて、
でも何か足りない物がある気がしてならない。
それが俺に積極性を与えない原因で、
奴が積極的に俺に触れようとする原因なんじゃないかと思う。
何かが足りない事を、奴も知っていて、
でも多分奴は足りないものを知ってて、
それでも何も言わずに俺に触れているんじゃないのかとも思う。
そう思った事、そのまま言ったら、
「貴方達二人とも馬鹿なのよ」
確かにIQ400もあれば紙一重どころかナノ単位かも知れないけど。
俺もかよ。
「馬鹿よ。馬鹿で不器用よ、二人ともね」



「ねぇ工藤君? 私、貴方が好きよ?」
「貴方は私にとって光と同じ人」
「貴方と言う人が居て、やっと私は私として生きる事が出来た」
「陳腐で重いだけの『愛してる』なんて科白言わないわ」
「其れ以上に哀しくて切なくて重い『好き』を、貴方に捧げるわ」

「そしてやっぱり、彼も好きよ?」



言われて気付く辺りで、やはり俺は馬鹿だったのだろう。

俺は奴に、
『告白』
といった類のものを一切受けないまま、
現状を甘受していたのだ。

俺は奴との行為で孤独を感じていた。
まるで地球の上に一人で立っているような、
どんなに触れ合っても、
どんなに抱き合っても、
背中合わせでしかないような、
温もりに慣れた体にはショック死しかねない
氷の孤独。

なんてこった。
微温湯みたいな雰囲気と言葉と
ゆったりした温もりだけで、
俺はその孤独を知らされてしまった。

そして奴がそれに気付いていながら、

踏み出す事も無く続けるだろう事も。



主治医の視線は限りなく優しく冷たい。
決断は俺にしか出来ない事だからだ。

「サンキュ」
「どういたしまして」

心此々に在らずといった風情の俺を気にする事無く、
主治医は俺を見送った。





俺を出迎えたアイツは、
相変わらずの笑みと相変わらずの馬鹿笑いと、
相変わらずの切羽詰った瞳で。

「おかえり。ご飯出来てるよ」

そんな事云いたいんじゃねぇ癖に。

「お風呂も沸いてるし、洗い立てシーツに変えたし」

そうやって促す癖に俺には触れようともしないで。

「でも今日は時間かかったね、何か話してたの?」

バーロ。

孤独は凄く明確に見えちまった。
そしてこいつはそれを耐え続けていて、
俺は気付いたけど耐える気は全然無くて。

バーロォ。

口に出したら、えっ、なんて当たり前で間抜けな声が返って来た。

本当に馬鹿だ。
俺達二人とも馬鹿だ。
馬鹿で不器用だ。

頭良いんだろ、テメェ。
なら何でこんな状況にしやがったんだ。
下らねぇ、陳腐でチープで情けねぇ。
何で俺までこんな馬鹿に成り下がったのかも解らねぇ。
幾らヘタレてたからって此れは無ぇよな。

一方的に捲し立てる間、奴は露骨に判らないって顔をして、
直ぐ、理解した顔になって、

「ごめん」

思わず頭叩いた。

バーロォ、そんな腐った謝り聞きたくて言ってるんじゃねぇ。
どうせテメェは此れまで通りなんだろ。
ヘタレて停滞しちまった俺と同じように、
足並み揃えてヘタレてく積もりなんだろ。

冗談じゃねぇぞ、このバ快斗。

俺は、
俺は好きでヘタレてる訳じゃねぇけど、
俺は好きでヘタレてるけど、
でもそんなのどうでもいい。
でも本当は、抜け出したいんだ。
矛盾ばっかりで俺の中はぐちゃぐちゃで、
俺自身の思考回路なんてどうなってるか解らねぇ位で、
それでも、このままじゃいけない事位理解してる。
何処にも行けない事も、理解してるんだ。

今まで全部の事放置してきた俺が言ってもアレだけど、
何よりこの微温湯な状態が無くなる切っ掛けになっちまうかも知れねぇ、
それは凄ぇ恐ぇけど、
でも、今言わねぇと、
それこそ永遠にこのままだから言ってやる。

「新一」

今まで、マジで有難う。
俺の事、宮野の事、守ってくれて。
お前だって狙われてるのに、それ以上に俺等の事守ってくれて。
マジ、有難う。

「新一」

うるせぇ、レコード野郎。
一生に一度の言葉だ、黙って聞いてろ。
見えるだろ、俺の手震えてんの。
銃口前にしても涙なんて出た事ねぇのに。
恐ぇよ、マジで。
でも言わねぇと、

俺が、始まらねぇ。

お前に抱かれても嫌だって思わなかった。
お前が触るの、気持ち良いって思った。
待たせてたあいつより、お前の方が大事だって思った。

必要だって、思ったんだ。

だから、

だから、


俺は、お前の事が好きだ。


此れから俺がお前を抱こうとお前に抱かれようと、
お前を裁こうとお前に嵌められようと、
何が有っても、

俺はこの苦しくて苦くて、
俺の根っこから抉り取るみたいな痛みの、
『好きだ』って気持ちと記憶と心を無くせないんだ。

無くせないんだ、俺が存在する限り。



「新一」



凄い力で抱き締められて、後は記憶の彼方。


―――なんて事にはならなかった。
俺達は一晩中抱き合ってて、キスしあって、
翌日の昼位に放置された晩飯を処理してメシ作り直して、
動きの鈍い俺をアイツが支えながらメシ食って。


「新一」


茶を飲む時間が過ぎて、やっと。



「俺も、新一が好き」



俺の肩に頭を乗せて、
その一言を、快斗は言った。

俺は弄んでいた快斗の手に指を絡めて
「うん」
とだけ返した。


やっと俺達は孤独じゃ無くなって、
向き合って手を繋ぐ事が出来るようになった。
やっと向き合って抱き合う事が出来るようになった。
相変わらず奴は壊れたレコードみたいだけど、
俺もそれが好きになった。





この静かな地球の上で、俺達は今日も向かい合って眠る。










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