満月〜愛無き
自身を支える為に、腹に添えられた手がそっと脇腹をくすぐった。
子供の身体であるくせに酷く冷たい指先は、
ゆっくりと胸骨と胸板を滑り鎖骨の窪みを慰撫する。
一頻りそこを慰めた後、首筋、喉仏と辿り、顎へと触れ、唇へと到着した。
細い指先は紅を塗る女の指先のように、フリックの唇を左右へ押し潰す。
その間にも、フリックの手は風雷の上着を解き、床へ投げ捨てていた。
下に着ているシャツの合わせを肌蹴させて肩から落とし、
ズボンの腰紐も外して放り投げる。
性急ではないが強引な力で、
身体の前面を隠す布を全て寛げて、
その腹の滑らかさを掌で慈しんだ。
びくり、と腹が波打つのを見て、おやと首を傾げる。
「お前、不感じゃなかったのか」
この城の軍主が散々嘆いていた様を思い出した。
『あの人はどんなにしても全く反応しない。
優しくしようと乱暴にしようと、急所をすりあげようが、一切感じないんだ。
それでも俺はあの人が欲しくて、無茶をしては諌められて。
冷静に俺に抱かれるあの人に、焦燥と絶望と後悔と、ほんの一時の満足を貰うんだ』
それは可哀想にと、苦笑を禁じ得ないながらも慰めたのはつい先日だったか。
だが今、自分の腰にどっかりと座って唇を弄んでいる彼は、
フリックの指に、手に、小さく身体を揺らすではないか。
胸の花弁を摘み軽く捻ってやれば、
小さな吐息と共に頬に朱が上る。
下着の前が僅かに持ち上がったのを見て取り、
空いている手で摩ってやれば、頬の朱は耳や項まで広がって、
薄い唇が微かな声を漏らした。
これで不感症だと?
何処がだ。寧ろ感度が良すぎて腹上死でもしそうではないか?
明確に形を持って立ち上がった彼の蕊を、
下着からそっと導き出して指を絡め、
濡れ始めた先端を親指で割りながら、その白面を見上げる。
「ヴァンにはこんな反応してないのか?
可哀想に、あいつがどれだけお前に夢中か、
知らない訳じゃないだろうに」
「…ちが、ッん……」
ぐり、と親指を押し付ければ、息を詰めてがくがくと腰を震わせる。
唇に爪を立てられかけ、慌ててその指先をしゃぶれば
信じられないほど甘い声があがって、フリックの男を擽った。
「ぁ……あの、こ、は…ちがう…から」
「違う? 恋愛対象じゃないって事か?」
ならば自分はそうなのだろうか?
しかしそんな感情一つの割り切りで
体感を操作できるなんて聞いたことは無い。
いくら目の前の少年(実際には青年だが)が
規格外な人生を送っているとはいえ、
そんな事まで出来たらとんでもないだろう。
蕊を嬲る手は止めず、もう片方の手を胸から首筋、 項へと伸ばし、
その上体をゆっくりと引き寄せながら、フリックはじっとその目を見つめた。
忙しなく吐息を漏らしながらも、
風雷はフリックの問いに、酷く艶めいた笑みを返した。
「そんな……単純な、もの、じゃ……
それじゃ…一人も、満足させられ…っあ、」
その口から出たのは、酷く衝撃的な台詞。
思わず手を止め、まじまじと見つめ直す。
一人も満足させられない?
では、これまでに複数の人間を満足させるような
濡れ事をしてきた、という事だろうか?
固まったフリックに、
風雷は拭い去ったような無表情に戻り、
やはり激的な発言をした。
「商人のキャラバンへ同行する代償として
身体を求められた事だってあったし、
純粋に人恋しさで求めた事もあった。
行為の知識に関しては、異性にせよ同性にせよ、
この手の遊びを知らずに成人を迎える者は少なかったからな。
私も例外ではない」
多少の誇張はあったものの、
快感は自身が感じてたものを表に出していた。
きっぱりと言い切られた言葉に眩暈がしそうだった。
彼を崇拝する人間――特にレパント辺り――には聞かせられない台詞だった。
風雷を永遠の少年王として見ている節のある
あの中年親父が、彼のこんな遍歴を聞いたら首を括るかも知れない。
いや、彼に通じた者全てを探し出して処刑しそうだ。
ぼふんと枕に頭を落としたフリックに、
風雷が微かな笑みを漏らした。
しかしそれでは?
「じゃあ、何でヴァンには感じないんだ?
信じられない我慢してるとかって訳じゃないんだろう」
「……教えて欲しいのか?」
「知りたい」
「……間違いなく、萎えると思うが…?」
軽く首を傾げ、フリックの腰に己の尻を擦り付ける。
それは慣れた者の所作だ。
何となく頭の中で助けを求めながらも、
だが知りたいと頷けば、その瞳に暗い影が差し込んだ。
右手が頬を撫で、首筋を伝って胸に添えられ、ゆっくりと持ち上がる。
剥き出しの手の甲には、赤黒い光を放つ紋章の痣。
じわりと血が滲むようなおぞましさで明滅を繰り返すそれは、
彼を英雄へとのし上げた真なる紋章。
「これが、
美味そうだ、喰らってしまいたいと判断する魂に、
反応しているに過ぎない」
それが意味する事は。
「ヴァンは真なる紋章に守られ、喰らう事は出来ない。
だから、この身体も反応しない―――
どれほど、心がいとおしいと思っても」
じわり。
明滅が大きくなる。
「風の噂で聞いたものだ。
私の身体を求めた者、私が身体を求めた者、
皆私と別れた後に命を落としている。
本当に他愛の無い事故や在り得ない諍いで、酷く簡単に。
致命傷でなくても、まるで生気を抜かれたように死んでしまったのだ」
胸の奥が酷く冷たく感じる、のに。
下肢に溜まる熱が、徐々に膨れ上がって行くのが分かる。
「これまで幾度か宿星の者と閨を共にした。
彼らは死ぬ事は無かった。
だが間違いなく彼らは此れによって
死後の魂の安らぎを奪われるのだろう――
彼らとの行為は信じられない程の悦楽を私に与えたから。
幾度果てても精は尽きず力も失われず、
昼も夜も無く貪欲に互いを求め合う、
その行為を持って私たちはきっと契約をしたのだ。
この快楽の果てに、その魂を贄として捧げる事を」
小さな尻を押し上げる勢いで立ち上がる己は、果たして自分の意思に添うて居るのか?
流された彼と自分の手が、その熱を外に出そうと自然に動いている。
「そして、お前も」
紅茶色の瞳が眇められ、合っていなかった焦点が。
獲物を見つめる猛禽のように、フリックへと合わせられた。
「本当の意味で私の添え星―――
魂喰いの贄となるのだ、きっと…このまぐわいで」
罠だ。
そう思っても、フリックの手は、本当に自然に動いた。
丸みを残した柔らかな尻肉を割り、奥に猛る肉を押し付け。
触れ合いで生じた激しい衝動に任せ、欲望を待つ蕾に突き入れた。
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