満月〜愛無き






「ヤらせろ」

某日・深夜。

ロンヤ城で与えられた部屋にて、
頼まれていた兵卒達の訓練メニューを作成していた風雷は、
突然やって来てそんな事をのたまった酔っ払いに
呆れ顔を隠しもしなかった。

「…………酔っ払いの戯言に付き合う気はないが?」
「喧しい」

酒瓶を片手にずかずかと部屋に入り、
どっかりとベッドに腰掛けて、
全身真っ青の酔っ払い――風雷の記憶違いでなければ、
『青雷のフリック』と称される弓兵隊頭領殿は
ジト目で風雷を睨み付けた。

「俺はなあ、オデッサに操立てしてるんだ!
なのに、ニナは煩いし、他の女どもも、
な〜にが『昔の女なんて忘れさせてあげる』だ!!
俺が欲しいのはオデッサだけだぁッ!!!」

畜生、オデッサぁ。

何とも情けない声でへぐへぐと泣き出した酔っ払いに、風雷の眉が寄る。
顔の良さには定評を持ち、
騎士二人と並んで人気のあるフリックだ。
言い寄る女は数知れず、
更に先日グリンヒルにて拾ってきた女学生・ニナによって
日常をスリリングにされている。
彼の不運さを知る連中からは
『流石フリック、運の無い』
との一言で全てを流され、
訴えは全て相手にされないという
物悲しさを背負う身としては、
やはり溜まったストレスも底知れないのかもしれない。
それなら愚痴くらい、自分が聞いてやろうとは思っていたが、
そこにオデッサの名前を出されると、
如何な風雷でも少々顔を顰めてしまう。
オデッサ・シルバーバーグに関して、
風雷がフリックに負い目を感じているのは
解放軍内でも周知の事実であった事で、
だがお互いにそれを口に出すことなく別れたのだが。
こんな風にいきなり酔っ払いに絡まれるような事になるなら、
きちんと話し合いをしておいた方が良かったかもしれない。
いや、こいつはこんなに酒乱だったか?
歳を経て弱くなったか?
明日になったら全て忘れていたりするんだろうか。
そんな事を思いながら、最大の疑問を口にした。

「……それで何故、私にさせろと?」

暑いッ!と叫びながらマントと上着を脱ぎ捨てるフリックに、
取り合えず水差しの水を与え、彼の前へ椅子を運んで座る。
ばっさり、上着は全て脱ぎ捨てて上半身裸になり、
受け取った水を一気に飲み干して
(内幾らかは零れて彼の身体とベッドを濡らした。当然風雷は顔を顰めた)
其処に全ての答えがあると言いたげに指を差した。

「お前がッ、オデッサの魂を持ってるんだろうがッ!!
だったら俺に寄越せ!!
一晩中抱いて寝るから!!」

また無茶な。

無表情と言われる風雷でも、露骨に表情に出たらしい。
フリックが犬歯を剥き出しにして怒鳴る。

「無茶だと思ってるんだろ、分かってるよそんな事はっ!!
だからヤらせろって言ったんだ!!」
「……繋がらないんだが………」
「だーかーらー!!!」

ばしばしと自分の足を叩き、熱弁するフリック。
中々に愉快だが、笑ってもいられない。

「オデッサの魂が寄越せないんだったら、
それを持ってるお前が代わりに抱かれろって言ってるんだッ!!!!」

やっと繋がったというか要領を得たというか。
まあ、どちらにせよ、


「断る」
「即答かよ!!?」
「当たり前だ。そんなこと―――彼女に失礼だ」


きっぱりと言い切れば、酔っ払いも口を噤んだ。
彼女が望まない、というよりも、
自分で彼女を貶めることだけはしたくなかった。
代わりに抱かれるのでは言い寄る女どもと同じではないのか。
フリックが乗り気か乗り気でないか、それだけの違いだ。

「―――悪い」

流石にフリックも頭が冷えたらしい。
殊勝に頭を下げ、だがごろりとベッドへ横たわる。

「フリック、寝るならば自分の部屋へ……」
「居させてくれ……あんな事を言った口で言う事じゃないが
―――少しでも、気配を感じていたいんだ」

ごろりと背を向けて、ベッドの上に小さくなるフリックは、
成る程母性を擽る後姿ではあった。
残念ながら風雷は男で、母性を溢れさせるタイプでもない。
だが、彼の言いたい事は僅かなり理解する事は出来た。

じっと動かない背中を、摩るように触れて。

「…………フリック…?」
「…ん……」
「………人恋しいのか?」
「………」

それでも、自分を欲しがる女を腕に抱こうとはせず。
彼女の魂を受け取った風雷の傍で、
感じられる筈の無い彼女を感じようとして。

「…………淋しいのか」
「………ああ」

微かに震えた語尾に、風雷の中の何かが、じわりと熱を持った。
それが意味する事は酷く残酷ではあったが、
逆らおうとは――否、元々逆らう力も持っていないのだ。

丸くなったフリックの腕を掴み、
身体をころりと転がしてベッドに寝そべらせる。
きょとんとした目が随分と彼を幼く見せ、
まるで出会った頃の彼を思わせて、
彼女への背徳や彼への裏切りを感じたが
既に止められぬ熱がそれを彼方へと吹き飛ばしてしまう。
ベッドが重量過多であると訴える声を無視し、風雷はフリックの腰に跨った。

「私を、抱いたら……少しは淋しくなくなる……?」
「え―――――」

呆然と見つめるフリックの髪を梳き、バンダナを外して額に口付けた。

幼子をあやす様に。
その効果を知りながら。

頬を撫で、裸の腹に手を添えて、それを口にした。

「少しでも埋まるならば、抱けばいい……私を」
「風雷…?」
「……どうした…先程までヤらせろと言っていただろうに」
「――お前の口からそんな言葉を聞くとはな」
「お前が言った」
「うん……まあ、そうなんだが…」

苦笑して風雷の髪に手を伸ばすフリックは、
何処か縋るような目で見上げている。
そぅっと触れる手に頬を寄せ、
無骨な掌に安心させるようなキスをして。

「代わりじゃなく……」
「ん…?」
「彼女の代わりではなく………お互いの傷の、舐め合いに、すればいい…」

代償の大きさは、まだ口にせず。
ただ、甘く誘う。
受けざるを得ない弱さを知りながら、誘うのだ。


そう―――彼を、捕まえる為に。





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