Family Complex
〜二つの孤独の触れ合い〜





背後から抱き締める腕がある。
項に触れる唇や、囁きはいつも暖かい。

彼がこの家にやってきてから、
それはずっと続いている。


(何故だろう)


彼はいつも優しい。
決して素直でなく、決して打ち解けようとしない自分を
ただ只管に優しく包み込んで抱き締める。


(でも欲しいのはこの腕じゃない)


自分が欲する腕は既に失われて久しい。
ただ一人の持つ、残酷で苦痛を呼ぶ腕。
それでも、自分が欲しいのはあの腕だけだ。

「……新一?」

項に甘く噛み付いた唇が名を呼ぶ。

ああ、そういえばそれが自分の名だったか。

夢見心地になると名前を忘れてしまう。

自分の名前は違うものだとしか認識出来なくなる。

自分は『しんいち』じゃない。
自分の名は、


「新一、起きて」
「……ちがう」
「新一!」


ぱちん。

頬に痛み。
あの腕が生み出すよりも些細な痛み。

目を開ければ、乗り上げる様に自分を見下ろす顔。
知らぬ者が見れば双子と勘違いするほどそっくりな。
でも
新一の知らぬ温もりだけを与えられた、全く違う存在。

「新一、起きた?」
「……起きてる」
「嘘、起きてなかった」

眠っていたのでも無い。
ただ、囚われていた。

「…………触っていい?」
「何故」
「触りたいから」
「勝手にしろ」

戯れに触れ始めたのは何時だっただろう。
彼がここへ来て、共寝を始めて、
そう、魘された新一によって起こされた翌日からだ。
意味なく触れ合い始めたのは、それから。

じゃあ、

そこに何らかの感情らしきものが混じり始めたのは?

ただ抱き合うだけでなく、
何かを求めるように
縋りつく様に
その手が新一を愛撫しだしたのは何時からだ。


「新一」
「…………煩い」
「新一」


腹を撫で、股間に伸びる指も。
項から背に滑り、吸い上げる唇も。

快楽を産みながら、新一の心には膿しか残さない。


求めるのはこの腕じゃない。
温もりを与える愛撫じゃない。
苦痛を与える腕が欲しい。
肉を裂き、焼き、潰したあの手が欲しい。


「新一」
「…………」
「新一」
「…………」
「新一」
「…………」
「…新一」




「…………    …………」




びくりと手が止まった。

与えられた熱は容易に冷める。

耳元で歯軋りの音。




「――――ぅあッ!」




不意に掻き裂かれた背中。
熱を持って、じんじんと痛む。
傷は浅いほど痛みが強い。

じりりと再び爪が滑る感触。
引き攣れる肌に、傷が付いたのだと感じた。
汗とは違うものが溢れる。
ひた、と濡れた指が違う場所に当てられ、
三度引き裂かれる背中。

苦痛が快感になる事は無い。
しかし、強い安堵を与えてくれる。

押し開かれた足の間に、熱。
硬いモノが蕾を抉る様に押し入る。

「んン……ッ」

激痛が身体を強張らせる。

いたい。

新一の事などお構い無しで陵辱者は腰を振る。
肉が裂け、抉れ、ぬめるのが判る。
それでも互いに止めろとも止めようとも言わず、
ただ苦痛の声を漏らしながら肉を重ねるだけだ。

シーツを握り締める手に、血に濡れた指先が被さり、

「これで、満足?」

荒い呼吸と共に耳元に囁く声は
涙に濡れて。



ちがう。
ほしいのはこれじゃない。
ちがうんだ。



そう言おうと口を開いても、
与えられた痛みと、
重なる肉から伝わる悲しみに、

「うん……」

頷く事しか出来ない。

それでも、その思いは相手には知られていて。
ぎりぎりと握り締められた左手。
何時の間にか両手が添えられている。
握られた人差し指が痛い。

「………折るよ?」

頷く間も無かった。





ぱきん。





「―――――ッ!!!」

同時に深く抉られた内臓が悲鳴を上げる。

額に浮かんだ油汗を、優しく震える指が拭って行く。

「…………これで、この痛みは俺のだよ」

ぱたりと肩に雫が落ちた。
震える声で、震える指で、
折れた指を傷つけない様にタオルで包む。

羽根が折れた雛を守る様に、そっと。

ずるん。
内臓から楔が引き出され、
伴う様に熱い何かが溢れ出た。

きっとシーツが酷い事になってる。

肩で呼吸しながらそんな事を思う。
優しく背中を、下肢を拭う手は矢張り震えていて、
今の行為で彼の心が傷付いた事を教えてくれた。

「朝になったら、すぐ先生に診てもらおうね」

必死に涙を堪える声。


そんなのちがうなんて。


言える訳が無い。


いまさらごめんなんて。


「ちょっと待ってて」

頷く新一を残し、彼は服を纏い直して部屋から出て行った。
左手を冷やす為に氷を取りに行ったのだろう。

じんじんと痛む左手と下肢。
きっとまた先生に怒られる。

けれど。


明日、先生に会ったら御願いしてみようか。

彼等から自分を引き離すように、
自分が彼等から離れられるように、
両親に頼んでくれと。


でなければ彼はずっと、
自分に囚われてしまう。


ぴちゃり。

濡れたタオルが背中と左手を包んだ。
一瞬心臓が止まるかと思う冷やかさ。
いっそこの瞬間死んでいたら、
彼はもっと平穏に過ごせたのではないだろうか?

「離れないからね」

静かに静かに汗と血を拭いながら、彼は言う。

「絶対に、何があっても、何をされても」

まるで自分の考える事などお見通しだと言いたげに。

「俺は新一の傍から離れないって決めたんだ」


施設に行くと言った
自分を抱き締めたその腕で
俺を捕らえ続ける。


「痛みが欲しいなら俺が痛めつけてあげる。
苦しみたいなら俺が苦しめてあげる。
誰かを殺したいなら誰かを連れて来てあげる。
だから
俺から離れないで。
俺を、見捨てないで」


記憶に残る痛みを求める自分を家族は知っている。
だが
その自分の為に狂気に陥った彼を、家族は知らない。


二人狂い行く様を、誰も知らない


求めるものを変えれば、
或いは
過去を捨て去る事が出来たなら、
二人とも救われるのかも知れない。


だけどそんな事をしたら狂ってしまう


それでも。

離れられない
与える事与えられる事に慣れ過ぎてしまった
それだけの時間が過ぎてしまった
大人が手をこまねいている間に二人とも狂気に触れ過ぎて
戻る事が出来ない
ああそういう意味では二人は本当に双子であるのかも知れない
救いは既に御互いにのみある



背中も下肢も出血は止まっておらず、
明日はどれだけの大目玉を食うだろう。

それでも。

背後から抱き締める腕がある。
項に触れる唇や、囁きはいつも暖かい。

それは僅かにでも、
自分の心を暖めるのだ。





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